※諸注意
この小説は、かなりいろんな意味でギリギリの線を越えちゃったり越えなかったりしてますが、まぁ、そんなに気にしないでください。
妄想の小部屋[今流行の能力者モノ]
〜なんだかんだで急ピッチでこれを進めるのは早々にこれを切り上げたいからに他ならないけどでも他にネタらしいものも無いから神様もう少しだけみたいにもう少し続けてみようかと考えてはいるけどでもやっぱりそろそろこれから手を引きたいなぁと考えてる今日この頃的小説DX決定版〜
闇。
それは絶対か?
否。
闇とて、絶対には程遠い。
光。
それは絶対か?
否。
光とて、絶対には程遠い。
なら、何が絶対なのか?
闇でも、
光でもないもの。
そんなものは、
果たしてあるのだろうか?
そして、
絶対の答えなど、誰が信じられようか?
祐一は、いままで閉じていた眼を、ゆっくりと開けた。
「やあ」
祐一の視界に、一人の少年が映った。
「よお」
少年がしてきたように、祐一も少年に気軽な挨拶を返した。
「景気はどうだい?」
少年が、祐一に近づいてくる。
そこには、敵意も何も感じられない。
そう、友情すら、知人と会話をするような感じさえ、感じられない。当たり前だ、お互いに初対面なのだから。
しかし、それにしたって警戒心と言うものは出がちである。それすらも、少年からは感じられない。
「ぼちぼち、と言いたいが、かなり悪いな」
祐一は笑って答えるが、祐一のほうも、初対面の少年と会話しているというのに、違和感すら感じてはいない。
少年も、祐一も、お互いを認めてはいないのだ。
人ということを。
そして、存在すら。
「それで、下はどうなってる?」
少年は祐一にさらに近づこうとして、急に歩みを止めた。
「そういえば、俺たちはこれ以上、近づいちゃいけなかったんだよな」
「……そういえば、そうだったな」
祐一も、そのことについては半分ほど忘れ気味だった。
「忘れんなよ、そんな大事なこと」
祐一は、少年を非難するが、別にそこに怒気などは含まれていなかった。
少年の方も、お前こそ、と口では言っているが、それだけだ。
「それで、お前は下をどうするつもりだ?」
少年は地面をつま先で叩いた。
「あいつらに任せてはいるが……」
祐一の表情に陰りが見える。
「やっぱ、きついか?」
少年が気遣うような表情で、祐一を見る。
「一応、北川を向かわせたんだが……」
「なら大丈夫だな。ヤツは、一度死んだことにより、さらにパワーアップしているのだから」
少年が祐一の肩をバンバン叩く。
祐一は顔をしかめながらも、どっかの戦闘種族かよ!! と心の中でツッコんでいた。
「そういえば、ココってどこなんだ?」
祐一の肩を叩きながら尋ねる少年。
「そういえば……。どこなんだろうな?」
「? お前も知らないのか?」
少年の手が止まる。
「気づいたら、ここにいたからな」
祐一は言い訳をするふうでもなく、ただ事実を述べていた。
「俺も、気づいたらここにいた」
少年は祐一から離れていく。
その手には、いつの間にか杖が握られている。まるで絵本の中などで魔法使いが持つような、杖。
少年はそれを右手でくるくると回し始めた。そして、口を開く。
「そもそも、下の連中は俺たちを助けようと頑張ってくれているらしい」
「みたいだな」
「なら、俺たちも頑張るべきなんじゃないかな?」
