Fate / stay night

 

 

   月下にて。

 

 

 私は名無し。

 佐々木 小次郎という名で呼ばれたこともあったが、それもいつのことだったか。読み書きも出来ない私は、自分の名すら書けないし、読めない。というよりも、覚えていないといった方が良いか。

 そんな私だが、この度、私が没してから400年近い年月を経た時代と云うものに呼ばれたらしい。私を呼んだのは、高貴なご婦人だった。愛する方のために身を粉にしているらしい彼女に、私は協力することにした。

 彼女は、私の命を握っていたが、なに、そんなものなくとも、私は彼女に協力したとも。もとより、こんな世に未練などないし、私は、花鳥風月、全てを愛し、何より女性も愛しているのだから。その女性の頼みとあらば、断れるわけもない。

 ――訂正しよう。

 後日、私が守る門の前に、ひとりの女が現れた。少女と言っても差し支えないような年頃の彼女は、私の守る門を通してくれと云ってきた。普段の私ならば、通したであろう。彼女が何者であれ、私が愛でるものであるのだから。

 しかし、いまはそれが出来ない。私の主に、ここはなんびとたりとも通すなと、云われているからでもあるが、私が彼女と、試合たいと、思ってしまったからだ。

 彼女には、それだけの力があった。私の剣技を受け止め、返してくる刃を持つものだった。

 私は読み書きも出来ず、自信の名すら知らないが、刃同士の打ち合いの快感は知っているつもりだ。

 案の定、彼女は私の剣を躱し、受け、自身の持つ刃を私に向けてきた。その見えぬ刃など、私の前では無意味と分かりつつも、突進してきた。

 剣技自体は、そうたいそれて私を超えているというものでもなかった。だが、その気迫は、私を大きく上回り、ともすれば、私は彼女の気迫に飲み込まれそうにもなった。

 さらに、彼女は私の生涯を掛けて完成させた技『燕返し』すら、躱した。いや、あの技は私の間合いに入れば回避は出来ない。

 故に、彼女はその危機を察知し、避けたというよりも、逃げたと言う方が正しいのか……

 なんにせよ、彼女が、私の生涯の中で初めてあの技を避けたことにかわりはない。

 楽しかった。

 ほんの一時しか手合わせをしていないが、あれほど楽しかった時間は、無かった――

 また手合わせをしたかったのだが……いまでは、もうそれも叶わぬ願い。

 私は、もうここにはいられないのだから。

 短い間だった。

 その短い時の中で、私が剣を振るえたのは、ほんの数回。

 だが、楽しかった。

 それでいいのだ、と自身に言い聞かせる。

 全ては泡沫の夢なのだから。

 いまとなっては、遠い夢なのだから。

 石畳にゆらりと立っているその足元から、彼の存在は薄れいている。だが、彼はそれを不幸だとは思わない。

 いますぐにでも消えそうなのにも拘らず、彼はその口元に笑みすらたたえ、そっと空を見上げる。

 そして、懐から煙管を取り出し、口にくわえる。

 ああ、短かった。

 煙管に火は入っていない。その煙管を持つ手すら、希薄になっていく。

 もはや彼の身体は硝子に映った姿のように頼りなく、ぼやけている。

 それでも、彼は空を見上げたまま、ただ一つの未練を、思った。

 

 ――――出来れば、お互いに死力を尽くした闘いをしたかった。

 

 それは叶わぬ願い。

 だが、もしこの聖杯戦争とやらがどこかで行われるとき、そして彼が再びここではないどこかに呼び出されることがあるとしたら……

 月に照らし出されながら、彼は消えていく。

 全てが神聖化された物語の中での異端児――佐々木 小次郎。

 彼と云う存在が、この一つの戦争の中でなにを得たかなど、彼以外は知らない。

 だが、何者でもない彼が、そのことを知っていれば、それで全てが事足りる。

 彼は煙管をそっと口元から離し、石段の下を見つめた。

 その石段こそが、この世での彼の全てだった。

「――それで、充分、事足りる」

 それだけを言い残し、彼は煙が宙に溶けるように消えていった。

 

 折しも、彼のマスターであったメディアがギルガメッシュによって倒されたそのとき、彼も全ての枷を外された時の、出来事だった。

 

 

 無影深遠の中でぽっつりと浮かぶ月に見守られながら――

 

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