AIR

― 夏再び ―

 

 

「でもな、楽しかったよ、俺も」

 一人でトランプをしている少女に俺は言った。

「ほんと?」

 彼女は訊き返す。

「ああ。観鈴と過ごせて良かった」

 本心からそう思う。

「わたしもよかった」

 ぱたぱた…

 観鈴はトランプを続ける。

「じゃ、いくな、俺」 

「うん」

「じゃあな」

「うん…ばいばい、往人さん」

 トランプを膝の上に広げたままで、見送る観鈴。

「ばいばい」

 俺はそう言って部屋を出た。

 

『二人の心が近づけば、二人とも病んでしまう』

『二人とも助からない』

 それなのに、俺は観鈴の側に居続けた。

 誰よりも観鈴の側にいたいと思った。

 だが、俺は観鈴から逃げた。

 他に何が出来たというのだろう…

 二人の心を遠ざける以外に何が出来たというのだろう…

 何もない。

 今の俺に出来ることなど何一つない。

 だが、観鈴を救えるのは俺しかいない。

 あまりにも残酷な矛盾。

 俺にも何か出来ることがあるのだろうか?

だが、少なくとも今の俺に出来ることなど何もない。

 だから、俺は神尾の家を出た。

 観鈴を助ける方法を探すために…

 再び彼女が笑えるように…

 

 バス停に向かっていると白い毛玉が高速で迫ってきた。

 ポテトだった。

「ぴこ〜」

 俺はとりあえず無視して歩く。

 ポテトはぴこぴことついてくる。

 無視。

 ぴこ。

 無視無視。

 ぴこぴこ。

 無視無視無視。

 ぴこぴこぴ――

 えーい! うっとおしい!

「おい、ポテト! 俺は今そんな気分じゃないんだ。付いて来るな!」

「ぴこ」

 うっ、いま『ヤダ』って言ったような気がする。

「俺はこれから町を出る。お前…まさか付いて来る気か?」

「ぴっこり」

 肯定された。

「分かった、連れて行ってやろう。だが…俺はお前をこき使うぞ。当然貴様に人権はない。なぜなら貴様は人ではないからだ」

「ぴ…ぴこ」

 ポテトは半歩後退した。

 その首根っこを捕まえる。

「男(?)なら一度言ったことは曲げるな! 行くぞ!」

「ぴ〜こ〜」

 嫌がるポテトを小脇に抱え、俺はバス停を目指した。 

 

 バスの中は快適だった。

 俺はとりあえず椅子に腰掛ける。

 そして、これからどうするのか、考えることにした。

 観鈴を救えるのは俺しかいない。

 言い換えれば法術でしか助けることは出来ない、ということだ。

 だが、俺が使う法術程度では人形を動かすのが関の山、観鈴を救うなんて事は到底出来るはずがない。

 他に法術が使える人なんて居るはずがないし…

 そして考えた末、導き出された結論は一つ。

 俺の法術をレベルアップさせるしかないということだ。

 技術を磨くと言ったら修行しかないだろう。

 そして修行と言ったら山籠もりと相場が決まっている。

 だから、俺は山に向かうことにした。

 今時分、日本には山などいくらでもある。

 この辺りにも無いことはないだろう。

 とりあえず、行ける所までバスで行き、後は歩くしかないな。

「………」

 そこまで考えて、俺はふと気付いた。

 今俺は金を一銭も持っていない。

 そして、今いるのはバスの中。

 バスは既に出発している。

 大ぴんちだ。

 こうなったら、運転手の一瞬の隙を突いて、金を払わずに出るしかない。

 俺は運転手の隙を窺った。

 

 ぷしゅう

 バスのドアが開く。

 俺は平静を装って外に―――

「兄ちゃん、お金」

 脱出失敗。並びに絶体絶命。

「ぴこ〜」

 ふと見ると、足元にポテトがいた。

 天の助け。

 俺はポテトを掴んで持ち上げ、運転手に差し出した。

「金は無い、だからこいつで勘弁してくれ」

「ぴこ〜!」

 ポテトは俺に非難の視線を向ける。

 俺はそれを無視する。

 運転手はポテトをじっと眺め……

「分かった。こいつで許してやろう。こいつの名前は?」

 以外だった。

 まさかポテトを気に入る人間がこの世界にいたなんて…

「ポテトだ」

「ほう、ポテトか……いい名前だな。大事にするよ」

「ああ、そうしてやってくれ」

 それだけ言って、俺はバスから逃げるように、その場を去った。

「ぴ〜こ〜」

 非難の声はとりあえず無視した。

 

 

 一体それからどのくらい経ったのだろうか?