「……なにをさ?」
少年はしばし考えるような素振りを見せた後、
「生きようとすることだ」
ハッキリとした口調で答えた。
「……生きようと、することか」
祐一はうんうん、と頷いた。
そして、少年に向き直る。その手には、刀が握られていた。刀身が夜の闇を思わせるほどに黒い。鍔は、刀身がそれなために余計に目立つ銀色。そして柄は、紅。血より、さらに映える紅。
刀を無造作に振り、重さを確かめる祐一。
「これが夢だったらいいと、思うだろう。相沢祐一?」
少年は杖で祐一を指す。
「……それは、お前もだろう。――相沢祐一?」
祐一は目の前の少年、相沢祐一に不適に笑いかける。
「それも、そうかもな」
「だろ? 同じもの同士、気は合うな」
「……だから、一人しか残れないんだな」
杖を持った方の祐一は、まるで自分に言い聞かせているようだった。
「時間は、有限だ」
杖を振りかざす祐一。
「さあ、はじめよう」
杖を振り下ろした。
爆音と劫火が巻き起こる。
――まったく同じもの。
その二つが、激突する。
「その力場は、ちょっとやそっとじゃびくともしませんよ」
栞は、ソファーに座りどこから持ってきたのかバニラアイスを食べながら、名雪と北川に声をかける。
栞の言うとおりだった。二人が捕らえられているのは物質の檻ではなく、空間そのものの檻。常識的には出るのは不可能。
しかし、ここは常識が通用しない世界。
「これくらいなら、ワケないよ」
名雪は、捻じ曲がった力場をまるで少し風が強いかも、程度にしか思っていないのだ。何故なら、
「″L’Angelo――審判(裁くは我)″がある限り、私に間接的な攻撃は通用しないよ」
名雪は、栞ににっこりと笑いかけた。
そのまま、空間を捻じ曲げて作られている檻から出てきた。
――空間の檻。
普通、世界は常に決まった方向に流れている。それは、右から左へ、というわけでもない。
ただ、誰が決めたわけでもなく、どこからか来て、どこかへ過ぎ去っていく。ただ絶対的に言えるのは、それが決まった方向で、それは誰にも変えることの出来ないものだということ。それは時間というわけでもないが、時間とは切っても切れない関係にある。変化には時間が必要だから。そして、栞が作り出したその空間の檻は、本来決まった方向にしか流れない力を、捻じ曲げて作り出していた。
Ruota della Fortuna――運命の輪(全てを狂わす歯車)。
それは輪だった。規則的に回り続けるそれを、栞は狂わせることが出来るのだった。それにより、栞は存在する全てのものを折り曲げ、捻ることが出来る。
しかし、それが破られた。
「……どうして」
栞は、持っていたスプーンを床に落として立ち上がった。
「それはね、」
「それわだなぁ!!」
栞ににっこり笑いかけた名雪の背中から、北川がひょっこり顔を出した。
「水瀬の体内時計は元から狂いっぱなしだから、いまさらちょぉっと世界が狂おうが、水瀬にはなぁんも影響ないんだよ」
そうだよなー、と名雪に笑いかける北川。
「……そ、そうだねー」
名雪も北川につられて笑い出す。
しかし、その手はきつく握り締められていた。
「どうだ、まいったか!!」
それに気づかず、ひたすら馬鹿笑いの北川。
「あ、あははー」
笑い方が佐祐理チックになっていることに、愚か北川は気づかなかった。
ゴンッ!!
