あたしは、自分で云うのも何だがキレイだ。
頭だって良い方だ。虫が嫌いだったり着る服に気を使ったりと普通の女子校生だ。
彼氏だっている。
この夏休みには、彼氏と共に旅行に行くことになってる。
そんな私だが、夏休みに入ると同時に――
彼氏にフラれた。
〜 Friend 〜
「ざけんなチクショー!」
愛華は荒れていた。
肩の辺りまで伸ばした髪をがしがしと乱暴に掻き回し、普段は愛嬌があるであろうその眼は座っている。顔が小さいため、普段から綺麗というよりは可愛いといった感じが強い彼女の顔には、普段のような明るい笑顔は無く、不機嫌と怒りのみが乗っかっていた。ミニスカートを穿いているにもかかわらずがに股でどしどしと歩く姿は少し、というかかなりおっかない。
そんな彼女は実は、先程歳をサバよんで、焼酎を二瓶も呑んでいた。彼女の足下は常にフラフラと頼りない。街灯が等間隔に並んではいるが、その所々は白熱灯は切れ掛かっているため、チカチカとしていて、酔っ払いの歩調ではコケることは請け合いだ。
それでも愛華は、河の土手に一つポツン、と置いてあった自動販売機を見つけると、それに歩み寄り、
「ラァァブ・ビィィル……」
妖しい呂律と青い顔で、愛華は麒麟ビールを買った。
「こんな、美しい女をふるなんて……」
一呼吸置いて、
「バカヤローッ」
叫ぶと同時に、愛華は足を滑らした。
「キャァーッ」
そして河の土手を転がり落ちて……
ゴンッ!
「キャウッ」
たまたま、そこにあった西瓜大の石に頭をぶつけて止まった。
「……夏休みなんて」
愛華は頭を押さえようともせず、仰向けのままただ星を眺め続け――
「大ッ嫌いじゃー」
力の限り叫んだ。
しかし、彼女は知らない。
この、チョットした(?)事故がきっかけで、彼女の今まで過ごしてきた日常はことごとく変わってしまった事実に。
―次の日―
「で、彼方は石で頭を打ったにも係わらず、こうして私と話しが出来ると」
喫茶店で、愛華の話を聞いているうんざり顔の女子高生。彼女の名前は恵衣という。髪を伸ばしている愛華とは対照的に、こちらはショートカットである。眼も愛華みたいに丸くなく、少し鋭い感じだ。顔立ちも、愛華のように丸いというよりは鋭い感じのする、実年齢よりも大人に見られる顔だった。着ている服もジーンズにTシャツといかにも体育会系の少女だ。
「ま、ね。その後の記憶がぷっつり無くてね」
愛華はあっけらかんとした口調で話す。
と、そこに店員が来て、
「ご注文は、何になさいますか?」
メニューを受け取りながら、店員は制服の胸ポケットからペンと伝票を取り出した。
なんか妙にヒラヒラした制服だなぁ……、とかなんとか思いつつ、愛華は、
「水、アイスで!」
「!?」
店員の眉が少し跳ね上がった。しかし、笑顔のままで恵衣を見る。
「あ、私は……」
この制服カワイイなぁ……私も着てみたいな、などと思いつつ、恵衣は、
「ん〜、私は水、ホットで!」
「?!」
店員の眼が驚愕のため見開かれる。
しかし彼女は――かなり引きつってはいたが――笑顔で、
「かしこまりました」
と言って下がっていった。まさにウェイターの鏡だった。
しかしこの後、彼女は厨房に駆け込むと引きつった笑顔を浮かべたまま、コンロに火をつけ水を沸点を超えるまで沸かし、さらに大型冷凍庫の中から氷を持ち出すと、コップに入るだけ押し込んだ。
無論、熱い方(推定120℃今尚蒸発中)がホットで、冷たい方(推定−7℃カチコチに固まってます)がアイスである。
この二つが愛華と恵衣の前に差し出された時、ウエイトレスはこの上ない笑顔で、二人はもう二度と此処の敷居は跨げないと覚悟したという。
それは置いといて。
いまだにグツグツと煮え滾る水ホットを目の前に、汗を拭いながら恵衣は話を進めた。
「ハァー……。二日酔いで頭が痛いから来て、って言われた時は一体何事かと思ったわ」
とりあえず安堵の溜息を吐く恵衣。
「それで、家には連絡したの?」
愛華の服は、そこらじゅうが泥まみれだ。
「大丈夫! 昨日の内にちゃ〜んと、えーこちゃんの家にお泊りするから、っていってあるわん」
得意顔の愛華。こちらの水はアイスなので涼しそうだ。しかし、なぜか先程から店の中の冷房が効き過ぎているような気が、と愛華は思っていた。もちろん、それは先程のウエイトレスが仕組んだことである。二人に水を運んだ後、彼女は店長の制止も振り切って、店内の冷房をMAXにしたのだ。これでは、アイスはなかなか溶けない。ウエイトレスは、店長が「キミクビね」と笑顔で言っているのを聞きながらも、満足感を感じていた。
またしても話の軸がずれた。
「えーこちゃんって、言わないの」
恵衣は溜息を吐きながら、
「あ、そ。だから私が呼ばれたんだ」
「そのとぉり! さっすが親友、分かってらっしゃる」
