時は1784年

 天明四年

 浅間山の噴火、天明の大飢饉より二年……

 田沼意次の政治により、農民は肩身の狭い思いをしていた。

 

 

 世は乱れ、人々の心は荒んでいく……

 

 

 そんな世を救うため、北の国より正義の使者が!

 彼女の名は――

 

 

 

  あゆ太郎侍!!

 

 

第三幕  義賊の憂鬱

 

 

 

「どっかに、働かなくてもお金にあり付ける仕事ってないのかなぁ……」

 畳の上で大の字になりながら、真琴は猫のぴろしきに話し掛けた。

「……真琴、仕事と言うのは、働くことなんですよ。働かないのに、仕事というのは少し、変です」

 真琴の横で、風鈴の音を聞いていた美汐は、やんわりと訂正した。

「そーなの?」

 真琴は起き上がると、ぴろを頭の上に乗せ、美汐に向き直った。

「そう、なんですよ」

「じゃあ、お金だけもらえればイイ」

 美汐は手に持った団扇で真琴を扇ぎながら、眉間に皺を寄せた。

「……それは、ちょっと」

「ふ〜ん。ダメ?」

 美汐が起こした風に、真琴は気持ちよさそうに髪をなびかせる。

「ええ。ダメですね」

 う〜ん、と真琴は首を傾げ、ぴろがずり落ちそうになったので、やめた。

「○一に似てきたね」

「え?」

 真琴は唐突に、美汐の顔を覗き込んだ。美汐の、団扇を扇いでいた手が止まる。

「なーんかさ、口癖とかが○一に似てきたね」

「エッ!?」

 美汐の顔が、一瞬にして朱に染まった。

「な、ななな、何を言い出すんですか! 真琴。そんなわけ……」

 狼狽している美汐を、真琴は気にもせずに、

「そーいえば、○一って最近見ないね」

「確かに……。二日ほど前から、見かけませんね」

 少しだけ落ち着きを取り戻し、どうしたんでしょう、と美汐は首を傾げた。

「どーせ、風呂に行ってくる、とかなんとか言って出かけたんでしょうよ」

 真琴は鼻を、フンッ、と鳴らした。なんだかんだ言っても、遊んでくれる相手がいなくなって寂しいのかも知れない。

「でも、もしそうだとしたら、後三年は帰らないかもしれませんね」

 困りましたね、と美汐は眉間に皺を寄せた。

 そのとき、何の前触れも無く、襖が開いた。

「何をお話してるんですか?」

 この家の家主、水瀬秋子、その人だった。

「あ、秋子さん。お邪魔してます」

「いえいえ、ごゆっくりしていって下さいね。今、お茶とお茶受けを持ってきますから」

「いえ、おかまいなく……」

 いいのよ、と言いながら、秋子は下がっていった。

「いつきても、落ち着くところですね」

 美汐は、ちりん、と鳴っている風鈴に視線を向けた。

「そーいえば、今日はお客さんが来るんだってさ」

 真琴が唐突に口を開いた。心なしか、その声は硬かった。

「? 誰ですか?」

 美汐は、真琴のほうを見ようとするが、真琴が視線を合わせようとはしなかった。

「………。あのね、香里っていう、名雪さんの友達だってさ」

「!!」

 美汐は、身を硬くした。

「そんな……」

「大丈夫だよ。多分、まだバレてないから」

「それでも、時間の問題ですね」

 うん、と真琴は頷いた。

「今夜で、最後にしましょうか……」

「エエッ!! 何で!?」

 真琴は、驚きのあまり、ぴろを落としてしまった。

「何にせよ、あまり長引かせるものではなかったんです……」

 美汐は、出来る限り真琴の目を見ないようにして、言葉を紡いだ。

「あぅ〜…っ」

 俯いてしまった真琴の頭に、美汐は優しく手を乗せた。

「では、出掛けましょう」

「エッ? どこに…」

「決まっているでしょう。お仕事ですよ」

 美汐は、おそらく真琴以外には見せたことのないとびっきりの笑顔になった。

「でも、お茶が…」

「そういえば、お茶受けも用意してくださるんですね…」

 美汐はしばし眉間に皺を寄せると、

「お茶だけでも貰っていきましょう」

 真剣な表情で頷いた。

 