その脳天に拳と怒り炸裂するまで、北川は笑い続けていた。
「わたしの″L’Angelo――審判(裁くは我)″は、絶対なんだよ」
「絶対……?」
栞の目つきが鋭いものとなる。
ん〜、としばらく考えていた名雪だったが、答えが出たらしい。
「そう! 裁判官みたいなものなの。わたしの下した決定は、絶対なんだよ」
「そんなこと、ありえません!」
「でも、そうなんだよ」
にっこり笑いかけてくる名雪。彼女を睨みつける栞。
二人の間の――というか緊張しているのは一方的に栞ではあるが――空気が、ピンッ静止する。
「さあ、栞ちゃんの姿をした誰かさん。正体を見せるんだ!!」
ババンッ、と名雪の背後に効果線と現れて、ゆっくりと空気がさめるのに同調して消えていく。効果線が全て消えてから、栞は口を開いた。
「私は、美坂栞です。それ以上でもそれ以下でもありません」
サングラスをかけながら、栞はそんなことを言う。
「連邦について何をするつもりですか! 大佐!?」
「……」
「重力の井戸に引かれる者がどのようなものか確かめたかったのだ」
「……」
「さすがは、新人類と言うヤツですか?」
「……」
「フッ、そんなものではないさ」
「……」
「宇宙をそらと言うのは、革新した証拠でしょう?」
「……」
「違うな。人類は宇宙(そら)に出ても、ありもしない重力に引かれているから……。だからさ」
栞のサングラスをかけたり外したりの一人芝居をジッと見ていた名雪だが、ひとつ、気になるところがあったらしい。
「栞ちゃん、ちょっと違うかも……」
「エッ? ど、どこがですか?」
それまで、一人で自信満々に演技をしていた姿からは想像できないくらいにあわあわ慌てる栞。
「大佐は、連邦についたわけじゃないよ」
「そ、そうでしたか?」
「ゲームのやりすぎだよ。大佐は、第三勢力についたんだよ」
しばし考え込む栞。
十三秒ほど考えた後、
「そうかもしれませんね。そういえば、ゲームでは他の仲間が連邦の独立遊撃隊にいるから、たいていはそこに所属していることになってますもんね」
納得しましたー、と笑顔になる栞。
よかったね、と笑う名雪。
二人であははーと笑っていると、
「赤くなると、さ、三倍……」
まだ生きていたのか、北川が倒れたまま声を出す。
「それは過去の話!!」
ドゴンっ!!
「うぎゃ」
二人のツッコミを背に受け、北川の意識は日本海溝よりも深く沈んだ。
「さて、邪魔者はいなくなりましたし」
再び名雪と対峙する栞。
「正体、聞かせてもらうよ」
名雪も栞を見る。
今度こそ、二人の間に張り詰めた空気が密集する。
「もう手加減は、しないからね」
「それは私の台詞です」
栞の両腕が霞み、消えていく。
「……」
名雪の両足が輝き始める。
お互いに無言。
口元に浮かぶは、笑み。
相手の出かたを待ちながらも、お互いに笑っていた。
そして、
ドンッ!!
名雪が″Il Sole――太陽(神の如き速き足)″を使い、栞に突進した。
空気を振動させるほどの急加速。
一瞬で名雪は、栞を捉える。
そのまま、身体ごとの体当たり。
栞はそれを右にとび、かわす。そのまま見えない両腕で自分を抱き、姿を消す。
名雪の視界から、栞の姿が消える。
「……」
それでも、名雪は止まらない。いや、この場合はこれが一番適切な判断かもしれない。そのままじっと待つよりは、眼にも留まらぬ速さで動き続けたほうが得策。しかしこれは、名雪の持久力があってこそ成せる業。
名雪は、栞が姿を消す直前までいた場所に、再び突進。
風圧でソファー、机などが吹き飛ぶ。そしてそのまま足を踏ん張り、ブレーキをかける。
ガガガッ! と、床が削れる。そのまま壁まで滑っていくが、壁に右足を叩きつけてなんとか止まった。
壁に押し付けた足に力を入れ、身体の向きを変える。
名雪は天井の方へ向くと、左足で地面を蹴った。
ニュートンが発見した法則により、名雪は地面へと引かれている。しかし、それを無視するかのような動き。名雪は、壁を蹴ってそのまま壁を上っていく。タンッタンッタンッ、と勢いよく壁を蹴り、天井へとまっしぐら。天井までたどり着くと、天井に手をつき方向転換。右を向き、再び走り出す。
重力に引かれているはずの身体は、おそろしい速さで壁を走っていく。
目の前に、壁が迫る。
店の端に到達したのだ。
名雪は目の前の壁に向かって、跳んだ。
つま先に力を入れ、力いっぱい。
ドンッ!
名雪のつま先がめり込んでいたのか、壁がへこむ。
向かいの壁に到達するのと同時に足を曲げ、身体の向きを再び変える。今度は、下向きに。地面があるほうに胸を向け、そのまま両足を思いっきり、勢いよく伸ばす。
ズンッ!
