Panic Party 第一回 ぱにパ
「はぁ〜」
机に突っ伏して、千堂和樹は本日二十六度目になる溜息を吐いた。
次のこみパまで二十日を切っている。それなのにまったく話ひとつ浮かんでこない。正直に言って、かなりヤバい状況だ。
だというのに、
「はぁー」
二十七度目。何とかしなければという気持ちばかりが先行して、さっきからまったく考えがまとまらない。たぶん、この暑さもネームが進まない原因のひとつだろう。
やらなくちゃいけない、やらなくちゃいけない。その想いだけが頭の中でからからと空回りを続けている。
「こんな状態で考えててもなぁ」
ロクな話もできそうになかった。例え、このまま本が出来上がったとしても良い同人誌にはなりそうもない。
そんな本を出そうものなら和樹は猪名川由宇にどつきまわされ、九品仏大志に殺されるだろう。楽しみにしてくれている読者にも顔向けできないし、何より和樹自身そんなのは認められなかった。
和樹は悶々としながらベットの上を転がり寝転がり、バランスを崩して落ちた。
部屋に篭った熱気を一瞬だけ吹き飛ばすような爽快な音がして、それと同時にドアが開く。
「和樹ー! マンガがんばって…ってなにしてんの?」
ドアを開けて入ってきた高瀬瑞希は頭を押さえてのたうちまわる和樹を見て呆れた顔で言った。
「み、見ての通り、ベットから落ちてんだ」
よほど痛かったのか、未だに頭を押さえながらも和樹はなんとか立ち上がった。
「ベットって、もしかして寝てたの?」
瑞希は驚いて言う。ちなみに時刻は昼を少し回ったところ。これから一番暑くなる時間帯だ。
「いや、次の同人誌の話を考えてた」
「話を考えてたって、もうこみパまで二十日を切ってるのよ、間に合うの?」
「お、同人を毛嫌いしてる割によく知ってるな。ひょっとして、また売り子してくれるのか?」
瑞希は肩を竦めて、
「お断りよ。これでもあたしは忙しいの。オタクのお遊戯に付き合ってる時間なんてないんだから」
ちなみに和樹は先日、瑞希が九品仏大志に次のこみパの日程を訊いていたところを偶然目撃している。
「素直じゃないヤツ」
和樹が呟き、
「な、何がよっ!」
瑞希が顔を真っ赤にして怒鳴る。
なんだかんだ言っても、瑞希は最近人気急上昇中の同人作家千堂和樹のファンで、毎回こみパには必ず参加し、同人誌を入手している。売り子も場合によっては引き受けてもいいと思っていた。
「それよりもっ! 間に合いそうなのっ!?」
瑞希に怒鳴られ、和樹はむぅと唸って、
「…どうだろ?」
大志や由宇が聞いたら張り手の一発は確実なせりふを吐いた。
「どうだろって、あんたねぇ」
「何でだろうなぁ、やらなくちゃって気持ちだけがあせってちっとも考えがまとまらなくてな。どっかにいい話でも転がってねぇかなぁ?」
「あのねぇ、こんないい天気に部屋の中に篭ってたっていい話なんてできるわけないじゃない。もう今日は止めにしてどこかに出かけない? このままじゃ確実にくさるわよ」
「う〜ん、でもなぁ…」
和樹は頭を掻きながら言った。
「あぁ、もうっ! それがいけないって言ってるでしょうがっ! とにかくもう今日は終わりっ! そしてあたしと遊びに行く、いい!?」
こんな暑い日にどこにそんな元気があるのか、瑞希は怒鳴りっぱなしだ。
「なぁ、瑞希」
「なによ?」
「さっき、忙しいって言ってなかったか?」
「言ってないっ! とにかく駅前に一時、ちゃんと来なさいよ」
言うだけ言って瑞希は出ていってしまった。
嵐が去った部屋にぽつねんと残された和樹はとりあえず作画の道具を片付けにかかった。
「まぁ、どうせ今日はムリだと思ってたしな」
いい訳地味たことを呟きつつ、和樹は出かける準備を整えた。
時刻は一時半。和樹は駅前へとやってきた。
すぐに瑞希を見つけ、近寄っていく。
「遅いわよ。なにやってたの?」
和樹に気付いた瑞希が開口一発そう言った。
「メシ食ってた。さすがに昼も食べずに午後を遊びぬくことはできないからな」
「そんな、戦場に行くみたいに言わないでよ、それよりもどこに行く?」
瑞希の問いに和樹は「はぁ?」と妙な声を挙げた。
「誘ったくせに行く場所決めてないのか?」
和樹はてっきり瑞希が行く場所に付き合わされると思っていたのだ。
「うん、どこに行く?」
瑞希は笑顔で言う。和樹はひっそりと溜息を吐いた。完全な奇襲だ。
和樹はとても困惑した。付き合わされるものとばかり思っていたから行く場所を少しも考えていないのだ。
瑞希の笑顔は「どこに行く?」というよりも「どこに連れてってくれるの?」とか訊いていたりする。
