Kanon

― 春そして ―

 

 

「相沢、実はオレ…美坂のことが好きなんだ」

 ぶっ!

 いきなり何を言い出すんだこいつわっ!

 

 季節は春。

 時は昼休み。

 場所は廊下。

 日差しはうららか。

 

 それなのに…

 俺は景観を台無しにした北川に対し、殺気に近いものを憶えつつも耳を傾けた。

「それで…告白しようと思ってるんだが…なかなか機会がなくてな…」

「それで?」

 こいつは一体俺に何をさせようというのだろうか。

「協力してほしい」

「いやだと言ったら?」

 北川は少し思案し…

「お前の家に火を着ける」

「や…やめろ! 死ぬぞ!(お前が)」

「オレは本気だ」

 目が据わってるし…

 いかんいかん、こいつならマジでやりかねん。

 いや、殺られかねん(秋子さんに)

仕方ないな…

「分かった。で? 俺は何をすればいいんだ?」

 北川はポケットからなにやら紙切れを取り出し…

「これを見てくれ」

 俺は言われるままにそれを受け取り…目を通した。

 

 北川の北川による北川のための告白大作戦其の26

 

1、まず、オレと相沢が誰もいないところでボケる。

2、美坂が現れる(ツッコミに)

3、オレと相沢で話を進めながらさりげなくイイ雰囲気にもっていく。

4、相沢が「用事を思い出した」とか何とか言って去る。

5、二人きりでイイ雰囲気。あとは…

6、告白

 

「…北川」

「何だ?」

「人として訊きたいことは沢山あるがとりあえず三つ」

「おう、言ってみろ」

「其の26ってなんだ?」

「徹夜で作戦を考え、試行錯誤の上、前の25枚は焼却処分した。この26が一番すばらしいと思ったからな」

 北川の目の下には、はっきりとクマが残っている。徹夜というのは本当らしい。

「成功する確率は?」

「馬鹿かお前は? そんなもの100%に決まっている」

 どうやら徹夜で少々ハイになっているらしい。まともに考えるだけの知能もないようだ。

「いつやるんだ? これ」

「明日」

 ずいぶん急な話だな。

  

キーンコーンカーンコーン

 

 チャイムが鳴り響く。

 もうこの話は終わりらしい。

 俺はとりあえず、ふらふらと不思議な動きをしている北川をほっといて急いで席に着いた。

「…成功するといいけどな」

「何が?」

 俺の漏らした独り言に名雪が訊いてきた。

「別に…何でもない。もう授業始まるぞ」

 とりあえずこの話は名雪の耳にだけは入れないほうがいいだろう。

 こいつのことだから、うっかり香里に話してしまうかもしれない。

 なにせ俺が名雪の家の居候だと、転校初日のうちにみんなに喋りまくったという前科があるからな。

「…うん」

 名雪は怪訝そうな顔をしながらもこれ以上は訊いてこなかった。

 

 そして放課後…

 北川はさっさと帰ってしまった。

 掃除当番もサボって…

 あのヤロウ。

 

 

 おなかすいた…

 もう倒れそうだ。

 だが、こんな所で倒れるわけにはいかない。

 やらなければならないことがまだあるんだ!

 告白をするまでは…死ぬわけにはいかない!

 とりあえず何か買って…飢えを凌がないと…

 

 商店街をふらふらと歩く少年。背後から近づく影に気付かずに…

 その影は次第に彼に近づいてゆき…

 ドガッ!

 告白をする…

 彼の大義は永遠に果たされることはなかった…

 

 

 次の日…北川は学校に来なかった。

 そして、その次の日も…

 そのまた、次の日も…

 徹夜してまで計画を練ったと言うのに…

 一体どうしたのだろうか?

「祐一! たいへんだよっ!」

 昼休み。

 さっきまで他の女子と話していた名雪がいきなり駆け寄ってくる。

 何かあったのだろうか?