あっはっはっは、と大きな声で笑う愛華の口を、恵衣は急いで抑えた。
「し、静かにしなさいよ!」
思わず、自分のほうが大きな声を出してしまった。
「…………」
店員が、他の客たちが、二人のことを冷ややかな眼で見つめていた。
「「す、すみませーん」」
二人は同時に愛想笑いを浮かべて、店員に謝った。
「まったく。彼方は昔からずる賢いんだから……」
「そうよ! 既成事実さえ作ってしまえば、こっちのもんよ!」
さらに得意顔になる愛華に、恵衣はただただ溜息を吐くばかりだった。
取り合えず、恵衣が持ってきてくれた服に着替えた愛華は、昨日転がり落ちた河の土手を歩いていた。汚れてしまった服は、紙袋に入れてある。
「にしても……少し地味な服よね」
愛華が恵衣から借りた服は、カットジーンズにタンクトップだった。他人からみれば、地味どころかかなり刺激的な服装である。しかし、背があまり高くなく、胸もあまり大きくは無い愛華が着ても恵衣ほどの魅力は引き出せてはいない。
「えーこちゃん、胸おっきいしな」
羨ましい限りだよ、と呟いた。が、
「せっかくの晴れの日に、しらけてちゃいけないよ〜」
辛気臭いのは愛華の最も嫌いなことの一つだ。すぐに元気になる。
「〜♪ 〜〜♪」
鼻歌交じりに歩いていた愛華だが、
「ん?」
前から歩いてくる小学生の軍団を見つけて、道を開けた。
「それでさー」
「ふーん」
「そうなんだぁ」
「うそぉ〜」
小学生は談笑しながら、愛華の横を通り過ぎていった。
「若いって、いいわねぇ……」
ジジくさく呟いた愛華の眼に、あるものが見えた。
「???」
まだ午前中のため、東から射してくる太陽の光とは反対側に、小学生の影が写る。
だが、その影が普通ではない。
その影は、影の主である小学生たちとはまったく違う動きをしていたのだ。
小学生たちは楽しそうに談笑しているのに、影のほうはまったく楽しそうではない。
ひたすら何かに当たり続ける影、読書に耽る影、さも早く帰りたそうにその場で駆け足をしている影、俯いている影、周りが五月蝿いのか耳を塞いでいる影。
その影の全てが、主である小学生とはまったく違う動きをしていた。
「?」
眼を擦って、もう一度見てみる愛華。しかし、影は相変わらずで……。
「ふ、二日酔い、二日酔い!」
そうだ、そうに違いない、とまるで自分に言い聞かせるようにひたすら言いながら、愛華は一目散に家へと帰った。
―数日後―
「で、何でことある事に私が呼び出されるわけ?」
恵衣は、愛華の部屋の扉にもたれ掛かりながら溜息交じりで呟く。
愛華の部屋は、正に女の子女の子していた。
いつ来ても、まるで漫画の世界に入ったみたいで落ち着かないわ、そう思う恵衣だった。
三人姉弟の長女である恵衣の部屋は、機能的なもので、必要最低限のものしかない。しかも、ファッションに興味はあっても、初めてお小遣いを貰ったのが高校生になってからという彼女にそんなものを買う余裕は無い。
そんな恵衣にとって、愛華の部屋はいつ来ても落ち着きはしないが、どこか羨ましい部屋なのだ。
「だ、だぁってぇ……」
愛華は布団から顔だけ出して、涙声で恨めしそうに呟く。
「何があったのよ? 私と別れてから」
「あ、あのねあのね……。えーこちゃん」
「えーこちゃん言わない!」
怒鳴りながら、恵衣は愛華のベッドに近づき、
「とにかく、何があったか話してよ」
愛華の布団を剥ぎ取った。
「で、彼方は他人の影を見るとその人の考えていることが見える、と?」
「考えている事、というよりは……、何に近いんだろ? 他人の本性……?」
首を傾げながら考える愛華。普段がさつな彼女なのに、パジャマの柄がとても可愛い花柄で、なおかつそれがとても似合っているというところが、恵衣にはおかしく写った。
「何でそんなものが見えるの?」
「あたしが知りたいわよ!!」
愛華はヒステリックに叫んだ。目元が赤く腫れている。よほど泣きはらしたのだろう。普段はとても明るく振舞い他人に決して弱みを見せない愛華を誰よりも知っている恵衣は、彼女がどれだけ辛い思いをしてきたかを理解した。
他人の本性が分かるなど、その体験は地獄のそれにも等しい思いをしたに違いない。下手をしなくても人間不信に陥ることだろう。それなのに、彼女は恵衣にその事実を相談してくれる。
恵衣は、愛華に心の底から信用されているんだと思った。それと同時に、
「ねぇ? もしかして、私の本性も見えてたりするわけ……」
一瞬、愛華は恵衣を凝視して、
「ムリね。どーも、あんたのは見えないわ。ま、見るまでもなくあんたの本性なんか手に取るように分かるわよ」
ハンッ、と愛華は鼻で笑った。
「何よ、ソレ! どうゆうこと!?」
恵衣が頬を膨らませた。
「単に、あんたが単純なだけよ」
「それ、褒めてない!」
恵衣は怒鳴るが、愛華はそれを見てさらに笑うだけだった。
