幸せを願うもの

 

 

 赤い夕日が背後から迫ってくる。

それは、獲物を追い詰める狼のように思う。

 目の前には、ボクから伸びた赤い影が映っている。

だけど、それはきっと蜃気楼のようなもの。

だって、気づいてしまったから。

ボクは本当は、こんなはっきりした存在じゃなくて。死んだように眠っているのだと。

そして、それと同時に、この力を受けるときの約束を思い出した。

『汝に力を授けよう、ただし、その代価として――我が願いを叶えてくれ』

昔、学校と呼んでいた場所にあった木の精との契約。

そして、自分の記憶を封じて。祐一君と再び出会った。

だけど、その判断は間違っていた。

そんなことをしても、祐一君が傷つくだけだとどうして気づかなかったんだろう。

祐一君がこの街に来ると知って、ボクはうかれすぎたんだ。

ボクのバカ、バカ、バカ、バカっ――

自分ひとりで、ぽこぽこ頭を殴っている姿は周りから見れば奇怪でしかない。

 しばらくして殴るのをやめると、ぐっと気持ちを固める。

祐一君ともう一回だけ会って、さよならをしよう。

幸い、祐一君は僕のことを思い出してはいない。

きっと、思い出として、共に生きていくには辛過ぎることだから・・・。

赤く染まった雪と、夕暮れに包まれた街。

それはどこか物寂しくて、まるで。ボクの心を表しているかのように色づいている。

 それからボクはとぼとぼと商店街を歩く。

やっぱり祐一君と別れたくないという気持ちがさっきの決心を萎えさせている。

「うぐぅ・・・。やっぱりやだよぅ」

目から涙が出そう。やっぱり嫌なものは嫌だ。

何かいい方法はないかと、しばらく思案する。

なにか、ない・・・かな?

