ASUKA〜カスタム〜

 

 

 

「え〜、むかしむかしあるところにおじいさんとおばあさんが住んでいました」

 4限目の授業が終わり、昼休みに入ったときの高校生の思考はいろいろなものがある。

 例えば、弁当を持ってきていない人が「今日の昼飯どうしようかなぁ」とか考えたり、昼休みの時間を活かして次の授業の予習をしている人が「この数式どうやって解くんだろう」とか考えたり、走りながらいかに他の生徒よりも早く学食にたどり着けるかを考えたりとさまざまである。

 しかし、この日の昼休み、ある教室にいるほとんどの生徒が同じことを考えていた。

『またかよ…』

 露骨に目をそらしている者も居るが、大体の人は半ば呆れながらもその目線を教卓でいきなり昔話を始めた男子生徒に向けている。

 その生徒の名前は桜庭秀之。彼は童話などに自己流のアレンジを加えて、専ら昼休みにその話を語って聞かせるのだった。

 当然みんなは面白くない。

 いや、別に桜庭の態度が気に食わないという意味じゃなく、単純にその話がつまらないのである。

 ちなみに、彼の話自体に問題があるわけじゃない。彼の話し方は巧みで、アレンジも上手い。本来の話のバランスを決して損なわせることなく自分流の解釈を加えたり、そのときの登場人物の心情を説明したりしている。国語の先生だとか、文学の研究家などに聞かせればおよそ感心される内容ではあった。しかし…

 高校生だ。

 相手は高校生である。

 日頃から娯楽に囲まれているその年代の人間が、例えアレンジが加えられていようが童話なんぞを聞かされて面白いわけがない。

 桜庭の話を大抵の人間は聞いてさえいない。例え聞いていたとしても「どうだった?」と自身ありげに訊いてくる赤木に向かって微妙な笑顔を向けるだけだ。

「はぁ…」

 今日の話を語り終えると、桜庭は溜息を吐いた。

 反響は聞かなくても分かる。教室中の雰囲気が今日の話はNOだと告げていた。

 どうしてだろうか、と思う。やはり自分が悪いのだろう。あの時おじいさんの心中を語るタイミングがもう一呼吸早ければ、きっとみんなは評価してくれたに違いない。

 などと根本的に間違ったことを考えながら相変わらず微妙な空気が漂う教室をゆっくりとした足取りで抜け出して、桜庭は廊下で人知れず嘆息した。

 

 夕日が沈む。

 もう生徒は帰ったり部活に行ったりで誰も居なくなってしまった教室で、ひとりの男子生徒がようやくその腰をあげた。

 桜庭である。

「で…できた」

 そう言って背筋を思いきり伸ばす。

 そして、机の上にある『自作童話集(アレンジ)』とかかれたノートを見る。

 相当に自身があった。元にしたのはみんなが知っている話が良いと思って『桃太郎』を選んだ。そして今回のは桃太郎と共に鬼退治に行く犬、猿、キジのうち犬にピックアップして、犬の心情、行動などを事細かに記してある。これが面白くないはずがない。

 そう信じて疑わない桜庭を尻目に、教室はどんどん薄暗くなっていく。先ほどまで構想に熱中していた彼はもう遅い時間であることにようやく気付き、ノートを机に仕舞ってからあわてて教室を出ていった。

 さぁ、明日が楽しみだ。

 

 完全に暗くなった教室の中にひょっこりとひとりの制服姿の女の子が姿を見せる。彼女は出席番号12番桜庭秀之の机に近寄ると、その中身をあさった。

 やがてその中から一冊のノートを見つけると、ぱらぱらとめくり始める。

 しばらく読んでから彼女は呟く。

「う〜ん…。つまんない…」

 そして、おもむろに自分の鞄の筆箱から鉛筆と消しゴムを取り出すと『桃太郎』がかかれているページの文字を片っ端から消した。

「ふ〜んふふふふ〜ん♪」

 上機嫌に鼻歌などを口ずさみ…もとい鼻ずさみながら彼女は鉛筆を持った。

 