「どうした?」

「北川君が…」

 名雪はそこまで言ってうつむいた。

「落ち着け、名雪。北川がどうした?」

「北川君が………殺された」

 な…なんだって!

 そんな馬鹿な!

 だが名雪の様子から冗談ではないことは明白だった。

「一体…誰に!」

「わからないよ!」

 本当に…本当に死んじまったっていうのか?

 香里に告白もしないまま…

 馬鹿だよ…お前は…

「あいつはどこで殺されたんだ」

「たぶん…商店街だって言ってた」

「分かった、名雪。ちょっと付き合ってくれるか?」

「どうするの?」

「あいつが…誰に殺されたか調べる」

「どうやって?」

 名雪が疑問に思うのも無理はない。そんなことは警察の仕事であって、ただの学生などには何もできるはずはないのだから…

「心配するな。俺の知り合いにそういうことに詳しい人がいる」

 

 

「佐祐理に何を訊きたいんですか?」

 いつもの場所に佐祐理さんは居た。

「数日前、商店街で殺人事件が起きたことは知ってるか?」

「ええ、もちろん知ってますよ」

「その事件のことを詳しく教えてくれないか?」

「分かりました。ちょっと待っていてください」

 佐祐理さんはそう言って階段を降りて行った。

「祐一、今の人って…」

「ああ、彼女は倉田佐祐理さん。一応俺の先輩だ」

 名雪はしばらく驚いたような表情をした。

「…祐一」

「何だ?」

「どうして卒業した先輩がここにいるの?」

「………」

「………」

 何でだろう?

 まったく…謎が多い人だ。

 

 

