さくら

 

 

「明日は天気が良さそうだし、花見にでも出かけないか?」

 また唐突な…

 それに明日は晴れだっただろうか?

 今現在土砂降りなのであまり信用できない。

「ホラ、最近どこにも出かけてないだろ? たまにはいいんじゃないか?」

 なるほど…彼なりに気を使ってくれているらしい。

 

 私は近藤真奈美(こんどうまなみ)。今年で20歳だ。

 一人暮らしで大学に通う傍ら、バイトと仕送りで生活をしていたりする。

 そのせいか、毎日忙しくて最近はどこにも出かけていない。

 別に私はそんなことは全く気にしていなかったのだが…

 こいつは折戸晃(おりとあきら)。大学で知り合って早一年。

 半年ほど前に告白されてつきあっているのだが…

「真奈美も人数は多い方がにぎやかでいいだろ? 友達でも誘ってきたらどうだ」

 いかんせん、気がきかなかったりする。

 どうせなら二人きりで出かけたいというのに…

「いいけど…この辺りに桜なんてあったかしら」

「ない」

「………」

「そ、そんな顔するなよ。大丈夫。ちゃんといい場所見つけてあるって。ただ…ちょっと遠くてな」

 不安になってきた…

 

 そして当日。

 天気は晴れ。

 まるで抜けるような青空。

「本当に晴れるなんて…」

「だから晴れるっていったろ。もっと気象庁を信頼しろ」

 信頼する以前に天気予報などは見なかったのだが…

「それで、これからどこに向かうの?」

 私が訊くと私の女友達二人(結局誘った)も心配そうな目を向ける。

 少々気が強い小夜子、逆に気の弱いともえ。

 二人とも中学からの付き合いだ。

 花見に誘ったときは喜んでいたのだが、やはり心配しているらしい。

『本当に私たちがついて行っていいのか』と。

 晃が誘えと言ったんだから別に気にしなくてもいいのに。

「あの山」

「………へ?」

「だから、あの山」

 そう言って遥か前方の空を指さす。

 いや、微妙にうっすらと山らしき地線が見える。

「………」

「天気も良いことだし、綺麗だろうなぁ、桜」

 晃は一人遠い目をして空を仰いでいた。

(ちょっと、真由美。本当に大丈夫なの?)

 さすがに不安になったのか小夜子が小声で話し掛けてくる。

(た、たぶん)

 とりあえず私はそう答えるしかなかった。

 ここでいらぬ不安をあおっても仕方がない。

 とりあえず全身を駆け巡るヤな予感と彼の前科は記憶の底に強引にねじ込んだ。

「ば、場所はいいとして(あまりよくはないが)あそこまでどうやって行くの?」

「へ? え、え〜と」

「………」

 考えてなかったのかこいつ…。

「真由美、お前車の免許取ったよな?」

「うん、去年」

「親父の車借りてくるからそれで行こう」

 そう言えばこいつは取ってなかったな…免許。

 ってことは私が運転するのか…

「俺はバイクで行くよ」

「え? 何で?」

 女三人声がハモる。

「ホラ、女に運転させるなんてかっこ悪いだろ」

「別に私は気にしないけど」

「私も別に…」

「私も…」

 別にどうでもいいらしい。

「まぁ、いいじゃん。ここは俺の顔を立てると思って…」

 変なところにこだわるなぁ。

「分かった分かった。それなら『あの山』のふもとに集合でいいわね?」

「おう!」

 当然その時は気になどしていなかった。

 この選択こそが私の運命を決めていただなんて…

 

 車は順調に進む。

 私は自慢ではないが…結局自慢だが方向感覚が抜群だ。

 とりあえず目的地の方向だけでも分かれば、多少迷っても目的地に着くことができる。

 まぁ、彼もそんな私を信頼して『あの山』なんて言ったのだろうが…

(あのアバウトさは何とかならないものかなぁ)

 そんなことを考えながら私は『あの山』へと向かって車を走らせた。

 友達はヤな予感のせいか、車内でも終始無言だったりする。

 

「ってなわけで山のふもとまでやってまいりました!」

 集合した後、晃がわけの分からないことを遠くの空に向かって叫んだ。

 一体誰に向かって話してるんだろう?