「さて、彼方も元気になったことだし……。私、そろそろ行くわ」
「え?!」
それまで笑っていた愛華の表情が、急に不安げなものになった。
「な、何でよ!?」
「何でって……。部活よ、ぶ・か・つ。私は、彼方みたいにこの夏休みをぐうたら過ごすつもりは無いの」
「そっか、演劇部だったね」
なら、仕方ないか……と、愛華はうなだれた。
「そうよ。誰かさんがいつも強引に遊びに誘うもんだから、半分幽霊部員になっちゃったけど」
「ごめんごめん。今日は、止めないから」
「本当に?」
恵衣は、愛華のことをジト目で睨んだ。
「ホントよ! それに、この特異体質だって、考えようによっては、かなり使えるものだって分かったし!」
「使える、ねぇ……」
愛華の使える、使えないの基準は、お金が儲かる、儲からないの基準と同義語だと、恵衣は重々承知していた。
「だからぁ、ネ」
「何が、ネ。なのかしら?」
恵衣の胸中に不安が鎌首をもたげてきた。
「んもぅ! 分かってるクセに」
これは、ヤバイと、恵衣は真剣に思った。このまま愛華のペースに巻き込まれては、自分は何一つ得をしない、それどころか大損をする可能性も出てくると、恵衣は思った。
「ワタシを学校に連れってて♪」
「イヤです」
即答、だった。
「なぁんでぇ〜」
「彼方がついて来たら、練習どころじゃなくなるじゃない!」
「そんなこと言わないでぇ〜」
「“しな”を作っても、ダメなものはダメ!」
しなだれがかってくる愛華を押しのけて、恵衣は立ち上がった。
「じゃあね」
「…………」
恵衣は、出て行こうとして、部屋の扉のドアノブに手をかけて立ち止まった。
いつもなら、しつこいくらいに言い寄ってくる愛華が何も言ってこない。
「……う……うぅ」
ウソ泣きだ。愛華とは長い付き合いだ、それくらいはすぐに分かる。
「こんなわけわかんない特異体質になったら、部屋から出るのも億劫になる所を、自分から外に出ようとしているのに……」
さっき、金になるから便利だといったのは、どこの誰だろう? 恵衣は、後ろで必死(?)の演技をしてる友人に冷ややかな視線を送ったが、
「ハァ……」
溜息をひとつ吐いた。
その言葉の端々に真実があることを、恵衣は知っていたのだ。
「来たいなら、用意くらいしなさいよ。練習は一時半からなんだから、何か食べてから行きましょう」
時計の針は、十二時半。ココから学校までは、大体三十分くらいである。
「い、今スグに用意するから!」
愛華は慌しくパジャマを脱いだ。
「学校は、制服着用だからね」
「分かってるわよ!」
恵衣はそれだけ聞くと、部屋から出た。
「まだ、夏休みが始まって数日しか経ってないのに……。不思議な気分ね」
校門をくぐるなり、愛華は辺りをキョロキョロと見回した。夏休みに入っているため、校舎の中に人はおらず、いつもは自転車で溢れ返っている自転車置き場にも自転車は数え切れる程度しかない。ちなみにここ藍ヶ丘学園の野球部は、一昨年、新しく入部した一年生に例年通りの丸坊主を強制したら全員が即日退部してしまい、それ以来進入部員が来ずに潰れてしまっていた。他の運動部も、クソ暑い日中の練習などに参加などするはずもなく、皆朝早くか夕方から夜に掛けてしか練習しない。そんなもんだから、日中は文科系の部が体育館を占拠できるのだ。とはいっても、活動しているのは演劇部とブラスバンド部くらいのものだが。
そんなものだから、この学校は平日と休日とでは雲泥の差がつくくらい人がいないのだ。
しきりに辺りを見回している愛華に、恵衣は声を掛けた。
「彼方、登校日は絶対休むもんね」
「休みを満喫しているのに、水を差すようなことは嫌いなのよ」
サラッと言い切る愛華を前にして、恵衣は頭を振った。
「ま、たまにはこんなのもイイわね」
愛華は一人納得すると、
「さ、行くわよ」
ズンズン進んでいった。
「元気なら、それでいいけど……」
恵衣は、空を仰いだ。さっきファーストフード店で食べたソフトクリームのような入道雲が浮かんでいた。
「まだ、夏休みは始まったばかりなのよね」
「で、どんな劇を練習してるの? あんたはどんな役? 主人公はカッコイイ?」
体育館に入るなり、恵衣は愛華の質問攻めに遭った。
「劇は、ハーメルンの笛吹き」
「何? ソレ」
「知らないの? ほら、町からネズミを追い出す代わりに子供たちを連れ去ってしまう不思議な笛吹きの話」
本当は約束を守らなかった町の人間が悪かったのだが、そこらへんまで説明しようと思ったらそこそこ話が長くなるので、恵衣はテキトーに説明を済ました。
しかし、愛華はそれだけの説明で大まかな内容を理解したらしく、
「あぁ。ペストが流行った時期に出来た話ね」
ひとりうんうんと頷いた。
「そこまでは知らないけど……。相変わらず博識ね」
恵衣は素直に感心した。
「それで、あんたの役は?」