「お待たせしました」

 しばらくして佐祐理さんが戻ってきた。

 手にはかなり大き目の黒いファイルが一つ。

 佐祐理さんはファイルを開き、そこから一枚の紙を取り出した。

「とりあえず事件の要旨だけ話します。

 事件は商店街の中心で起こりました。

 司法解剖の結果、死因は頭部の強打。

どうやら歩いている最中に後頭部を素手で強打されたか、突き飛ばされて、そのまま前のめりに倒れ、石段の角に前頭部を強打したようです。

 他に外傷は無かったため倒れたときに前頭部を強打したことが致命傷になったと推測されます。

 被害者が何かにつまづいて頭を打った可能性も考えられますが…辺りは完全な平地で、つまづくようなものが何も無かったのでその可能性は少ないと考えられます。

 死亡推定時刻は午後4時ちょうど。

 被害者はこの学校の制服を着ていました。残念ながらこの学校の生徒のようです」

「………」

 被害者は誰かは分かっている。残念ながら…

「犯人及び動機ははっきりしていません。

 でも、容疑者なら何人か挙がっています」

 容疑者……ねぇ。

「容疑者は4人です。

 名前を順に挙げますと…沢渡真琴さん、月宮あゆさん、美坂香里さんと栞さんです。

 死亡時刻がかなりはっきりしているのでこの時間現場の近くにいたこの4人の中に犯人がいる可能性が高…」

「ちょっとまてい!」

「…どうしました? 祐一さん」

「本当に容疑者はその4人なのか?」

「ええ、間違いありません」

「………」

 言い切られてしまった。

「…続けてくれ」

「分かりました。え〜と…この4人の中に犯人がいる可能性が非常に高いです。

 それと…被害者はかなり人通りの多いところで殺されたんですけど、犯人が意図したのか偶然なのか目撃者はひとりもいませんでした」

 佐祐理さんはそこまで言うと紙をファイルにとじ…

「大体こんなところです。また何か分かったら連絡しますので」

「ああ、いろいろありがとう」

「ええ、ではまた」

 佐祐理さんは階段を降りて行った。

 どこに向かったかは全くの謎だが。

 俺は佐祐理さんを見送った後、

「おい、名雪。今の話を聞いて何か分かったか?」

 言って名雪の方を見ると…

「う〜ん…イチゴジャムがいっぱい」

 寝ていた。

 しかも立ったまま。

「器用な…」

 いや、感心している場合ではない。とりあえず起こさないと…

「名雪! 起きろ!」

「zzz」

     「zzz」

          「zzz」

               「zzz」

                    「うにゅ…」

「起きろ!」             

 ぼかっ

「…痛い」

 ようやく起きたか…

「名雪、何か分かったことはないか?」

「すー」

 ぼかっ

「…痛い」

「何か分かったことは…いや訂正だ。お前どこまで聞いてた?」

「う〜んと…『死亡推定時刻は…』の辺りまでだと思う」

 ほとんど最初だけか…

 どうやら名雪は戦力にならないらしい。

 早くも戦力外通告とは…まぁいいか。最初からあまり期待はしてなかったし。

 トホホ。

 

キーンコーンカーンコーン

 

 チャイムとともに授業が始まる。

 あの後、眠そうな名雪を連れて教室に戻ったときには昼休みもあとわずかという状態だった。

 そのため、クラスメイトから話を聞く時間は全くなかった。

 まぁ、佐祐理さんより有益な情報を得られるとは思わないが…

 

 とりあえず考えを整理してみるか。

 俺が思うに、佐祐理さんの情報の中の『容疑者』の中には犯人はいないのではないだろうか。

 確かにその時間に現場に居たんだから犯行は可能だろうが…そもそも動機が無い。

 4人の中で北川と面識のあるのは香里だけだが、その香里も北川を殺す理由なんてないだろう。

 そもそも香里が『殺人』なんて非生産的な真似をするはずがないし…

 とすれば一体誰が北川を殺したんだろうか?

 この4人の中にいないとすると…犯人は『現場』以外の場所から北川を殺したことになってしまう。

 そんなことが可能なのだろうか?

 何かトリックを使ったとか…

 いや、待てよ…北川は倒されて、頭を強打して死んだと言っていた。

 現場から離れたところで『後ろから殴る』のは無理でも『転ばす』ことだけならば出来るのではないだろうか?

 そうなると犯人はその時間どこにいても北川を殺せることになる。

 結果として容疑者の数はかなり膨れ上がってしまう。

 だが、容疑者を絞るだけならたやすいことだ。

 何せあいつは目立たない!

 このクラスで訊いてみても…

「北川? 誰それ?」

 などと答える人間が8割ないし9割はいることだろう。

 『北川の知り合い』という条件を提示するだけで容疑者は間違いなく数人に絞れる。

 その中から北川を殺す動機を持っている奴を―――

 待てよ…

 動機…

 どうき…

 そうか!

 いた! 動機を持っている奴が!

 

「謎は全て解けたぁぁぁぁああ!」

 

 くぅぅう! 一度言ってみたかったんだこのセリフ!

 これで俺も名探偵の仲間入りか。

「そうか。分かったのならこの問題の答えを言ってみろ。相沢」

 へ?

 問題?

 こたへ?

 

 しまったぁぁぁぁぁぁああ!

 

 マダジュギョウチュウジャン!

 

「すみません、分かりません」

 俺は小声でそう言って目線を教科書に移した。

 クラス中の視線が自分に集まっているのが分かる。

 俺は顔を上げずそのまま教科書を見つめ続けた。

 いつまでも…いつまでも。

 

 地獄のような時間が終わってようやく訪れた休み時間、俺は名雪に話しかけた。

「おい、名雪。悪いがひとつ頼まれてくれるか?」

「うん、いいけど…何を?」

「放課後、容疑者の4人と佐祐理さんを中庭に集めてくれ」

「祐一、まさか…」

「ああ、謎は全て解けた」

「一体誰が北川君を殺したの?」

「…それは後で話す。とりあえずみんなを集めてくれ」

「…うん、わかったよ」

 名雪はそう言ってぱたぱたと教室を出て行った。

 さて、これで準備は万全だ。後はみんなが来るのを待つだけだな。

 いや、まだひとつだけやる事が残っていた。

 

