Panic Party 第十二回 PHANTASIA
「ねぇ、クレス…」
ピンク色の髪の毛をポニーテールに結った女の子がどことなく覇気のない声で言った。何故か皿を洗っている。
「何?」
同じく皿を洗っているクレスと呼ばれた青年が聞き返す。何故か不機嫌そうだ。
「あたし達ってさぁ、ダオス討伐の勇者なんだよねぇ?」
カチャカチャと皿が鳴る。
「ユークリッド王はそう言ってたけど…」
クレスは答えながらスポンジに洗剤をつけて皿をこする。闘いにおいては鬼人のような強さを誇る彼の背中も今ではどこかすすけて見えた。
「なのに…、どうしてこんなことしなくちゃいけないわけ?」
ぴたりと、クレスの手が止まる。女の子の方を見て溜息を吐いた。そして言う。
「アーチェのせいだろ、アーチェの」
アーチェと呼ばれた女の子はきょとんとして、
「そだっけ?」
クレスは天(屋根があるので天井だが)を仰いだ。そして東の空へと消えていった親友に少し同情してみる。武器の性質上、彼はまだ空を飛んでいるに違いない。
「…そうだよ」
言いながら皿洗いを再開する。少しでも働いて、早く旅に戻らなければならない。
時はアセリア暦4354年。所はアルヴァニスタの食材屋兼食堂『たべすぎ』。彼らがなぜこんな所で働いているのかについては、そんなに複雑な事情があるわけではない。
「な、サイフを落としただってぇ!?」
トレントの森深部。オリジンの石版にてエターナルソードを入手したクレスたちは、そのことを最寄の都市であるアルヴァニスタの王に報告した。そしてちょうど昼時だったため、割と美味いと評判の食堂に入り、旅のせいでめったに満たされることのない腹を久しぶりにいっぱいにして満足満足。さぁ、そろそろ出ようか、と言ったところでアーチェが「ごめん、サイフ落としちゃった。えへへ」などと言ったため、全員がその場に凍り付いて、最初に復活した弓使いの青年チェスターは机を叩いて怒鳴った。
日頃からアーチェとどつき漫才をしている彼だからこそ回復は早かったものの、他の人間、クレスをはじめ、ミント、クラース、すずは未だに凍り付いて、目を点にしている。
参考までに、アーチェは荷物持ちになることが多い。普段ホウキで飛んでいる為、割と重い荷物でも軽々と運べるからだ。サイフも他の荷物とまとめて彼女が持っていることが多い。
「どうしてだ、ユミルの森ではちゃんとあったじゃないか!」
確かに彼の言う通りだった。アーチェはとある事情からユミルの森に入れないことになっている。だから、このときは普段アーチェが持っている分の荷物をクレスとチェスターが分担して持っていた。そして森を出るとき、チェスターが彼女に荷物を渡したときにはサイフは確かにあったのだ。
「うーんとぉ。サイフの紐をホウキにくくってたんだけどぉ…解けちゃったみたい♪」
チェスターは肩をわなわなと怒らせて、
「『解けちゃったみたい♪』じゃねぇぇぇぇぇ!!」
怒鳴った。腹の底から怒鳴った。そしてそんな彼の肩を叩くものが居る。
彼がハッとして振り向くと、ウエイトレスが居た。恐らく会話の内容は筒抜けであろう。働き始めて日が浅いのか、どうしようか困っている様子でもあった。戸惑いがちにひとこと。
「…お客様」
その声が引き金になったのかどうかはどうかは定かではないが、とにもかくにもそれからの行動は速かった。
チェスターは涙をぶわぁっと流しながら愛用の弓を引っつかんで矢をつがえ、『大牙っ!』などと叫んで放ち、同時に巨大化した矢につかまって、窓をぶち破り、そのまま遠くの空へと飛んでいってしまった。
補足だが、彼の弓は『エルヴンボウ※』だ。
※射程無限
