あの日は満月の夜だった。 

  

月の綺麗な夜だった。 

  

覚えている事は、ただそれだけだけだけど。 

  

その夜は、また少し日常が動き出す始まりの夜だったということが今なら分かる。 

  

そんな気がする。 

  

そんな、気がするんだ。 

  

  

  

  

  

  

  

  

  

  

『 まい 』 

  

作 霧月 

  

  

  

――7月の半ばのことだ。 

  

俺、相沢祐一は大学での果てしなく眠い授業を乗り越え、 

バイトで笑顔を無料配布して、精神と肉体がともに疲れ果てながらも一人でだらだらと家路についていた。 

  

「家」といっても、高校の頃に居候をしていた水瀬家ではない。 

大学にあがるのを契機に、俺は舞や佐祐理さんたちと一緒に住むことにした。 

実際には舞たちが卒業する時からこの話はでていたのだが、色々な事情で保留にしてもらったのだ。 

とはいえ、3人で住むのが保留になったわけではなく俺が延期にしただけなので、舞と佐祐理さんは大学に入ってから一緒に暮らしていた。 

  

そして今年、晴れて舞たちと同じ大学に合格した俺もそこに加わることになったというわけだ。 

  

当時の俺は、これを実行に移し成功させるのはかなり難しいんじゃないかと考えていた。 

俺達が通っている大学はなかなかレベルが高くて(特に当時の俺には)かなり勉強に精を出さなければならなかった。 

それに加え、というか一番問題だろうと思ったのが女性二人のところに男が一人転がり込むというところだろう。 

恥ずかしながら、この相沢祐一めもどうしてなかなか健全な青年でありまして。 

その手の欲望がまったく無いわけではないのですよ。 

や、勿論。理性を総動員して、いざとなったら自決してでも変なことはしませんが、絶対と言い切れないのが悲しい所。 

少なくとも周囲の信用はゼロに等しいに違いない。 

始めに俺もそう言ったんだが佐祐理さんってば、 

  

「はぇ〜、別に大丈夫ですよね〜、舞〜」 

  

「はちみつくまさん」 

  

で済ましてしまうから困ったものである。 

だがしかし、本人が良いとはいえ親のほうはそうもいかないじゃないか、と思っていた。 

  

甘かった。 

  

俺の両親はいうまでもないが舞や佐祐理さんの家も笑って同意してくれた。 

「娘は娘で考えた結果なのだろうからとやかくいうつもりはない」らしい。 

佐祐理さんの性格は親譲りなんだなぁ、となんとなく納得してしまった。  

まあ、反対されるよりは楽でよかったにはよかったんだが。 

  

「祝福されすぎるのも…問題、だよなぁ」 

  

そう思いながら俺は帰ってきた家を見上げた。 

  

一戸建て。 

二階もあって水瀬家と同等かそれ以上の大きさ。 

和の心を重んじた風流な庭までついている。 

少なくとも一介の大学生が立てられるようなものじゃない。 

豪邸。というほどではないが三人で住むには明らかに大きすぎる家だった。 

いわく「娘のひとり立ち記念(佐祐理家)」。 

俺が初めて見たときにとてつもなく驚いたのは言うまでもないことだろう。 

  

「ま、いつまでも家の前で立っていたって意味ないか」 

  

リストラされたお父さんじゃあるまいし。 

  

ポケットから鍵を取り出して、カチャとドアを開けた。 

  

――ああ、でもなんか、帰ってきたお父さん、って感じはするかもしれない。 

  

「ただいまー」 

  

「あははー、おかえりなさいー」 

  

玄関の先のキッチンから佐祐理さんの声が響く――が、舞の声はしなかった。 

いると思うんだけどな? 佐祐理さんいるし……まさか無視か? 