 

 いくら大飢饉が続いているとはいえ、江戸の町はそれくらいでは寂れたりはしない。ところどころに浮浪者の死体が山積みになっているが、あと二日もすればそれら全ては灰になるであろう。

 大通りを綺麗な小袖を着た娘たちが談笑をしながら歩いたり、豆腐屋が桶を担いで走ったり、乾物屋の看板娘が柄杓で店前の道に水を撒いたりと、江戸の町ではいつでも見れる光景がそこにはあった。

 しかし、町を一歩出れば、そこからは無法地帯。何が起こっても不思議でないような所になっている。そして、幕府はそんな無法地帯と江戸の町とを区別するために、江戸の町を堀で囲もうとしている。その堀を作るために浮浪者がかり出され、過労で死んでいく。そんな悪循環がここしばらく続いていた。

「幕府のおエライさんも、結局はムノウの集まりなのよね〜」

 役人が聞いていたら、即刻打ち首獄門にされるような発言を往来で口走っているのは、真琴である。

「事実にも、言ってイイ事実と、言ってはいけない事実が…あるんですよ」

 真琴をたしなめるこの美汐の発言もどうかと思われるが、本人に悪気はないらしい。

「だったら、この事実は言ってもイイ事実なの?」

「どちらかといえば……、よしたほうがいいですね」

「ふ〜ん…」

 真琴はどこか釈然としないふうに、口を尖らせた。

「さて…」

 美汐は、一軒の着物屋の前でその歩みを止めた。

「ここなの?」

 真琴は、ボロ小屋にはさまれた妙に古臭く、そして異常なほどに細い着物屋を見上げた。古ぼけた木製の看板には『枡屋』と書かれていた。

「なるほど!」

 真琴はポン、と手を打った。

「なにか、分かったんですか?」

「ふふん。まぁねー」

 真琴は得意気に鼻を鳴らした。

「この店がどうしてこんなに細いのか。それは、名前が『枡屋』だからよ!!」

 はぁ、と美汐は頷くだけ頷いておいた。

「ヤッパ、お店が横に広いと、看板も横に長くなっちゃうでしょう、この店は横に広くない。だから『枡屋』の二文字にしたのよっ!!」

 決まった、と真琴は髪をかき上げた。

「それはさておき」

 美汐は店の前を通り過ぎるべく、足を進めた。

「ちょ、ちょっと! 今のお店なんじゃないの!?」

 さっさと歩みを進める美汐に、真琴は追いすがった。

「さっきの『枡屋』が、今晩の標的なのに、間違いはありません。でも、あまり長くあの場所に居すぎると、怪しまれます」

 そっか…、と真琴は頷きながら、美汐の後を追った。

「では、今晩また、いつもの場所で……」

「エッ! もう帰っちゃうの? 晩ご飯も一緒に食べようよ」

「遠慮しておきます。帰りに買い物を頼まれていますので……」

 美汐は、さも残念そうに目を細めた。

「そっか。じゃあ、仕方ないね」

 つまらなさそうに俯く真琴に、美汐は心の底から謝罪した。

(すみません。今晩の秋子さん特製晩御飯は、何やら和蘭(オランダ)より伝わったジャムというものだと…盗み聞きしてしまったんです)

 出来れば、今すぐにでも真琴を連れて逃げ出したい、という衝動を美汐は必死で押し殺した。

 

 

 

 

 目の前に、限りなく広がっているのは――草原。

 

 ココは、どこ……

 

『あの丘で、また会おうね』

 

 だれ!?

 

『あの丘で、待ってるから』

 

 だれなの!?

 

 この声は、この風景は、だれの記憶………?

 

 忘れていた、忘れようとした記憶……

 

 だれの?

 

 コレは、まがいもの?

 

 違う!!

 

 でも、違うということはつまり――

 

『退屈だったろー。ゴメンな、待たせちゃって』

 

 待って、いたの?

 

 だれが? だれを?

 

 退屈だった?

 

 そんなことない。

 

 今は、とても毎日が楽しい。

 

 でも、昔は………?

 

 昔、過去?

 

 コレは、過去の記憶なの?