 また、暑くなってきたところを見ると、一年くらいは経ったのかも知れない。

 辺りはうるさいくらいに蝉が鳴いている。

 そんな中、俺は人知れず、山を降りた。

 

 この一年で俺の法術は凄まじいまでの飛躍を遂げた。

 人の心を読む―――とまではいかないものの、かなりのパワーアップを遂げたと言えよう。

 今なら、観鈴を救うことが出来るような気がする。

 それどころか今なら、数段パワーアップした俺の人形劇をはあまりの凄さに話題が話題を呼び、大人気間違いなしだ。

 すぐにお笑い界からのスカウトが来て、俺は一躍有名人になるに違いない。

 テレビ出演などは当然だ。パンピー(死語)がテレビをつければ、いつでも俺の勇姿が拝めることだろう。

 いつかの『お茶のお供に最適です』というのはそれなりに的を射ていたのかも知れない。

「ウッハウハだな」

 ………。

 ってそうじゃないだろ! 今は観鈴を救うのが先決だ。

 こんな想像をしている場合ではない。

 すぐにあの町へ向かわなくてわっ!

 ………。

 え〜と…

「どこだっけ?あの町」

 忘れた。

 ああ、それはもうきっぱりと。

「と…とりあえず、歩いてみるか」

 それしかないようだ。

 

「つ…着いた」

 見覚えがあるバス停だ。

 とうとうたどり着いた。

 思えば苦節一週間。

 ただただ歩き続け、俺はようやくこの町にたどり着いた。

「ワイは…ワイはとうとうやったんや〜〜〜!」

 何故か関西弁だった。

 まぁ、それはいいとして…

 俺は奇妙なことに気が付いた。

 と言うか気が付かなきゃ人としてまずいだろう。

 どかーん、ちゅどーん

 なんかでっけぇ物体が町に対して破壊活動を行っていた。

 ………。

 俺は目をごしごしとこすってみる。

 どかーん、ずどーん

 やはりソレは暴れまくっていた。

「びこ〜」

 ソレは何か鳴き声のようなものを発した。

 何か凄まじくイヤな予感がする。

「ポテト〜! もうやめてくれぇ〜!」

 いつのまにか俺の背後に人が居た。

 しかも何か叫んでいた。

 ポテト?

 アレがポテトだとでも言うのだろうか?

 俺は謎の物体をもう一度見てみる。

 ………。

 と言うかポテトにしか見えなかった。

 一体何が起こったのだろうか。

 俺は一抹の不安を覚えつつ、後ろを振り向いた。

 その人と目が合う。

 あの時のバスの運転手だった。

「一体どうしたんだ? この騒ぎは」

 俺はとりあえず訊いてみた。

 彼は今現在、ポテトの飼い主の筈だ。何か知っているかも知れない。

「あ! あんたは」

 彼も俺に見覚えがあったようだ。

 彼は俯いて、

「ポ…ポテトに餌を…夜中に餌をあげたら急に巨大化して…」

 かなり簡潔に事の次第を話した。

 んなアホな。

 冗談ではない。

 ポテトは元から変な生物だとは思っていたが、まさかこれほどとは…

「あんた、ポテトの元飼い主だろ? 何とかしてくれ」

 何とかしろ、と言われても困る。

 第一、俺はポテトの飼い主になった覚えはない。

 むしろ俺よりも飼い主に相応しい人物が若干二名ほどいる。

 霧島聖とその妹の佳乃だ。

 もしかしたら彼女たちならこの事態を何とか出来るかも知れない。

「分かった。とりあえず出来るだけのことはしてみる」

 俺はとりあえずそう言って、その場を立ち去った。

 

 俺は全力で商店街に向かっていた。

 急いでいる理由は二つ。

 一つは一刻も早く商店街に到着するため…

 そしてもう一つは―――

「びこ〜」

 どすどすどすどす

 今現在、巨大なポテトに追いかけられているためだ。

 逃げなきゃ殺られる。

 ポテトの目は殺気に満ちていた。

 俺はこれでも、正義と平和を愛する模範的な善良たる一市民であると自負している。 

 したがって、畜生に恨まれる事など何一つしていないはずだ………たぶん。

 だが、その殺気は明らかに、間違いなく俺に向けられたものだ。

 一体俺が何をしたというのだろう?