少し寂しいぞお父さんは。 

  

「………」 

  

――ぺたぺた。 

  

娘にかまってもらえないお父さん的なことを考えていたらキッチンのほうから舞がやってきた。 

服装はラフにTシャツにジーンズ。 

いつもどおりの無表情だが身に着けているアヒルの黄色いエプロンがどこか可愛らしく、シュールだ。 

エプロンをしているということは佐祐理さんと一緒に夕食の用意をしていたのだろう。 

  

ぺたぺた――ぺた。 

  

靴を脱いでスリッパをはいた俺の前で舞は立ち止まる。 

  

「………」(←じっ、と見上げている) 

  

「よ、よお。舞。ただいま」 

  

「………祐一。遅かった」 

  

む、むぅ。 

  

「バイト抜けようと思ったら客が混みだして抜けるに抜けられなくてな」 

  

「…それでも、遅い」 

  

「いや、舞だって自分の持ちは終わりとはいっても、みんな忙しそうなのに自分だけ帰るわけにはいかんだろ?」 

  

「………はちみつくまさん」(←ちょっと目を伏せる) 

  

「う…、まあ、ごめんな。電話ぐらいしとけばよかったよな」 

  

「(ふるふる)祐一は………悪くない」 

  

嗚呼――その間が気になるよ。舞君。 

  

「あははー、舞は祐一さんが心配だったんだよねー」 

  

同じくエプロン姿の佐祐理さんがいつの間にか玄関に来ていた。 

  

「? そうなのか、舞?」 

  

「………ぽんぽこたぬきさん」(←ちょっと顔が赤い) 

  

「あははー。うそは駄目だよー、舞ー」 

  

「………(ふるふる)違う」(←かなり赤い) 

  

「ご飯の用意しているときも『祐一、まだ?』『祐一まだ?』って――はえっ!」(←舞からチョップをもらった) 

  

「佐祐理! 夕御飯の支度がまだ!」(←真っ赤) 

  

舞はチョップをかましつつ佐祐理さんをキッチンへと押しやっていく。 

依然と舞は真っ赤なままで、佐祐理さんは舞をからかえてご満悦のようだ。 

  

「あははー、それ――はえっ! じゃあ祐一さ――はえっ! んもうすぐ夕御――はえっ! 飯ですからねー」 

  

「…佐祐理っ!」 

  

佐祐理さんは舞のチョップから逃げるようにキッチンへと行き、舞もとことことその後を追いかける。 

  

――ちょっとおもしろい。 

俺もやってみたいなー、とか思っているとキッチンへと消える前で急に舞が振り向いた。 

  

「え…と、その、………祐一」 

  

舞はまだ真っ赤な顔をさらに赤くし、うつむかせて、 

  

「…おかえり」 

  

そう言うと、そそくさとキッチンへと入っていった。 

  

  

  

――むぅ。 

  

「舞の――ああいうところもかわいーなぁ」 

  

自然と笑みがこぼれてしまう顔をおさえながら自分の部屋へと歩みを進める。 

  

――ぱた、ぱた。 

  

  

誰もいない二階はまるで別世界のように真っ暗だった。 

  

  

  

  

  

  

  

  

  

  

パリン――と、今までの幸せな気持ちは部屋に入ると同時に砕け散った。 

  

――別世界。 

  

自分の部屋であるはずなのにそんな気がしてならない。 

  

「あ………」 

  

いつもと違う空気に口から漏れる言葉さえ闇に迷ってしまう。 

  

  

  

電気つけていない部屋の暗闇。 

  

開かれた窓から入る風と、なびくカーテン。満月。 

  

そして、 

  

「――久しいな、少年」 

  

――月の光に照らされ、どこか神々しさをかもし出している少女がこの世界を狂わせる。 

  

少女の纏う白いワンピースは風とは無関係に独り揺れて。 

その身体は何にも支えられていないのに空にと留まっていた。 

  

「――最後にあったのは――いつだ? ――ああ、一年、前か? 懐かしい」 

  

重く、低く、響く、声。 

しかしその中にはどこか年相応の、少女らしい幼さが混じっていた。 

  

「…あ、あ」 

  