 

 そんなことは――

 

『――こと!』

 

 だれ?

 

『――て!』

 

 なんなのよぅ!

 

『――こと! ま――きて! 真琴!!』

 

 

 

 

「真琴、起きてください!!」

「エッ?」

「よかった。もう、起きないのかと思いました」

 真琴の目の前には、いつの間にか心配顔の美汐がいた。

「あぅ〜…」

「ほら、これを飲んで」

 いまいち状況を理解できないまま、真琴は取り合えず身体を起こし、目の前にいる美汐が手渡した水を飲んだ。

「いまぁ、なんじぃ……?」

 酔っ払いのように呂律が回っていない。

「子の刻をちょうど過ぎたところですよ」

「もう、そんな時間……」

 目を擦りながら、真琴はあたりを見回した。

「ここは?」

「真琴、あなたの部屋ですよ。それよりも、どうして寝ていたのですか? 時間になっても来ないから、心配しましたよ」

「あぅ〜…。だって、晩ご飯を食べた時からの記憶が無いんだもん」

「晩、御飯……」

 やっぱり、と美汐は眉間に皺を寄せた。

「晩御飯のおかずは……」

「うん。何でも、和蘭(オランダ)の方から伝わってきたジャムとかいうのを、秋子さんが自分風に作ったんだってさ」

「白米と一緒に、よく食べようと思いましたね……」

「ううん。パンっていうのに塗った」

 そうですか、と頷きながらも、何か釈然としない美汐だった。

「とにかく、行きましょう」

 美汐は、真琴に布包みを渡した。

「前から思ってたんだけどこの衣装、一体なんなの?」

「さぁ? ――――の趣味じゃないですか?」

「ふぅーん。動きやすくてイイけどさ」

 真琴が受け取った衣装は、何故か外国の給仕服(メイド服)だった。しかも、スカートが短い。

「さぁ、急がないと予告時間までに間に合いません」

 美汐は、真琴に武器を手渡した。

「行きましょう。怪盗・狐小娘」

「うんっ!」

 

 

 江戸の町の夜。

 ごく一部の地域を除いて、町は死んだように静まり返っている。

 町は、闇と同化したかのようである。

 そんな、闇の中を駆け抜ける者が、二人。

『怪盗・狐小娘』こと、真琴と、その仲間の美汐である。

 民家の屋根の上を走り、二人は“仕事場”へと向かっていた。

「そーいえば、今日の標的の罪状はなんなの?」

「まだ、言ってませんでしたね。今日は、非常に簡潔ですよ」

 そうなの、と真琴が首を傾げると、そうなの、と美汐は頷いた。

「今回の標的は、女の敵です」

 美汐は眉間の皺をより一層深くして、語りだした。

 

 着物店といったら、『枡屋』といわれるほど、あの店は繁盛しているのです。まぁ、江戸の町に幾つか枡屋があるし、それら全てが例外なく繁盛しているとは限りませんが……。

 それでも、あの店は、外見からは想像がつかないくらい儲かっているはずなんです。

 そして問題は、その儲けかたにあるのです。あの店は、江戸の町ではこれといって有名ではありませんが、この付近の農家では結構有名なのです。

 あの店は、時折農村のほうに出張販売を行っているのです。もちろん、農家の方々は普段着ともう一、二枚だけの服で満足しているので、大抵は商売になりません。しかし、“結婚”ともなれば話は別です。

 可愛い娘が嫁いでいく。人生の大きな節目。だから、きちんとした服装で送り出してあげたいと思うのが、親心です。

 あの店の奴等は、それを分かっていながら、親たちに出来損ないの不良品、見てくれだけは素晴らしくとも実際はほつれだらけの着物を法外な値段で売りさばいていたのです。

 そして、その着物を着て結納の儀をした女性の中には当然、着物が原因で結婚が破談になった方たちもいます。

「どゆこと?」

 枡屋から買った服が、結納の儀の途中で……、バラバラになってしまったのです。

「!?」

 着物を着ていた女性は、恥ずかしさのあまり自殺をするか、相手の親に一方的な破談を告げられるかのどちらかだそうです。

 さらに言わせて貰えば、あの店は正規の税を納めてはいません。

「あぅ〜…っ。難しいのは苦手よぅ」

 ………。わかりやすく言わせてもらうとですね。

 幕府の徴税の基準は、家の横幅だってことは、知っていますね。家の横幅が広い、それはつまりその家が裕福であることを示しているのです。家の横幅が広ければ広いほど、その家は裕福で力があるとみなされるのです。

