Panic Party 第五回 退魔の血





 それは夏の出来事。

 そのことを思い出し、志貴は笑みを浮かべた。そして、その刹那に永遠とも呼べる時間の回想をする。
 なんともめちゃくちゃな夢を見ていたと思う。あの時ばかりは本当にまいった。

 昨日が分からなくて、明日が分からなくて、今日は確かに以前経験したことばかりをなぞって進んで行く。そんなユメ―――

 そして、その夢の中で、志貴は『自分』と対峙した。

 いや、未来の『自分』の可能性が具現化した存在と言うべきか。それとも、具現化したのは志貴が抱く殺人鬼としての『自分』のイメージだろうか。

 まぁ、そんなことは今となってはどうでも良いが、とにかく彼は七夜志貴と名乗り、遠野志貴の前に現れた。

 
 殺人貴。


 七夜志貴は何度も遠野志貴を殺害し、自分こそが『志貴』になろうとした。

 しかし、それは単なる夢の話なのか、それとも今、この時も七夜は遠野志貴を殺そうとしているのか、志貴にはそれがわからない。

 志貴は思う。

 七夜の、退魔の血は本当に自分には必要なのだろうかと。

 ひとつの例を挙げるなら、今この時、その力は必要なのだろうかと。

 地上最強の生物、エルクゥ。その存在を前にして―――




 





 ナナヤの血が、騒ぎ始めていた。










 全くの不意打ちだった。

 志貴は自分を抑するのに必死になっていたせいで対応が遅れ、我に返ったときには目の前に耕一が迫っていた。

 志貴の背中に寒気が電流のように走り回った。

『遠野くんの危険を察知する感覚はお化けですからね』

 それは一体誰の言葉だったか。

 確かにそれはその通りなのだが、今回ばかりはそれが働かなかったのも無理はないのかもしれない。

 恐らくはこの耕一なんかよりも、志貴の中に在る殺人鬼の方が厄介だろうから…

「クッ…」

 ぶぅおんと風切り音がするほどの一撃を、志貴は上体をそらして避わす。

 シエル先輩(GOF仕込み)直伝のスウェイだ。耕一の腕は志貴の眼前を通り過ぎ、遅れて巻き起こった風にメガネが巻き込まれ、からんと地面に落ちる。

「痛ぅ…」

 途端に志貴に襲いかかる頭痛。闘場の所々にらくがきのような線が見え、その線は耕一の体中にも走っている。この線は耕一には見えていない。

 それを目にした瞬間、まるで独立した生き物のように志貴の右腕振るわれ、そのナイフがとっさに体を避わした耕一の皮膚の一部を殺ぎ取っていった。

 驚きに目を見張る耕一。

 それも当然のこと。耕一は間違い無く一撃で仕留めるつもりで攻撃を繰り出した。腕だけとはいえ、鬼の力を込めて。

 それなのに志貴は攻撃を避わしただけでなく、即座に反撃をして見せたのだ。耕一には目の前の、別にどこにでも居る学生にしか見えない青年がただの一般人とはどうしても思えなかった。

 耕一が呆然としたのはほんの一瞬。志貴が相手を殺すのにかかる時間もほんの一瞬。

 しかし、志貴はそのナイフを振るわずに、頭を押さえて耕一から離れた。

 怪訝に思った耕一が志貴を見ると、彼は苦しそうに息をしながら耕一を見返した。

 
 

 その瞳の

          なんて

     綺麗な事か      




 耕一は思わず一歩下がった。志貴の蒼く輝く瞳、その色はとてもよくない。それは耕一に『死』を連想させた。

 命を奪うとかそんな次元の話じゃなくて、それは意味としての『死』だ。
 
 柏木耕一という存在を、意味そのものを消し去ってしまう。そんな輝き。

 本能が、躯の奥に眠る鬼が叫びを上げた。恐らくは、本気でやらなければ、相手を殺さなければ消されるのはこちらの方だ。

 耕一はその本能の命じるまま、体中にかけられた柏木耕一と言う名のリミッターを解除した。

 そして耕一は、いや鬼は咆哮した。

 地上最強の生物であるエルクゥの咆哮。それは生き物全てを竦みあがらせ、生まれてきたことを後悔するような、そんな叫び。

 鬼は志貴を視界に収めると、嘘みたいな速さで跳躍した。










 本当なら、柏木耕一は既にばらばらになっているはずだった。

 そうならなかったのはひとえに遠野志貴が人格者であったからに他ならない。

 初撃を外して呆然とする耕一を目にして、志貴は耕一ではない相手と対峙していた。

 それは七夜の血だ。

 遠野志貴には退魔師としての血が流れている。

 それは人間以外のものを本能的に抹殺しようとする、そんな衝動。

 しかし志貴はそれを押さえ込んだ。彼は誰よりも殺すための術に長けていながら、誰よりも殺すのを嫌う。それが遠野志貴だった。

 そんな志貴の努力が功を奏したのか、彼の右手はぴくりと動いただけで、耕一の線を通すには至らなかった。

 だが、その代わりに志貴は猛烈な頭痛に襲われていた。

 モノの『死』を見る代償と、本能を理性で押さえ込む代償。それが硬く鋭い棘となって、志貴の脳髄に突き刺さる。

 その激痛を必死でこらえ、志貴は耕一を凝視する。視野が明るくなったり、暗くなったり、赤くなったり、青くなったり、白くなったりする中で、線だけはくっきりと浮かび上がっていた。

 一瞬、その耕一の躯が膨らんだように見えて志貴は目をこすった。

 もう一度見ても耕一の躯は大きいまま。むしろすさまじい速さで今も大きくなっている。

 それが大きくなっているのではなくて、近付いているのだと気付いたときには、間に合わなかった。

 鬼は志貴に―――



  


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