A biessing in disguise <前編>

 

 

 

 ――夜。

闇を司る大昌霊、シャドウが支配する時間。

生物は活動をやめ、幸せな夢の中に眠る時間。

今日という日、一日の終わり。

空気が夜の闇特有の静寂に包まれていく中で、微かにある生物の気配。うすい闇に一つの影が落ちた。

それは獣の類では、ない。人間だ。蒼き髪の少年、キール・ツァイベル。

暗く静かな景色を眺めて考えにふける彼の蒼い髪は、夜の風になびいた。

 

 ざあざあと風が丘に吹いた。

体がもっていかれるほど強い風ではなく、穏やかで優しい風だった。

なびく草の音が静寂に包まれた時を現実へと引き戻していく。

頬をなぜ、髪の間を通る風はすこしばかり冷たく、実にきもちいい。

 

――思えば、ずいぶん遠くまで来てしまったものだな。

 

ふと思い、空を見あげた。

そこには丸く輝く月もなければきらりと煌く星もない。見えるのは、もう一つの大地だけ。

自分が生まれて、そして育ってきた土地、インフェリア。

そして今、ここはセレスティア。僕達にとっては未開の土地。まだ知らぬ知識と世界が広がる土地。

そこに、今いることを、僕は何よりも光栄に思う。旅に出てよかった、と。

この旅はいやなほど苦労の連続だったが、今までのどんな時もよりも長くそして大切なことを知ることができた。

王立天文台での自分のしたこと、自分の気持ちと、固い決心。

様々な敵との戦闘、傷つき、助け合い、そして勝利した。

いまだ誰も成し得なかった大昌霊との接触も貴重な体験だった。

けれど、なによりたくさんの人たちに出会い、別れ、その中で。

――最近になって気づきはじめた思い。

 

 僕は暗い空を見あげたまま、すっと静かにまぶたを閉じる。

浮かぶのは、たったひとりの人の顔だ。

つい最近に出会ったような気もする。ずっと前からいたような気もする。

いつもはほんとやかましいけれど、明るくて、無邪気で、優しくて…。

 

――僕は気になっているんだ。あいつの、こと。

 

インフェリアでは珍しい肌の色、褐色の肌をした少女。

――メルディ……。

 

風。

また、波のように揺れる草の音。

草はなびいて漂うのにその場から動こうとはしない。音だけが耳に響く。

確かに、僕のどこかでメルディのこと、きにしているのだろうか、どうなのだろう。

考えてみた。

じっくりと考えてみた。

しばらくして、

まぶたの裏にはっきりと、メルディの笑顔が浮かんだ。

「―――ッ!」

その瞬間、不思議な感じがして、顔が焼けるように熱くなるのをとめられない。

なぜかは分らないが恥ずかしいような思いがでてきて、とにかく。

焦った。

うあぁ、うわあああ。な、ななななんで顔が熱く? 

そうだ。こういうときこそ落ち着くべきなのであって候、じゃなく。

あぁそぅえと、そういえばなんかこれ学園の図書館で同じ様な症状があったような、なんだ思いだせな――

 

『恋愛の心理学』

暇つぶしで、手に取った一冊。

実は、暇つぶしじゃなくて、すこし、ほんのすこし興味があった。

いや、僕もほら一応年頃なんだし、興味があるのは当然なんだが…。

借りるときに顔なじみの司書の人が意外そうな、戸惑ったような顔をしていたのを今でも覚えていた。

そんなに意外なのか、いや、意外だよなと思いながらも少し傷ついた。

それでも、研究の合間に少しづつ読んでみた。

じっくりと、一文字、一文字。

少し、なんか恥ずかしいものがあったからひとりのときにだけ読んだ。

結局は実感がわかなかったため、よく分らなかったけれど。

でも、いつか僕も、その、『恋』、をするのだとおもったら。

「うああぁ」

むずがゆいような、肌寒いような感覚が襲った。

くすぐったいようで、なんか不思議としか形容できないような気持ちだった。

今はまだこれがしっかり分らない、だけど。

きっと『恋』をするとき。そのときには、わかるだろう――

 

 

――…あー。さっきの気分は、昔感じたそれと同じで、つまり、えと?

恋?

僕が?

メルディに?