 枡屋はそれを知っていたのです。だから、わざと店をあんなに細くして、いかにも、儲かっていませんというフリをしていたのです。

 

「と、まあ。これらが罪状と言えば罪状なのでしょうね」

「許せないっ!!」

 美汐が言い終えるのと同時に、真琴は、深夜、人の家の屋根の上で叫んだ。

「そんなヤツは、ぜーったいに、許さない!!」

「真琴、意気込みはいいですけど、音量を抑えてください」

「あぅ〜…っ」

 そんなこんなしているうちに、目的地に着いた。

「たくさん人がいるー」

「それは、結構有名人ですから」

「でも、みんな人相が悪い」

「税の件があるので、役人は呼べないんですよ。あれらは、皆、枡屋が雇った浮浪者でしょう」

 へーっと、真琴は浮浪者たちを眺めた。どの浮浪者も、腰には刀なんかを差していたり、手に鎖鎌を持っていたり、とてもとても三流悪役が似合う人たちだった。

「最後だから、ハデにいきたいなぁ」

 真琴は横目で美汐を見ながら呟いた。

「まぁ、好きにしてください」

 美汐は微笑むと、自分も腰の後ろに携えていた刀を引き抜いた。

「行きましょう」

 美汐は、枡屋の屋根へと跳んだ。

 そして真琴自身も、懐から飛苦無と数本、取り出した。

 飛苦無――。それは、元は職人の道具なため、持っていても誰にも怪しまれないというのが利点だった。

 真琴はその飛苦無を二本だけ自分の手元に残し、あとの六本を、立て続けに投げた。

「!?」

「何奴!!」

「曲者だ!!」

「ええい! 何処にいる!?」

 男たちが騒ぎ始めた。

 真琴が投げた飛苦無は、狙い違わず男たちの足を直撃したのだった。そして、その隙に、美汐は屋根から飛び降りると、刀で男たちの足を斬り付けていく。

「殺しは……」

「しないッ!!」

 それが、怪盗・狐小娘だった。

 真琴も屋根から下りると、手元にある二本の飛苦無で、男たちを斬り付けていった。

 ほどなくして、表にいる男たち全員倒れた。

「さぁ、後は中だけです」

 真琴は雨戸を閉めている枡屋に、二階から侵入した。美汐は、一階からである。

 

 

 ほどなくして、真琴たちは枡屋から出てきた。

「なんか、あっけなかったね」

「最後なんて、このようなものでしょう」

 真琴は、釈然としないようだったが、美汐は、コレもアリ、といったようだった。

「とにかく、帰りましょう」

「うんッ」

 二人は、再び屋根の上を走り出した。

 

 

 そして、

 

 出会った。

 

 最大の、敵に。

 

 狼に。

 

 

「待ちなさい!」

 漆黒の闇に、凛とした声が響き渡った。

「!!」

「!?」

 二人は、同時に、足を止めた。

 声は、二人の足元から聞こえてきた。

 

 

「うぐぅ。ボク、主人公……」

 あゆ太郎侍は、路地裏でいじけていた。

 結局、前回も後半の見せ場を持っていかれ、そして今回も、またしても見せ場を持っていかれそうになっているのだ。いじけたくもなるってものだ。

「うぐぅ…。第一、このS.Sの題名だって『あゆ太郎侍』なのに。なんでボクがこんな雑な扱いをうけなきゃなんないの」

 ますます落ち込みそうになった時、あゆ太郎侍の耳にある音が聞こえた。

 金属同士が擦れ合い、ぶつかり合う甲高い音。

「!?」

 こんな真夜中にそんな音が聞こえるなんておかしいよ!

 あゆ太郎侍は立ち上がった。

 これこそ、見せ場だよ!!