「あー、そうだな」
和樹は呟きつつ辺りを見渡して、視界の及ぶ範囲に遊べるようなところが何もないことを悟って、今度は空を見上げ、瑞希の表情がそろそろ険しいものになりつつあるころ、ひとつの考えが浮かんだ。
「ゲーセン行かないか?」
「ゲーセン?」
オウム返しに訊く瑞希。
「あぁ、何でも、とある財閥がその開発に資金を惜しみなく投入して出来上がったすごいゲームがあるらしい。確か今日辺りから入荷しているはずだ」
「ふぅん、ちょっと面白そうかも」
「よし、じゃあそうしよう。それにしても、一体どんなゲームなんだろうなぁ」
和樹の言葉に瑞希はきょとんとして、
「知らないの? どんなゲームか」
和樹は首を振って、
「いや、対戦格闘ゲームではあるらしいんだが、開発自体が極秘に進められていたらしくてな、よほどすごいゲームなのかも知れないな」
「へ、へぇ、そうなの」
瑞希はたかがゲームごときに、と思ったが口には出さなかった。
某所のゲームセンター。かなり規模が大きいにもかかわらず、そこは人で溢れ返っていた。
「うわ、何これ?」
瑞希がうんざりしたように言う。まるで、どこかのイベント会場を彷彿とさせる光景だ。
「さすがにこれは入るのムリそうだなぁ。帰るか?」
和樹もその迫力に気圧されながら言った。
「そうね、他にも遊ぶ場所なんてあるだろうし」
「だな、あ〜ぁ、ちょっとは楽しみにしてたのになぁ。画面だけでも見たかったよ」
『ならばその希望(ゆめ)、叶えてやろうぞ、マイブラザーッ!』
帰ろうときびすを返した二人は同じような動きで見事にズッこけた。
「あいつも、妙なところで登場するもんだなぁ」
「なっなななななななななっ!」
妙に落ち着いている和樹と壊れたラジカセのように「な」の字を連発する瑞希。付き合いの長さの差がこの辺に表れている。
『今回は特別に、我輩の知人として優先的に入れてやろう』
九品仏大志の声は店の外に据え付けられたスピーカーから出ている。
和樹は立ち上がってズボンの汚れを払い、未だにパニックに陥っている瑞希に手を貸した。
警備員に案内されて進み、即席の観客席が設けられたところに大志は居た。そのシートがかぶせられて見えない何かを中心にした円を描くように配置された席は満員であり、空いている席は大志が座っている横の二席しかない。自分たちのために用意されたものだろうと解釈し、和樹は放心している瑞希を連れてそこに座った。
「ふっふっふ、さすがは我が同士。今日という特別な日にこの場に現れるとは、やはり貴様は運命に導かれているようだな」
何の挨拶も前振りもなく、大志はそんなことを言った。
「いや、たしか今日入荷するって教えてくれたのはお前じゃなかったか?」
「ふん、そんなことはどうでもいいのだよマイブラザー。重要なのは貴様が今ここに居る、ただその一点のみ」
「あのぉ、話が全然見えないんだけどぉ」
先程まで目を点にしていた瑞希が言った。
「おや、同士和樹から聞かされていないのかねマイシスター」
「あたしが聞いたのは今日新しいゲームが入荷したかもしれないってことだけ」
「俺もそれ以上は知らないな。噂にはなっていたようだけど」
「そうか、どうやら予想以上に情報規制が厳しかったようだな。恐らく関係者を除けば、今日ここに居る人間の誰一人として詳しい話は知るまい」
くっくっく、と人が聞いたら不快に思わざるを得ない笑い方をしながら大志は時計を見た。
「ふむ、そろそろだな。同士和樹、瑞希。中央の筐体を注目するがいい」
大志が言うのと同時に照明が全て落ち、中心の一点にスポットライトが当たる。
そこに、いつの間にかひとりの女の子が居た。手にはマイクを持っている。
『ご来場の皆さん。本日はこの記念すべき日に、ここに集まっていただいて誠にありがとうございます』
深々と頭を下げる女の子。
『本日はこの場を借りまして、このゲームの開発に関して資金及び技術を提供した倉田財閥より、倉田佐祐理が挨拶をさせて頂きます」
言ってもう一度深々とお辞儀をする。
『今回の開発は秘密裏に行われていました。だから、知りたいと言う人のために、まずゲームの内容から説明しましょう』
女の子の言葉に会場がどっと沸く。
『あははーっ。ちょっと説明が終わるまでは静かにしていてくださいね。まずは、筐体から公開します』
言って、女の子、佐祐理は真中にあるシートを取り去った。