 あまり気にしないことにする。

「それで、これからどうするの?」

「これから頂上までハイキング…の予定だったんだが、ちゃんと車道があるしこのまま車で行こう」

 車道があってよかったぁ。

 私は生まれて初めて国土交通省に感謝した。

 

「というわけで頂上、しかも昼時です」

 小夜子がまたもワケの分からんことを遠くの空に向かって言った。

 流行っているのだろうか、アレ。

 まぁ、それはいいとして。

「…すごい」

 私は無意識に呟いていた。

 頂上には桜の木がたくさん。

 空には薄紅色のカーテンが出来上がっていた。

 こんな名所があったなんて…

「だから言っただろ。いい場所があるって」

「………」

 晃の声が耳に入らないほどに私は感動していた。

「そろそろ昼飯にでもしようか」

「ええ、そうですね」

「やっぱり花より団子って言うし…」

 なんやら話し声は耳に入るのだが頭には入ってこなかった。

 

「って何でもう食べてるのよっ!」

 いつの間にやら私以外の全員は既にマットを広げてもう食事を取っていた。

「そんなこと言ったってなぁ」

「何度も呼んだけど反応しなかったじゃない」

「桜に見とれるなんて、やっぱり真奈美ちゃんも女の子らったってことでふかねぇ」

「………」

 既に打ち解けてるし…

「あ〜! お酒も飲んでるじゃない!」

 辺りにはビールやら焼酎ハイボール(俗に言うチューハイだ)の空き缶が散乱していた。

 そう言えばさっきろれつが回ってないのが約一名いたような…

「やっぱり真奈美ちゃんも女の子らったってことでふかねぇ」

 その約一名が先程と同じ台詞を繰り返す。

「いや、まさかともえがそんなに酒に弱いなんて知らなくて…」

 小夜子が何故か弁解する。

「やっぱり真奈美ちゃんも女の子らったってことでふかねぇ」

「………」

 壊れてる、壊れてる。

「まぁ、それはともかくお前も食べろよ。空いてんだろ? ハラ」

「そうね…まぁ、こうゆうのもたまにはいいか」

 私は小声で呟いて、シートに座った。

 私は久しぶりに羽目を外し、みんなと騒いだ。

 こんなにも騒いだのは久しぶりだと思った。

 …嬉しかった…

 

 そして時間は流れ流れ、あっという間にあたりは夕焼けに染まっていた。

 小夜子とともえは完全に酔っ払って熟睡していた。

 二人とも(特に一人は)酒に強いわけではなかったらしい。

 私はそんなに飲まなかったため、眠気もあまり無かった。

 晃は大量に飲んでいたが元から酒には強いらしい。ぜんぜん平気そうだ。

 寝てる二人を起こすのも可哀想なので散らかったゴミを二人で片付けているのだが、いかんせん量が多いため一向にゴミの山は減らない。

 そして、私が空き缶の山に悪戦苦闘している時に…

「なぁ、真奈美」

 晃が声を掛けてきた。

「何?」

 訊きながら晃の顔を見ると、目が合った。

 晃の頬が一瞬紅潮した。

 一体何だろう?

「………」

「どうしたの?」

「………」

 沈黙はしばらく続き、晃は…

「結婚…しないか?」

 突然そう切り出した。

「………」

 私は驚きのために何も言えなくなってしまった。

 最近晃の態度が不審だったため、そのうちこうなることは分かっていたはずなのに…

「す、少し考えさせてっ」

 たっ

 私は逃げた。

 そのとき一瞬だけ見えた、夕焼けに染まる晃の顔が泣いているように見えて…

 私の手の届かないところに行ってしまうようで…

 私はどうしようもなく悲しかった。

 

 私は眠っている二人を叩き起こして、車に詰め込み、すぐに発進した。

 まるで晃から逃げるように…

(いや、実際逃げてるんだろうな)

 私はいつもより深めにアクセルを踏み込み、運転を続ける。

 小夜子とともえは私の態度から何かを察していたようだが何も訊いてこなかった。

(結婚…しないか?)

 あの言葉…

 晃の言葉がいつまでも頭に響いて鳴り止まなかった。

 別に晃のことが嫌いなわけではない。

 むしろ好きでたまらないのだ。

(それならっ!)