考えていると、祐一君の気配を感じた。

それはとてもすぐ近くに。何で気がつかなかったのだろう。

ボクは気になって周りを見渡すと、前のほうに祐一君の姿が見えた。

祐一君に会えた喜びで思わず顔が笑顔になる。

だけど、思い出す。心に決めていたこと。

別れ。

そう思うと、胸に突き刺さるような思いが足取りを重くする。

それでも、祐一君に近づいて、声をかける。

「・・・祐一君」

いつもどおり、元気な声を出そうと思ったのに。声は暗く沈んでいる。

空を見ていた祐一君は視線をこちらに向けた。

「・・・祐一君」

「なんだ、あゆか」

その言葉は、いつもどおりで。何気ない平常のようにも思える。

けれど、これは確実な別れ。少なくともボクにとっては――

ボクが黙っていると、祐一君から切り出してきた。

「久しぶりだな。元気だったか?」

「祐一君、あのね・・・」

そこで一旦言葉が詰まる。

祐一君には悟られないように、どうやって言おうか。

考えても分からないから、とりあえず思ったことを言っていく。できるだけ遠まわしに。

「探し物、見つかったんだよ」

やっぱり元気よくは、からかいあう会話のようには元気にしゃべることが出来ない。

自分で聞いても、この夕暮れの街のように寂しげな声。

そんな声しか、今のボクには出すことが出来なかった。

「よかったじゃないか」

「・・・うん」

今更ながら思う。見つかったことが、過去の記憶を取り戻したことが本当に幸せだったのだろうか。

幸せではなかった。思い出さなければよかった。

それがボクの本当の気持ち。だけど――

「大切なものだったんだろ」

「・・・うん」

あの時。

母親を無くして、ボクの居場所がなくなって。

淋しくて、悲しくて、苦しくて。ボクが潰れてしまいそうだったときに差し延べられた手。

「大切な・・・本当に大切な物・・・」

あのときの手は、祐一君との思い出はボクの心の支えだった。

「見つかって良かったな、あゆ」

でも、今は・・・

それがあるからこそ、別れなければならない。

自分はもう、会えないのだと。言わなければ。

「あのね・・・探していたものが見つかったから・・・」

祐一君を悲しませたくないから。

「ボク、もうこの辺りには来ないと思うんだ・・・」

涙は出ない。どんなに辛くても、僕はもう泣かないと、心に決めたから。

「だから・・・祐一君とも、もうあんまり会えなくなるね・・・」

「・・・そう、なのか?」

きっと、もう二度と会うことは無いと思う。

「ボクは、この街にいる理由がなくなっちゃったから・・・」

祐一君と一緒に幸せに生きれることが、ボクがこの街にいる理由。

ボクがいることで祐一君が悲しむなら。ボクは消えたほうがいい。

「だったら、今度は俺の方からあゆの街に遊びに行ってやる」

優しさが心に刺さる。だけど、嬉しいと思う気持ちもまたあった。

「・・・祐一君」

「あゆの足で来れるんだから、そんなに遠くないんだろ?」

祐一君は変わっていない、昔からずっと。

その優しさのおかげで救われる人が、今、すぐそこにでも居るだろう。

だから、祐一君は祐一君のままでいておくのが一番なんだろう。ボクが縛ってはいけない。

「また、嫌っていうくらい会えるさ」

「・・・そう・・・だね」

・・・けどこれ以上、ここにいたら耐えられないかもしれない。

泣いてしまわないうちに、祐一君の前から去らなければ。

祐一君が全てを思いだしてしまう前に。

「ボク・・・そろそろ行くね・・・」

これで、こうしてよかったんだと思う。

「・・・ばいばい、祐一君」

そのまま商店街の出口へ、祐一君の目の付かないところまで駆けて行く。

「はあっ、はあっ・・・」

走って走って、息がきれるほどに走る。赤く燃える夕焼けに向かって。

赤く輝く路地の中を一人、ボクは駆けていく。

背中の翼。

リュックについている翼が、大きく広がって、ばさりとなびく。

淡い、あるかどうかぐらいの薄いピンクの映える真白な翼。

それが、夕焼けの光を浴びて、空を仰ぐ。

ボクが最後にできること。

祐一君への、楽しい思い出をくれた愛しい人への恩返し。

せめて、この力が尽きるまで、この月が終るまで。

ボク自身の力が尽きてしまうまで祐一君のそばにいよう。

祐一君の周りの大気となって――

たっと、片足で地面をける。

その姿は、さながら、湖を飛び立つ白鳥の姿にも似て。

赤い夕日に輝くその姿は、ぞくっとするほど美しくて。

ボクの体が空に浮く。

さらさらと、きらきらと。

手から零れる光のように。

ボクの体は、そのまま――すっ、と。

赤く燃える、空に溶けた。

そして、その後には――

一枚、淡いピンク色の羽が、ただ静かに舞い降りるだけだった。

 

 