「私? 私は、子供を笛吹きに連れさらわれて悲しむ母親の役」
「ふぅ〜ん。じゃあ、主人公のハーメルンさんは?」
「しゅ、主人公は……」
恵衣が急にどもった。いつもは鋭いその表情は、見る影も無い。滅多にお目にかかれないただただ慌てる恵衣がそこにはいた。
「はは〜ん」
愛華の頬が意地悪く歪む。
「あの、人なわけだ」
「……うん…………」
恵衣が、かすかに頷いた。
「それでさ……」
愛華は、急に声のトーンを落とした。
「あんたの、愛しの彼はどこ?」
愛華は恵衣の耳元で囁いた。
恵衣の愛しの彼とは、この藍ヶ丘学園でも有名な人だった。学年主席で、体育祭でも団別リレーなどで大活躍した、もはや一昔前のアイドル的な存在である。名を、鷹田悠弥という。柔和な感じの顔立ちはいかにも優柔不断男のようにも見えるが、実は彼、剣道二段・柔道初段の腕前を持ち、いざという時の決断は素早く、説得力と自信に溢れるその言動には教員たちもたじたじといった感じである。そんな彼だ、もてない訳が無い。しかも彼は、いまどきの高校生とは少しかけ離れたセンスの持ち主であり、趣味は盆栽といったふうにじじくさい。しかし、そんなことくらいでこの彼の、背が高く、一昔前の一世を風靡したアイドルのような美貌が損なわれるわけも無く。とにかく滅茶苦茶モテるといった感じの高校生である。
「……えっ!?」
悠弥の話を振ったとたん、恵衣の顔がゆでだこのように急に真っ赤になった。
「そそそそ、そんなこと!! わわわ私如きに彼のようにゃ、そそそんにゃこと!」
「落ち着け落ち着け」
愛華は、顔を真っ赤にしながら首をかくかく動かしている恵衣をなだめると、
「その調子じゃ、声もまともにかけてないようね……」
溜息を吐いた。
「そんなんじゃ、いつまで経っても進展しないわよ!!」
「そ、そんな大きな声で言わなくてもいいじゃない」
恵衣は、愛華の口を押さえると、こちらも溜息を吐いた。しょうがないのよ、とでも言いたげだった。
「彼の周りには、いつも誰かがいるし……」
「ま、彼は老若男女に人気だからね」
そうなのである。悠弥は外見通りの真面目君なのである。しかも、適度に間の抜けた真面目君なのだ。どっかの漫画やアニメに出てくるような完全無欠の滅茶苦茶嫌味な真面目野郎とは違うのである。友達とハメを外すこともあれば、その友達を強引に誘い一緒に町内の清掃活動に参加したりしているのである。そんなもんだから、彼は老若男女に大人気なのだ。
「だから、だから……」
分かる分かる、と愛華は頷いた。
「あんたにゃ、さりげない風を装って話し掛けるなんて無理だもんね」
よしよし、と恵衣の頭を撫でながら、愛華は力強く頷いた。
「任せて! あたしがきっと、あなたの恋を成就させてあげるわ!」
拳を天に突き出した。
「別にそんなことしなくてもイイって! って言うかしないで!!」
恵衣は愛華にしがみ付いたが、愛華の眼はすでにアッチへと旅立っていた。
「まっかせなっさ〜い! あたしのこの新たに手に入れた力で、彼の心の中をウォッチング!!」
少し、常軌を逸した眼で、愛華は走り出しました。目指す先は、演劇部がいつも練習に使っている体育館。
「ま、待って! よけいなこと、しないで〜!!」
恵衣の叫びは、夏の青空に空しく吸い込まれていった。
体育館に入った恵衣が見たのは、世にも恐ろしい光景だった。
「それでさ、えーこちゃんったらぁ」
「えーこちゃん?」
「ああ、ソレは恵衣のニックネームね」
「そうなんだ」
なんと、もうすでに愛華は悠弥の隣をキープしているではないか。周りの、演劇部女子部員だけでなく、ほかの運動部の女子も、愛華を睨んでいるが、彼女は気にも留めない。
愛華のああいった、ある意味自信にあふれているところが、恵衣は羨ましかった。
しかし、今は羨ましがっているときではない。
「あ、愛華ー」
恵衣は、さり気ない風を出来るだけ装って、愛華を呼んだ。しかし、それは逆効果だった。
「ん? あぁ、恵衣ー! あんたもこっちに来なさいよ」
「…………」
一瞬、恵衣の頭の中が、真っ白になった。
「な、何言って……」
すぐさま、愛華を悠弥から引き離すべきだとわかってはいても、誘われた以上、こちらから出向くしかなくなったしまった。普通なら、ここでテキトーな理由でも付けて愛華を引き離すことも可能なのだが、悠弥に見られているとゆうだけで恵衣は極限にまで緊張してしまっていた。
「何してんのよー。早く来なさいよ」
悠弥は死角になって見えないが、恵衣にはしかっりと見えた。愛華が悪魔のような笑みを浮かべていたのが。
「こ、こんにちわ」
結局、恵衣は悠弥の隣まで来てしまった。
悠弥は背が高いため、恵衣は少し見えげるようにしなければ、顔が見えなかった。
キャーキャー! 悠弥さんの顔がこんなに近くに!! もう、どうすればイイのよぉ〜〜!!