壁に穴が開き、名雪はロケットのように、一直線に飛んでいく。
空中で名雪は体勢を整える。右足を突き出し、左足を引く。まさに、とび蹴り。
そのまま店の中央――北川がまだ寝ているあたりに、名雪は着地、というにはあまりにも勢いよく突っ込んだ。
ズガンッ!!
まるで隕石でも落ちたかのように、床に大穴が開く。そして立ち込める塵。視界は、ゼロとまではいかないが、すこぶる悪い。そう広くないはずの店内が見渡せないほどである。
「北川くんっ!」
名雪は寝ている北川を揺さぶった。
「逃げるならいましかないんだよ!!」
ひたすら北川を揺さぶる名雪。
「ぬ……」
一瞬だけ眉をしかめた北川だが、それ以上の反応は見せない。
「ちょ、ちょっと!」
焦る名雪の背後の影が、ゆらり、と動く。
「?!」
名雪が振り向くよりも早く、それは名雪に襲い掛かった。
「くっ!」
そして、それよりも早く、北川が動いた。
北川は、名雪の腕を掴んで、引き倒す。その直後、名雪の頭があった空間が、歪む。
「外した?!」
姿は見えないが、そこから声がした。
北川の真上。
一番初めに名雪が座っていたソファーの残骸の中から、栞の声がした。
「き、北川くん……」
「おお、悪い」
北川に抱きしめられる格好で倒れていた名雪が、戸惑った声を上げる。
「どうしたの? 急に……」
さっきまでのおとぼけた感じは、もういまの北川からは感じられない。
いまの北川はなんというか、
「急に、楽しそう」
「そうだな」
北川は、笑顔で頷く。
「やっと、ルールが分かったからな」
「ルール?」
「そうだ。この、ゲームのルールがな」
北川は、心底楽しそうに笑った。
最強の剣――ラグナロク
最凶の槍――ロンギヌス
神殺しと聖者殺しの忌まわしき名を背負った武器が、激突する。
黒き炎が美汐を襲う。
全てに穴を穿つ突きが佐祐理を襲う。
お互いに一歩も引かない。
攻防一体となっている佐祐理の攻撃に対し、美汐は攻撃の一点張りを余儀なくされている。
黒き炎が壁となり、刃となり、美汐の前に立ちふさがり、美汐に襲い掛かる。
防御は完全に捨てた、美汐の攻撃。わが身の傷などもはや気にしている余裕は無かった。
美汐からは、佐祐理の姿が見えないのだ。常に黒き炎が目の前にあるだけ。美汐はそれをロンギヌスで薙ぎ払うことしか出来ない。
せめて姿が見えれば……
美汐の心に、一瞬だけ『敗北』の二文字が浮かぶ。
槍の動きが、鈍る。
佐祐理からは、その動きが丸見えだった。
「もらいました!」
佐祐理のラグナロクが天高く振り上げられ、力いっぱいに振り下ろされる。
「っ!!」
美汐の目の前にあった黒き炎が割れ、そこから大きな刃と化した炎が、迫る。
ロンギヌスで突けば、その隙に佐祐理がなんらかのアクションを起こす。かといって、避けてもそれは一緒だ。アレだけ大きなものをかわすとなると、こちらに隙が出来き、必死。
「それなら……!!」
美汐は、黒き刃に突っ込んでいく。
"Gli Amanti――恋人たち(全てを分かち合う覚悟)"で相殺するには大きすぎる。かといって、それ以外の方法など、一つしかない。
それは、
「それは不可能なことです!」
佐祐理は、縦になっている黒き炎に、さらに横一文字に斬撃を加える。
「十文字斬り!!」
まんまではあるが、その威力は恐ろしいものである。
「これで、なにをしてもムダです!」
もはや美汐に逃げ場は無く、さらに相殺しても、佐祐理の直接の一撃がある。
――王手。
佐祐理は確信した。
「まだです!」
美汐は、黒き炎を目の前にして、槍を突き出した。
「この槍は、万物を穿つもの!」