 この見せ場を逃したら、もう当分出番は無い。

 なんといっても、――――は今、同時に三つも掛け持ちしているのだから。

「この、大典太にかけて、負けられないんだよ」

 あゆ太郎侍は駆け出した。

 しっかりと○一から渡されたカンペは暗記した。よほどのことがないと忘れるなんてありえない。

 そう、余程のことが……。天変地異でも起こらない限り。

 

――奇跡でも起こらない限り――

 

 あゆ太郎侍の背中に冷たいものが走った。

 そして、それを振り払うかのように、あゆ太郎侍は走った。

 

 

「何者、ですか?」

「あぅ〜…。いやな予感がするわよぅ」

 二人を呼び止めたのは、何を隠そう、あの乳母車を押している、子連れ香里だった。

「とうとう、尻尾を出したわね。狐小娘!!」

 香里は、乳母車に入っている大悟郎に、一言二言話しかけると、真琴こと狐小娘を睨み付けた。

「{ちょっと! 私は大悟郎(栞)ですよ! (栞)を忘れないでください! ねぇ、お姉}ちゃん」

「そうね。大悟郎」

「(ちょっと、お姉)ちゃん{まで(栞)を忘れないでください! 私はあくまでも大悟郎(栞)だって、お姉}ちゃん(言ってくれたじゃないですか! 忘れたんですか? お姉)ちゃん!!」

「あらあら。どうしたの? 大悟郎(栞)? そんなに私のことが心配?」

「(……。いえ。なんでもないです。お姉)ちゃん」

「それじゃあ、行ってくるわね。大悟郎」

「(ちょっと、お姉)ちゃん! (また忘れてますよ! お姉)ちゃん!!」

 大悟郎(栞)が何事か喚いていたが、香里にはすでにその声は聞こえていなかった。

「さぁ、いくわよ!!」

「のぞむところよッ!」

「二対一で、勝てるとでも……」

 戦いの火蓋が、今まさに――、

「喧嘩はやめて!!」

 落ちなかった。

「二人を止めて!!」

 何者かが、三人の間に割り込んだ。

「誰!?」

「何者?」

「あぅ〜…」

 三人の視線と月明かりを浴びて、嬉しそうに姿を現したのは、

「ボクのことで争わないで!! そう、ボクこそが、正義の使者」

「お子様は引っ込んでいないと、危ないわよ!」

「……邪魔です」

「ケガするわよッ!」

 正義の使者の声は、三人の声によって、かき消された。

「うぐぅ。ボク、主人公……」

 そんな物悲しい発言すら、三人の耳には届かなかった。

「さぁ、気を取り直して」

「……捕まるわけにはいかないのです」

「そうよッ! 捕まるわけにはいかないのよッ!」

 完全に忘れ去られつつある、正義の使者は、地面に「の」の字を書き始めた。

 その時。

 

――まだ諦めるな! あゆ――

 

 天の声が。

「? その声は、○一くん!?」

 

――……。俺は、まだ伏字なんだな………――

 

「そんなことより、一体なんなの?」

 

――そんなことなんて言うなッ!! クソッ!――

 

 天の声が毒づいた。

「それで、とうとう声だけになってしまった○一くん。一体どんな助言をボクにくれるの?」

 

――今の発言はひじょーに、心傷ついたが、助言だけは与えておこう――

 

「そうだよ、○一くん。ちゃんと給料分は働かないとッ」

 

――急に現実問題を引き出されても、コメントのしようが……――

 

「エッ? ダメなの!?」

 

――いや、別に駄目ってワケじゃあないが。テンションが……――

 

「それよりも○一くん、時間取りすぎ」

 

――エッ? もう、こんな時間か――

 

 天の声、もとい○一は、咳払いをすると、

 

――自分を信じてぇー!!――

 

 一言だけ、吼えた。

「……? それ、だけなの」

 天からの返答は、いくら待ってもこなかった。

 あゆ太郎侍のまわりだけ、重い沈黙に包まれる。

 遠くから、鉄同士がぶつかり、擦れ合う甲高い音が響いては来るが、あゆ太郎侍の耳には届かなかった。

「追い詰めたわよ、狐小娘。もう、逃げ場は無いわ」

 何気に、いつの間にか物語りは佳境に突入しつつあるが、あゆ太郎侍は呆然と、立ち竦むばかりだった。

 

