ASUKA〜非日常〜

 

 

 

 そういえば、今夜のメニューは何だっけなぁ。

 近頃の若者である渡辺春樹はそんなことを考えながら帰り道を歩いていた。

 確か今日出がけに、母が言っていたはずだ。

「今夜のメニューは○○よ」と。

 その肝心な部分だけがどうにも思い出せない。

 と言うか、こんな下らないことを一生懸命考えているというのはまずいような気がする。若さは宝だなどと誰かが言っていた。自分はその宝とやらをムダ使いしているんじゃなかろうか。

 なんだかんだ言っても、もう高校二年生だ。春も過ぎ去った時期だからそろそろ受験のことも頭の片隅ぐらいには置いておかなくてはならない時期だ。だというのに…

「はぁ〜」

 やるせなくて溜息が出た。

 つまらない。

 とてもつまらない。

 日本という国は呆れるくらい平和だし、学校という場所も戦場と言うには程遠い。もう少し面白いことでもあればいいのになどといつも考えている始末だ。

 どうにも自分は荒事を好む性質らしい。今まで、一回もそういうのには巻き込まれた事がないからはっきりとは言えないが。

 ひょっとしたら、こんな退屈な国に、時期に自分のような人間が生まれてきたことはすごく間違ったことなんじゃないかと感じるときもある。

 誰かが自分を殺してくれたらいい、とそんなことさえ思う。

 こんな平和な国で自分を殺意を持って殺すものがあるとしたら、それは間違いなく『異常』なものだろう。こんなのんきな国で殺されるなんてことは間違いなく普通じゃない。

 極秘に行っていた遺伝子研究施設辺りから化物が一体逃げ出して、自分も偶然そこに居合わせていて、化物の最初の犠牲者になるのかもしれない。

 神隠しに遭って未知の世界で野垂れ死にするのかもしれない。

 自分が好意を持っている少女にある日いきなり刺し殺されるかも知れない。

 どれも、ありえない話ではないとは思う。でも、そんな殺され方なら大歓迎だ。

 春樹は日常とは薄皮一枚を隔てたところにある(と彼は思っている)非日常が好きだった。

 そして、やはり彼は思う。

 つまらない、と。

 もうこの道にも飽きた。高校生になってから何度も何度も何度も通っている道だ。

 ふと思う。ちょっと前のほうに見える交叉点を曲がったらどうなるだろうか。本来ならまっすぐ行く道だ。

 曲がったら、家には辿り着けないかもしれない。逆に、家への近道にもなるかもしれない。

 そう思うと、どうしても曲がらずには居られなくなった。どっちでもいい。少しでも日常と距離を置けるのなら、迷おうがどうしようが一向に構わない。

 春樹は幾分か軽くなった足取りでその交叉点を左に曲がった。別に右でも良かったが、なんとなく今日は左な気分だった。

 曲がってしばらく歩く。その始めて通る道の景色はまっすぐ進んだ道のと大して変わりがなくて春樹はがっかりした。やっぱり角を曲がった程度では非日常にはたどり着けないのかもしれない。

「……ん?」

 元の道に戻ろうかと考える春樹の目に異物が飛びこんできた。

 それは一軒の駄菓子屋。しかし、その居住まいはどこか春樹を引き付けた。

 ここは結構都会だ。所々にアパートも建っているし店も多い。その中でその駄菓子屋は小さいとはいえ、やはり『異常』ではあった。

 まるでその駄菓子屋が『非日常』の世界からこの『日常』の世界へと置いてきぼりを食らったような、そんな感じ。

 春樹の足は何かに引っ張られる様にその駄菓子屋に向かった。

 自動ドアではないドアを横にスライドして開ける。がらがらがらと小気味良い音がした。

 そう広くはない店内に足を踏み入れると、レジでうとうとしているおばあさんと目が会った。おばあさんは人の良さそうな笑みを浮かべた。春樹も慌てて会釈を返す。

 そして、改めて店内を見渡すと、そこには色とりどりの駄菓子が所狭しと並べられていた。入り口の近くには、菓子を入れるためであろう木でできたかごが重ねて置いてあった。

 なんだかうきうきしてきた。なんとなく幼い頃に戻ったような気がする。もしかすると、この駄菓子屋はタイム・マシンなのかもしれない。都会を生きる大人や青年に、少年の頃の自分を思い出してもらうためだけに造られた、そんな小さな『非日常』なのかもしれない。

 春樹ははやる気持ちを抑えてかごを手に取った。目に付いた菓子を片っ端からかごに放り込んでいく。

 かごにあふれんばかりに菓子をつめこんだ春樹はそのままおばあさんのところに行く。おばあさんと、ちょっと小ぶりのレジと、そして小さなクーラー・ボックスのようなものが目に写った。