美汐は力いっぱいに叫ぶと、槍で黒の炎で出来た十字架を、その中央を突いた。
佐祐理は、勝利を確信した。
そして、黒き炎に苦戦しているであろう美汐に最後の一撃を加えるため、跳んだ。
「もらいました!」
勝利を確信して疑わない佐祐理の声。
その声を、美汐は確かに聞いた。そして、笑った。
「私の、勝ちです」
美汐の槍が、それまでなんの変哲の無かった槍が、八つ又に裂けた。
「いきます!」
八つ又に裂けた槍を黒き十文字に捻じ込み、捻る美汐。
それだけで、黒き炎は霧散した。
「!!」
佐祐理の姿が、美汐の前に現れる。
ラグナロクを振り上げ、いままさに必殺の一撃を放とうとしている佐祐理の姿が。
佐祐理が剣を振り下ろす。
美汐が槍を引き、佐祐理に狙いを定め、押し出す。
「えぇぇい!!」
佐祐理の掛け声とともに、黒き炎が再びラグナロクを包む。
「破ッ!」
美汐の掛け声とともに、八つ又の槍が伸びる。
最凶と、最強。
その雌雄を決する瞬間。
それは、一瞬。
香里は、眼を見開いて、その瞬間を見届けた。
黒き炎が美汐を真っ二つに切り裂き、八つ又の槍が佐祐理を貫いた。
「終わった……?」
それっきり、動かなくなる二人。
先に倒れたのは、佐祐理だった。
黒き炎が、今度こそ霧散する。
「勝ったの?」
香里は美汐のもとに駆け寄る。
「だ、大丈夫?」
美汐は、まさに満身創痍だった。体中に走る切り傷。そこから血がにじみ出て、着ていたメイド服の淡い紫色はもはや美汐の血で赤く染まっていた。
「致命傷は、ありませんから」
美汐の持っていた八つ又のロンギヌスは、もとの何の変哲も無い槍に戻ってしまった。それを杖のようにして、なんとか立つ美汐。その足元の地面に、大きな裂け目が出来ていた。
「間一髪でした」
あの瞬間、美汐はとっさに″La Luna――月(幻眼)″を発動させ、佐祐理に幻を見せていたのだ。普段なら、″Le Stelle――星(極眼)″で即座に見破られていたかもしれないが、佐祐理はラグナロクを存在させておくことに全ての力を使っていたため、それが出来なかったのだ。
「運が、良かったんです」
美汐はため息を吐く。
「なんにしても、勝ったのは勝ったんだから、めでたしめでたしよ」
香里は美汐に肩を貸す。
「……ありがとうございます」
「とりあえず、屋敷に戻りましょ」
「そうもいかないんです」
美汐と香里はお互いを見た。
「……誰?」
「男の人の声に聞こえましたが……」
第三者の声。
それは、二人とも聞いたことのある声だった。
「我が愛しの倉田さんを、よくもこんな目に遭わせてくれましたね」
その声は、屋敷の方からした。
「神が許しても、この久瀬――あなた方を許しておけるほど、心は広くありませんよ」
二人の前に立ちふさがったのは、久瀬だった。
「あんたは……」
香里が、親の敵を見るような目つきになる。
「私が撃ったはずよ」
そうなのだ。
妄想の小部屋[探偵ヴァージョン]で、香里は確かに最後の最後に久瀬を撃ち殺したはずなのだ。
「そこの描写はなされていなかったかもしれないが、確かにこの僕はそこのキミに撃ち殺されたかもしれない」
久瀬はメガネを外し、拭き始める。
「まあ、そんな些細なことはこの際おいておこう」
「些細なこと?」
香里の眉がつり上がる。
「そうさ。このゲームにおいて、死ということは些細なことでしかない」
「ゲーム?」
今度は、美汐が眉をつり上げる。
「ゲームなんだよ。知らなかったのかい? ここは、二つの世界の境界線上にある。チェスの盤上なのさ」
チェス。
外国版の将棋のようなものだが、ルールが少し異なる。