 ちなみにこのとき偶然忘れ物を取りにきていた生徒が次の日に、

「夜の校舎で不気味な鼻歌を聞いた!」

 などと騒ぎ立て『ヨルの鼻歌』として学校の七不思議のひとつにまで数えあげられてしまうのだが、これはまた別の話だ。

 

 その翌日、そして昼休み。

 今日こそは! などと意気込んで、桜庭は教卓に移動した。すると、みんなは露骨にイヤそうな顔をする。

 だが、語る前にみんながどう思っていようが、そんなことは関係ない。語り終えた後にきちんと評価してくれさえすればいい。まして今回は今までで最高の出来だ。

 桜庭は体の奥からふつふつと込み上げてくるものを感じながら、ノートを開いた。そして絶句した。

 話が…変わっている。

 確かに話そのものは桃太郎のアレンジのようだ。だが、自分の書いたものとは…何かが違う。

 辺りを見まわす。一応は注目されていた。ここでおめおめと引き下がったら格好悪いにもほどがある。やるしか…ない。

 桜庭は半ば、絶望的な気分にもなりながら、その物語を話し始めた。

 

 

『桃太郎(アレンヂばーじょん♪)』 

 

 むかしむかし、あるところにおじいさんとおばあさんが住んでいました。

 おじいさんは若い頃にギャンブルでこさえた多額の借金を返すために、山の奥のほうで極秘に栽培している、ちょうど今収穫時期である麻薬の原料になる草、通称『芝』を刈りに、おばあさんは川へ洗濯に行きました。

 おばあさんが洗濯をしていると、川の上流からどんぶらこどんぶらこと………

 おじいさんが流れてきました。

 おばあさんは洗濯をしている手を止め、流されていくおじいさんに目を向けました。

『どうせ味見をしすぎてラリってしまったんだろう』

 などと結論付けて、おばあさんは洗濯を再開しました。(おじいさんはそのまま流れていきました)

 すると、今度はどんぶらこどんぶらこと川の下流(!?)から桃らしきものが流れてきました。なぜ『らしきもの』が付いたかというと、その桃らしきものは、普通の桃とはどこか違っていたからです。

 まず第一に大きさがハンパではありませんでした。何せ大人がひと抱えするほどだったのです。普通そんなに大きな桃はまずありません。次に色が不自然でした。普通の桃は淡いピンク色なのに対してその桃はくすんだ銀色をしていました。

 おばあさんはそれを目視するや否や、肩に背負っていた狩猟用の散弾銃を構えて、その桃らしきものに発砲しました。

 実を言うとおばあさんは昔、伝説とまで言われた凄腕の狙撃手だったのです。おばあさんの視界に桃が写ってから発砲まで一秒とかかっていませんでした。おばあさんは昔、何度も修羅場をくぐったせいで『怪しいものを見つけたら、近づかれる前に撃つ』という癖が未だに抜けていなかったのです。

 距離がまだあったとはいえ、散弾銃の一発です。桃は一瞬でハチの巣になると思われました。

 しかし、おばあさんが発砲したのと同時に、桃らしきものが見る見るうちに色づき始め、淡いピンク色に変わりました。弾丸は着弾したものの、桃らしきものが大きく揺れた以外にダメージらしきダメージはないようでした。

 それが、俗に『ふぇいずしふと装甲』と呼ばれているものだと知らないおばあさんは戦慄を覚えました。おばあさんは未知のものに遭遇した恐怖で一種のパニック状態に陥り、何を思ったのか、腰に下げてあった、増幅装置付きの光学兵器系の剣、いわゆる『びぃむさぁべる』を抜いて、その桃らしきものに踊りかかりました。ちなみにこれは軍の上層部に知り合いがいるおじいさんがこっそりと横流ししてもらった品です。

 一歩でおおよそ5メートルを跳躍したおばあさんはびぃむさぁべるを力一杯振り下ろしました。桃らしきものはその一太刀で真っ二つになるものと思われました。が、

『バチバチバチィ!』

 そんな音を立て、おばあさんのびぃむさぁべるは桃の中ほどまでの場所で止まっていました。スパーク音は未だに続いており、半分割れた桃らしきものの隙間から火花が散りました。そして、桃らしきものは真っ二つに割れてしまいました。