 「・・・ばいばい、祐一君」

そういって、赤い夕日の中に走っていくあゆの姿。

その姿は、今にも消えそうな雪のように、赤く燃えるこの街のように儚くて。

俺は、それから目を離すことが出来なかった。

何故なのだろう。

あいつは、ただいつもより元気が無かったくらいで。

他に、気になる所など無かったように思う。

それでも――

あいつから、あゆが去っていく姿から、目を離すことができなかった。

あゆの姿がようやく見えなくなって、ふぃと我に帰る。

「なんか・・・。あいつ。今日はおかしかったな」

だけどまた会おうと、あゆの居る街に行くと約束したから。

またいつか、元気な姿を見ることができるだろうとまで思い至って。

ふと、いまさらながら気づく。

「あゆの住んでいる街って・・・どこだ?」

聞いていなかった。

「・・・しまった」

がくり。と肩を落とす。

ちょっとオーバーなリアクションをしてみたが、そんなことで現状が変わるわけではなかった。

どこの街かを知らなければ、遊びにいけるわけが無い。

「あゆの街に遊びに行くって、言ってしまった・・・」

とりあえず、責任転嫁しておく。

「まぁ、あゆが言わなかったんだしな」

俺は悪くない、あゆが悪い。・・・多分。

そう割り切って、再び商店街を歩く。

特に目的もなく、息抜きとして商店街に来てしまったが。

「何も無い・・・」

息抜きになりそうなものなど、何一つ無かった。

まぁ、あるといえばゲームセンターくらいか。

「・・・肉屋にでも行くか」

「はぇ〜。祐一さん肉屋さんに行くんですか?」

「えっ!?」

馬鹿なことを言っていると、後ろから聞きなれた声が届いた。

くるりと、声のした方向を見ると、自分の高校の制服と青いリボン。

「佐祐理達もついて行っていいですか?」

おそらく、一緒に商店街に来たのだろう。いつのまにか舞と佐祐理さんが居た。

しかも、俺の馬鹿な言葉を真に受けている。

「いや、肉屋は冗談です」

「あははーっ。やっぱりですか?佐祐理もおかしいと思ったんですけどね」

「・・・牛さん」

舞が肉屋に対して反応を示した。

「ん?舞は牛さんは好きなのか?」

「・・・嫌いじゃない」

どうも、動物は基本的に好きなようだ。

「そういえば、佐祐理さん達はどうして商店街に来たんですか?」

「実は、舞が商店街に行きたいって泣いて駄々こねたんですよーっ」

びしっ。

後ろから厳しいチョップのつっこみが決まった。

「・・・そんなことしてない」

変わらず、無表情のまま舞が訂正をいれる。

舞が泣いて駄々をこねる姿・・・。

とても想像ができないくらい、舞がそんなことはやりそうに無かった。

おそらく、一生に一回も見ることができないだろう。

「あははーっ。本当はリボンを見に来たんです」

「?。リボン?」

「これのことですよ」

といって、舞の髪を縛っている蒼いリボンを指した。

よく見ると、佐祐理さんも緑っぽいチェックのリボンをしている。

「へえ、それでいいものは見つかったんですか?」

「これから見るんですよ。祐一さんも一緒にどうですか?」

「そうだな。どうせ、行くあてはなかったし・・・。舞は俺が居ても迷惑じゃないか?」

舞は、しばらく考え込むように黙ると。

「・・・かなり迷惑じゃない」

といって、一人すたすたと歩き出した。

いつもらしからぬ舞の行動に、おもわず佐祐理さんに尋ねる。

「どうしたんだ。舞は?」

「ふぇ〜。あんなに照れてる舞はじめて見ました」

「・・・?あれが照れてるのか?」

「あれは絶対照れてるんですよ」

そんなことを話していると、だんだん舞の姿が人ごみに隠れてくる。

「あっ。待ってよ。舞ーっ」

そういって佐祐理さんは舞を追いかけて走っていった。

仕方ないな、と俺も舞を追いかけて走る。

そんなに距離も離れていなかったため、舞にはすぐに追いつく。

「舞、そんなに急がなくてもいいだろっ」

「・・・・・・」

また、しばらく黙る。

「・・・犬さんがいたから」

ちなみに、周りを見ても犬どころか、虫一匹すら見当たらない。

「・・・で、どこにいるんだ?」

「・・・そこ」

といって、右のほうを指さした。

そこには玩具屋があった。

ショーウインドがあった。

そしてその中に犬のぬいぐるみがあった。

「・・・もしかしなくても、あれか?」

「・・・そう」

「あははーっ。確かに犬さんだねっ」

どうみても誤魔化したように感じるのだが、佐祐理さんは気にも止めていない。

「あっ。舞。この店みてみよう」

いっきに話題を変えると、佐祐理さんは先にある一軒の店を指さした。

洋風のレンガのつくりで、暖かな感じのする雑貨屋がそこにあった。

「・・・わかった」

そういって、2人は店の中へと入っていく。

俺もその後に続いて、店の中へと入っていった。

 店の中に入ると、ふあっとした暖かさが自分の体を包み込んだ。

中はなかなか綺麗で、その内装も家庭的で暖かい。

舞と佐祐理は予定通り向こうのほうでリボンを見ている。

こうしていると、舞も普通の女の子のように見える。

この光景を見て、誰も彼女が夜の校舎で魔物と戦っているなどとは思いもしないだろう。

「魔物って時点で、誰も思わないか・・・」

自分が、こんな非常識な現実を受け入れているのにいまさらながら疑問をもつ。