ゲームの筐体があらわになる。ぱっと見は大きな卵のよう。人がすっぽりと納まるほど大きさの卵が四つある。透き通っていて中が見えるが、ヘッドギアがひとつあるだけで、従来のゲームに見られるようなレバーやらボタンやらが見当たらない。
『この卵のような筐体。これに入ってヘッドギアを付けていただきます。すると倉田財閥が開発したバーチャル・リンク・システム、略してVLSによって作られた仮想空間に行くことができます。そこで相手との一対一、もしくは二対二の勝負をするわけです』
佐祐理が手元の装置を操作すると、正面のバカでかいスクリーンに割と大きな闘技場が映し出される。
『このような場所で戦っていただきます。ちなみに仮想空間なので相手をいくら殴ろうと傷つけようとプレイヤー本人には全く影響はありません。そして、そのフィールドでは想像することが力になります。だから、けんかの強い人でも弱い人でも体の強い人でも弱い人でも男性でも女性でもこのゲームでは誰もが強者になれます』
会場が再びどっと沸く。すごいシステムだと和樹も思った。
『簡単な説明は以上です。えっと、細かいことは…』
佐祐理に当たっていたスポットライトが消え、和樹のすぐ横の人物にライトが当たる。
『技術提供に多大な尽力を頂いた九品仏大志さんによりご説明頂きましょう』
和樹、瑞希そろって口をあんぐりと空けているのをよそに、大志はマイクを持って立ち上がった。
『えー、たった今佐祐理女史よりご紹介頂いた九品仏大志だ。まぁ、説明と言っても大したものじゃない。ただ、相手を倒せば勝ち、倒されれば負けだ。この『倒す』については、ダウン後テンカウントをとる。十秒で立てなければ負けだ。あと『相手を降参させる』なども『倒す』に当たる。それと、仮想空間なので大体のことは容認されるが、相手を侮辱するような行為は止めてくれたまえよ。やはり、正々堂々とさわやかに勝負をするべきだ。今回は勝ったものを王者として、プレイしたい者が次々に挑戦していく形をとろうかと思う。挑戦者が勝てば王者になり、挑戦者が居なくなった時点で終了とする。最後に王者である者が優勝だ。なお、今回は特別ルールとして二人で一チームとし、試合を行う。ちなみに対戦方式は毎回挑戦者が決める。まぁ、説明はこれで以上だ。では皆、健闘を祈る』
大志が椅子に座り、ライトが再び佐祐理に当たる。
『なお、優勝者にはこのゲームの筐体一式と、副賞の金百万円が贈られますから、みなさんがんばってください』
百万円に釣られたのか、会場の興奮が最高点に達する。
「みょ、妙に現実的な金額ね」
瑞希が冷や汗を流しながら呟いた。
「そうか? 素人のゲーム大会にしては破格の賞金だと思うぞ」
言う和樹に大志はやれやれと首を振って、
「ふっ、甘いな同士和樹。これが単なるゲーム大会だと思っているのかね」
「どういうことだ?」
「いいかね、今回の企画は、同時に宣伝も兼ねているのだよ。しかも天下の倉田財閥が関わっているのだ。当然この会場の様子はTV中継され、お茶の間のみんなの目に届くことになる。もちろん全国区だ」
「マ、マジか」
「我輩が今までに嘘を言ったことがあったかね?」
言われて考えてみる。そんな覚えは一度もなかった。
「無いな、残念ながら」
「まぁ、そう言うことだ。この企画が生み出す利益を考えればこの程度の賞金は子供の小遣いに過ぎん。少なく見積もっても数十億程度の経済効果はあるだろうからな」
数十億という金額を聞いても、和樹には全く実感できなかった。それだけあれば表紙がフルカラーで二十四ページの同人誌が一体何部刷れるだろうか。
「そ、そんなすごいゲームだったのか…」
呆然とする和樹を余所に、再び時計を見て、
「ふむ、少々ムダ話が過ぎたようだな。同士よそろそろ始まるぞ」
大志が言うと同時に照明が落ちる。そのまましばらくの時が流れて、中央の筐体にスポットライトが当たる。
卵のような筐体の中には二組の男女が入っていた。和樹がそれを確認すると同時に、スクリーンの中の誰も居なかったフィールドにその四人が出現する。画面中央には大きく『タッグマッチ』の文字、そして、画面は綺麗に四分割され、それぞれ参加者の名前が表示されていた。
遠野志貴、アルクェイド・ブリュンスタッド
そして、
柏木耕一、柏木千鶴
『タッグマッチ』という文字が消え『Ready?』という文字に置き換わる。恐らくこの表示は先の四人にも見えていることだろう。
千堂和樹を始め、会場の誰もが興奮する中『Ready?』の文字は『Fight!!』に置き換わった。
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