 おばあさんは『それ』と目が会いました。おばあさんの目には『それ』が赤ん坊のように見えました。その赤ん坊がおばあさんのと似たようなサーベルを必死に支え、おばあさんを睨みつけています。どうやら赤ん坊はおばあさんのサーベルを自分のサーベルで、桃らしきものの内側から受けとめたようでした。

 そして、その目を見たとき、おばあさんは感じました。

『この子は強くなる』

 まさにその赤ん坊の目は戦士の目でした。

 おばあさんは悟りました。今までに何度となく死にそうな目に遭って来て、それでも自分が死ななかったのはこの子を育てるためだと、それこそが自分の天命であると。

 おばあさんは途中だった洗濯物さえ放り出し、その子を家へと連れ返りました。そして早速、その子を戦士として育て上げるためのスケジュールを作成し始めました。

 その途中で瀕死のおじいさんが帰ってきましたが、おばあさんは熱中していたので気付きもしませんでした。

 夜も更け、空が白み始めた頃、ようやくそれは完成しました。改心の出来です。おばあさんは傍らに寝ていた赤ん坊を満足そうに眺めました。

 そこでおばあさんはようやく気が付きました。そう、赤ん坊の名前をまだ決めていなかったのです。

 おばあさんは悩みました。考えに考えて、自分にネーミングセンスが全くないことに気が付いた辺りでむなしくなってやめました。

 そこに息も絶え絶えなおじいさんがやってきました。

「ヒュー、ヒュー、も、ももたろ、う。ヒュー、ヒュー」

 おばあさんは懐から一丁のリボルバーを抜いて、耳障りな呼吸音を出すおじいさんの膝頭に一発撃ちこんで静かにさせました。

 そこでおばあさんは気が付きました。ももたろう、桃太郎。いい名前かも知れない。桃(らしきもの)から生まれたから『桃太郎』。あまりに安直なネーミングでしたが、以外にしっくりときます。

 おばあさんはその赤ん坊に桃太郎と名付け、その翌日からスケジュール通りに訓練を始めました。

 訓練はとても辛いものでしたが、桃太郎は不平のひとつも言わずにそれをこなし、おばあさんの教えることを凄いスピードで全て吸収していきました。

 そして何より、桃太郎自身の成長が以上に早かったのです。おばあさんが作成した十五ヵ年計画は、変更に変更を重ね、わずか五年で終わりました。

 その頃には桃太郎は立派な青年に成長していたのです。そして桃太郎はおばあさんに言いました。

「おばあさん。今まで育ててくれてありがとうございました。自分はこれからある任務に着きます」

 おばあさんがそれは何かと尋ねると、

「P25−8。拠点名『鬼々島』の制圧です。自分はそのために派遣された特殊エージェントです。実はあなたに拾われる前、自分は強行偵察船『ケツァル』に乗って、鬼々島の様子を探っていたのですが、まだ地図の読み方を学習していなかったため迷ってしまい、川に流されていたところだったのです」

 おばあさんはそれを聞いて少しだけ驚きました。やはり只者ではなかった。おばあさんのカンは当たっていたのです。

「実は、頼みたいことがあるのですが…」

 おばあさんはそれは何かと訊きました。

「自分は確かに特殊エージェントです。しかし、任務では『必要な武器及び装備は現地調達』とあります。確かに丸腰ではとうてい『鬼々島』の制圧など出来るわけがありません。そこで、おばあさんの火気及び兵器をお借りしたいのですが…」

 おばあさんはその頼みをあっさりと了解し、ライフルとマシンガン一丁ずつと、刃物一式、他に手榴弾などの火器を渡しました。そして、最後に成人のお祝いに『日本一のきび団子』を作って桃太郎に渡しました。