――思考が混乱する。 

  

流れる黒髪。 

赤く光る瞳。 

儚げな笑みが映える唇。 

  

その全てに。 

  

相沢祐一はひきつけられていた。 

  

そして同時に理解する。 

  

この少女は――紛れもなく――あのときの少女なのだと。 

  

ぎし――。 

  

――ぎし。 

  

半ば無意識に、祐一はその少女へと近づいていく。 

  

「ふふふ…」 

  

怪しげに微笑む少女の前に祐一は立ち。 

  

そして―― 

  

少女の、 

  

「ふふふ…――(がしっ)うにゃ?」 

  

胸倉をつかんで、 

  

「こ―――っのーーッッッ! 舞ーーーーーッ! どぉぉぉいう事だーーーッ! 説明しろーーッ!」 

  

少女を掴んだまま、ドアを開け、階下に向かって思いっきり叫んだ。 

  

  

  

  

  

  

  

  

  

  

ところ変わって、食卓である。 

  

「佐祐理、おかわり」(←舞) 

  

「あははー、舞は食いしん坊ですねー」(←佐祐理) 

  

「…そんなこと、ない」(←舞) 

  

「いやっ、違う! そこ、和むんじゃない! こら舞不思議そうに味噌汁をすするな!」(←祐一) 

  

「おおおっ! この味噌汁! だしが効いていて、おいしいっ!」(←今のとこ謎になっている少女) 

  

「待てッ! そっちの問題児――っうか小さい舞も!」(←祐一) 

  

「えー」(←小さい舞) 

  

「あははー、ありがとうございますねー」(←佐祐理) 

  

「佐祐理さんも無視しないでくださいっ――ってーか、いったん飯食うのやめーー!」(←泣きそう) 

  

「えー」(←小さい舞) 

  

そこ、不満そうな顔しない。 

  

「で? これはどういうことなんだ? 舞?」 

  

これ、と言いながら隣で座っている少女Aを指差す。 

実においしそうにかつ嬉しそうにご飯をかきこんでいる小さい舞に視線が集まった。 

  

「………」(←舞) 

  

「………」(←佐祐理) 

  

「あ、このほうれん草のおひたしもおいしー」(←小さい舞) 

  

「………」(←祐一) 

  

「―――………さぁ?」 

  

「いや、さぁ? って……舞は知らないのか?」 

  

「(もぐもぐ)ひょんとふひひぃだひょねー(んぐんぐ)」(← 訳 ほんと不思議だよねー) 

  

「――待て。事件の張本人。のんきに飯を食うな」 

  

「えー」 

  

「えー。じゃないっていうか――いや、そうだな。お前に聞けばよかったんだ」 

  

「?」 

  

「なあ、お前。舞の力っていうか、『魔物』の舞だよな? 一年ぶりとか言ってたし」 

  

「おふーこーングッ!?」(←喉に詰まった) 

  

どんどん、と苦しそうに胸をたたく小さい舞。アホだ。 

俺は『魔物』説を撤回したくなった。 

  

「………大丈夫?」 

  

「あははー、あわてなくても大丈夫ですよー」 

  

そう言いながら佐祐理さんが小さい舞に麦茶を渡す。 

  

「んぐ…んぐ…、ふにゃあー。 助かったー」 

  

「…話すときは、飯は…食うなよ」 

  

「うん。 そうだねー。 命には代えられない…っと、それで何の話だっけー?」 

  

「………お前の話だ」 

  

「あー。あーあー。そっかそっかー、うん。私は――その、それだよ。うん、当たり」(←思い出した) 

  

「ん、まあ、それはなんとなく分かったんだがな。なんでここにいるんだ?」 

  

「………え?」(←小さい舞) 

  

「―――え?」(←祐一) 

  

まさか。 

  

「………そういえば、何でだろーね? 不思議だね?」 

  

「――分からないのか?」 

  