 どうして逃げてしまったのだろう?

(分からない)

(分からないよっ!)

 私はめいっぱいにアクセルを踏み込んだ。

 往路とは比較にならないほどのスピードで車は山を下って行った。

  

 やるせない気持ちのまま二人と別れ、私はすぐに家に帰り、布団にもぐりこんだ。

 考えなければならないことが山ほどあった。

 しかし考えても考えてもその答えはどうしても見つからない。

 そうこうしているうちに私は眠りについていた。

 もう二度と晃に会えないことを知ったのはその翌日のことだった。

 

 どうしてなのだろう?

 晃が何をしたというのだろう?

 どうして…

 どうして晃が死ななければならないのだろうか?

 私は新聞の見出しを見て愕然とした。

 そこにはこうあった。

『落盤事故。20歳の大学生死亡』

 その下には見覚えのある山の写真と、晃の名前が書かれていた。

 

 突然のことだった。

 だから葬儀が済んだ今でも実感がわかない。

 友達の慰めの言葉も全て耳に入ることなく通り過ぎた。

 でも、小夜子の言葉だけははっきりと耳に残っていた。

 葬儀のあったその日、小夜子は確かにこう言った。

「真奈美、ひょっとしたら晃君の亡霊があなたの家の戸を叩くかもしれない。でも…絶対に開けちゃだめよ。あなたまで引き込まれちゃう」

 内容が内容だったからだろうか。

 その言葉はいつまでも耳に残り、離れることはなかった。

 

 そしてそれから数日後、それはやってきた。

 ドンドン!

 ドアを叩く音…

「おいっ! 真奈美! 開けてくれ!」

 続いて声。

 晃の声。

 すぐに開けようとして躊躇する。

『晃君の亡霊があなたの家の戸を叩くかもしれない。でも…絶対に開けちゃだめよ』

 再び脳内でリフレインされる声。

 それが本当なら開けるわけにはいかない。

 私はまだ生きていたい。

 できることなら晃と一緒に…

 でもそれは叶わぬ夢。

 生か晃。

 私は絶対にどちらかを手放さなくてはならないのだ。

「開けてくれ!」

 再び声。

(だめだ! 開けれないよ)

(頼むから…頼むから帰って! お願い!)

「頼む! 開けてくれ」

(お願いだから!)

「真奈美!」

 私は頭から布団をかぶり、耳を閉じた。

 しばらく続いていた声もだんだん小さくなり…そして消えた。

 

 だが次の日も…また次の日も晃は現れた。

「真奈美!」

 ドンドン!

 響く音。

(お願いだから!)

「真奈美! 頼む!」

(帰ってよぉ…)

「お前のことが好きなんだ…頼むよ…いかないでくれ」

 怒声はやがて嗚咽に変わっていった。

 いつもとは違う晃の様子に私は戸惑った。

「あ、晃?」

「真奈美ぃ…頼む…」

 そのとき私はようやく思い出した。

 私は婚約を申し込まれていたんだ。

 生きるか死ぬか…そんなことよりも人として優先しなければならないことがある。

 彼の想いに答えなければならない。

 たとえそこにどんな結末が待っていたとしても…

 私は震える手を伸ばし…

 ガチャ

 カギを開けた。

 ドアが開く。

 そこには…

 晃が立っていた。

 私は嬉しかった。

 また晃と会えたことが…

 嬉しくて嬉しくてたまらなかった。

「やっと…開けてくれたな…」

 晃は涙を拭き、私を見た。

 いつものおちゃらけた雰囲気はそこになく…

 重い雰囲気に私は何も言えなくなってしまった。

「真奈美」

「な…何?」

「お前に言わなければならないことがある」

「………」

 晃は無言で手を差し出してきた。

 私は無意識的にその手を取る。 

 その手の感覚はかなり明確だった。

 まるで亡霊などとは感じさせない。

 その晃が言った。

「死んでいるのは…お前たちなんだよ」

 その瞬間全てが真っ白に染まり…何も見えなくなってしまった。

 

晃とならどこへでも行ける。

たとえ、死の世界でも

ふたりでなら

 