 そして次の朝、桃太郎はおばあさんとおじいさん(←まだいた)に別れを告げ、P25−8。拠点名『鬼々島』を制圧するための旅に出ました。

 しばらく旅を続けると、犬がいました。犬は桃太郎を見つけると言いました。

「お? 美味そうなきび団子じゃねぇか。一つばかりオレ様にくれねぇか?」

 犬は卑屈な笑みを浮かべ、腰に吊った拳銃をこれ見よがしに強調しながら桃太郎ににじり寄りました。

「断る」

 桃太郎ははっきりと応えました。犬の眉がつりあがります。

「貴様が誰かは知らんが、このきび団子はチンピラ風情の貴様などに到底扱えるものではない」

 その高慢な物言いに犬は真っ赤になって銃を桃太郎に向けました。

「てめぇ!」

 犬は叫びました。桃太郎は冷ややかな目つきでそれを見つめ、

「銃を下ろせ」

 そう告げました。

「うるせぇよ、死ね!」

 犬はトリガーを引き絞りました。しかし弾は飛び出しません。

「あ…?」

 犬は怪訝そうな顔で、桃太郎と銃を交互に見ました。

「それはお前の銃ではないな?」

 桃太郎は言います。そしてそれは図星でした。

「お前は銃を向けて脅すだけで今まで金を稼いできたんだろう? その銃も誰かから借りたのか、拾ったのかは分からんが、恐らくトリガーを引いたのは今が始めてのはずだ」

 桃太郎は何気なく、それでいて素早い動きで犬に近寄り、銃を奪い取りました。そして犬の眉間にポイントします。

「あ? あ…ひ」 

 そこでようやく犬は自分の置かれている状況に気が付きました。

「一応教えておいてやろう」

 言いながら桃太郎は『銃を撃てるように』しました。

「銃には安全装置が付いている」

 そして狙いを少しだけ右にずらして撃ちました。弾丸は犬の左頬の肉をわずかに抉って、彼方へと飛び去っていきました。

「ひ…ひぃぃぃぃぃぃ!」

 犬は逃げ出しました。まさに脱兎の勢いです。桃太郎はそれを確認すると、銃に安全装置をかけてバックパックに突っ込むと、再び歩き始めました。

 しばらく旅を続けると、猿がいました。猿は桃太郎を見つけると、近づいて来ました。

「お前だな?」

 声を掛けてくる猿を、桃太郎は無視しました。そのまま歩き続けます。

「お前だろ? 犬を酷い目に遭わせたヤツってのは」

 桃太郎は足を止めました。猿の方を振りかえります。

「そうだ」

 桃太郎がそう応えると、猿はにやりと笑って言いました。

「あいつはな…俺の子分だったんだよ」

「そうか」

 桃太郎はだからどうしたとでも言いたげな視線を猿に向けました。

「俺は、あいつが小さい頃から銃を教えていた。まるで、できの悪い弟か子供みたいだったよ。最近腕もそれなりに上がって、そろそろ俺から自立できる。そう思っていた。だからこの前、始めてあいつに本物の銃を持たせてやった」

 桃太郎は無表情で猿を見つめています。猿は続けました。

「情けないよな。俺はあいつの腕を上げることばかり考えていた。安全装置の外し方を教えてなかったなんてな」

 猿は自嘲気味にへへっと笑った。

「あいつは、もう銃は持てない。持つと震え出すんだ。泣きながらあいつは言ったよ『もう止めてくれ』ってな。確かに俺も悪かったとは思う。だが」

 猿は桃太郎を睨みつけました。

「やっぱりあんたを許すわけにはいかない」

 桃太郎は、やれやれと肩を竦めて、

「じゃあ、どうするつもりだ?」

 そう問いかけました。

「殺す」

 猿はそう言うと、後に大きく跳んで、間合いを取りました。腰のホルスターから一丁のリボルバーを抜きました。

「死ね!」

 猿はトリガーを引き絞ります。

「お前がな」

 猿の拳銃が大爆発を起こしました。猿は衝撃で吹っ飛ばされ、地面に叩きつけられました。

 爆発の直前に銃から手を放したため、手首から先がなくなるということはありませんでしたが、完全に手が痺れてしまっていて、しばらく銃を握ることすらできそうにありません。