 

…………。

 

………………本当か?

 

…………………………………。

 

――駄目だ…やっぱりわからない。確信がない。

僕はいままで自分の気持ちや考えはしっかりと一つに決めて、それに基づいて行動してきた。

例え、それがあまり認めたくなかったとしても、それを事実として受け入れるのが当たり前だった。

だけど、今回のこれは自分の気持ちすら曖昧でわからない。

今までに無い、僕の中だけの心のトラブルだ。

気持ちの迷いは判断を鈍らせて、こんな危険な旅では命を落としかねないほどに危険なもの。

だからこそ早めに手を打たなくてはならないし、なにより、僕の個人的なものだ。

誰にも知られるわけにはいかない。心配をかけるし、恥ずかしいし、それに今は大切な旅の途中だし。

 またふわりと髪が揺れ、かさかさと草の鳴る音が儚く空へとける。

僕としての答えを見つけるために、こうして夜風に当たっているのだけれど…。

それでもそれらしい答えはまだでてこなかった。

 

――ああ……僕は……ほんとうに……

 

「メルディのことが……。好き……なんだろうか――」

「――うわぁ、あの、キぃール?」

うわあぁも、も、モンスターかっ!!

う、いや、モンスターしゃべらないし、僕の名前知らないし。

――いや、ほんとは、かなりというかだいぶ僕の中では誰か予想がついてるのだけれど…。

信じたく、ない。

聞き覚えのある声だとか。女性の、いやどちらかといえば女の子の声だとか。

それもごくごく最近聞いたことがある声だとか。

しっかりとこの目で相手を確認してない(いや、したくない)がまず間違いないと推測できる。

ああ、痛い。

何より、さっきから続くこの沈黙がなによりイタイ。

「…そっかぁ、やっぱりキールはメルディが好きだったんだねっ」

うわああ、なんか勝手に納得して、しかもなんだ? やっぱりって。そんな風に僕思われてたりしたのか?

ひぃ、ひ、否定したい。

ものすごく否定したいのに、ショックで口が、首が石化したかのように動かない。

ああマズイ、とか思いながらいやな汗が背中を流れているのを感じた。

このままではしごく順調に誤解が進行して、取り返しがつかないことになってしまうっ!

「うん、メルディ、かわいいもんねぇ」

順調です。

誤解進行度約58%。

そのころになってようやく石化モードに入っていた首が後ろを向く。

そこには、なるほどとでもいうかのようにぽんと手を叩く幼なじみの少女。ファラ。

わざわざ気配を消していたところから推測するに、脅かそうと近寄っていたのだろうが、それはどうでもいい。

今はそれよりやばい事態に陥っている。

ファラの中では『キールはメルディのことが好き』ということに間違いなく決定済み。

しかも目が、いや瞳が爛々と燃えるぜバーニング!

なんとか違うと説明しなければならないのだが、そんなことはまず過去の経験からして…ムリだ。

ああ、このおせっかい度120%の瞳を説き伏せるには僕はどうすればよいのでしょうか。

諦めて身も心も楽になりたい。しかし、ここで止めておかなければ、後が…ヤバイ。

それに、可能性はゼロではない。なんとか説得できるかもしれない。

ヤルしか、ない…か。

 

――…ごくり。

 

僕は意を決して乙女チックモード全開で輝きまくる瞳の持ち主に話し掛ける。

「ぃいや、フぁラ。その、これは―――」

「うん、大丈夫だよ、キール」

――ナニがですか?

ああ、もう。その人の話をまったく聞かないところが何よりステキです。

一瞬でも『説得できるかも』とか思った僕がだめでしたね。

ああ、世の中はそんなに甘くないって本当だよ。

渡る世間は鬼ばかり。

そんな言葉が脳裏をかすめた。

そんな僕の気持ちなど知らずに、そんなステキな部分ふんだんに使用してファラはまだまだ我が道をいく――

「大丈夫だよ。私も手伝ってあげるから」

 

………。

 

………………ハイ? あんですとー?

 

…ああ、キャラが違う、落ち着け、落ち着け。

「ちょ、ちょっとまってくれ。ファラ」

「ん? どうしたの? キール」

「ぼ、僕は手伝ってくれとか、そんなことは一言もいっていない。いや、それ以前に――」

「照れなくてもいいよ、キール」

ああ、ソウですか。

僕はテレテルように見えるのデスか。

いや、ソレ以前に、人の話は相手の目をミテちゃんと聞きましょうとか言われマセンでしたカ?