 何かと理不尽な自分の人生を嘆きながら、俺は走り続けた。

 

『青年は旅のひと』

 

『彼の道連れはひとつ』

 

『でっけぇぽてと!』

「び〜こ〜」

 どすどすどす

 俺は巨大なポテトから逃げながら、何とか商店街に辿り着いた。

 すぐに看板が目に入る。

『霧島診療所 年中無休』

 俺はすぐにその建物の中に逃げ込む。

「び…びこ」

 ポテトはその場で立ち尽くした。

 どうやらこの場所には攻撃できないらしい。

「ふっ、巨大ポテト敗れたり」

 すぱんっ

 勝利の余韻に浸りまくっている俺は後頭部に衝撃を感じ、後ろを振り返った。

 するとそこにはヒマヒマドクターKが立っていた。

「誰がヒマヒマドクターKだ」

 すぱんっ

 痛い。

 仕方ない、訂正するか…

 そこには霧島診療所の主である霧島聖が立っていた。

「ふむ…それでいい」

 聖さんは満足げだった。

 と言うか何故こいつは、他人が考えていることが読めるのだろうか?

 これじゃあ、迂闊なことは考えられないじゃないか。

 例えば『暴走女医』だとか、『メスを振り回す危険な人物』だとか、『一日当たりの患者数0,02人の霧島診療所』だとか…

 シャキンシャキン

 いきなりの4枚刃だ。

 たらり

 俺は冷汗が頬を伝うのを感じた。

 い…いかん!このままでは今夜あたり…

『佳乃、喜べ。今夜はステーキだぞ』

『やったぁ。すてぇきだー』

『はっはっは、沢山あるからどれだけ食べてもいいぞ』

『うん、沢山食べるよぉー。でもお姉ちゃん、これって何のお肉なの?』

『………』

 などという会話が展開されてしまう。

 それだけは絶対に避けなければならない。

「すまん、俺が悪かった」

 俺は即座に謝った。

 誠意が伝わったのか聖はメスを仕舞った。

「久しぶりだな、国崎君。ここに何の用だ?」

 俺は窓の外から見える、直立不動の『それ』を指さして…

「あいつを何とかしてくれ」

 聖は俺に促されて外を見て…そのまま硬直した。

「………」

「………」

 気まずい沈黙が流れる。

「さぁて、今日も忙しくなるぞ。国崎君、とりあえず床のモップがけを頼む」

「心配しなくてもここに患者は来ない。とりあえず落ち着け」

 聖はぎこちない動きで『それ』を指し…

「あ…アレは何だ?」

 訊いてきた。

「たぶんポテト…だと思う」

 はっきり言って自信が無い。

「あ…あれがポテト…だと?」

 聖は窓の外の『それ』を見つめ…

「ポテトにしか見えんな」

 何か納得した。

「まぁ…あいつがポテトであると仮定して、何か手はないのか?」

「ふむ…」

 聖は少し考え込み…

「あ!」

 何か思いついたようだ。

「国崎君、少し待っていてくれ」

 そう言うと聖はドアを開け、行ってしまった。

 

 待つこと十数分。

 聖が出て来た。

「いや…すまないな国崎君」

 言いながら聖は俺に何かを放り投げた。

 ぱしっ

 それをキャッチする。

「ジャム?」

 それは鮮やかなオレンジ色をしたジャムの子瓶だった。

 こんなものでどうしろと言うのだろうか?

「これでどうしろと?」

「それをポテトの口の中に放り込め。効果があるはずだ」

 麻酔薬でも入っているのだろうか?

「それはいいが…あんなに巨大な、ポテトの口にどうやって入れろと言うんだ?」

「知らん。そんなことは自分で考えろ」

 無責任だ。

 とにかく考えてみるか。

 安全を重視するのなら口にジャムの子瓶を投げ入れるしかないだろう。

 まさか直接入れるわけにもいかんし…

 だが、はっきり言ってポテトはデカイ

 俺は腕力には自信がある方だが、俺の力をもってしても絶対に届かないと断言できる。

「ん?俺の力?」

 そうだ!俺には数段パワーアップした法術があるじゃないか。

 今の俺なら子瓶を高速で飛ばすことなど朝飯前だ。

 無論、コントロールをして口に入れることなど雑作もないだろう。

「分かった。とにかくやってみる」

「そうか、冥福…もとい、幸運を祈る」

 ちょっと待て、今凄まじく気になる言葉が聞こえたような…

 まぁ、いい。やるしかないか。

 