「んー。気づいたら――なんだっけ、がっこう? に居てね。まあ、そこから一直線に祐一君に会いに来たわけですよ」 

  

こっから、こうー。と、変なジェスチャーを加えつつ説明する小さい舞。 

本人はいたって真面目なのだろうが傍から見るとちょっとまぬけだ。 

でもとりあえずな、箸を持ったままやるのは止めよう。危ないから。 

  

「でもどこに居るか知らないから、ゆういちっくなポイントを見つけてねー」 

  

…ゆういちっく。 

  

「それで、この家かなーと思って二階の部屋のひとつに侵入してみたんだよね」 

  

するな。 

  

「そしたら、なんとっ! 祐一君の部屋でしたー!」 

  

大当たりーと、小さい舞が両手を広げた。 

なんとなくつられて佐祐理さんと舞がが拍手をしてしまっている。 

  

「あとは祐一君が帰ってくるまで待ってたというわけ。よし! 万事解「してねぇ」決――ってはやっ!」 

  

あ、いかん。思わずつっこんでしまった。 

  

「まあ、とりあえずお前にもどうして自分が現れたのか分からないっていうことは理解した」 

  

「うん。あ、ねぇ。ご飯食べるの再開していい?」 

  

「…もうちょっと待て。もう一つ聞きたいんだがな、二階であったときさ、なんかお前雰囲気違わなかったか?」 

  

あのときに俺が感じたもの、それは人ならぬ神秘でも魔ゆえの恐怖でもなく、 

  

――純粋な異質。 

  

あの場所だけが現実から切り取られたような感覚。 

時間。空気。存在。物体――ありとあらゆる物がまるで別の何かになってしまったかのように感じたのだ。 

  

それなのに、今はこれ。 

はっきり言って、約180度ぐらい性格が変わっている。 

  

「…あー。 あれはね、演出」 

  

「………演出」 

  

何故。 

  

「いや、だって感動の再開だよ? それなりにかっこよくきめようかなーと」 

  

「かなーと。 じゃなくて…いや、もういいや。なんとなくお前がどういう奴か分かったから」 

  

舞は昔こういう奴だっただろうか。 

――今となってはあまり覚えてない。なんせ、10年以上前の話しだし。 

  

「…で。 舞、佐祐理さん。 これどうしようか? この家に住まわすぐらいしか思いつかないのだが?」 

  

なんてったって人間じゃないしなぁ。家に帰すわけにも行かない。というか、帰す家がない。 

交番にだしても親は永遠に見つからないだろう。 

それどころか、むしろこの家に帰ってきそうだ。 

 

「はぇー。 佐祐理は別にかまいませんよー」 

 

「…私もそれでいい。元はといえば私の力。無責任に捨てるわけにもいかない」 

 

「ん、まあ、ちょっと不安だけど。それしかないか」 

 

ようやくまとまったかなと思って見回すと、なにやら佐祐理さんが何かを言いたそうな目で見つめてきた。 

 

「…あの、祐一さん?」 

 

「? どうしたんですか? 佐祐理さん」 

 

「………まいちゃんって………舞の妹じゃなかったんですねー」 

 

「………」(←祐一) 

 

「………違う」(←舞) 

 

「………あはー」(←佐祐理) 

 

「ねぇー。ご飯ご飯ー。話し終わったんならたべよー」(←小さい舞) 

 

 

 

――不安だ。 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――疲れた。 

なんというかもう、すべてに疲れた。 

 

風呂に入り(小さい舞も一緒に入ろうとした。勿論拒否)、自分の部屋に帰るなりにばたりとベットにうつ伏せになる。 

冷たい布団が熱気を持った肌を冷やして気持ちがいい。そのまま寝てしまいそうだ。 

明日が休日で良かったと思う。大学があって、しかも一講からだったりしたらきちんと起きられる自信がない。 

 

――まぁ、舞か佐祐理さんが起こしにくるんだろうけどな。 

 

だが、それはあまりにも情けない、というか恥ずかしいので今のところそんなへまはしていないし、しない。絶対。 

 