悠弥は愛華と何か話したりしていた。時折、恵衣にも話が振られてはくるが、恵衣は始終それを上の空で聞いていた。
「それじゃあ、俺、部長だから」
今日どのような練習をするかを顧問の先生と話すらしい。悠弥はそれだけ云うと、体育館から出て行ってしまった。
「なんか、イイ奴じゃん」
「…………」
恵衣は、すでに燃え尽きていた。
「……なに、真っ白になってんのよ」
「だって、だってぇ……」
泣きそうになりながら、恵衣は愛華に縋り付いた。
「ま。ひとつ分かったことがあるがねぇ」
愛華はポソリと呟いた。
まっさか、あいつも恵衣のことが好きだったとは……。わが友ながら、こいつは可愛いし。けど……
「面白くないわね」
数日前にふられたばかりの愛華にとっては、おだやでない事実であった。
「どーしよう? 私、変じゃなかった?」
しかしそんな邪まな考えも、恵衣の今にも泣きそうな顔を見ると吹き飛んでしまった。
「あたしって、お人よしなんだから……」
「?」
目尻に浮かんだ涙をぬぐいながら、恵衣は首をかしげた。
「ヨシッ! 決定!!」
愛華は恵衣の肩を掴んだ。
「イイこと、彼を誰にも取られたくないなら……」
「と、取られたくないなら……?」
困惑しながらも、恵衣は期待しているようだった。
「攻撃(アタック)あるのみ!!」
愛華は、我ながらいいこと言うなぁ、と一人感心していた。
「こ、攻撃って……」
「そうと決まれば、」
「まだ決まってないわよ!」
「善は急げ」
「別に急がずにゆっくりと……」
「作戦開始よ!!」
「作戦って……」
愛華は、どこからとも無く、花柄のメモ帳を取り出した。
「このメモ帳には、男を落とす、千とんで十五個の方法が書いてあるのよ!!」
得意げに鼻をフン、と鳴らすと、愛華は音速でページをめくった。
「これだぁ!」
目的のページは、すぐに見つかった。
「ああゆう、鈍感な男には、これが一番!」
〜男を落とす方法其の参拾四〜
「なんで、番号がそんな時代がかった漢字なの?」
なんだかんだ言って、結局はメモ帳を横から覗いている恵衣が疑問を口にしたが、愛華は無視した。
いいこと! 男を落とすには、その女としての魅力を存分に出さなくちゃあいけない! 出し惜しみなんて無意味!! そこで、まずは自分の魅力を最大限に発揮できる舞台を作らなければならない!! その舞台にもいろいろあるが、やはり原点に帰るのが一番!
まずは舞台作りだが、これは邪魔者が入る可能性があるので、一瞬にして作り上げねばならない。そのため単純且つ、相手が確実に引っかかる方法を取るのが好ましい。というかそれしかない!
ここで本題に入ろう。舞台は、廊下。あなたは素早く相手の前に回り込んで(もしくは、相手が自分の後ろを歩くように意図的にその立ち位置をキープ)、そしてココが重要! そう、さりげなく、自然に、ハンカチを落とすのだ!! そして優しい彼は、そのあなたが落としたハンカチを拾い、あなたに手渡し。そこから始まる二人の恋!!
「名づけて、乙女作戦(オペレーション・オトメ)!!」
「…………」
もんのすっごく、不満そうな恵衣の顔がそこにはあった。
いつの間にか周りで盗み聞きしていた女子も、愛華の精神を疑った。
愛華は、ものすごくご満悦だった。
雲行きが、メチャメチャ怪しくなってきた。
「……何よ、その顔。不満なの?」
悦に浸っていた愛華は、恵衣の顔を見るなり、少し怒った顔をした。
いつの間にか、他の盗み聞きをしていた女子たちは練習に戻っていた。
「不満」
にべもなく、恵衣は言い切った。
「な、なにがッ! 何が不満だってのよ! この綿密かつある意味狡猾でさえあるこの作戦の、どこが不満だって!?」
「ソレを言うなら! 滑稽でしかないわよ!!」
うまい!
周りで練習していた皆が、そう思った。
「なッ!! そんなにいうなら、コレでどう!?」
〜漢を落とす方法其の仇珀弐拾伍〜
「ちょっと、その『漢』って何よ!?」
「横からツッコまないの!」
やはりお堅い漢を落とすなら、硬派なやり方が一番! そこで一計!
「しなくてイイから!!」
「んもうッ! いちいち五月蝿いわね!」
まずは基本の廊下。
「いつの間に基本になったのよ……」
なにか言う度に怒鳴られてはたまらないので、恵衣は呟く程度に留めておいた。
その廊下を二人がすれ違う。そして、その瞬間!! 肩と肩がふれあい……、倒れる彼方。それを受け止める彼…………。めくるめく恋の予感!!