「…ファラ。少し話を――」

「だいじょうぶっ。いける、いける♪」

「いや、そのな、だから――」

「いけるいける♪」

「…………」

 

……無駄だな。

僕はきっぱりとあきらめた。

そうだった、始めから猪のごとく暴走するファラを止める手段など無い。

いわば、これはもう。大自然の摂理のような物。

あと、僕にできるのはこの川の流れに身をゆだねるだけだ。

もちろんファラは、理解みたいな誤解をしたまま、なにかとおせっかいをやくに違いない。

「がんばろーね、キール」とか隣でファラが言っている野が何よりの証拠。

前途多難だ。

はぁ、とため息をついて『僕は不幸かもしれない』ということをしっかり再認識した。

いとあはれ。

 

 

 「う―――……ん」重苦しい声。

リッド=ハーシェルはかつて無いほどに迷っていた。

一年に一回悩めば奇跡で、何か決めるときも一秒すら考えず、理由も「勘」と言い切ってしまうような彼が、

「う――――……ん」

悩んでいた。

すわ天変地異か。世界の終わりかとキールあたりがここにいれば言っていたかもしれない。

 まあ、しかし。リッドも真剣に考えることだってあるのだ。

それは例えば、友達のことだったり、人の命のことだったり――

 

「…やっぱり、ベアの肉入れるべきか?」

 

――料理(正確な表現は飯)のことだったりする。

そう、ここはセレスティアで、今はだいたい夕食時で、そしてリッドは今夜の飯係だった。

ああ、納得。

 

 森の中の少し開けた場所で燃える炎と、上に上がっていく煙。ここが今日の野営地。

火の回りには石が組み敷かれその上にはけっこうな大きさのある鍋がずでんと陣取っている。

自己の存在をアピールする鍋の中ではくつくつと弱くミルクが沸騰していた。

横ではリッドが剣を扱う要領で食材を切り刻みながら思案にふけっていた。

どんどん切り刻まれていく材料達。にんじん。じゃがいも。たまねぎ……意外と器用である。

今夜はクリームシチューのようであるが、材料がひとつ……そう、ベアの肉が足りない。

そして、リッドはそのことについてかつて無いほどに悩んでいたのだ。

いや、もちろんベアの肉が無いわけではない。ベアの肉はちゃんとある。

だが、ここはセレスティアだ。インフェリアにあるベアの肉はここでは非常に貴重。何せ補給ができない。

そのためセレスティア名物(?)タスクの肉で代用しようとしたのだが実はコレ。味はいいが見た目がグロイ。

そのグロさはインフェリアンのリッド達(セレスティアンのメルディは除く)には厳しいものがあった。

以前、彼らはタスクの肉を使ったのだが。

そのとき、キールは青ざめ、ファラは目をつぶりつつおそるおそる。リッドはそんなファラを脅かし殴られた。

リッドにとってはなかなか痛い思い出だったといえよう。

そんな訳でベアの肉かタスクの肉か悩んでいたリッドは、ようやく覚悟を決めた。

「…言わなきゃ、気づかないよな?」

そういって、タスクの肉をとるとすばらしい勢いで切って。鍋に材料を入れた。

 

どぼどぼどぼん! ばちゃ。

 

調味料で味を整えると鍋にふたをした。後はしばらく待つだけだ。

鍋からほんのりと甘いいい香りがしてきた。きっと美味しくなるだろう。

「なぁなぁ、リッド〜」

「ん〜?」

なんだろうかとリッドは声のしたほうに振り返る。

そこには四本足で這う獣のようにぺたぺたと俺によってきたメルディが、

 

――じぃいいいっっっ。

 