 私は目を覚ました…

 ここはどこだろう…

 ただ白く四角いだけの部屋。

 ただ殺風景な部屋の窓からは桜が散っているのが見えた。

 それと同時に晃の顔が目に入った。

 必至に涙をこらえているようにも見える。

 晃は言った。

「おかえり」

 だから、私も答えた。

「ただいま」

 

 そう、死んでいたのは私たちだったのだ。

 いや、実際に死んでしまったのは小夜子とともえの二人だった。

 あの日、前日の雨のせいで緩んでいた地盤が突然崩れ出した。

 私たちにとっては地面に突然大穴が空いたに等しかった。

 そしてスピードを出しすぎていた車はなす術もなく転落した。

 二人は即死した。

 だが私は奇跡的に助かっていた。

 だが、意識不明で危篤状態だったらしい。

 晃は私を殺しに来たんじゃない。

 むしろ救い出しに着てくれたのだ。

 ということは私を引き込もうとしていたのは小夜子とともえだったということになる。

 ともえは偽りの世界を作り出して私を惑わせた。

 小夜子は助けに来た晃を拒絶するように仕向けた。

 つまりはそう言うことだったのだろう。

 二人とも寂しかったのだ。

 自分が暗い闇の中にただ落ち続けていく…

 そんなのは私だって絶えられないだろう。

 仲間が欲しかったのかもしれない。

「ごめん。小夜子、ともえ。私はまだいけないよ」

 私は中学以来の親友に…

「だから…さよなら」

 別れを告げた。

 

 そしていつの間にやら桜も散って…春という季節も過去のものとなった。

 退院した私は、再び『あの山』を訪れた。

 当然、あの人と一緒に…

 もう桜という時期でもないのだが…

「あ〜あ、もう桜も散っちゃったなぁ」

 わざとらしく言う私に彼はただ苦笑するだけだ。

「なぁ、真奈美」

「何?」

 晃は照れ隠しなのか頭をかいてから、また真顔に戻り…

「結婚…しないか?」

 あの時と同じ言葉を言った。

 風が吹く。

 もう舞い散る桜はないけれど、気持ちのいい風が頬を撫でてくれる。

 その風に後押しされるように、私は笑顔で答えた。

 

『もちろん!』

 

 

 あとがき

 めぎゃーぁぁぁぁっす!

 失敬。取り乱しました。作者のたなひろです。

 やっぱ徹夜ってやばいっすねいろんな意味で。

 危うく精神が崩壊するところだったぜい。

 まあ、そんなこと(作者の精神状態)は置いといて。

 作品の解説でもしましょーかね。

 タイトルの『さくら』別に深い意味はありません。

 っていうかまんまですね。

 この作品は友人から聞いた『怪談』を小説にアレンジしたものです。

 当然恋愛なんつー要素は当初皆無でした。

 怪談だからやっぱ恐ろしい話だったんですが…

 アレンジしすぎですな。怖いとこいっこもなかったし…

 というか初めてだよなぁ。女性を主人公にするのって…

 まぁいいや。

 さて読んでくれた皆さん、ありがとうございます。

 もう足向けて眠れませんな。

 まぁそれは冗談として(ぇ

 『春そして』であったクイズの答えでもかいとくかぁ。

 

 1、『タラバ』はタラがとれる漁場のことです。

   ある日、タラをとるため網を仕掛けていた漁師が寝ているうちに網がいつもより深いところにいってしまった。

   そしてそれを揚げてみると見たこともないカニがかかっていた。

   それが由来と言われています。

 

 2、敵に塩を送ったのは上杉謙信が武田信玄に送ったと言われています。

   

 3、『ダンク』は『コーヒーにパン等を浸す』という意味があります。

    なるほど、ゴールリングをカップに例えると浸しているようにも見えますな。

 

 ってな感じです。

 さて、ここで謝罪を…

 『春そして』が載った直後、メールアドレスを変えてしまいました。

 感想や答えを送ってくれた人はすみません。

 今度からはそんなことはきっとないと思います。

 

 変更後のアドレス載せときますね world-twenty-one@ezweb.ne.jp

 

 ではみなさん。また会う日まで、さよ〜なら〜

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