tire
何となく、そんな気分になったから、空を見上げた。
最後の空はぜんぶ雲に覆われていて、太陽の光は一筋も地上には届かない。
「…ふぅ」
溜息をつく。
折からの雨で髪が濡れてしまう。どうでもいい。
髪に関しては結構なこだわりを持っているあたしだが、こんな状況ではそんなことをわざわざ気にするのもなんだかばからしい。
周囲を見渡してみる。辺りには誰も居ない。それも当然だ。こんな高いビルの屋上にわざわざ上ってくるやつがどこに居る? しかも今日は土砂降りだ。
断言するが、そんなやつが居るなら、そいつはどうかしている。
つまり、自分はどうかしているということか。
「…当たり前か」
自嘲気味に呟く。そんなことはとっくに分かってたことだ。
まあ、何だ。早い話。
あたしこと平安名さやかはこれから自殺しようとしている。
さようなら現代社会。こんにちは桃源郷。
可笑しすぎて笑えない。いや、むしろ。
「あー、何か腹が立ってきた」
大体天気が悪い。
確かにあたしは雨女だが、こういう人生の一大イベントの時ぐらいは晴れてほしいと思う。
いや、一大イベントだからこそ雨が降るのか。
しかし、言ってみれば自殺とかだって一種の旅立ちだろう。
旅立ちってのは何と言うかもっと晴れやかな気分で行われるものじゃなかったか。高校の卒業式然り、辺鄙な村の勇者候補然り。
旅立ちが土砂降りなんて決まらないにも程がある。
別に神様なんか信じてないけど、もし本当にいるのなら、そのくらいのサービス精神は見せてくれてもいいと思う。それとも実は神様も会社勤めで、今日はたまたま臨時休業だろうか。ひょっとしたら有給休暇かも知れない。
ワイフとマイサン引き連れて蓬莱山辺りにピクニック。んでちゃんと日給の六割だか七割受け取ったりするのだ。
その場合あたしは死んだ後、神を殺しに行くと誓おう。そんなやつに人類の運命を握らせておくわけにもいかない。命乞いなど聞かない。妻子問わず皆殺しだ。
PPPPPPPPP………
腕時計のアラームが鳴った。そろそろ時間だ。
「じゃ、行くとしましょうか」
軽く言って、フェンスに手をかけてよじ登る。そのままフェンスを越えて、わずかなヘリの部分に立った。
下を見る。
「うわ、高っ!」
ここから落ちたら間違いなくいちころだろう。仮に下まで八十メートルあるとしたら…大体四秒で地面に到着か。速度は時速四十キロ。
「ばからし」
そんなこと考えても意味がない。ただ確実なのはここから落ちれば確実に死ぬということ。
遺書は残さない。靴も脱がない。メガネもかけっぱなしだ。
別に何かを主張したいわけでもないからそれでいいと思う。場所をここにしたのもただ、目に付いたからだ。
PPPPPPPPP………
再びアラームが鳴り響く。
確か、記憶では最初のアラームがなってから三分後にもう一度鳴るようにしていたはずだ。
一度目は準備。二度目は決行。要するにきっかけだ。
しかし、何だ。うるさいな。
確かに飛び降りるのを渋ってはいるが、そんなにせっつかなくてもいいじゃないか。何せこれで人生終わりだ。確かに二十年も生きていない人生とはいえ、もうちょっとに感傷浸らせてくれてもいいじゃないか。
ぴぴぴぴぴ………全く融通の利かないやつだ。絶対に女の子にもてないタイプに違いない。
「ああ、もう。分かったわよっ!」
これ以上腕時計と問答するにも馬鹿らしくなって、あたしはとおっとばかりにジャンプした。
「あ」
まずい。予想外だ。これはやばすぎる。
落ちてる、落ちてる落ちてるおちてるってばぁ〜〜〜。
やばいやばいやばいやばい。これは冗談じゃない。いや、確かに冗談じゃないけれどもなんと言うかなんというかこれは格が違うというかなんというか。とにかくやばいんだってば。