ごろりとうつ伏せから仰向けになる。 

窓からは風が流れ、カーテンがなびき、満月の光が部屋の中と、 

 

「やほー」 

 

いきなり天井から現れた少女を照らし出した。 

しかもパジャマ。うさぎパジャマだ。舞の奴を真似したんだろうか。サイズを除いて、それはまさしく舞のものだった。 

……真似なんて出来るのか知らないが。 

 

「………」 

 

「――驚いた?」 

 

「…ちょっとは」 

 

「んー。良し、ならせいこー」 

 

そのままゆっくりとベッドまで降りてきて俺の横にぽふりと転がる。 

 

「んにゃぁー。きもちいー」 

 

ごろごろー。 

 

満面の笑みで布団に頬擦りするこいつを見ていると、一年前のあの『魔物』と同じものだとはとても思えない。 

もしこいつだったら戦うことなんてしなくても良かったのにな。 

…おしいことをした。 

 

「……んで。 どうした? 俺のとこにきたんだから何か用があるんだろ?」 

 

「ん? んー。一緒に寝るー」 

 

 

 

――――。 

 

 

 

「HA?」 

 

「一緒に寝るー」 

 

「……いや、あのな。 なぜ俺だべどすかえ? 舞とか佐祐理さんとか他にもっと適任が」(←動揺) 

 

「や」 

 

「…速攻ですか」 

 

もっそりと、小さい舞が顔を起こす。 

小さな手が俺の服を掴み、すっと冷えた瞳に見つめられる。 

さっきまでの幸せそうな顔はそこにまるで無かった。 

 

「祐一君分かってない。ちっとも分かってない。何故俺? 祐一君? 佐祐理や舞のほうが適任?  

 

 なんで、なんでどうしてそんな風に言うの?」 

 

――思い出されるのはあの時の光景。 

 

流れる黒髪。 

赤く光る瞳。 

儚げな笑みが映える唇。 

 

――真剣に何かを想うその顔。 

 

「――私は、祐一君に会いに来たのに!」 

 

小さい舞は仰向けになっている俺の上にふわりと乗り。 

 

「どうして、とか想う前に。私を作った人の所に行こうとか想う前に。他の誰でもない――祐一君に会いたいって想った」 

 

今にも泣きそうな顔で、舞は一気にまくし立てる。 

 

「私は――私はっ、少しでも祐一君と一緒に居たい。居たいのっ! いつでも、どこでも、少しでも――でも、できる限り! 

 

 舞や佐祐理じゃだめなの。 祐一、祐一君と一緒じゃなきゃだめ! ダメなの――だから――」 

 

だから、一緒に寝たい。 

一緒に居たい。 

例え意識の無い間でも、体のぬくもりを感じていたい。 

 

子供と大人の狭間の欲望。 

 

 

 

「――はぁ」 

 

息を吐くと同時に、今にも泣きそうな小さい舞の背中に手を回し、抱き寄せる。 

 

「――わぅ」 

 

「んー」 

 

ぽんぽん、と背中をたたいた。 

 

軽い。 

人間じゃないからとか、そういうのではなく、年頃の少女らしい軽さ。子供の軽さ。生きてきた時間の重み。 

こいつはきっと――ずっと前の、あのときの舞のままなのだろう。 

心も、身体も、時間も、全部あの時のまま。 

――だから、寂しいのだ。 

俺しか頼る人が居なくて、ほかの人間が怖くて、でも寂しくて接したい、一人ぼっちな舞のまま。 

 

だから。 

 

「――不安だった、んだろ」 

 

「………うん――実は、ね、けっこう」 

 

えへへ、とはにかみながらまいは呟くように小さな声で喋る。 

弱々しいその笑み。体の動き。そこには、食事のときのような元気さはまるで無い。 

しかし、これもまた昔のまいであり、逆に、こうだからこそ小さいまいなのだ。 

 