 俺が商店街から学校の中庭に戻ってきたときにはもう全員が集まっていた。

「祐一! 遅い!」

 いつものことだが真琴が突っかかってきた。

「すまん。ちょっと野暮用があってな」

「コホン」

 俺はひとつ咳払いをして、辺りを見回した。

「さて、皆さんに集まってもらったのは他でもありません」

「どうしたのよ、改まって」

 香里が訊いてくる。

 俺はとりあえずそれを無視した。

「うぐぅ、早くしてくれないとたい焼きが冷めちゃうよ」

「アイスクリームも溶けてしまいます」

 無視無視。

「それは…先日起きた殺人事件の犯人を明らかにするためです」

 この場にいる全員の顔が驚きに変わる。

「今なら確信が持てる。あいつを殺した犯人はこの中にいる!」

「………」

「………」

「………」

「………」

「………」

「………」

 全員が無言で自分以外の人物を見回した。

 まるで『自分は犯人ではない』と主張するように…

「…結論から言おう。あいつを殺した犯人は…」

 俺は『犯人』をビシッと指さし…

「名雪! 犯人はお前だ!」

「………」

「………」

「………」

「………」

「………」

「………」

 名雪を含める全員が無言で俺に非難の視線を浴びせた。

 その表情から全員が全員「何言ってんだこいつ」というような事を思っていることが容易に窺い知れる。

 だが俺は名雪が犯人だと確信していた。

「祐一さん、名雪さんは犯行時刻に祐一さんと一緒に教室に居たんですよね?」

 佐祐理さんが訊いてくる。

「ああ、確かに名雪はその時間、俺と一緒に掃除当番をしていた。

 名雪に犯行は無理だろう。

 犯人が本当に『現場』で犯行を行ったのならな!」

「どういう…ことですか?」

 俺はポケットから『それ』を取り出すと、佐祐理さんに見せた。

「テグス…ですか?」

「ああ、たった今『現場』から俺が見つけ出してきたものだ。

 犯人はこれを使ったんだよ」

「?」

 みんなはまだ怪訝そうな顔をしている。

 ココはきちんと説明してやらねばなるまい。

「まず犯人…名雪は下調べとして北川が普段歩いている場所を調べる。

 そして犯行が起こった日、名雪は朝、学校に行く前に被害者がいつも通っている場所にテグスを仕掛ける。

 もちろんテグスに引っかかって転んだ先に石段が来るようにしてな…」

「でも祐一君、そのときに限って違うところを通ったらどうするの?」

 ふむ、普段頭を使ってない割にはナイスなツッコミだな、あゆ。

「人間の習性とは恐ろしいものだ。

 普段通っている道においては自分は全然意識していないのにいつもと寸分たがわず同じところを通ってしまうものなのだよ。

 したがって被害者が仕掛けの所を通る可能性は極めて高い」

「ふ〜ん、そういうものなんだ…」

 自分でも何となく強引な気もしたが、あゆはあっさり納得した。

「さて、続きを話そうか…

 仕掛けを終えた名雪はそのまま学校に向かい…平然と授業を受け、

 俺と一緒に掃除当番をすることによって、鉄壁のアリバイを手にしたんだ!」 

「確かにそれなら名雪さんに犯行は可能ですが…動機は何なんですか」と栞。

「そうだよっ! わたしが北川君を殺す理由なんて何もないよ!」

「………」

 ん? 今、佐祐理さんが怪訝そうな顔をしたが…

 まぁいいか。

「それがあるんだよ。名雪」

「!」

「あれは一週間前のことだった…」

 俺は回想モードに突入した。

 

 時間は昼休み。

「今日も学食で食べるのか?」

「ええ、たぶん北川君も来ると思うから…またいつもの4人ね…」

「またか…」

 俺と名雪、香里と北川の4人はいつものように学食に向かっていた。

 学食は珍しく人が少なくて楽に席を確保することができた。

「名雪、またAランチか?」

「うん、そうだよ」

 いつもいつもAランチばかりで飽きないのだろうか?