ええと、とりあえず何か考えろ落ちるまでは何秒かかるんだったかたしかよんびょう。今は落ち始めてから多分一秒くらいはたっただろうから後残りは三秒くらいであって、あれもう二秒ぐらい経ってるんだったっけそれならあと何秒だええと二秒。そうだ数えればいいんじゃないか一秒二秒三秒四秒五秒…あれ? もう八秒ぐらいは経過したはずだけどどうして地面につかないのかひょっとしたら飛び降りた瞬間重力の向きが反対になったんじゃないだろうかそれなら納得できるつまり今あたしは空に向かって落ちているわけだ。だから永遠に地面につくことはなく永遠に落下し続けることに………
「あれ?」
ふと冷静になって考える。どうしてあたしは死のうなんて考えたんだったか。確かすごく腹が立つことがあってそれで死のうと思った。
そうだ。その出来事はちょっと思い出せないがそれで死のうと考えたのは確かなことのはずだ。
確かにあたしは『死のう』と考えた。
しかし、あたしは『死にたい』と思っただろうか。
考える。答えは否定。そんなことは一度も思ったことありません。
あー、やば。またやっちゃったか。
どうにもあたしは一度やろうと決めたことは後先も考えずさっさとやっちゃうという悪癖がある。
そのせいでそれこそ死ぬほど後悔したことは数え切れないほどあった。
今回もたぶんそんな感じだった。
そうだ。
「死にたくない」
呟いてはっきりと自覚できた。あたしは死にたくないのだ。
それなら、まだやり直しは利くのかも知れない。幸いまだ地面にはついていないわけだし。
何とかならないものか。たぶん一瞬後には地面に突撃御釈迦様だ。
何とか…何とかしなくちゃならない。
生きたい。行きたい。いや、生きよう。
「ったく、師匠の野郎。修行とかかこつけて体よくパシらせやがって」
俺はぼやきつつずけずけと道を歩いた。左手には雨傘。右手には数日分の食料が入ったビニール袋。中身はほとんどパック詰めの惣菜だ。
確かに筋力はつきそうだが、これでは体のほうが先にまいってしまう。
大体、出不精な師匠も悪いが雨がいちばん悪い。何もこんな日に狙い済ましたかのように降らなくてもいいじゃないか。
「ったく」
悪態を吐きつつ、傘をずらして頭上を見上げる。雨雲が恨めしい。海から水分を吸いすぎて太ったのかは知らないが、余計な還元はしなくてもいいと思う。少しは政治家を見習えってんだ。
「ん?」
と、何か不吉なものが見えたような気がした。
これでも俺は目がいい。だからもし百メートル近い高さのビルの屋上のヘリの部分に誰かが立っていたとしたら、それが見えてしまう程度の視力がある。
「おいおい。冗談だろ」
その誰かはしばらくそうしていたあと、おもむろに飛び降りた。
「なっ!」
とっさに袋も傘も投げ捨てて走り出す。急げば間に合うかも知れない。
冗談。間に合うわけもない。ビルまでは数十メートルある。いくら急いだところで間に合うわけもない。
自殺だ。
これだけ条件がそろえば間違いない。
もうあと数瞬後にあれは地面に衝突して、飛び降りた人間の期待通り、彼だか彼女だかの命をきれいに刈り取ることだろう。
「…冗談じゃねぇ!」
自殺だかなんだか知らないが、そんなことが許されるはずがなかった。
目の前で死んでいくはずの者を救う。俺はそう誓っていたはずではなかったのか。
なら、間に合う。間に合わせなければならない。
急げ。急げ急げ。もっと速く。もっと速く疾れ。
だが、やはり届かない。いくら速く走ったところで俺はあの大馬鹿野郎を救えない。間に合ったとしても人間の身では受け止めることは出来ないし、そもそも絶対に間に合わない。
だから、喜べ。俺に責任は微塵もない。
血が出るほど歯を食いしばって下種な考えを振り払う。今はとにかく前へ…
「あ…」
遅、かった。
雨で音は聞こえなかったし、衝突の瞬間も見えなかったが、でも確実だ。
ひとが、しんだ。しかも、目の前で。
走るのをやめて、呆然と、歩く。せめて顔を確認しようと思った。
程なくビルまで辿り着き、周囲を見渡した。この辺に落ちたはずだが…
「…あれ?」
どこにも居ない。確かに、落ちたはずなのに。
もう一度周囲を見渡した。いきなり走り出したせいか、怪訝そうな顔で俺を見る通行人と目が合うばかりで異常なところはどこにもない。
…白昼夢でも見ていたのだろうか。