 

 

 

「さぁ、観念なさい。狐小娘」

 香里は、真琴の首筋に刀を押し当てて、言った。

 その口調は恐ろしいほど、冷たい。

「………」

 真琴は、首筋に冷たい感触を味わいながら、薄く笑んだ。

「? 何が、おかしいの?」

 いぶかしむ香里の腕を、真琴はいきなり掴んだ。

「!? しまっ」

「逃げられないのは、あんたのほうよッ! この距離なら外さない!!」

 真琴は、香里を掴んだ腕とは反対の右手に、回転弾倉式の銃が握られていた。

 威力、命中率、射程は火縄銃よりも劣るが、小型なため携帯には非常に便利な代物だ。かといって、反動が馬鹿にならないため、本来は女性が持つものではない。

 だから、真琴は待ったのだ。相手が自分に近づくこの時を。

「喰らえッ!」

 真琴の手の中で、銃が赤い閃光を迸らせながら咆えた。

「――――ッ!!」

 香里は、寸でのところで弾道を刀で逸らしたが、完全には避わせず、右のわき腹を鉛玉によって深々と抉られた。

「キャッ」

 真琴も、反動に負けて尻餅をついてしまった。

 それでも、真琴はすぐに起き上がり、銃口を香里に向けようとした。が、

「い、いない!?」

 香里はすでに、真琴とは十分に間合いをおいた位置にいた。

「どう。ここなら、当たらないわ」

 香里は、額に玉のように浮かんでいる脂汗を拭うと、刀を鞘に収めた。

「!? 抜刀(いあい)……」

 真琴は、二、三歩足を引いた。

 香里は、その倍、真琴に歩み寄った。

 この状況では、真琴が圧倒的に不利である。

 鉄砲玉は、直線上にしか進まない。しかし、刀は使い手の腕次第で、どんな角度からでも攻撃できる。それ以上に、抜刀は玄人が使うと、銃よりもはるかに早い。香里ほどの使い手になれば、真琴が銃の引き金を引く前に、間合いを詰めて斬り付けることが可能だった。