 そしていつも通り、食べるのが遅い名雪を除いて全員が食べ終え、俺たちは名雪が食べ終わるのを待つことになった。

「………」

「………」

「………」

「はぐはぐ、うんおいしい」

 味わって食べるのは良いことだなぁ!(怒)

 名雪はその後もマイペースで食べ続け、ようやくデザートのいちごムースを残すのみとなった。

 名雪が嬉しそうにいちごムースを手に取る。

「ごめん、オレちょっとトイレに行く」

 そのとき、突然北川が椅子をガタッと鳴らし立ち上がった。

「あっ!」

 その拍子にいちごムースが名雪の手から転げ落ちた。

 べしゃ

 次の瞬間、いちごムースは見るも無残な形に変貌を遂げた。

「ご…ごめん、水瀬さん、悪気があったわけじゃ…」

「ううん、いいよ、大丈夫大丈夫、ちょっと悲しいけど」

 そのときの名雪は『ちょっと』どころかかなり悲しそうな顔をしていた。

 回想モードEND

 

「口ではこう言っていたがおそらく内心では内心では、はらわたが煮えくり返る程、北川のことを憎んでいたに違いない。

 これが動機だ」

「………」

「………」

「………」

「………」

「………」

「………」

 ふっ、あまりの完璧な推理にみんなぐぅの音も出ないか…

 おっと、あゆの場合は『うぐぅの音も出ない』だな。はっはっは。

「…祐一」

「ん? どうした? 名雪、何か言い残すことがあるのか?」

「そんなことで殺意を抱く高校生なんて普通いないよ…」

「名雪、それは『自分は普通ではない』って明言しているようなものだぞ」

「…酷いよ」

 さすがの名雪もとうとう落ちたか…

「はいはい、ストップストップ!」

 今まで口を閉ざしていた香里がいきなり間に入ってくる。

「何だ? 香里」

「相沢くん、今のあなたの推理には穴があるわ」

 何だと!

「その日は名雪だけじゃなくて北川君も掃除当番だったんでしょ?」

「ああ、あいつはサボってとっとと帰っちまったけどな」

「それよ! もし北川君がまじめに掃除をしていたらどうなっていたと思う?」

「それは…」

「そのトリックは成立しないってことでしょ?」

「だが、あいつは実際にサボった!」

「それは結果論よ。犯人は仮にも殺人の計画を立てたんだから北川君が掃除当番かなんてあらかじめ確認しておくはずでしょ?

 それとも相沢くんは北川君が掃除当番をサボることすら犯人の計画だったとでも言うつもりかしら?」

「………」

 俺の推理は間違っていたのだろうか…そんな馬鹿な!

「じゃあ俺が『現場』から拾ってきたテグスは…」

「あのね…相沢くん。たとえ現場にテグスが落ちていたからといってそれが犯行に使われたという証明にはならないと思う。

 それは偶然『現場』に落ちていただけだと思うわ、『ひも』くらいどこに落ちていても不思議はないしね…」

「………」

 俺もそんな気がしてきた…

「それに、朝仕掛けた罠に北川君以外の人が引っかかる可能性だってあるわ。

 犯人がそんな危険なトリックを使うはずがない。

 だから実際にはトリックなんて使われなかったのよ」

「じゃあ、誰があいつを殺ったっていうんだ?」

「それは私にも分からない。でもトリックが使われなかった以上、犯人は直接手を下したはず…

 つまり犯人はまだこの中にいるってことよ」

 ということは犯人は名雪と俺と佐祐理さんを除いた4人の中に…

「あの〜ちょっとすみません」

 佐祐理さんが話し掛けてきた。

「あれからひとつ分かったことがあるんですよ」

 佐祐理さんはファイルから紙を取り出し…

「被害者の方は何かを握り締めて死んでいたんです。

 それはコンビニのレシートでした。

 被害者がお金を支払ったのは3時55分、事件の直前です」

「…何を買ったのか分かりますか?」

「え〜と…肉まんです。8個も購入していますね。

 よほどお腹が空いていたのでしょうか?