「畜生、てめぇ!」

 猿は怒りに燃えた瞳で一丁の自動拳銃を持っている桃太郎を睨みつけました。

 桃太郎は猿が拳銃を構えて発砲するより早く、自分もホルスターから自動拳銃を抜き放って発砲したのです。しかもその弾は猿が構えている銃の銃口に正確に飛び込み、猿の拳銃を暴発させたのでした。

「畜生、畜生っ!」

 ひたすら罵倒を繰り返す猿を一瞥して、桃太郎はまた歩き出しました。

 しばらく旅を続けると、キジが居ました。その後ろには犬と猿も居ました。

 キジは桃太郎の所までぱたぱた飛んでくると、言いました。

「あんたが桃太郎さんかい?」

「そうだ」

 桃太郎が応えると、キジは頭を下げた。

「すまない。俺の知り合いがとんだ迷惑をかけた」

「な、き、キジの旦那っ!」

 キジが自分達がやられた仇をとってくれると信じきっていた犬と猿は驚いてキジに駆け寄りました。

「ほら、お前達も頭を下げろ」

「は、はぁ」

 しぶしぶと犬と猿も頭を下ます。

「別に気にしていない。それにお前が頭を下げることもないだろう」

 桃太郎がキジに言いました。

「そうかい。なら、お言葉に甘えて…」

 キジは頭を上げました。犬と猿もそれに習いました。

「用事がないと言うのなら俺はもう行くぞ。仕事があるんでな」

 行って桃太郎はすたすた歩き出しました。

「ちょっとまってくれ!」

 それをキジが呼びとめます。

「何だ?」

 桃太郎が振りかえりました。

「その仕事とやら、俺達に手伝わせてくれないか?」

「何だと?」

「鬼々島に行く。そうなんだろ?」

「どうして知っている?」

 桃太郎が目を細めながら言いました。

「俺達の情報網はなかなかのモンでね。特に何もしなくてもこの辺りの情報が逐一入ってくるんだよ。桃太郎さん。あんたは鬼々島の鬼と戦うつもりなんだろう?」

「そうだ」

「さすがに一人じゃ無謀ってモンじゃないか? 俺達が手伝えば、多少は楽になると思うんだが」

「ふむ…」

 桃太郎は少しの間考えました。ちなみに犬と猿は露骨にイヤそうな顔をして、キジに羽ではたかれました。

「確かにそうだな、しかし、いいのか?」

「あぁ、迷惑かけたお詫びだ。それに、俺達も鬼々島の鬼には迷惑してたところだしな」

 キジはにこりと笑って言いました。桃太郎をあまりよく思っていない犬と猿も、鬼々島の鬼には迷惑しているらしく、反対する気はないようでした。

「そうか、じゃあよろしく頼む」

 桃太郎は左手を差し出しました。キジも左羽を差し出し握手をしました。

 こうして人間と犬と猿とキジとの変なパーティーが結成されたのでした。

 

「まず、P25−8。拠点名『鬼々島』を制圧するに当たって、作戦を説明しようと思う」

 犬と猿とキジが仲間になってからは大してトラブルもなく旅は順調に進み、鬼々島が目前に迫ったところで一行は作戦会議をしていました。時刻はもうすぐ日付が変わろうかという頃でした。

「俺が強行偵察船『ケツァル』によって上空から偵察したところ、敵の数はおおよそ50名。それぞれが金属の鈍器で武装をしており、重火器の類は所持していない。入り口は正面にひとつだけだ。そこで、我々は翌日0100時に鬼々島正面より侵入し各自散開、これを撃破する。なお、無抵抗の者への発砲は認めない」

「あの…」

 猿が手を挙げた。

「何だ?」

「聞いた話によると、鬼々島の入り口はめっぽう固くて分厚い扉で塞がれてるらしいんだが、どうやって侵入するんだ?」

「ふむ…」

 桃太郎は腰に吊っていた袋から球状のものを取り出して、犬と猿にひとつずつ渡し、袋をキジに渡した。

「これは…?」

 犬がアルミホイルで包まれた丸い物体を不思議そうに眺めて訊いた。

「日本一のきび団子だ。一応言っておくが、間違っても食うなよ。死ぬぞ」

「はぁ」

 犬が気のない返事をした。

「作戦を具体的に説明しておこう。まずは犬と猿が気付かれないように門へと近づき、ホイルからきび団子を取り出して指で押し潰し、門にくっつけろ。おおよそ10秒で爆発するから迅速にその場から離脱。岩陰に入りこんで耳を閉じ、口を半開きにしろ」