「何がなんだかわけが分からないのに、知識だけはあって――頭の中に流れ込んできてね…。 

 

 知ってた。分かってたんだよ? 祐一君や舞や佐祐理が今とても幸せでこれ以上何もいらない…。 

 

 ――今会いに行っても私は邪魔なんじゃないか、って。 

 

 だってさ、私は舞だけど舞じゃなくて。祐一君や佐祐理にとって私は偽者なのかもしれないから、…だから」 

 

「だから――今日会った時あんなことしてたのか?」 

 

「ああすれば、私は舞とは違うって思ってくれるかなーって考えたんだけど――あはは、やっぱり失敗だったねー」 

 

怖がらせただけだった、かな、と呟く。 

弱々しく張り付いた笑みが、どうにも切なかった。 

 

「いや、怖いというより、あの時はなんでお前がここに居るのかっていう思いのほうが強かったからな」 

 

だから、別に怖いだなんて思ってないさ、とぽふぽふ頭を叩く。 

 

「そっか…それは考えてなかった」 

 

「――そうか」 

 

ぱふ、と小さい舞は俺の身体に顔をうずめてきた。 

 

「私、邪魔じゃないかな?」 

 

「ああ」 

 

「私のこと、嫌いになってない?」 

 

「もちろんだ」 

 

「………うん」 

 

不安。 

まだ不安なのだろう。 

言葉だけでは心が納得してくれない。 

どんなに信じたくても、不安が不安を生み、もしその言葉が偽りだったらと考えてしまう。 

 

俺は。 

どうすれば、こいつの不安を無くしてやれるだろうか。 

どうやって、大丈夫だと思わせてやれるだろうか。 

わからない。 

それでも、これは俺にしか出来ないことなのだから、やらなければならないのだ。絶対。 

 

抱きしめるような格好のまま、頭をなでる。 

猫にするような感じで、さわさわと、髪の流れる方向へと手を滑らせるように。 

小さい舞は、恥ずかしいのだろうか、顔を赤くしながらも、それでもされるがままにしている。 

 

「まあ、な。 始めは『なんだこいつはー』とか思ったりしたが、今は別にそうでもない。 

 

 よくよく考えればな。俺の知り合いには変な奴らが多いんだしな。いまさら一人増えたところでどうもならんさ」 

 

…結局俺は何が言いたかったのか。 

自分でも良く分からないが、それでも俺なりにこいつにここに居てもいいと言いたかった。言ったつもりだ。 

 

…伝わったかどうかは実に不安だが。 

 

「…ね?」 

 

「ん?」 

 

「私は――ここに居てもいいのかな?」 

 

存在理由。自分自身の価値。皆に祝福され生きていける場所。 

ありとあらゆる意味を含めた問いに、俺は笑顔で答えた。 

 

「ああ! 少なくとも俺は歓迎するぞ!」 

 

「――うん!」 

 

その言葉に、小さい舞も満開の笑みを浮かべる。 

 

よかった。 

なんとなくだけれど、こいつには笑っているのがあっている気がする。 

昔の舞が笑えるならば、今の舞もきっと笑える。笑えるようになれる。そんな気がするから。 

 

「あ、じゃあ、その、えっとなんて言うんだっけ…あ、そだ――不束者ですがっよろしくお願いしまふっ!」 

 

「ふ?」 

 

「い、…痛いぃ…」 

 

舌を噛んだのか。 

慌てながらも真剣な表情に思わず笑いそうになる。 

 

――どこかずれているところは昔からか。 

 

「ああ、こちらこそよろしくな」 

 

「うん!」 

 

 

 

 

 

――またすこし、日常が動き出した。 

 

 

 

 

 

<続く?> 

 

 

 

 

あとがき 

 

オリジナルキャラを考えると80%以上の確率でちびまいの年齢変化版になってしまう霧月です。 

 

何故だ。 

きっと無意識下でそういう方向へ行くように扇動されてるんだろうとか考える今日この頃です。


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