肩に乗ったクィッキーと一緒に懇願した目で見てくる。心なしか瞳が潤んでるようにも…みえた。

「どうしたんだ? メルディ?」

リッドはごくりと息を飲んだ。

その理由は、なんだか今にも泣きそうだったからだ。

「晩御飯、まだか〜?」「くぃぃ〜〜〜」

――ああ、それか。

リッドは妙に納得した。

事実、リッドも腹は減っていたし、今日は野営を始めるのも遅かったのだ。だから、

「まだできるのに、早くて20分ぐらいかかるな」

クリームシチューはじっくりことこと煮込んだほうがおいしいのだ。

それを聞いて2人(いや、1人と一匹)の口からため息が漏れた。

「お腹、すいたよ〜〜」「くいぃぃ〜〜」

へなへなと肩を落とすメルディ(及びクイッキ〜。

リッドはそんなメルディを一瞥した後、すこし辺りを見回した。

キールとファラがいない。どこかに散歩にでも行っているのだろうか?

「なぁ、メルディ。ファラとキールどこにいったか知らないか?」

「? メルディは知らないよ〜」

クイッキー知ってる? という感じでメルディは視線を送るが、クイッキーはふるふると横に首を振った。

……まあ、どちらにせよ心配する必要は無い。

何せファラだ。モンスターが出ても一撃でぶっ飛ばしてしまうに違いない。むしろモンスターを哀れむべきだ。

合掌。

リッドは静かに哀れなモンスターたちに手を合わせた。

「リッド〜。ご飯できた?」

噂をすればなんとやらである。

がさがさと茂みを掻き分けてファラが出てきた。モンスターの安否が気遣われる。

多分後ろにはキールも居るだろうとリッドは思い、二人に視線を向けた。

しかし、現れた姿はファラだけだった、キールっぽい感じはどこにもない。

「ん? キールとは一緒じゃなかったのか?」

「? ううん。一緒じゃないよ」

「そうか。あいつどこにいるんだ? もうすぐ飯なんだけどよ…」

「あ、それなら私が探しに行ってくるよ」

そういって、また、ファラは森のほうへと入っていった。

ここでリッドあたりが行っていればキールが不幸な目にあわなかったのだが、そんなこと彼らが知るわけない。

「なぁ、メルディ」

「なにか〜〜?」

メルディは地面にぐったりしながら答えた。もうだいぶ限界のようである。

そんなメルディに、リッドは心底不思議そうに言う。

「あいつ、どうやってキールを探すんだろうな」

「…さぁ?」

それはファラのみぞ知る。

 

 

――しばらくして、

草むらの中から、キールとファラの二人が帰ってきた。

その表情は実に対照的で、ファラはうれしくてたまらないという感じだが、キールはできれば今すぐに死にたいと言わんばかりの表情。

なんていうか、とてつもなく落ち込んでいるような気がする。なんか暗い。

「キール。なんかあったのか?」

リッドが聞くと、キールの動きが不自然に固まった。

ぎぎぎぎぎ…という効果音までついてきそうな感じでぎこちなく顔がこちらを向く。

キールは必死だった。

なんとかこれ以上事態を悪化させないようにしようとした。

しかし、キールはできそこないのぽんこつロボットのようなパクパクとした口の動きで。

 

「な、ななな、なンでもナイヨ、気にぃしないでくれたも」

 

――あからさまに怪しかった。

「…なあ、キール――」

「リッド〜ご飯にしよ〜。メルディお腹すいたよ〜」

リッドは何があったか聞こうとしたが、メルディの抗議によって遮断される。

「うん、そうだね。」

「あ、ああ、そうだな。」

キールはこれ幸いと飯に逃げる。

リッドとしては先ほどの動揺したわけをキールに問いたかった。

しかし、リッドもこの発言に反対する理由などもちろん無い。

この中で一番腹が減っているのはリッドなのだ。もちろん、文句なし、賛成。

まあ、さっきのは後でいいかとリッドは結論付けた。

「早く食べよう。腹減った」

「クイィィキ〜〜〜♪」

リッドがこのことを完全に忘れるのは時間の問題だった。

 

 

 

第一次あとがき

 獰猛。霧月どぇす。

コレ「嵐の吹いた夜」リライトしたもんなんだけど…うん。中身が大幅に変わってます。

ついでにいうと容量も増えて、当社比1・8倍です(微妙)。

リライトして、いちお、良くしたつもりですけど…どうでしょう?

読みやすくなっただろうか…? はてはて?

うん、でも、読んでいただいて嬉しいです。できれば後編もがんばって読んでください。

うん、では。

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