 犬と猿とキジはギョッとして(威力が)日本一のきび団子を見つめました。

「門が敗れたら、俺とキジがすぐに侵入し、攻撃を開始する。猿もすぐに俺達に続け。犬は門の所で待機し、退路を確保しておけ。ちなみにはぐれたときの集合場所はP21ー6とするので、各自地図に書きこんでおくように。俺からは以上だが、何か質問はあるか?」

 犬がゆっくりと手を挙げました。

「本当に勝てるのか? 俺達だけで、鬼々島の鬼に…」

 鬼々島の鬼の強さはこの辺りでは有名でした。だからこそ、今まで誰も鬼々島を攻撃するなんて無謀なことはできなかったのです。

 桃太郎は溜息をひとつして応えました。

「無論だ。確かに貴様等はどうしようもないクズだが、根性だけはあるようだ。冷静に考えるだけの頭も持っているはずだ。どんなときでも冷静でいろ。とりあえず今はこれだけ分かっていればいい。敵は弱い。我々は強い。したがって負ける道理はありえない。分かったか」

「そう…か、そうだよな」

 桃太郎の言葉に同様の疑問を持っていた猿もキジも元気付けられたようでした。

「他に質問はあるか?」

 今度は誰も手を挙げませんでした。

「よし、それではこれより我々はP25−8。拠点名『鬼々島』に向かう。気付かれないように近づいて作戦開始時刻まで待機。分かったか」

『了解』

 犬も猿もキジも力強く応えました。

 

 0100時、二人の鬼が門の内側に居ました。

「あ〜あぁ、何でこんなに遅くに警備なんてしなくちゃならんのかねぇ」

 鬼Aはぼやきました。

「まぁ、そう言うなよ。仕事なんだから仕方ないだろ?」

 鬼Bは笑って応えました。

「そんな事言ってもなぁ、こんな分厚い門から入れるやつなんてぜってぇいねぇって」

「いやいや、用心するにはこしたことがないぞ。ひょっとしたら今この時にでも侵入しようとしているやつが居るかもしれないしな」

「んなやつ居るかよ。ここは天下の『鬼々島』だぜ?」

「ちげぇねえや。ハハハ」

「全くだ。ハッハッハ」

『ちゅどん』

 凄まじい爆音と振動と共に門の半分ほどが吹っ飛びました。その破片が鬼Bの体に突き刺さります。

「ぐ…」

「だ、大丈夫かっ! 一体何が」

「敵襲…だ。気を…つけろ」

 鬼Bはどこか遠いところを見つめながら言いました。どう見ても致命傷です。

「分かった! 分かったからもう喋るんじゃないっ!」

 鬼Aは叫びました。

「何だかんだ…言っても…お前とは……長い付き合いだった…よなぁ…」

 鬼Bは涙を流して言いました。

「分かったよ、分かったから、もう…喋るな!」

 鬼Aも泣きながら叫びました。

「ケンカばっかりだったけど…今思えば…なかなか…楽しかった…よ」

 鬼Bの体からがくりと力が抜けました。鬼Aは鬼Bの目を閉じて、涙を拭って、破壊された門のところを見ました。そこから一人の人間と鳥が踏みこんできました。

「人間だと? そんな下等生物が…よくも…よくもぉぉぉぉぉぉぉぉ!」

 その人間は言いました。

「うるさい」

 ぱんっ

「あれ?」

 

