時は1784年
天明四年
浅間山の噴火、天明の大飢饉より二年……
田沼意次の政治により、農民は肩身の狭い思いをしていた。
世は乱れ、人々の心は荒んでいく……
そんな世を救うため、北の国より正義の使者が!
彼女の名は――
あゆ太郎侍!!
第一幕 北の国より来た少女!!
「あーれぇー」
絹を引き裂く女の悲鳴!! には程遠い、のんびりとした悲鳴。いや、この場合は悲鳴かどうかすら怪しいものだ。
が。
「たーすーけーてぇー」
しかし、その声の主が助けを求めているのには違いなかった。
「いやぁ〜」
その声の主、名雪はこざっぱりとした小袖姿でいかにも町娘といった風情だった。
「うぅ、新しい足袋だから走りにくいよぉ」
愚痴をこぼしながらも、懸命に足を運ぶ名雪嬢の後ろに迫る男が、三人。
「むぅあてぇー!!」
この時代にはおおよそ在りえない金色の髪の毛を持った男、北川潤を先頭に、目が悪いのか細い目をさらに細めて、前を走る北川の背を見つめる男、久瀬主税。さらにその後方を、黒子が一人。
ちなみに黒子とは、舞台などのときに後ろでこそこそ動き回っている黒ずくめの人のことで、もとろん顔は見えない。
「………」
喋ることも許されない。
「………」
ひたすら無言で、三人の後に続く男、斎藤どうざん。
この三人に名雪は追われていたわけだが。
「疲れたよー」
追われている方に緊張感といったものがない。
「ま、待たんかい!!」
追っている方も、日頃から運動している名雪嬢との距離をなかなか縮められない。
「はぁ、はぁ、っつう!!」
それどころか、名雪嬢との距離は広がるばかり。
これではお約束の登場はまだ、先になりそうだ。
「キャアッ」
でもないらしい。名雪嬢がコケたのだ。
待ってましたと言わんばかりに、男三人は名雪嬢に掴みかかった。
「おぜうちゃーん、お兄さん達とイイことをしようじゃないか」
怪しい口調で、北川は掴んだ名雪嬢の肩に力を込める。
「な、何をするつもり……?」
今まではポケポケで通してきた名雪嬢だったが、さすがにここまで実力的な行動をとられると、冷静ではいられない。
「何を、するつもりだって? 決まってるじゃないか……。なあ?」
北川は妖しげな笑みを、後ろで控えている男二人に向けた。
「まったくだ」
久瀬主税も、細い目をさらに細めて妖しく笑う。
「………」
もちろん黒子は喋れないし表情も見えない。ついで言うと、気配も限りなく“無”に近いため、よほど注意しないと“いる”か“いない”かさえ判らない。それでいいのか斎藤どうざん!
「………」
名雪嬢の表情が固まる。
北川の手の中で光る得物を見たから。
「さあ、観念して……」
北川は手にした刀をワザと、名雪嬢の腰のあたりに突き立てた。
「ヒッ」
身をよじって逃げようともがくが、男二人(黒子は普通、人には見えません)に押さえつけられてでは、それもかなわない。
「観念して…」
北川の手にした白刃が閃く。
「俺たちにお前のCG枠をよこせ!!」
「………」(絶句)
刀が名雪嬢の頬をかすめる。
が。
放心している名雪嬢は、何の反応も示さない。
「今ここで、お前を無き者にすれば、俺たちにもCG枠が貰えると聞いたんだ!!」
北川は立ち上がり、刀を大上段に構える。
「………聞いたって、誰に?」
かるーく、遠いセカイに旅立って、お花畑の向こう側で腹を抱えて笑っていたゆういちの姿を、まるでバカを見るような目つきで見ていた名雪嬢だったが、北川の言葉で我に帰った。
――この人たちは騙されてる!