更に何回か確認してみても何もないようだったので、釈然としないが気のせいということにして俺は放りだした袋のところまで戻った。
「あー、最悪」
買い物ブクロはあったが、傘がなかった。どっかに飛んでいってしまったらしい。
「…しゃーないか」
今日は厄日なんだろう。こういう日もある。
そう割り切って袋を持ち直した。幸い袋詰めの食べ物ばかりで濡れて困るようなものはないはずだった。
あんな幻覚を見る辺り俺の頭もそうとう既知の外に近付いているらしいし、頭を冷やすためにもたまには濡れて帰るのも悪くない。
んで、びしょ濡れになって帰ってきた弟子にひとこと。
「遅い」
認めよう。確かにいつもより時間はかかった。しかしだ、何か労いの言葉ぐらいかけてくれてもいいんじゃないか。
「いろいろ大変だったんだよ」
やや怒りを含む口調で言って、ビニール袋を台所の机上にどかっと置く。
「言い訳は無用じゃ。次から気をつけるように」
むかっ。
「くたばれくそじじい…」
「はて、何か言ったか。最近耳が遠くてのう」
とぼけた顔で言うじじいこと俺の師匠である斉藤源蔵。もう齢は七十を超えているはずだが、髪もふっさふさだし、まだまだもうろくはしていない筈だった。
じじい…もとい師匠はビニール袋をごそごそあさる。
と、にわかに繭を吊り上げて、
「む、お主、
謀 ったなっ」何やら物騒なことを言った。
「…何がだよ」
「ふん、見よ」
袋を倒す。中からどっさりと食料が出てきた。オール惣菜だ。
「惣菜ばかりではないか。不健康極まりない。このおいぼれを殺す気か」
そんな気は毛頭ない。ただ、面倒くさかっただけだ。
何の因果か、俺はこの斉藤家の食卓を任されている。いや、いたと言うべきか。
だが、たまには面倒になる日もある。
「なら、自分が作れよ」
師匠はふんと鼻を鳴らし、
「おう。作るともさ。お前が出て行ったらなっ!」
つまり、出て行くまでは作れということか。
「まぁ、今日はこれで我慢しろ。晩はちゃんと作ってやっから」
師匠はむうと唸って、
「約束じゃぞ」
子供みたいなことを言った。
「じゃ、勝手に食っててくれ。俺はもう行くから」
師匠は机をばんと叩く。
「な、食事の準備や片付けは誰がやると言うのだ」
「そんくらい、自分でやれよ」
そう言い置いて、さっさと斉藤家を出る。後ろのほうから、このはくじょうもの〜だとか破門じゃ〜などと聞こえたが無視した。
何せ忙しいんだ。俺は。
その忙しさから多少は開放されたのがそれからおおよそ一週間後。
やっとの思いでこの手に掴んだ我が城を見上げる。
「…ぼろいな」
仕方がない。なにせ中国人もびっくりの家賃一万円ぽっきりだ。多少のぼろさは我慢しよう。
斉藤家の自室はすでに引き払ったし、このアパートへの引越しは事実上もう済んでいる。あとは俺が部屋に辿り着くだけだ。
この二週間忙しかったのはひとえに安くて住みやすい物件を探していたからだ。
その結果見つかったのが1DKで日当たりもよく、駅まで徒歩三分というかなりのものだった。しかも家賃一万円。
これはもう俺じゃなくても飛びつくしかないだろう。よかった。まだ売れ残ってて。
「と、危ないな」
俺の部屋は二階だが、階段が朽ちて今にも崩れそうだった。まぁいい。一万円だから。
そう自分に言い聞かせながら階段を上る。ぎしぎし。怖ぇ。
引越しのときに一度だけ入った部屋の前で足を止め、表札を確認する。
『
榎田 』(
うん。間違いない。さて入ろうか。
「あれ、きみは…」
不意に声をかけられる。振りむくと、三十路を過ぎた辺りのおじさんがいた。たぶんここの住人だろう。
「ここに引っ越してきたのかい」
「ええ、まあ」
おじさんはそうか、と呟いて。
「それは災難だったねぇ」
何かよく分からないことを口にした。
「は?」
「あれ? ひょっとして知らなかったのかい」
まずったなぁとばかりに頭を掻くおじさん。
「ちょっと、どういうことですか。災難って」
おじさんはあー、と気まずそうにして、
「いやな。ここってさぁ。出るらしいんだよ」
はい? DELL?