アーチェもホウキで飛び、その後に続こうとしたが、そこでようやく正気に戻ったクレスにしがみつかれてあえなく失敗した。そのクレスがふと気付くと、椅子に座って放心していたはずのすずがちゃっかりと消えていた。何故か店中が葉っぱまみれになっている。
ちなみにミントとクラースは未だに放心していた。逃げ遅れ四名…
とまぁ、そんな理由で一行(一部除く)は飲食代と葉っぱまみれになった部屋の清爽代を返すために働くことになったのであった。ちなみにクラースは日頃の心労が祟ったのか、急逝胃炎で倒れ、今は宿で養生している。
クレスとアーチェは皿洗いばかりでいいかげんうんざりしていた。
「ねぇ、クレス」
「ん、何?」
「あたし、皿洗いばっかりで飽きちゃった」
「ああ、僕もだよ」
次に何を言うのかを微妙に悟りつつ、クレスは言った。
「逃げようよ」
クレスは心の中で「やっぱり」と呟いて、
「…そうだな」
同意した。
「え?」
アーチェは驚いて目を丸くした。先程の提案は半ば本気だが、まさか誠実無比で通っているクレスが頷くとは思っていなかったからだ。
「今この瞬間にだってダオスは勢力を広めているんだ。このままじゃあトーティスやハーメル、ミッドガルズのような街だって出てくるかも知れない。いつまでもこんな所で足を止めているわけにはいかないだろ」
「クレス…」
アーチェは少し後悔した。クレスは皿洗いをさせられているせいではなく、今人々のために何もできない自分に対して苛立っていたのだ。そして、その原因を作ったのは彼女でもある。
「そうと決まれば脱出だ。アーチェ。ホウキは?」
「あるよ。でも、窓が」
そう、調理場の二人が居る側には窓が一つもないのだ。換気扇ならついているが、とてもこんなところからでは出られない。ここから出るにはどうしても人の前を通らなければならず、皿洗いを命じられている状態では確実に呼び止められてしまうだろう。
「…どうしようか、なんとかミントが帰ってくるまでに脱出したいところだけれど」
脱出をするには、当然三人よりも二人のほうが簡単だ。幸い、ミントは外に居るので、脱出してから会えればいい。宿屋に行けばクラースも居るだろうし、すずは呼べば表れる。チェスターは…レアバードで飛んでいればそのうちに会えるだろう。
二人はうつむき考え込んで、きっかり三分後アーチェが顔を上げた。
「そうだ、エターナルソードを使えばいいじゃん」
「エターナルソードを?」
クレスは怪訝な顔をして、近くの壁に立てかけてあるエターナルソードを見た。少し禍禍しい外見のこの剣には時を操る力があるという。
アーチェはふふんと笑った。
「そう。時空転移でどこかの時代に飛んで、今の時代の別の場所に帰ってくればいいじゃん。これって転移の時の場所も指定できるんでしょ?」
クレスはぽむと手を打って、
「あぁ、それはいい考えだ。さっそくやってみよう」
クレスは剣を取って、鞘から一気に抜き放った。
「これって時空転移のときどうやるんだっけ?」
手に入れたばかりで使い勝手があまり分からない。
「別に適当でいいんじゃない? 伝説の剣なんだし」
クレスは首を傾げたが、きっとそう言うものなんだろうと思い直して、言った。
『刻の剣よ。どこか適当な時代にっ!』
アーチェはスリッパでクレスの頭をどついた。
「適当すぎっ!」
「いや、適当でいいって言ったのはアーチェじゃ…あれ?」
エターナルソードが青白く光っていた。何度か見たことがあるそれは、時空転移の光だ。
「ちょっとクレス、これってやばいんじゃ…」
アーチェがそこまで言ったところで光は爆発的に膨張して、二人の姿を覆い尽くし、光が消えた後にはそこには誰も居なかった。
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