 でも発見当時、被害者は肉まんを持っていませんでした。

 どうやら犯人に持ち去られたようです」

「………」

「………」

「………」

「………」

「………」

 みんなの視線がただひとりに集中する。

 すなわち…真琴に。

「あぅ。何よ、みんなしてこっち見て…」

「おい、真琴。まさかお前…」

 みんなは一歩、真琴ににじり寄る。

「ま…真琴じゃないよ」

 真琴は弁解をしながら一歩あとずさった。

「はぇ〜、真琴さんが犯人だったんですかぁ」

「ち…違うわよ! それに証拠はあるの?」

「商店街から少しはなれたところで、肉まんが入っていたと思われる空の紙袋が発見されました」

 佐祐理さんはメモを片手に喋りだした。

「紙袋には被害者及び犯人の指紋がべったりと着いていました」

「………」

 真琴は沈黙した。

「ということだそうだ、何か反論は?」

「ないわよぅ。ううぅぅぅ」

 真琴はその場で泣き崩れた。

 

 こうしてあっさりと事件は終わった―――終わってしまった…

 真琴は佐祐理さんが呼んだ黒服の男たちによってそのまま派出所に連行された。

 最初は口を割らなかった真琴だが…カツ丼を食べさせてもらうとあっさりと態度を変え、洗いざらい白状した。

 その証言によれば、真琴は故意に犯行を犯したわけではないらしい。

 走っていたら偶然…なのかよく分からないが被害者の後ろから激突してしまいった。

 そして被害者は頭を石段で強打。

 そしてどくどく流れる血をみて怖くなった真琴は『<b>肉まんを確保して</b>』そのまま逃げてしまったそうだ。

 目撃者が居なかったのは全くの偶然らしい。

 

「…祐一」

「分かってる。すまなかった!」

 俺は土下座して名雪に謝った。

 完全に誤認した上、みんなの前で犯人扱いしてしまったのだ。怒っていないはずがない。

「いちごサンデー50個」

「分かった。必ずおごって……って多!」

 えーと、いくらだ…? ひとつ700円として50個だから…

「じょうだんだよ」

 えーと、35000円に消費税で…

「聞いてる?」

 しめて36500円…

「だから…聞いてる?」

「…ごめん名雪、今そんな金がない」

「だから…じょうだんだよ」

「へ? 冗談?」

「うん、そうだよ」

 冗談…じょうだんか…ははは…よかったぁ〜。

「え! 祐一くん、何かおごってくれるの?」

 何でそうなる。あゆ。

「あっ、それいいですね」

 栞も即座に同意した。

「…仕方ないな、今回だけだぞ」

 …その後結局財布の中身(大して入ってなかったが…)が空になるまでたい焼きとアイスクリームをおごらされたことは言うまでもない。

 

 その翌日、俺は学校の近くの共同墓地に足を運んだ。

 今は亡き北川に事の次第を報告するために…

 事件から約数日…もう埋葬は済んでいるはずだ。

 だが…

「どこにあるんだあいつの墓は…」

 墓地は結構広かった。

 しかも墓石なんてみんな似たようなものだから区別なんてつくはずもない。

 結果俺は墓地をうろうろさ迷うことになった。

 