いくら鈍い名雪嬢でも、それくらいは判った。
たとえ地球の地軸が10度ほど傾き、地球が粉々に砕け散ろうとも、北川・久瀬・斎藤の三人にはイベントCGの枠は与えられないと、PKO(国連平和維持活動)法が定めているのだ。
そんな、世界レベルの陰謀に気づいていない三人は、なんとしてもCG枠を手に入れようと躍起になっているのだ。
「安心しろ。年齢制限が付いちゃうようなイベントCGも、俺と相沢の『愛』を持ってすれば…!!」
北川の眼からは、もはや理性の光が失われつつあった。
「そうだ、ついでに倉田さんのCG枠も増やしてあげよう。そうすれば、きっと倉田さんは…!」
久瀬主税の瞳も、もはや現実を映してはいなかった。
「………」
しつこいようだが、黒子(斎藤どうざん)は喋れない。
――この人たち、現実を見ていない。
永遠の世界とやらに旅立ってしまった少女と拳を交えたことのある名雪嬢には、この三人がすでに手遅れだということは、容易に解った。
「さぁ、おとなしく……」
北川の瞳に狂気が宿った。
「俺たちの美しい思い出作りのために、死ねい!!」
大上段から振り下ろされた、必殺の太刀。
まるで、振り下ろされた刀が、空間そのものを切り裂きながら迫って来るような感覚に、名雪嬢は目眩を覚えた。
ズンッ!!
(殺った!)
厚い布に包まれたスイカを斬ったような感触が、刀を通して腕に、直に伝わってきた。
「……これで、俺と相沢の『愛の思い出』が始る……」
北川は天を仰いだ。
空は日本晴れだった。
トンビも、ピーヒョロロ飛んでいた。
そして、大きな蛙も跳んでいた。
――?
北川は首をかしげた。
――何故に、蛙?
北川は、もう一度、今度はしっかりと目をこすってから、空を見た。
――やっぱり、いる!
蛙は確かに空を跳んでいた。いや、手足が変な方向に曲がっているから、投げられた、というほうが正しいのかもしれない。
「いやっ!」
北川は、その蛙に見覚えがあった。
「あれは!」
巨大蛙を指差し、北川は叫んだ。
「あれこそが」
「すーぱーまん、だよ!!」
…………。
気まずい沈黙。
というよりは、全員がアッチ側の異界へと逝ってしまっていた。
「………」
一名だけ、例外がいた。
「うぐぅ」
すーぱーまん、と奇妙奇天烈な発言をした例外其ノ壱は、またしても意味不明な発言をした。
みんなかたまっちゃったよー。
「じゃねぇーっっ!!」
スパコーンッ! と、素晴らしいまでに透き通ったインパクト音が、あたりに響いた。
意識が戻った例外其ノ弐は、手に持ったハリセンで、其ノ壱の頭を叩いて、叩いて、叩きまくった。
「どこをどう見たら(スパンッ)、あれが(スパコンッ)、すーぱーまんに(スパンッ)、見えるんだよ(ズドンッ)! ついでに…。俺の出番はコレだけかぁー(トドメ)!!」
「うぐぅ〜。痛いよ〜、○一くん!!」
「何で俺の名前が伏字なんだぁ〜〜ぁあ!?」
断末魔の叫び声(語尾上がり気味)を上げて、例外其ノ弐・祐○は、足元に突然現れた落し穴の中に姿を消した。
「○一くん。ダメだよ、ADさんが介入したら」
例外其ノ壱は、顔の前で指をチッチッと振り、ウインクして見せた。
「…………。ハッ!!」
長い旅路から次に戻ってきたのは、北川だった。
「か、カエル!」
意識が混乱しているのか、しきりにあたりを見回している北川潤。バカ丸出しである。
「………」
黒子も目を覚ました(らしい)。
「佐祐理さん…。貴女は美しい…美しすぎる!! その笑みで、僕の全てを破壊してくれぇー!!」
まるっきり、サイコさんの台詞を吐いて、久瀬主税も目を覚ました。こちらは、一発で覚醒したらしい。
「くー」
名雪嬢は、いつのまにかお休みモードに入っていた。巨大なけろぴーを枕代わりに使っている。北川が見たのは、この巨大けろぴーである。
「じゃあ、これは……?」
北川は、自分の刀が刺さりっぱなしになっている物体に目を向けた。
手ごたえは、あったのだ。何かが斬れていることに、間違いはない。しかし、それが何なのか……?
北川は、見た。見てしまった。自分が先刻斬ってしまった物体を。
巨大で、こんがりおいしそうな小麦色に焼けている、物体を。鯛を。
――こ、これは…!?