「前にここに住んでたひとがいたんだけどね。一週間くらい前から何か…ね。そのせいでノイローゼになって出て行っちゃったんだ」
「はぁ…」
出るというのは幽霊のことか。
そう言われてみれば思い当たることがいくつかある。やたらと好条件なのに一万円の家賃。人のよさそうな不動産屋さんのが時折見せた気まずそうな顔。
「そ、それじゃあね。あんまり気にしないほうがいいから」
おじさんはそのまま逃げるように去って行った。
「むぅ…」
やっぱり世の中うまい話には裏があるものだなぁなどと感心しながら、俺はドアを開けた。
別段変わったところはない。ただ部屋に山いっぱいの段ボール箱が置いてあるだけだ。
とりあえず斉藤家の俺の部屋から役に立ちそうなものを片っ端から持った来た結果がこれである。
「さて、と」
幽霊云々の話は確かに気になるが、もう引っ越してしまったからには仕方がない。気を取り直して、さっさと片付けるべきだろう。
「と、やっと済んだ」
結構な運動量だった。筋トレよりもよっぽど疲れた。
まだ家電は入れていないが、そのうちに買いに行くとしよう。
時間ももう午後十時過ぎ。少し早いがもう寝てしまおう。うん。
押入れの下の段から布団を取り出して敷く。多少汗はかいたが、この部屋に風呂はない。本当なら師匠のところに行って入らせてもらうところだが、今日はめんどくさいし、やめておこう。
そう決めて、ぱぱっとジャージに着替えて電気を消し、布団にもぐる。
俺は昔からパジャマはジャージを着ている。起きてそのままロードワークに出れる優れものだ。
目を閉じる。疲れていたせいか、すぐに眠りは訪れてくれた。
俺、榎田三郎は先日高校を卒業するまで斉藤家で暮らすという珍妙な生活をしていた。両親は二人とも仕事で海外に行ってしまい、めったに帰ってこなかった。
だから俺は幼いころ、多少のお金とともに斉藤家に預けられ、ずっとそこで暮らしていた。
ごんっ。
んで、海外にいる父から『離婚した』との報が届いたのがつい先日。高校の卒業式前日のことだった。
さすがに驚いたが、子供を三人残して海外に行ってしまうような両親のことだ、いつ夫婦なんていう面倒な契約を破棄してもおかしいことはなにもなかった。
それは俺に何の影響も与えず、晴れて卒業した俺は最初から決めていたように斉藤家を出た。
ごんっ。
昔から憧れていたのだ。ひとりぐらしというものに。
んで、今の現状になるわけだが…、しょっぱなから貧乏くじを引くなんてついていない。
というか、一万円の時点でおかしいと気付いて当然だが、たぶん俺はどうかしていたんだろう。
ごんっ。
…さっきから何かうるさいな。落ち着いて眠れやしない。
「たく、何だよ」
ぼやきつつ目をこすって布団から這い出して電気をつける。ねずみでも居るんだろうか。だとしたら、ずいぶんでかいねずみだ。
音から察するに三十センチほどはあるんじゃなかろうかと寝ぼけた頭で考える。
一旦玄関まで行って、掛けてある愛用の竹刀を取った。これでも結構剣術には自身がある。修行のたまものだ。
ごんっ。
音は押入れの中から聞こえてくる。
あれ、そういえばここに入る前に気になる話を聞いたんじゃなかったか。たしか幽霊がどうとか。
「………」
いわゆる騒霊というやつだろうか。ポルターガイストとかなんとか。
なるほど。この『ごんっ』が毎晩のように続いたらそりゃノイローゼにもなろうというものだ。きっと信心深い人だったんだろう。
得物を再確認する。幽霊に竹刀は通じただろうか。残念なことに、竹刀で幽霊と戦ったなんて話は聞いた事がなかった。
銀の剣とかなら通じるんだろうが、竹じゃあご利益はなさそうだもんなぁ。せめて御神刀とかならいいんだが。
意を決して押入れのふすまに手をかける。ねずみだろうが騒霊だろうがぶった切るまでだ。
すぱんっと小気味良い音が響く。
俺は中を確認して、あまりの予想外のことに思考が停止した。
まぁ、何だ。何と言うか。
人が居る。
「う、ううん」