だけど、これは現実に起きていること。

けして、夢ではない。本当にあることなのだから。

「目をそらしちゃ駄目だよな・・・」

「祐一さん。どっちがいいと思いますか?」

「ん?」

二人のほうを見ると、佐祐理さんが2本のリボンを手に持っていた。

右手には赤いチェックの、左手には――

「佐祐理さん、その左手のは・・・ギャグですか?」

びしっ。

後ろから後頭部につっこみが入った。

「って、何で舞がつっこみを入れる」

「このリボン、舞が選んだんですよ」

もう一度リボンを見る、もちろん佐祐理さんの左手にのっているやつをだ。

それはとっても可愛らしかった。

とってもとっても可愛らしい、人参を持ったウサギさんがプリントされていた。

可愛らしいが、舞には絶対似合わないだろう。

試しに想像してみる。

・・・「・・・止めておいたほうがいいと思うぞ」

ばしっ。

以前よりも強烈なつっこみが見事に炸裂した。

「・・・祐一のセンスが悪い」

「そうですよっ。舞になら似合うと思いますよ」

舞だからこそ、似合わないと思うのは俺だけだろうか。

だが、正直に言うと良くない気がする。この場合、同意しておいたほうがいいのだろう。

「ああ、そうだな。舞なら似合うかもな」

「・・・買ってくる」

舞は佐祐理さんの手からウサギのリボンを取ると、レジへと歩き出す。

佐祐理さんは舞の予想外の行動にしばし呆然とし、

「舞・・・喜んでるみたいです」

「・・・あれでか?」

「すっごく喜んでます。明日、つけて来るんじゃないでしょうか」

「つけてくるって・・・?」

なんとなく分かるが。一応聞いておく。

「あの、ウサギさんのリボンをです」

ウサギのリボンをつけた舞。

おそらく舞のイメージが大幅に変わるだろう。

それはそれであまり見たくは無い。後で、さりげなく止めておかなければ。

「ところで、佐祐理さんは買わないんですか?」

「佐祐理ですか?佐祐理はいいです。舞のが見つかったことだし」

「そうですか?」

「ええ、そうですよーっ。」

そうやって笑っている佐祐理さんは本当に幸せそうで。

「あーっ。一人で店を出ようとしないでよーっ。舞っ」

「・・・楽しそうだったから」

舞も、そこらへんの女の子と全く変わらないで。

「祐一さんも早く来てくださーいっ」

きっとこういうのが、舞にあるべき日常なのだと。

「ああ、今行く」

そうして俺も、後を追った。

さりげない日常の中を、三人で・・・一緒に・・・

 

 ・・・家に帰ったころには、もうすでに日は暮れてしまっていた。

あとは、いつもの時間までできるだけ体力を回復することだ。

夕御飯を食べて、リビングでテレビを見てくつろぐ。

「・・・・なのは、やはり・・・・・・・だからなんでしょうねぇ」

「ええ・・・・・・が・・・・・・であるのは・・・・・と思います」

だが、まるでテレビの内容など頭に入ってこない。

ただ刻々と時間が過ぎて・・・・

・・・そして、いつもの時間になった。

俺はすっと立つと、コートを羽織って、木刀を手に持つ。

体調は、そこそこいい感じだ。

「よし、行くか」

玄関を出て、俺は歩き出す。

夜の顔を持つ彼女のいる、魔物を打つ場所へと。

危険な場所に向かっているのだと分かっていながら、その足取りは軽い。

彼女の、舞の役に立つことができるから。

それに――

大事な人を、この手で守ることができるから――

俺は一歩一歩、雪を踏みしめて。月の光だけを頼りに暗い闇の中を進んでいった。

 

 月影しかささない、深い闇の滞った夜。

まだ、真新しい足跡がついている雪の上に、ふぅっと風が吹いた。

そして、まるで初めからそこにいたかのように少女がふわりと現れた。

天からのささやかな光を受けるその身体はどこか、悲しげで。

だけど、まだ幼さの残るその顔には穏やかな笑みが浮かんでいた。

「祐一君・・・。幸せそうだった」

すこし、愁いを帯びた声が闇に吸い込まれるようにして消える。

「あのこのために闘っているんだ・・・」

記憶を少し覗いて見た光景、一歩間違えれば死んでもおかしくない戦場。

「ボク、祐一君の力に・・・なれるかな?」

祐一君が、死んでしまいそうなほどの深手を負ったときに。

祐一君が、自分の力だけではどうしようもなくて。悲しみに沈んだときに。

ボクは祐一君のために、がんばるから、力になるから。

「幸せになってください――

その言葉、手に落ちた雪のように儚く消えて。

そこにいた少女の姿は揺らぎ、宙へと――溶けるように消え・・・

そして再び、その場を静寂と闇が支配した。

 

 

あとがき

 どうも、いらっしゃいませ。へぼ作者霧月です。

いやぁ、この作品。本当ならかなりの長編になる予定でした。

だけど、序盤のみに大幅カット。理由としては、『なんとなく書く気がうせた』といったところです。

・・・石は投げないでください。わたし気まぐれなんです。わたしは悪くない(違

読んでくれた方の、反応がよかったら書こうと思います。多分。気まぐれだから分からないけど。

あ、あと。この小説の苦情・苦情・苦情・感想。お待ちしております。

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