「どうよ! 名づけて花振り月夜と恋曜日大作戦!!」
自信満々の愛華。しかし恵衣は、
「……もう帰る」
真っ白になったまま、かくかくと首を動かしていた。口からは煙まで吐いていた。エクトプラズムって感じだ。
「…………私、今日はもう帰るね」
恵衣は真っ白のまま、周りでギャラリーと化していた同じ演劇部の部員に云った。
「ちょ、ちょっと! 何よその態度! あたしはこんなにも真剣だってのに!!」
「真剣って、あんたね!! 私で遊んでるんでしょう!!」
「そりゃあ……遊んでたコトは謝るけど」
こころなしか、語尾が小さくなっていく愛華に対し、恵衣は怒り心頭だった。
「やっぱり、遊んでたんじゃない!! 信じられない! こんなに真剣な私で遊ぶなんて……。もう帰る!!」
「そんなこと言わないで、ネ。もう一度、しっかり考えましょうよ」
なんとかして、恵衣をその場に留めて置きたいのか、愛華は必死だった。
「もう、そんなに悠弥君が気になるなら、自分で落とせばイイじゃない!! ついこの間、彼にふられたばっかりなんでしょう!!」
言ってから、恵衣は取り返しがつかないことをしてしまったと気づいた。
「…………クッ……」
しかし、後悔先に立たず。愛華の目尻に大粒の涙が浮かんできた。
「あう、あ、あぅ、あぅ……」
なにか言いたい恵衣だったが、時すでに遅し。愛華は声には出さなかったものの、泣き出してしまった。そして、ソレと同時に。
「危ない!!」
悠弥の声が、体育館に響き渡った。
それからは、まさに一瞬の出来事だった。恵衣、愛華の二人を影が覆ったかと思うと、恵衣は何かに突き飛ばされた。そして、そのまま抱えられた。その直後に、轟音が響き渡った。
自分が、悠弥に抱えられているということに気づくまで、恵衣はかなりの時間を要した。
そしてそれと同時に、自分たちの上に他校では珍しい移動式のバスケットゴールが倒れてきたのだと理解した。
「……大丈夫?」
悠弥は、恵衣をお姫様抱っこしながら訊いた。
「怪我なんかしてたら大変だ。保健室で見てもらおう」
恵衣は、しかしすでに気を失いかけていた。こんなにうまくコトが運ぶなんて、なにか裏があるに違いない。そうだ、このまま幸せの代償としてなにか持っていかれるに違いない。
考えれば考えるほど、恵衣の頭の中では不幸の方程式が出来上がっていった。
「大丈夫? 顔が真っ赤だよ」
悠弥は、恵衣に顔を近づけていく。本人にはモチロン悪気なんか無い。しかし、やられる本人にしてみれば、もう心臓が口から飛び出そうなほどドキドキである。
「あやややややややややや…………」
迫り来る悠弥の顔で、恵衣の視界は一杯になった。そして、そのとき、恵衣の中で何かが音を立てて崩れた。後にして思えば、それは理性だったのかもしれない。でも、もうそんなことは関係なかった。
――攻撃あるのみ!!――
恵衣を後押しするかのように、愛華の言葉が脳裏に響いた。
今しかない!!
恵衣は心を決めた。
――チュッ――
「!!」
「!?」
「?!」
「??」
その時、その場の全てが凍りついた。
時も、
人も、
そして、彼女も…………
「…………!!」
夢だと思った。
そう。
夢だと、自分に言い聞かせた。
しかし、
「恵衣、さん?」
目の前にある、悠弥の顔を見た瞬間、恵衣は自分の身体が熱くなるのを感じた。
「はわわわわわわわわわわわわッ!!」
恵衣は、手をバタバタと動かし始めた。
「ち、違うんです!! コレは、その!! あ、アレなんですよ! 暴走? そう、暴走なんです!!」
もう自分でも何を言っているのかを理解していなかった。
顔は茹蛸のようになり、首をカクカク動かしていた。そして、頭から煙がモウモウと噴出していた。
「…………いや、イイんだ」
悠弥は、首を横に振った。
「イイんだ。イイ……んだ」
恵衣は、悠弥の顔を見た。
悠弥の顔も、真っ赤だった。
「俺、も……好き…………だから」
「エッ?」
「……好きだったから」
「!?」
ボンッ! と音がしたに違いない、と恵衣は思った。自分の心臓が爆発したに違いない、と恵衣は思った。
それほどまでに、この現実が信じられなかった。
それほどまでに、この現実が嬉しかった。
それほどまでに、それほどまでに……この瞬間が、この刻が、止まってしまえばいいのに。
そう、思った。
しかし、現実は残酷だった。
刻は唐突に、そして急流のように動き始めた。
「…………そういえば、愛華は?」
恵衣は、幸せで全てを忘れていたわけではなかった。キチンと、友達のことは忘れていなかった。
「そういえば、愛華さんが見えないけど……」
たしかに、周りを見まわしても愛華の姿は見えない。と、その時。
「……こっちよ〜…………」
耳をすまさなければ聞こえないようなかすかな声が、バスケットゴールから響いてきた。
「まさか!」
恵衣と悠弥は顔を見合わせると、
「急げ! まだ間に合うかもしれない!」
「み、みんなも手伝って!!」
こうして、バスケットゴールの下より愛華は5分後にその場に居た皆の手によって助け出された。
――ピーポーピーポー――
なぁんで、あたしってばこんなにお人好しなんでしょう?
カミサマ……あたしに春が訪れるのは、一体いつなんでしょう?