「あれ?」

 などと変な声を挙げて倒れた鬼を乗り越えて桃太郎はどんどん進んでいきます。

 鬼と遭遇したら、警告の後発砲。鬼は飛び道具を持っていないため、警告してからでも十分に相手を射殺できるのでした。

 この段階で猿は桃太郎達に追い付いていて、鬼々島に居る鬼のほとんどが桃太郎達の侵入に気付いていました。当然進むにつれて遭遇する鬼の数は増えていきます。しかし、数に任せても桃太郎達は全く怯みませんでした。例え大勢で攻めてみてもキジが頭上から降らせる『日本一のきび団子』によって統率を乱され、散り散りになった所を桃太郎と猿に撃たれてしまいます。

 鬼々島の鬼達は、あっという間にその数を減じていきました。というか既に全滅寸前です。

 いける、と桃太郎たちは思いました。そのとき、

『ずしん、ずしん』

 地響きが鳴り響きました。桃太郎が見ると、凄まじく大きな鬼がこっちに向かってきました。その肩には凄まじく大きな金棒を担いでいます。

「ボスっ!」

 鬼達は一斉に大きな鬼に駆け寄りました。

「なるほど、そいつが頭ってわけか」

 猿が言いました。その横を桃太郎が進んでいきます。

「おい、旦那!」

 キジが制止する声も振りきって、桃太郎は鬼のボスに向かっていきます。

 鬼が気付くのと、桃太郎が撃つのは同時でした。

 弾は空気を切り裂いて飛び、鬼のボスの眉間に当たりました。

「何か…したか?」

 言いながら鬼のボスは額をぽりぽりと掻きました。弾丸は固い表皮に弾かれてしまったのです。

 桃太郎は舌打ちをして、バックパックからマシンガンを取り出して、鬼のボスの回りを走りながら打ちました。

 しかし、秒間数十発の弾を吐き出すマシンガンも鬼のボスには効いていないようでした。弾は全て弾かれてしまうのです。すぐに弾が切れました。

「もう終わりか?」

 鬼のボスが言いました。

「なら、今度はこちらの番だ」

 言いながら大きな金棒を振りかぶりました。

 桃太郎はそれを見て、腰からナイフを抜きます。空中で逆手に持ち替え、柄頭に左手を添えました。

「旦那! 無茶だ! 逃げてくれっ!」

 キジが叫びますが、桃太郎には聞こえていませんでした。

 金棒を振り下ろし、そして愕然としました。

 金棒が桃太郎に達する前に止まってしまったのです。桃太郎の持つナイフに受けとめられて。

「なっ!?」

 鬼のボスは驚きました。まさかナイフ一本で受けとめられるなんて夢にも思わなかったからです。桃太郎が言いました。

「お前は、力だけだ」

 桃太郎は支えている金棒の重心からナイフをずらしました。金棒は地面に叩きつけられて地響きを起こします。

「力だけでは戦いには勝てん」

 ナイフをしまいながら桃太郎は言いました。

「今からそれを教えてやる」

 桃太郎は走りました。それに気付いた鬼のボスが再び金棒を振り上げますが、そのときにはもう桃太郎は鬼のボスの懐に飛びこんでいました。桃太郎が鬼のボスの足を払うとあっけなく、本当にあっけなく鬼のボスは地面に倒れました。

 ずぅんと大きな音を立てて倒れた鬼のボスに乗っかって銃を付きつけ、桃太郎は言いました。

「最後だ。降参しろ」

 それを無視して鬼のボスは起き上がろうとしました。

 桃太郎はその両目に向けて発砲しました。

「ぐ…ぎゃぁぁぁぁぁ!」

 この世のものとは思えない悲鳴が挙がりました。桃太郎はその大きく開いた口に日本一のきび団子をたくさんつめこんで、鬼からダッシュで離れました。

『どかん』

 凄まじい爆発が起きました。煙がもうもうと上がり、それが晴れたときには鬼のボスの首から上がなくなっていました。

 鬼達はそれを見て愕然とします。

「貴様等のボスは倒した! 大人しく投降しろ!」

 すっかり戦意を失ってしまった鬼達は桃太郎に従いました。

 

 鬼々島をすっかり占領した桃太郎は、バックパックから小型の無線機を取り出して、本部に『任務完了』の旨を告げ、投降した鬼達を改めて見ました。鬼達は桃太郎が見たというだけで恐怖に震えあがりました。