「…どうしたんだい? 兄ちゃん。さっきから同じところばかり行ったり来たりして…」

 いいかげんあきらめようかなと思っていた矢先、人のよさそうな中年のおじさんが声を掛けてきた。

「ええ、ちょっと…」

「ひょっとして墓参りかい? こないだ殺された子の」

「ええ、そんなところです」

 結構有名になってるようだな、あの事件。

 おじさんは墓石のひとつを指さし…

「ホラッ、あれだよ」

 あんな所に…

「どうもっ」

 俺はおじさんに礼を言って、足早にその墓石のところに向かった。

 

「終わったよ北川。お前を殺した犯人は捕まった。

 別にどうってことない事件だったよ…

 悲しいことにな…」

 俺はふぅとため息をひとつ吐いた。

「お前が香里を好きだったってことはちゃんと香里に伝えておくよ。

 このままじゃ、あまりにもお前が可哀想だからな…」

 俺はまたため息をひとつ…

「それじゃあ、俺はもう行くよ…じゃあな」

 言って俺は最後にもう一度墓石を見た。

 そこにはこうあった。

 

『久瀬家代々之墓』

 

 次の日、北川は元気に登校してきた。

「おはよう、ん? どうしたんだ? 相沢」

 俺は手を握り締め、怒りのあまり震えていた。

「おい! 名雪! 一体どういうことだ!」

「…え、えっと、あはは」

「あははじゃない! 説明しろ!」

「え…えと、うわさで『この学校の生徒が殺されたらしい』って聞いて…

 北川君がずっと休んでいたから…てっきり…」

「………」

 マジか?

 じゃあ俺はずっと勘違いしてたワケか?

「北川。お前もなんで休んでいたんだ?」

「いや〜。今流行中のインフルエンザにかかっちまってな、ようやく今朝完治したところだ」

 バカのくせにインフルエンザにかかりやがって…生意気だぞ北川のクセに…

「…佐祐理さん。殺されたのが北川じゃないって知ってましたね?」

「ええ、もちろんです」

「どうしてあの時言ってくれなかったんですか?」

「みんなかなり真剣に話していたんで、水をさすのも悪いと思ったんですよ」

「………」

「ひょっとして…落ち込んでる?」

「ひょっとしなくても落ち込んでるよ、名雪」

 まさか被害者を勘違いしながらみんなの前であんなタンカを切っただなんて…

「あっ! そう言えば!」

 佐祐理さんが突然何か思い出したようだ…ポケットから何かを取り出した。

「あの時は事件とは関係ないと思って言いませんでしたけど…

 実は被害者の久瀬さんが握っていた紙はもうひとつあったんですよ…どうぞ」

 俺はその紙を受け取り…目を通した。

 

 久瀬の久瀬による久瀬のための告白大作戦其の62

 

1、まず、佐祐理さんが普段通るルートを徹底的に調べ上げる。

2、何か食べ物(肉まんとか)を購入する。

3、それを持って、偶然を装って佐祐理さんに会う(佐祐理さんの通る場所は1で確認済み)

4、食べ物を食べながらなので会話も自然に弾むことだろう。世間話からイイ雰囲気に持っていく。

5、二人きりでイイ雰囲気。あとは…

6、告白

 

「………」

 久瀬の奴もなかなか苦労してたんだなぁ…

「あははーっ。どうやら久瀬さんは佐祐理に告白するつもりだったみたいですね」

 この人にかかればそんな苦労も笑い話で済まされてしまうのだろうか。

「さ…佐祐理さんは久瀬のことをどう思っていたんだ?」

「知りません、あんなクズ!」

「呼吸するだけでも嫌だったんですよ佐祐理は!」

空気が汚れます!

 嗚呼、可哀想な久瀬。来世で幸せになってくれ。まぁ無理だろうが…

「それじゃあ、佐祐理はもう行きますね。舞もまっていることだし…」

 佐祐理さんはそう言うと、さっさと教室から出て行ってしまった。

『行くって…どこに?』

 最後まで佐祐理さんにその質問をすることはできなかった。

 一体彼女は何者なのだろうか? 今回もあっさりと校内に侵入してきたみたいだし…

 それに、舞がまっているって…舞っている…?