カミサマ。
どうか、あの子が幸せになりますように…………
体育館の事故の二日後。
恵衣は、バスケットゴールの下敷きになってしまった愛華の見舞いに、市立の病院に来ていた。
「おじゃましまーす」
おそるおそる、恵衣は病室の扉を開けた。
「……何よ、遅かったわね」
おもいっきり不機嫌な顔の愛華が、ベッドで寝ていた。
「全治2週間、だって? 大変だね」
「大変? この状況を大変と言い切れる、あんたの脳みそが大変なんじゃない」
愛華は、この上なく不機嫌だった。
それは怪我のせいもあるのだろうが、何よりも、今この場に居る、彼の存在が彼女を苛立たせていた。
「そんな言い方は無いと思うけど」
恵衣の隣にいた悠弥が、なだめるように言った。
たしかに大人気無かったな、と愛華は自分に言い聞かせると、
「ねえ。チョット、ジュースでも買ってきてくれない? 喉が渇いちゃった」
猫なで声で、愛華は悠弥に物ねだりをした。
「わかった。じゃ、すぐに買ってくるよ」
「うん、お願いね〜。ゆっくりでイイからね〜」
愛華はヒラヒラと手を振って悠弥を部屋から追い出すと、
「さて、お話しましょうか。恵衣ちゃん」
妖しげな笑みを浮かべて、愛華は手招きした。
「な、何?」
冷や汗を垂らしながら、恵衣は愛華のベッドに近づいていった。
「で、どうなのよ?」
「どうって?」
「決まってんじゃん! あの彼とどこまでいったの?」
恵衣の予想に反して、愛華は上機嫌だった。
「あんた、その様子だと、キスもまだでしょう?」
「な、何いってんのよ! キ、キスくらい……」
「したの?」
顔を覗きこまれて、恵衣は真っ赤になった。
「ふ〜ん、したんだ」
「…………うん……」
そっかそっか、と愛華は嬉しそうに頷いた。
「これで、あたしが体を張った甲斐があるってもんよ」
「なに江戸っ子になってるのよ」
威張る愛華をみて、思わず恵衣も吹き出したが、すぐに、
「体を張った甲斐って何?」
真剣な顔で、愛華を正面から見据えた。
「? そんなこと、あたし言ったっけ?」
「言った。確かに、この耳はその言葉を覚えてるわ」
そっか……しまったなぁ、と愛華は頭を掻いた。
「ま、その……なんていうのか……」
歯切れの悪い愛華を見て、恵衣は悟った。
「見えた、のね」
「……まね」
バレちゃあ……しょうがないか、と愛華は観念したように口を開いた。
「正直言っちゃうとね、全部分かってたのよ。悠弥クンがあんたのことが好きだってことも、あのバスケットゴールが倒れてくる事も、ネ」
「悠弥のことはともかく、どうしてゴールが倒れてくるって分かったのよ?!」
「イヤン、まったく。もう名前で呼び合ってるのん」
愛華はケラケラ笑い出した。
「そ、そんなことはどうでもイイのよ!!」
恵衣は、顔を真っ赤にしながら否定した。
「ま、それは置いておきましょうか。これから先、見舞いに来るたびに詮索してあげるから。で、あのゴールあのが倒れてくるのはね、簡単な事よ。あそこで練習しているみんなが知ってたみたい。あのゴールが古くて脆くなってるってこと」
「でも、それがタイミングよく倒れてくるなんて……」
「かぁんたんなコトよ!! 私の超能力で」
「彼方のって、人の心云々だけじゃなかった?」
ジト目で愛華を睨む恵衣。
バレた? と愛華は舌をちょこん、と出した。
「いや、アレは賭けだったのよ」
「賭け?」
「そう。賭け」
胡散臭そうに愛華を見る恵衣だったが、愛華が真剣な眼で自分を見つめ返しているのを見て、
「ま、うそ臭いっていうか嘘みたいだけど……信じてあげる」
深々と溜息を吐いた。
「でも」
「まだ……何かあるの?」
愛華は、身じろぎをした。なんとなく、恵衣に真正面から見られるのが嫌な、愛華だった。
「あの手の込んだ芝居は、どうかと思うわよ」
特に涙なんてね、恵衣にしてはかなり珍しい、意地の悪い笑みを見て、愛華はただ渇いた笑いをもらすことしかできなかった。
「あははははははは……」
しかし、恵衣は知らなかった。愛華が『本当に』バスケットゴールを倒したという事実に。
彼女が手に入れたのは、人の本心が影として見えるという力だけでは無かったのだ。
物を、人に引き寄せる力をも手に入れたのだ。
ただこの力には、いろいろと規定がある。手に入れてからの期間が短かったため、この力については彼女も詳しくわかってはいない。
わかったことといえば、この力は、自分限定にしか働かないということ。自分が実際に持っている力と同じ分だけの力しか働かないということ。生物には、決して働かないということ。これらの条件を満たしていれば、たとえどのような物でも自分に引き寄せることが出来る。
『物と人を引き合わせる力』
と、
『人と人を引き合わせる力』
結果的に彼女が手に入れたのは、この二つの力だったのだ。
何にせよ、これらの力は結局最後まで、自分の役には立たなかったわね。
心の中はかなりブルーだったが、愛華はそれを決して表には出さなかった。
何故なら、友達が、親友がこんなにも幸せそうだったから。
お幸せに……。
愛華は心の中で、そっとこの幸せそうな親友を祝福した。しかし、彼女の口から出た言葉は、
「せいぜい、あたしみたいにならないように気をつけることね」
意地悪な言葉だった。
「…………」
そんな愛華を見て恵衣は、相変わらずね、と心の中で苦笑いした。
恵衣は、愛華の能力までは分からないものの、今の愛華の心境くらいは手に取るように分かる。
「……あたしたち」
「?」
「あたしたちって、もう友達になって長いよね」
「……うん。もう、十年になるかしら?」
「七年よ」
「…………。そうだったかしら」
「そうよ」
しばらく、重苦しい沈黙が続いた。
「……ま、イイじゃない」
「そうね。過ぎたことなんてどうでもいいわよね」
二人は笑い合った。と、そこに。
「ゴメンゴメン。院内には紙コップのヤツしか売ってなくてさ」
悠弥が汗をかき、両手にジュースを持って帰ってきた。
それから三人は他愛もない会話をして、解散となった。
「一人は〜寂しい〜か〜ら〜ね〜♪」
いつかやっていた某はれの合間にブタが降るというアニメのエンディングテーマを歌いながら、愛華は何気なく窓の外を見た。
こんなもんかね……。
愛華は、満足していた。少なくとも、そう自分に言い聞かせていた。
あたしの春はいつかしら?