そのお方は何やら唸って寝返りをうった。その拍子に体がふすまに当たる。
ごんっ。
なるほど。謎か解けた…ってそうじゃない。
なんだこれは。
一体何が起きてるんだ。
俺は別世界にでももぐりこんでしまったのだろうか。
ちょっと可愛いな…ってだからそうじゃないってば。
とりあえず、状況を整理しよう。
それをじっと目視する。うむ。視界から得られる情報はひとつだ。
女の子が押入れで寝ている。ついでに可愛い。
「まて」
竹刀のつばで頭を叩く。冷静になれ自分。
とりあえず、今自分が出来ることは何だ。
1、何も見なかったことにしてスリーピンインザヘブン。
2、肩をゆすって起こす。
まず1から考えよう。この場合、夢ということで収集はつきそうだが、後々なんか後悔しそうな気がする。こんなんが毎晩続いたらそれこそ俺だってノイローゼだ。
なら2だろう。
「おい、ちょっと」
肩をゆする。
「む、うん」
何やら唸ったが起きる気配はない。
再度ゆする。起きない。幸せそうに眠っている。
あ、何かムカついてきた。どうして俺はこんなにも不条理な事態に巻き込まれているのにその現況であろうこいつは幸せそうに眠っていやがるのか。
「こ…の。起きろぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!」
近所迷惑だが仕方がない。この場合は自分の精神の安定が最優先だ。
「にゅ…?」
何か言って、そいつは目を開けた。
ナマケモノのように緩慢な動きで押入れから這い出して、部屋の中央までゆっくりと歩く。
俺は身じろぎしながらそれを目で追った。
そいつは俺が見つめる中数分間部屋を闊歩して、
「む、ひょっとして…」
なにやらごにょごにょ言って。
「ていっ」
いきなり殴りつけてきた。
「ぶふぉ!」
たまらずにしりもちをつく。
「い、いきなり何すんだオマエはっ!」
「あ、やっぱり」
「殴りつけておいて何がやっぱりだっ!」
もうわけが分からん。
「え、うん。一応確認しておくけど。あなた、あたしのこと見えるの?」
「はぁ!?」
何を言ってるんだこいつは。そんなもん見えるに決まって…
「…………え?」
確かに見える。見えるのだが、落ちついて見ると、その体はわずかに透けて見えた。
『いやな。ここってさぁ。出るらしいんだよ』
おじさんの言葉が思い出される。
つまり、何だ。彼女は。
「幽霊さん?」
「そうらしいけど」
事も無げにそう言って彼女は続けた。
「あなたは何? ここの新しい住人さん? 名前は?」
幽霊に名前を訊かれた。どうしよう。こういう場合って答えないほうがいいじゃなかったっけ。名前を言ったら最後、魂を抜かれてしまうとかなんとか。
「えっと、何だ。なんと言うか…」
…まぁ、いいや。毒を食わらば皿まで…というし。
「榎田。榎田三郎だ」
「へぇ、サブローかぁ。なかなかシブイ名前だね」
どこぞの演歌歌手でも想像しているのか、幽霊は笑って言った。
「言うな。そんなたいそうなもんじゃない」
名前から想像できることだが、俺には兄が二人居る。長男は太一。次男は良次。そこで両親の名前のネタが切れたのか三男の三郎。全くどうかしている。
ちなみに俺は苗字のほうにもややコンプレックスを持っている。高校時代に『エノキ』などというあだ名で呼ばれていたせいだ。
「で、あんたの名前は?」
こっちが答えたんだから相手も答えるのが礼儀ってものだろう。
「あー。うん、そうだね。あたしはさやかだよ」
「…苗字は?」
幽霊はむっと言葉に詰まって。
「幽霊だから苗字がないとか、だめ?」
「だめだ」
今はどうだか知らんが、生前はあっただろう。
「え、と。その」
幽霊は何か言いにくそうに顔を伏せ、ポツリと、
「へんな」
そう言った。
「…変な?」
「違うっ。平安名っ! 学校で『変なさやか』とか言われて馬鹿にされてたんだからっ!」
誰もそこまでは聞いていない。
ああ、そういえば沖縄かどっかにあったな『平安名』って場所。こいつ、沖縄出身の幽霊か?