北川の記憶違いでなければ、中にはぎっしり。
「ぎっしり、つぶあんが詰まっているな」
久瀬主税が、刀をとある物体から引き抜き、北川に手渡した。
「やはりこれは…」
北川は、自分の刀に付いているつぶあんを丹念にふき取りながら、神妙な顔つきで久瀬主税を見た。
「ああ…」
久瀬主税も、真剣な顔つきだ。
「………」
その後ろで、黒子がしきりに頷いているが、誰も気に止めなかった。
――鯛焼き。
それが、北川が斬った物体の名前。だが。
「こんなでかい鯛焼きが、あるかぁ〜!!」
北川は、もっともな意見を口にしたが、生憎と、それに同意してくれる心の友はすでに奈落の底へと墜ちていた。
「大きいほうが、食べ応えあるよ」
巨大鯛焼きの持ち主である例外其ノ壱は、鯛焼きをバックにポーズをとった。
腰に手を当て、ふんぞり返る。もちろん、背後からはいくつも効果線が飛び出している。いかにも、といった感じである。
「き、貴様は…!」
北川は、しっかりお約束の台詞を口にした。
「誰だ!?」
久瀬も、眩い光を放つ効果線に目を細めた。
「………!!」
黒子は、光のせいで姿が見えるのを恐れて、田んぼの中に身を潜めた。
「ひとぉつ! 人の生き血を啜る悪!」
光の中から、少女が精一杯背伸びして出した、威圧的な声が聞こえて来た。
「……」
――か、可愛い!!
北川は、光の中に羽根の生えた天使を見た。
「ふたぁつ! ズバッと斬らせて、いただきます!」
声の主は、腰に携えていた『大典太(だいでんた)※注』を、抜き払った。
「みぃっつ! …えっと……」
声の主は、懐に手を突っ込み、白い何か、を取り出し、眼を走らせた。
「ん〜、と。なになに…。ムツゴロウのキスは、止められない!!」
…………。
先程よりも、重い沈黙。
「……。って、なんなのコレー!?」
声の主は、手に持っていたカンペをかなぐり捨てた。
「うぐぅ…。と、とにかく! あゆ太郎侍、見参ッッ!!」
パーパーッ、パァー♪
バッグミュージックがステレオで響いてきた。夏なのに、桜吹雪も舞っていた。
「………」
北川は、なかなか立ち直れない。
「………」
久瀬も、同様に立ち直れそうにない。
「………」
黒子は、あゆ太郎侍の後ろで、桜吹雪を散らすのを手伝っていた。
あゆも、黒子をニ、三人連れていた。
「いたいけな少女を辱めようとした罪、ボクが裁く!」
き、決まった!!
自分の登場に酔いしれるあゆ。
「………」
それを、ボーゼンと見つめる、バカ二人。
桜吹雪は、止みそうになかった。
「いくよ!」
あゆ太郎侍は、大典太を八相に構えて、二人ににじり寄る。
「……ハッ!! こ、来い!!」
北川も、刀を大上段に構えて、応戦する。
「倉田さんのために、貴様のCGも貰い受ける!」
久瀬は、三尺にも及ぶ大太刀を構えた。
三人の視線が、絡み合う。
なんだかんだ言っても、この二人の腕は立つ。
勝負は一瞬! 誰もが、そう確信している。
「北辰一刀流、北川潤。参る!」
北川は、あゆとの間合いを、一気に詰めて、斬りかかった。
振り上げるより、振り下ろすほうが速いに決まっておろう!!
北川の太刀が、唸る。
「もらったぁあ!」
ズンッ、と鈍い音が、北川からしたかと思うと、北川の太刀が止まっていた。
「峰打ち、だよ」
一度言ってみたかったんだよ。
あゆは、ご満悦である。
「き、貴様!」
久瀬は、ダラダラと血を流している北川を必死で介抱しながら言った。
「北川の敵は、僕が取る!」
久瀬は、大太刀を正眼に構える。
「小野一刀流、久瀬主税。ゆくぞ!!」
正眼の構えのまま、久瀬はあゆとの間合いを詰めていく。
あゆもそれに、大上段の構えで応じる。
「つぇえい!!」
久瀬が大太刀を振り上げる。しかし、それよりも早く、あゆの大上段に構えた刀が振り下ろされ、久瀬主税の大太刀を押さえつけ、折った。
「ま、まさか!?」
それが、久瀬主税の最後の言葉だった。
久瀬主税は、あゆの言う『峰打ち』により、真っ二つに斬り捨てられた。
「斬り捨て、ゴメン」
お約束の台詞を言った後、あゆ太郎侍は、刀に付着した血を見て、首を傾げた。
「おかしいな。峰打ちって、血が出ないんじゃなかったのかな?」
次回へと、つづく。
CM提供
『水瀬家・TCJF(極秘ジャム工房)』
以上の提供で、お送りいたしました。
――教訓――
ノリだけで、話を書くのはよしましょう。
※注……三池典太光世が鍛えた天下五名剣の一本。
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