このチェスの世界大会は、一つ駒を進めるのに丸一日考え込むことも珍しくないという。
「チェス?」
「そうさ。インドの戦争好きの王様をなだめる為に家臣が考え出した、いわゆる戦争ゲームだ」
お互いのキングを取るまでそのゲームは終わることはない。
「だから、何だって言うの?」
香里が苛立たしげに声を荒げる。
「君たちは知らないだろうけどね、いまこのゲームはリピテーションになっている」
「リピテーション?」
「千日手、ですか」
「ふむ、さすがは知識がおばんくさいことはありますね」
「ほっといて下さい!!」
「そうです。いまそこの血だらけのメイド服のお嬢さんが言うとおりいまこのゲームはリピテーション――将棋で言う千日手に陥っているんですよ。キング同士の対決。それは禁じ手なんです。完全な手詰まり。それが意味するところは、螺旋です」
久瀬は、指をくるくると回す。そして、メガネを掛けなおす。
「決して交わることが出来ないんです。そうなると、僕もいろいろと困るんですよ。だから、わざわさこの僕が、出てきたわけです」
もちろん愛しの倉田さんのためでもありますが、と久瀬は付け加えることを忘れなかった。
「この僕は、チェスでいうところのビショップ。神出鬼没で、常に奇抜な動きで盤上を駆け回る、ビショップです」
言うなり、久瀬の姿が二人の視界から掻き消えた。
「あなた方は言うなれば、ポーン。兵士です」
「!!」
香里の背後に回りこんでいた久瀬は、香里をナイフで斬りつける。
「さぁ、兵士がどこまで大臣に食い付けますかな?」
久瀬の嘲笑が枯れ果てた森に響き渡る。
真琴は、闇の中にうずくまっていた。
何をするわけでもなく。
なにができるわけでもなく。
ただ、うずくまって泣いていた。
「……昇格――プロモーションを果たしたやつがいるというから、誰かと思ったら」
「!!」
真琴は、弾かれたように顔を上げた。
そこには、見知った顔がいた。しかしそいつは――
「し、死んだはずじゃ……」
「この北川潤!! あれくらいじゃ死にはしない!」
脳漿を撒き散らしておきながら言う台詞ではないが、あいにくそれに突っ込みをいれれる者はいなかった。
「こ、ここはどこなのっ?!」
真琴は涙を拭うと、立ち上がった。
「ここか? ここは、俺たちの陣地だ」
「陣地?」
「そうだ。その陣地に足を踏み入れたから、お前はプロモーションを果たした」
「プロ、もーしょん?」
聞きなれない言葉に、真琴は首を傾げる。
「なにそれ?」
「まあ、いわゆるレベルアップというやつだ。半端なレベルアップじゃないけどな」
プロモーション。
それはチェスで、兵士――ポーンの駒が相手の陣地の一列目に到達した時には王――キング以外のどの駒にも成る事ができるというルール。
「ほとんどの場合は、女王――クイーンになるんだが、お前もそうみたいだな」
北川が真琴を睨みつける。
「ッ!」
その鋭い視線に、真琴は怯んだ。
「騎士――ナイトの俺がどこまで対抗できるか分からないが、ここで消えてもらうぞ。沢渡真琴」
北川が真琴に拳を振り下ろす。
「キャアァアァァ!!」
真琴は叫び、自分を庇うように両手で頭を抱えた。
その瞬間、北川は吹き飛んだ。
「…………」
真琴はゆっくりと、目を開ける。
そこには、ただ闇があるだけ。
北川もいなくなっていた。
なにも変わらない。
闇だけが、そこにあった。
「……あう〜っ」
さいきん、めっきりペースダウン……
すみません。(泣)
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