「おい、ポテト! 俺はここだ! 捕まえてみろ!」

 俺はポテトに叫ぶと、そのまま逃げに徹した。

「びこ〜」

 ポテトはすぐに追いかけてくる。

 ジャムをポテトの口に入れることぐらい簡単だが、いかんせんここは人の多い商店街。

 何が起こるか分からん以上、さすがにここでジャムを使うわけにもいかない。

 人通りが全くなく、なおかつそれなりに広い場所となると一つしかない。

 俺はポテトから逃げながらそこに急いだ。

 

 狙い通り神社には人がひとりとしていなかった。

「ハァ…ハァ…ハァ」

 俺はその場にがっくりと膝をつく。

 もう限界だ。

 暑い…

 疲れた…

 ラーメンセットが食いたい…

 だが、俺にはまだ、やるべき事が残されている。

 俺はジャムの瓶を取り出すと、それに力を込めた。

 ふわっ

 瓶がその場に浮き上がり、そのまま静止する。

「びこ〜」

 俺に追いついたポテトが大口を開けて、鳴いた。

 今だ!

 俺は瓶に一層強く力を込めた。

 その瞬間、瓶は凄まじい速さでポテトの口に向かって飛んで行った。

 その姿はまさに『オレンジ色の弾丸』だった。

 瓶はポテトの口の中に入り………何も起こらなかった。

 そんな…バカな。

 俺がそう思った瞬間。ポテトの身体がビクッと痙攣した。

「びびびびび、びこびこびこ」

 ポテトは謎の言葉を発しながらそのまま倒れこみ、七転八倒しながら悶え苦しんだ。

 そしてそのまま動かなくなる。

「や…やったのか?」

「ああ、見事だった」

 いつの間にやら聖がいた。

「あんた一体いつの間に…」

「細かいことは気にするな」

 気にするなと言われても…めちゃくちゃ気になるぞ。気配を感じなかったし。大体…

 シャキン

「気にするなと言っている」

 怖ひ。

 表情もさることながら、手に持っているソレが特に…

「ごめんなさい。もうしません」

 俺は反射的に謝っていた。

「ふむ、分かればいい」

 すっ。

 聖はメスを仕舞った。

 一体どこからメスを出したのだろうか?

 シャキン

「ごめんなさい」

 すっ。

「………」

 もう嫌だ。

「それじゃあ私は、そろそろ帰るよ。ポテトも連れて行かなきゃならんし…」

 ポテト? てっきり死んだものだとばかり思っていたが…

 ポテトのいた方を見てみると…

「ぴこ〜」

 復活していた。しかも通常サイズで。

 どうやらもう、害はないらしい。

「一つ聞かせてくれ」

「何かな?」

「あのジャムは何だ?」

「ふむ…」

 聖はしばらく考え込み…

「私もよくは分からないが…あれは知り合いからもらったものだ」

 知り合い? 誰だろうか?

 いや、考えるのはやめておこう。次こそ命が危ない。

「それじゃあ、私はもう行くぞ、国崎君」

「ああ」

 聖は踵を返し、二散歩歩いて…もう一度振り返った。

「そう言えば国崎君、どうして旅に出たきみが今ごろ戻ってきたんだ?」

 俺がこの町に戻ってきた理由?

 はて?

 ………。

 はっ!!

「しまったぁぁぁぁぁぁぁぁあああ!」

 

 

―END―

 

 

 

あとがき

ども、たなひろでっす。

う〜む、とうとうやってしまったか。完全なギャグ話。

ところで、何を隠そう、私は生粋のコメディアンでして……私の書く小説には確実にギャグが入ります。

たとえそれがシリアスな話だったとしても、やはりギャグは入ります。

何でかな? あんまし入れてるつもりはないんだけどなぁ。

う〜む

まぁ、考えても仕方ないか(おい

作品の解説に移りましょう。

今回はAIRに挑戦しました。

本作はDREAMの観鈴エンドの途中から始まります。

話の内容を要約すると…

『遂に現れた巨大怪獣ポテト! 果たして主人公は打ち倒すことが出来るのか!? そして日本の運命はいかに!? と言うか観鈴はどーした!?」

ってな感じでしょうか(爆

と言うか一年経ったなら観鈴とっくにお空の上だし…

う〜む

何か『う〜む』が多いなぁ。まぁ、いいか(こら

それでは、読んでくれた方々に感謝して…

こんな駄作を載せていただいているHPの管理人さんに感謝して…

お別れと致しましょう。

さよ〜なら〜

あっ、感想くれると嬉しいです。

 

感想・意見などはこちらに world-twenty-one@ezweb.ne.jp

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