 シャレか?

 いや、これ以上考えるのはやめておこう。これ以上追求すると命が危ない。

 

「相沢、分かっているな。今日決行だ」

 その日の放課後、北川が話し掛けてきた。

「まさか…これからアレをやるのか?」

「ああ、当然だ。とりあえず廊下に出るぞ」

 

「いや〜あつはなついでんなぁ〜」

 廊下に誰も居なくなったのを確認して北川がボケた。

 一瞬、ツッコミたい衝動に駆られたが…ここは打ち合わせ通り…

「それを言うならあつはなついやろ!」

「一緒よ…相沢くん」

 わあっ!

 ホントに現れた!

「いや〜さすがだな、美坂。ナイスなツッコミだ」

 こいつは完全に計画通りいくと信じていたのだろう。微塵も動揺していない。

「馬鹿な事言ってないで…もう帰るんでしょ? 私も今日は部活がないから途中まで一緒に帰らない?」

「ああ、もちろんだ」

 何か計画通り行き過ぎて怖いぐらいだな…

「相沢君も一緒に行くんでしょ?」

「ああ」

 俺は内心でかなり動揺しながらも平静を装って答えた。

 

「それにしても…死んだのがあなたじゃなくて久瀬くんだったなんてねぇ…」

「いや…騒がせたみたいだな。スマン」

「これでもあなたが死んだって聞いたときは結構ショックだったのよ」

「美坂…、そんなにもオレのことを心配してくれたのか?」

 何かおかしい! 何でこんなにも上手く行ってるんだ!

 これにはきっとオチがあるはずだ…ってそんなこと考えても仕方ないか…

 とりあえず打ち合わせ通り…

「あ! 俺ちょっと商店街に用事があるから…」

 俺は右手をしゅたっと挙げその場を去…

「あ! 相沢くん。ちょっと待って」

 去ろうとしたところで香里に呼び止められた。

「私も商店街に用事があるのよ。一緒に行っていい?」

「ああ」

 って、しまった! つい返事をしてしまった。

 北川は…?

 だめだ完全に予想外の事態に立ち尽くしている。

「じゃあね、北川君」

「………」

 香里は北川を置いて、歩き出した。

「すまん! 北川。でも今のは俺は悪くないぞ」

 俺は小声で北川に耳打ちして…香里の後に続いた。

 

 景色は色付き、季節は春に変わっても…北川に春は訪れなかった。

 かなりの距離を歩いて…振り返っても、北川はまだ立ち尽くしていた。

 いつまでも…いつまでも…

 

END

 

 

 

 あとがき

 おおぅ! 長い!

 ど〜も〜。今回は多少長めの小説を書けて自分でもびっくりのたなひろです。

 今回は競作、テーマは春と言うことで…

 サスペンスを書きました(謎

 ふむ…なんで『春』から『サスペンス』に至ったんだろうか?

 少し考えてみるか…

 

 たなひろの思考内容

 

 春といったらやっぱり恋愛だろう…

 恋はスリル! ショック! サスペンス!

 

 おぉ! こういうことだったのか!

 うんうん納得納得。

 納得したところで愚者は去るか…

 では、さよ〜なら〜

 と終わってしまっても味気ないな(笑

 何かクイズでも出すか…

 問題!

1タラバガニの『タラバ』ってなんだ?

 

2敵に塩を送る。

 送ったのは誰が誰に? 

 

3ダンクシュートの『ダンク』の意味は? 

 

 こんなところでいいかな。

 ちなみに正解者には何もありません(笑

 でも分かったらすごいんじゃないかなぁ………たぶん

 それでは今度こそ

 さよ〜なら〜

 

 おっと、感想及びクイズの答えははこちらまで world-twenty-one@ezweb.ne.jp

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