そんなことを思いつつ、愛華は外を歩いている、いつか見たき記憶があるようでないような小学生の団体を見た。その小学生の影が変化して――
「?」
おかしい、変化しない。
愛華は眼をこすって、もう一度小学生の方を見た。しかし、その影は変化しない。
「な、なんで…………?」
バカな。そんなはずは、
「やっぱり、変化……しない」
その時、愛華は理解した。
この力でしなければならないことは、もう終わったっていうこと? あたしがしなければならないことは、もう終わったっていうこと。
ショックだった。
と、いってもほんの数瞬だけだったが。
「ま、これであたしは普通の女の子に戻ったっていうことか」
すぐに開き直った。
終わったことは気にしない。それが、愛華の性分だった。
「いってきますと今日も〜わーたくし仕事ーへと旅立ってく〜♪」
愛華は、眠るように眼を瞑った。
その目尻を一筋の涙が零れ落ちたが、それが悲しみのためか、もしくはそれ以外の何かのためかどうかは愛華にも分からなかった。
ただ、今は泣きたかった。声も上げずに、ただただ今まで溜めていた涙を全部流したかった。
愛華は、眼を瞑ったまま泣き続けた。
コンコン。
「?」
誰かが、愛華の部屋の扉をノックしていた。
この部屋は、四人部屋だが今は愛華一人しか入っていない。
健康ってイイなぁ〜。
愛華はしみじみと思いつつ、
「開いてますよ〜」
目尻の涙を拭いった。
「こんな中途半端な時間に来る、輩はだれじゃ?」
愛華はベッドから身を起こし、訪問者の顔を見て、
「――――ッ!!」
絶句した。
そこに立っていたのは、
「先日は、ゴメンな。なんてーか、その。ヤッパ、中途半端はイヤじゃないか?」
「…………どうして、あたしに同意を求めるのよ」
愛華はわざと、すねたような口調で言ってみた。
「す、すまん」
「謝ることなんてないのよ。だから……ホラ、言いたいこと言ってよ」
彼方の言いたい言葉は、きっとあたしが一番聞きたい言葉だから。
だから、
「もう一度、俺と付き合ってください!!」
病院内だというのにそんなに大きな声をだして、と思いつつも、愛華は嬉しかった。
「……イイよ」
「本当?」
「あったりまえじゃないのよ!」
「そっか」
胸を撫で下ろす、そんな彼方の仕草が好き。そう、あたしは、彼方の全てが好きだから、
「ネ、お願い聞いて」
「俺に出来ることなら、なんでも」
「……キス、してよ」
「イイ、のかよ?」
「女に何度も、同じコトを言わせる気!」
「ご、ゴメン」
じゃあ、といって、彼はあたしに近づいてきて……
――チュッ――
優しい、温かなキスをくれました。
人を引き合わせるということ……
それは、
人の幸せを願うということ.
私の友達が体験したこのひと夏の思い出は、
ひとを幸せにすることとは、
どんなに難しいかを私に教えてくれたのかもしれない.
私と彼女は、
いつまでも、
いつまでも、
親友です…………
END
〜奥付〜
私には、歳が十離れた妹がいます。ついでに、歳の二つ離れた愚弟も。
今年でその妹は八つになります。
そんなこんなで、最近小説とかで女性キャラを考えているときに、将来私の妹もこんな子になって欲しいな〜、とか考えながら小説を書いてます。
私の理想の女性キャラを二、三挙げてみますと、
Kanon―― 天野美汐
Air―――― 遠野美凪
ぱにぽに――― 一条さん
見たいな感じです。どのキャラも、静かで不思議キャラです。
そんなんだから、私も妹には静かで落ち着いた子になってもらいたいのですが……
周りに男しかいないもんだから、とっても男勝りで、怖いものは父上、母上と幽霊くらいのものなんです。私でさえ、妹に蹴られたり踏まれたり、さらには妹のボディープレスで朝を迎えたりしています。
この状況を羨む人もいるかも知れませんが、私にとってはいい迷惑です。だから、余計に妹にはおしとやかで落ち着きのある子に育って欲しいのかもしれません。
それでは、この辺でさよならです。
出来ればこの話しに出てくるキャラたちを使って、また違った話しを書きたいものです。
それでは、さようなら。
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