Panic Party 第三回 柏木さん家の事情
俺はどうしてこんなところにいるんだろう。
柏木耕一は先日の夕食の味を思い浮かべてみた。途端に胸に込み上げてくるものがある。
食道を上昇してくるものを必死に押さえて、回想を続けた。
柏木家の昼下がり、食事のとき意外にしては珍しく柏木家四姉妹が居間にそろっていた。
別に召集がかかったわけではなく、ただなんとなくそこに集まったという感じ。ありふれた日常を話しながら、日も傾き涼しくなりつつある夏の空気の中、まったりとした時間を過ごしていた。
その穏やかな雰囲気をぶち壊す発言がひとこと。
「今日の夕食、わたしが作ろうと思うんだけど」
しん。
そんな音が聞こえてきそうな程、居間の空気が静まりかえる。
ちなみにこの場合、言葉の内容そのものに危険性は微塵もない。ただ、とある人がその言葉を口にした場合、それは立派な凶器へと変貌する。
その人物、柏木千鶴は、みんなの反応にきょとんとしている。
「ち、千鶴おねえちゃんどうしたの、いきなり」
四姉妹の末妹初音が普段よりも一オクターブ程高い声で尋ねる。ちなみにこれは裏声と同意だ。
「だって、いつもいつも初音ちゃんにばっかり無理させているでしょう、たまにはわたしだって夕飯くらい作らないと悪いし」
「ちちち、千鶴姉は長女だからいいんだよ。料理なんて作らなくても」
次女の梓も汗ジト流しながら、必死にこの危機を回避しようとしている。
三女の楓はと言うとすがるように耕一に視線を向けている。その耕一は突然降って沸いた危機に呆然としているのみ。
「あら、長女だからってそれは差別よ。女なんだから料理くらい作って当然じゃない。それとも、梓はわたしが作った料理を食べたくないのかしら?」
笑顔で言う千鶴。耕一は梓に心底同情した。何せこの質問にはどう答えたとしても地獄を見る羽目になるからだ。『食べたくない』と答えれば今この場で死が待っているし『食べたい』と答えても後に死が待っている。
まさに、死の完全弐重包囲網。
梓は顔を青白くして、唇をぎゅっと噛んで、千鶴と直接目を合わせて言い放った。
「千鶴姉の料理は食べられないっ!」
千鶴、梓を除く全員が目を見張った。まさか、そう答えるとは思わなかったからである。人間であろうとなかろうと、命を持っているものなら少しでも生き長らえようとするものだ。
「あら、どうしてかしら?」
千鶴がすごく優しい笑顔でそう尋ねた。角度的に耕一にだけ、千鶴のこめかみの辺りがわずかに引き吊っているのが見えた。
「そ、そんなの決まってる。千鶴姉の料理がまず…」
「実は梓はお腹を壊してるんだっ!」
その先だけは言っちゃだめだとばかりに耕一が声を張り上げる。
「耕一…」
自分が庇われた事が意外で、梓は耕一を見つめた。
「全く仕方ないなぁ梓は。あれほど拾い食いだけはするなって言っただろ?」
「耕一…あたしは」
何か言おうとする梓を耕一は押し留めて、
「俺、千鶴さんの手料理食べたいなぁ」
今、耕一の瞳の奥に宿る決意を読み取れる者が居たとしたらこう言っただろう。
『死地に向かう戦士の眼だ』と。
「ほ、ほんとですか? 耕一さん」
千鶴が瞳を輝かせて訊く。
それを裏切ることなんて出来るはずもなく、耕一はとうとう決定的な一言を吐いた。
「千鶴さんの手料理、独り占めしたい気分だよ」
「こ、耕一さんっ!」
「耕一おにいちゃんっ!」
自分たちも庇おうとしている。そう気付いた楓と初音も声を上げる。
千鶴はますます瞳を輝かせて、
「嬉しいです。わたし、耕一さんのために腕によりをかけて作りますねっ!」
そのまま立ち上がって居間を出ていってしまった。恐らく材料でも買いに行ったのだろう。
「ごめん、耕一。あたしのせいで」
千鶴が居なくなった途端に謝る梓を見て、耕一はもう笑うしかなかった。
そのときの味をなんと表現すればいいのだろうか。確か味覚には五種類があるという。酸味、甘味、苦味、辛味、旨みの五つだ。
しかし、この味はそのどれにも当てはまらない。強いて言うならば不味味(まずみ)と言ったところだろうか。
もう、甘いとか辛いとか酸っぱいとか、そう言った次元を遥かに超えている。もはや『不味い』という言葉意外にこれを表現する術が見つからない。
耕一はよくがんばった。
腕によりをかけて作ったせいかどうかは分からないが、かなりの量だったのを、全て一人で平らげたのだ。これは並の精神力で成せる技ではない。
しかし、やはりというか当然というか、耕一はその次の日寝込んだ。体が痺れて、一日中動くこともままならなかったのだ。
このことは千鶴にもショックで、彼女は本格的に料理を勉強すると言い出した。
だが、今のご時世、何をするにも金がかかるもので、当然料理をするのにもそれなりに先立つものが必要なのだった。
しかも、こと料理に関しては、スーパーなどで惣菜を買うのよりもお金がかかる場合が多い。下手なのならなおさらだ。
柏木グループの経営はうまくいっているものの、株式会社の性質上、その業績と会長の財布の中身は必ずしも正比例しない。
まぁ、つまり料理の修行をしようにも、お金がないのだった。
そんなときに流れてくる情報がある。
柏木グループがその開発に少なからず予算を提供していたゲームがついに完成し、数日後にその試運転兼ゲーム大会が行われるという。
なんと、その優勝者には副賞として百万円が与えられるそうなのだ。
これは好機とばかりに回復した耕一を誘って、このゲーム大会に参加することにした千鶴であった。
『タッグマッチ』
突然視界いっぱいに広がった文字に、耕一は現実に引き戻された。
隣を見ると、千鶴が居る。目が会った。
(耕一さん、最初から全開で行きますよ)
目でそう語り掛ける千鶴。
(分かりました、千鶴さん、くれぐれも油断しないで下さい)
耕一もそう答える。
勝つためには先手必勝。それしかない。
自分たちの鬼の力を解放すれば、まさか負けることはないだろうが、このゲームの性質上、相手をただの一般人と思うのはうまくない。
『誰だって強者になれる』
それがこのゲームのコンセプトだった。
『Ready?』
そんなこと訊かれなくても既に準備は整っている。後は相手にこの必殺の一撃を食らわせるのみ。
相手を見た。
白い服がやけに目立つ金髪の外人女性と、どこにでも居そうなメガネの青年。青年は年齢的に学生だろう。手にはナイフを持っている。
そのナイフがどれだけ切れるのかは分からないが、所詮人間の力で繰り出される一撃だ。恐らくは当たりもしないし当たったとしても致命傷にはなりえないだろう。
一撃、とにかく一撃で終わらせる。
右腕に力を込め、鬼を開放した。その右腕が嘘みたいに大きくなるのと、
『Fight!!』
そう表示されるのが全く同時だった。
一撃必殺を狙って、柏木耕一が遠野志貴へと駆ける。
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