 勝利の喜び、抱き合う犬と猿とキジを横目で一瞥してから、桃太郎は鬼達一人一人に銃を付きつけ、

『もう二度と悪さをしないこと』を誓わせました。そして、奪った宝のありかを聞き出しました。

 後の始末は本部に任せることにして、桃太郎はたくさんの宝と犬と猿とキジを連れて、鬼々島を後にしました。

 何事もなく順調に旅は続き、一行はおばあさんの家に到着しました。

 おばあさんは桃太郎が無事に帰ってきたことを泣いて喜び、おじいさんは喜ぶ以前にもう故人でした。

 おばあさんは宴会を開き、すっかり立派になった桃太郎を祝福しました。犬も猿もキジも、今日は無礼講とばかりに飲みまくり、すっかり酔っ払ってしまいました。

 夜もふけて、桃太郎は必要な必要な荷物を全て持って、すっかり眠り込んでいるおばあさんと犬と猿とキジを見て、笑顔を浮かべました。

「ありがとう…ございました」

 深々と頭を下げて桃太郎は踵を返しました。

「どこに行くんだい」

 声をかけられて、桃太郎は振りかえりました。

「…次の任務へ」

 桃太郎がそう言うと、いつの間にか起きていたおばあさんは少しだけ、悲しそうな顔をしました。

「お前は…このばばあを一人だけ残して、どこかに行ってしまうんだね」

 桃太郎は棒を飲まされたような顔をしました。

「自分は…」

「いや、今のは忘れてちょうだい。もうろくしたばばぁの愚痴だと思ってさ」

「…おばあさん」

「いいんだよ。あんたにはあんたの行き方がある。そして、もちろん、あたしにもね」

 おばあさんは笑って言いました。

 桃太郎は涙を浮かべて、

「本当に…本当に今まで育てていただいて…ありがとう…ございました」

「よしなよ、礼を言うのはこっちだ。あんたには良い夢を見させてもらったよ。本当に、良い夢だった…」

 おばあさんは涙を堪えながら礼を言う桃太郎を撫でながら言いました。

「できれば、もう少し夢を見ていたかったけどね。さぁ、そろそろ行くんだよ。ばばぁの気が変わらないうちにね。それに、涙をふきな。戦士に涙は似合わないよ」

「本当に…ありがとうございました」

 桃太郎は涙をふいて、おばあさんに背を向けて、そして走り出しました。

 おばあさんは小さくなっていく桃太郎の背中をいつまでも、いつまでも見送っていました。

 さようなら、桃太郎。

 

 めでたしめでたし。

 

 

 

 

「めでたしめでたし」

 汗がびっしょりだ。主に冷や汗で。

 桜庭は汗を拭いながら周囲を見渡した。

 教室はしーんと静まり返っている。いつもはうるさいこの教室も、今ばかりは別世界に思えた。隣の教室の騒ぎ声もどこか遠い。

 そして、時間にすれば一瞬なのに、桜庭にとっては永遠にも等しい時間が流れた後、教室がどっと沸いた。

 みんなが立ち上がって拍手をした。桜庭のことを褒め称え、涙を流している人までいる。

「え、え?」

 この中で一番状況を理解していない男が間抜けな声を挙げた。

 何故か一人だけ立ちもせずに椅子に座ってふんぞり返っている女子が一瞬見えたような気がしたが、教卓に集まって来たクラスメイトにもみくちゃにされ、見えなくなってしまった。

 自分の作品でもないのにこんなに誉められるなんて複雑ではあったが、こういうのもたまには悪くはないと桜庭は思った。

 キーンコーン…

 チャイムが鳴り響く。

 未だに興奮は冷めやらぬものの、生徒達はしぶしぶ自分の席に帰っていった。桜庭も首を傾げながら自分の席に付く。

 教師が入ってきて5限目の授業が始まった。

 

 

 

 at 餓鬼

 

 現在みんなが知っている『桃太郎』は多少の変更が加えられていて、元祖桃太郎では不思議な桃を食べたおじいさんとおばあさんが若返って、そして生まれた子供が桃太郎ということらしいです。

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