「こ、このッ」

 真琴は引き金を引くが、反動と、焦りで、香里にはかすりもしない。

「真琴、下がって」

 突如として、声が上から降ってきた。そして、その声と共に、美汐が地面に降り立ち、真琴と香里の間に割って入った。

「ここは、任せて。真琴は、行ってください」

 長さが通常の刀の半分位しかない小刀を、胸元より抜き、美汐は構えた。

「で、でも……」

 真琴は心配なのか、その場から動こうとはしない。

 そんな真琴に、美汐は優しく微笑むと、

「任せてください」

 とだけ言うと、香里に向かっていった。

「!?」

 香里は、向かってきた美汐に、躊躇無く刃を抜き払おうとし、

「遅いです…」

 しかし美汐が、香里が間合いを見極め、抜刀(いあい)しようとしたその刀を、その柄の部分を右足の裏で蹴りつけるようにして押さえ込んだ。

「なッ!?」

 香里が怯んだところで、美汐は柄の部分にかけていた足に力をいれて、柄の部分に右足だけで乗り上げた。そして素早く、左足で、香里の右のわき腹を蹴りつけた。

「クッ」

 その場にうずくまった香里から、美汐は素早く間合いを取った。

「さぁ、行きなさい。真琴」

 今までの一連の動きを見ていた真琴は、頷くと、素早く駆け出した。それでも、まだ不安が残るため、真琴は近くの小屋の裏から事の成り行きを見守ることにした。

「手負いの狼など、これだけで十分です…」

 美汐は小刀を逆手に持ち替えた。

「手負いの狼でも、狼であることに、違いは無いわ……」

 香里は苦しそうに立ち上がると、脇差も左手で抜き払った。

「そう、ですか……」

「かかってらっしゃい」

「………。わかりました」

 美汐は小刀を逆手に持ち替えたまま、香里に突進した。

 襲い来る小刀を右の刀で受け、左の刀で反撃する。香里の手に握られた二本の刀が、まるで別の生き物のように、美汐を襲う。

「…流石、ですね」

 美汐は眉間に皺を寄せながら、呻くように言った。

「しかし」

 美汐は、小刀の柄で右手の刀を弾くと、左手の刀を足で蹴り上げた。

「ッ!?」

「やはり、所詮は手負いですね」

 美汐は小刀を、香里の首筋に当てて呟いた。

「ぬかったわね」

 香里は苦々しげに呟くと、刀を二本とも地面に落とした。

「それで、全部じゃありませんね」

 美汐は冷静に、香里の胸元をはだけた。

 胸元に隠してあった飛苦無が地面に落ちる。

「…チッ」

「(お姉)ちゃん……」

 大悟郎(栞)が心配そうな顔で事の成り行きを見守っている。

「さぁ、これでもう武器などありませんね」

 美汐は香里の袴を破り、足にくくり付けていた小刀を引き抜いた。

「では、行かせてもらいますね」

 美汐は、香里に背を向けて歩き出した。

 そしてふと、その歩みを止めた。

「?」

 香里がいぶかしんで美汐を見るが、美汐の背中からは僅かながら殺気が感じ取れた。

「あなたは?」

 美汐の声は、氷の刃のように冷たく、鋭かった。

「そこを、どいて下さい」

「それはできないんだよ!」

 美汐の前に立ちはだかったのは、あゆ太郎侍だった。

「悪を、見極めたよ」

「?」

 美汐は首を傾げるが、あゆ太郎侍はかまわず喋り続けた。

「さぁ、前口上を言わせて貰うよッ!!」

 あゆ太郎侍は、天下五名剣である大典太を抜き払った。そして、ビシッ、と構えると、

「ひとぉつ!」

 左手の人指し指を立てる、あゆ太郎侍。

「響く叫びを聞きつけて」

 続いて中指を立てる。

「ふたぁつ! 掛かる火の粉をスパッと斬り捨て」

 最後に、薬指を立てて、

「ビシッとこの世を正してみせよう」

 眼を閉じ、深呼吸をするあゆ太郎侍。

「あゆ太郎侍、見ッ参!!」

 パーパーッ、パァー♪

 昭和の夜に響いていたなつかしのメロディーが、響き渡る。

 うまくいったよ!

 あゆ太郎侍、かなりご満悦である。

 しかし、美汐はすでに走り去っていた。もちろん、真琴も。

 子連れ香里も、服装を正して歩き出していた。

「(お姉)ちゃん、(そんなに気を落とさないでください。次がありますから。ネ、お姉)ちゃん」

「ありがとうね、大悟郎(栞)」

 姉妹(?)は微笑むと、漆黒の闇の中に消えていった。

「さぁ、悪はボクが倒す!!」

 あゆ太郎侍の声だけが、天明の世にむなしく響き渡る。

 時は葉月(七月)。

 夏は終わりつつあった……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「○一くんの嘘つきッ」

――何おう!?――

「カンペ通りにやっても、全然うまくいかなかったよ!!」

――それは、お前に女としても魅力が無かったからだ!!――

「うぐぅ。ひどいよ! そんなの関係ないよ」

――いーや。あるんだ――

「じゃあ、禁ゲーの方でボクを」

――だぁーッハッハッハ!!――

「ごまかさないでよッ!!」

――Hahaha...――

「うぐぅ…。きっと――――がボクのことを嫌いなんだよ」

――そうだな。――――が気に入っているのは、真琴や美汐らしいからな――

「でも、この作品は『あゆ太郎侍』なんだよッ!」

――そろそろ変わるかもな、題名――

「うぐぅ……」

 

 

 

 

 

次回へと、つづく。

 

 

 CM提供

『水瀬家・TCJF(極秘ジャム工房)』

 以上の提供で、お送りいたしました。

 

 

 

 

――教訓――

 

 他の作品との掛持ちは、ヒジョーに危険である。

 

 

 

  突然ですが、また予告をいたします。

 

 

 

 君に最新情報を公開しよう!

~遥か宇宙より降り注ぎし4つの悪魔。その悪魔が目覚めるとき、奇跡の力により勇者が立ち上がる 。

 悪魔に立ち向かう力! 観よ、あれが、あれこそが! ファイナルフュージョン! 勇者王、Dの 力だ!!~

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