幽霊、平安名さやかははぁはぁと肩で息をして、
「で、あんた何者。どうしてあたしが見えるの。霊媒師とか?」
「いや、割とフツーのただ者だぞ。強いて言うなら剣術を習っているが」
もう何か、相手が幽霊だということを忘れてそうになる。平安名はふーんと呟いて、
「じゃ、まあ霊感が強い人ってことで勘弁してあげるわ」
何がどう勘弁なのか分からんが、とりあえず納得してくれたらしい。
「俺のことはいいとして、オマエは一体何者だ?」
「へ? だから幽霊だって」
「それはいい。十分分かった。俺が聞きたいのはどうしてこんなところに住んでるんだ? 地縛霊とかならもっと湿っぽかったり、殺伐としたところに住んでるんじゃないのか?」
平安名はむっと頬を膨らまして、
「何よそれ。幽霊は普通のところに住んじゃいけないの? 大体あたしは地縛霊じゃない」
そうか。地縛霊じゃないとすると…
「じゃあ何だ」
訊いてみる。生憎そっち方向には詳しくない。
平安名はしばし考えて、
「…知らない」
そう答えた。
「知らんってことはないだろ。何か恨みとかこだわりとかが無いと現世に留まれないはずだぞ」
昔そんなようなことを本で読んだ覚えがある。
「そんなの知らないわよ。気付いたらこうなってたんだから仕方が無いでしょ」
「えっと、生きてたころのこととか覚えてないのか?」
ふるふると首を振る平安名。
「名前だけは覚えてたんだけどね」
うーん。よく分からん。幽霊も昔とは変わってきているということだろうか。
「じゃあ、もうひとつ質問。さっきのからすると、オマエは他の人には見えないんだろ?」
「うん。見えたのはあなたが始めて」
「でも、俺を殴れたじゃないか。ふすまにぶつかってたし。実体はあるんじゃないのか?」
平安名はしばし考えて、
「あたしも良く分からないんだけど、意識を集中すると人とか者にさわれるのよ。姿は見えないんだけどね」
なるほど。見えないが、実体化は可能ということか。
「寝てるときは無意識にやっちゃうみたいで…、前の人は怖がって出て行っちゃった」
寂しそうに言う。
まぁ、仕方が無いかもしれない。姿が見えないならそれはもう怖いことだろう。
「大体分かった。で、オマエ。ここから出て行く気はあるか?」
「な、どうしてあたしが出ていかなくちゃいけないのよっ!」
「だよなぁ…」
ぽりぽりと頭を掻いて言う。困った。
幽霊とはいえ、血の繋がっていない女の子と同居だ。これは問題だ。少々犯罪のにおいがするあたり。
「別に気にしなくてもいいよ。普段は居ないように振る舞うから」
「…しかしなぁ」
あの寝返りごんっが毎晩続くのはつらいものがある。
慣れればいいのだろうが、やっぱり同居となると親の承諾が…いらんかこの場合。俺んの方も切れてるし親権。
「ま、仕方ないか…」
溜息を吐きながら承諾した。全くどうなることやら。
「え?」
意外そうに硬直する平安名。
「じゃあ、ここに居てもいいの?」
だめだ。反射的にそう言おうとして留まる。
「仕方ないだろ」
そう呟くと、平安名の表情がぱっと輝く。
「ありがとう。じゃあ、これからよろしくね。三郎クン。あと、あたしのことは名前で呼ぶように」
やれやれ。
こうして俺、榎田三郎と幽霊少女、平安名さやかとの奇妙な共同生活は始まったのだった。
あとがけ
ぱにぱを書いてる最中ににわかに浮かんできた構想を文章にしてみたのがこの話だったりします。
やっぱり難しいねぇ。ノリだけで行くと。
ちなみにこの話の構想はいちばんラストまで考えてありますが、今のところは筆を置いておきます。
だれか一人でも『続き書けやゴラァ!』などとおっしゃる方が居れば、その方のためにもラストまで書かさせていただきます。
さて、短いですがそれではこれにて。
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