「…おばあさん」

 一呼吸置いてから声をかける。

「…なんだい?」

 おばあさんは笑顔で聞き返してきた。

「これ、なに?」

 クーラー・ボックスを指差しながら訊く。

 おばあさんはその笑みを少しだけ深くして、空けてみなと言った。

 言われるままに開けると、少しの冷気と少しだけ懐かしいものが出てきた。

 ラムネだ。

「これ、いくら?」

 その中からラムネのビンを一本取り出しながら春樹は言う。

「60えんだよ」

 おばあさんは笑顔で応えた。

 春樹もなんだか嬉しくなって微笑み返した。

 勘定を済ませ、名残惜しそうに店を出る。

 軽い足取りでしばらく歩き、ブロック塀にもたれて座った。おばあさんが包んでくれた紙袋をがさがさとあさる。買い食いなんて随分久しぶりだ。

 袋の中からふ菓子を取り出して口に放りこむ。たちまちに口の中に黒砂糖の甘味が染み渡った。とても懐かしい気分になる。

 次にラムネを飲もうと思った。確か記憶では、まず包みを解いて、蓋になっているびい玉を押しこんで、そのまま飲む。これでいいはずだ。

 包みを解いて紙袋の中に突っ込んだ。そしてびい玉を押しこもうと力を込める。

「あれ…?」

 力を込めるまでもなく、少し触っただけでびい玉はビンの中に入ってしまった。少し奇妙に思いながらも、ビンに口を付けた。

 

 油断していたと言えばそうなんだろう。注意力が欠けていたといえばその通りなのかもしれない。運が悪かったと言ってもそれはあながち間違いではない。まぁ、とにもかくにも彼はそのとき幼い頃に思いを馳せていたせいで、おそらくは他のラムネのよりも異常に小さいびい玉に気付かなかったし、『びい玉を溝に引っ掛けて飲む』という手順をすっかり忘れていたし、その上最初の一口は思いっきり飲んでやろうと心に決めていたため、喉をごくりごくりと動かしていたのは間違いない。

 びい玉がころりと飛び出した。

 

「…ぐ…む!」

 おいしさと懐かしさと、次いで苦しさを感じた春樹は地面に倒れこんだ。

 どうやら飲んでる最中にビンからびい玉が転がり出てきてそのまま飲みこんでしまったらしい。ついでにそのびい玉は春樹の気道にぴったりフィットしていて、空気が通れない状態にあるようだ。

「ぐ、かは…」

 すごく苦しい。と言うか洒落にならない。

「た、助け…」

 息も絶え絶えに地面を転がり回る。視界が暗くなったり明るくなったりする中、春樹の願いが天に通じたのか否かは分からないが、誰かの影が差した。

「だいじょうぶ?」

 見て分からないのだろうか。

 大丈夫じゃないというメッセージを地面を転がるというダイナミックなジェスチャーで伝え、春樹は何とか身を起こした。話し掛けてきた相手は制服姿の女の子だった。その制服から、女の子が春樹と同じ学校に通っていることが分かる。

「だいじょうぶ?」

 再び訊いてくる。

 春樹にはその顔に見覚えがあった。

 あまり口を利いたことがないのでよく分からないが、確か同じクラスで出席番号一番のなんとか明日香さんだ。

「だい…じょぶ…じゃない…」

 命がけで声を絞り出す。

 女の子は春樹を興味深そうな目でしばらく見つめて、

「苦しい?」

 殴ってやろうかと思う。でも残念ながらそんな力はない。

 女の子は苦しみもがく春樹を見ながら何やら考えて、そしてぽむっと手を打った。

 そして鞄から何やら箱のようなものを取り出した。

 春樹にはそれにも見覚えがあった。さっきの駄菓子屋で売っていたものだ。中身までは知らないが。

「上を向いて口を開けて」

 女の子が言った。

 酸欠により、まともな判断力が失われていた春樹は言われるままに上を向き、口を開けた。

 がらがらがらっと音がして、口の中身が一杯になる。

「が、ほがが…」

 それはびい玉だった。女の子はこともあろうに箱の中身に大量に入っていたびい玉を春樹の口中に流しこんだのだ。

「………」

 もはや、言葉を発することさえできなくなった春樹は目線で『一体何をするんだっ!』というような意味の言葉を語りかけた。

「いや、だってさっき、奇妙な死に方がしたいって思ったでしょ?」

『いやたしかにおもったけどもさ』←アイコンタクト

「思ったんでしょ」

 女の子がにっこりと笑いながら言う。

『いや、でも』

「思ったよね?」

 にこにこ

『はい、思いました』

 なんかもう、どうでもよくなってきた。

 女の子はにっこり笑って頷くと、立ちあがった。

「じゃあ、いい夢見てね♪」

 そう言い残し、そのまま去っていった。

 それを呆然と見送った後、春樹は再び地面を転がり始めた。

 転がりながら思う。

 これは本当に自分が望んだ死に方だろうか。

 確かに珍奇な死に方ではあると思う。翌日の新聞の見出しは『高校生、下校途中にびい玉を喉に詰まらせて死亡』といったところか。

 望んでいた『非日常』という面から見れば、たぶんこれほどの死に方はないと思う。でも…

 何か納得がいかない。と言うかこんなギャグみたいな形で終わっていいのかこの人生。

 転がるのを止めて、空を見上げる。

 そろそろ暗くなって来た。もうすぐ夜の帳が降りるだろう。

 女の子が去っていった方を見てみる。

 彼女は戻ってこない。

 どうにも眠くなってきた。

 こんな状態でさえ、何の根拠もなしに、まだ自分に先があると確信している能天気な自分がどこか滑稽に思えた。

 最後に寝返りをひとつして、駄菓子屋の方を一瞥して、春樹は目を閉じた。

 

END

 

 

 

 あとがきめいた蛇の足

 

 ちなみに彼はこの後半年間昏睡状態に陥るも、しぶとく目覚めます。

 まぁ、半年間も眠り続けたら、起きたとき『非日常』の連発が待っているでしょうが…

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