Panic Party  第十五回  夏の始まり



 カシャア。

 いつものようにカーテンの引かれる音と、そして目の奥を貫く陽光。

「ほら、起きなさいよーっ!」

 散々聞きなれた声をまどろみの中で聞いて俺は目を覚ました。やはり見なれた顔の幼馴染の姿がある。

「うー、今日から夏休みじゃないか。寝ぼけてるのか長森ぃ」

「寝ぼけてるのは浩平だよ。今日は学校あるもん」

「あぁ、そうか。夏休みは明日からだったな。今日は終業式だったっけ?」

 はぁ…
 
 幼馴染で、腐れ縁、彼女が居れば目覚しいらずと一部(俺だけだが)で評判の長森瑞佳は長い溜息を吐いた。

「終業式は明日。今日は普通に授業だよ」

 俺はベットから飛び起きて、

「馬鹿な! じゃあ、今日は一日授業があるというのか!」

 割と演技のかかった叫び声を上げた。長森は再び溜息を吐いて、

「はい、制服」

「ああ、さんきゅ。着替えるから先に玄関で待っててくれ」

「分かったよ。でも、あんまり時間ないからね」

「分かってるって。すぐに行く」

 俺はにかっと素敵な笑みを浮かべて親指を立てた。





「全く、不思議な話だよなぁ」

 通学路を走りながら言う。もはや走りながら喋るのは慣れきっているので、舌を噛むことはない。

 そのすぐ後ろを長森が走っていた。

「浩平、毎回のことだけど、わざとやってない?」

「わざとじゃないって。ちょっとトイレで寝ただけじゃないか」

「普通、トイレでは寝ないよ」

「それはお前だけだ。きっと日本の高校生は皆トイレで眠るという技を取得しているはずだ」

 はぁ…

 長森は走りながら溜息をつくという器用な技を繰り出して見せた。

「今度からは寝ないでね」

「あぁ、もちろん分かってるさ。次は大丈夫」

「昨日も聞いたような気がするよ、それ…」

 …早朝マラソンはここのところ、不本意ながら毎日の日課だ。

 俺は朝が極端に弱いため、遅刻の危機を迎えたことは今までにどれだけあるか数えるのも馬鹿らしいぐらいだ。

 幸い、長森が毎日起こしに来ているので遅刻をしたことはないが、こいつが来なければ、絶対に遅刻をするという自信(?)がある。

 俺達ははさわやかな晴天の中通学路を翔け抜け翔け抜け、チャイムが鳴るのと同時に校門に翔け込んだ。

「後は髭との勝負だ。急ぐぞ」

「う、うん」

 髭とは、去年に引き続き、今年も俺達のクラス担任になった茂雄先生のことだ。

 いつからそのあだ名がついたのかは分からないが、一応学校中で『髭』で通っている。

 ある意味この学校の伝統とも言えた。

 俺達は何とかその髭先生よりも早く教室に滑り込んだ。

「ふぅ、何とか間に合ったな」

「はぁ、はぁ、そ、そうだね」

 少し息を整えてから、自分の席に向かった。そして前の席に座っている七瀬留美に挨拶をする。

「おはよっ、七瀬。今日もフィジカルだな」

「一体どんな挨拶よ」

 ふと思ったが、何度席替えをしても七瀬が俺の前の席になるのは何らかの陰謀やら圧力やらがかかっているのかもしれない。

「っと、髭が来たな」

 会話を打ち切って椅子に座った。

 七瀬は何か言いたげな顔をしながらも何も言わず、前を向いた。

『おはようございます』

 形式通りの日直の指示でみんなが気だるげに礼をして今日の授業は始まった。

 そして、何事もなく進んで行く…

「ぐぁ、いきなり何するのよ?」

「七瀬のおさげがどこまで伸びるか試してみたかったんだ」

「んなもん試すなボケェ!」

 わけでもなかったが、これもまた日常の光景ではある。





「昼休みだ。これから俺は学食に行こうと思う」

「一体誰に向かって話してるのよ」

 いつもながら律儀に突っ込む七瀬。

「いや、現状の確認と意思表示するのは大切なことだぞ。前者を怠ればいざと言うとき何も出来ないし、後者を怠れば敵だと勘違いされるかもしれん」

「どうでもいいこと言ってないでさっさと行きなさい。今日は学食でしょ?」

「まぁそうだが。どうして知ってるんだ? エスパー留美?」

 自慢ではないが俺の昼の行動は常にばらばらで、教室で食べることもあれば屋上や中庭、そして今回のように学生食堂で食べることもある。どこで食べるかを予測できるのは長森ぐらいのものだ。

「勝手に変な名前つけないでよ。さっきの休み時間に瑞佳が言ってたの『今日は浩平と学食で食べるんだよ』って」

「く、長森のやつ、他者に情報をリークするとは。信頼していたのに…まさか二重スパイだったなんて」

「浩平、人聞きの悪いこと言わないでよ」

 長森が会話に割って入ってくる。さっきから授業中に書ききれなかった黒板の内容を移していたのだが俺達の会話も一応聞いていたらしい。

「もうノートは取ったのか?」

「うん、いつでも行けるよ」

「じゃあ、行くか。七瀬も一緒にどうだ?」

「悪いけど、先約があるのよ、また今度誘ってよ」

「あぁ、分かった」

 ちなみに明日は半ドンだし、明後日からは夏休みだ。今度があるとしたら当分先だよなぁ、とか思いつつも言わないでおいた。





 七瀬と話していたせいで出遅れたのか、学食は既に人でいっぱいだった。

「まずいな。どうする? 長森」

「一応、席を取っておいてもらえるように頼んだんだけど」

 長森はきょろきょろと視線をさ迷わせた。一体誰に場所を取ってもらったんだろう。

「浩平君、こっちこっち!」

 呼ばれて、見てみると見知った顔があった。

「あぁ、みさき先輩か」

 長森をつれて、彼女が確保してくれていた席に座った。

「助かったよ、先輩」

「瑞佳ちゃんに頼まれたからね。もとからここに来る予定だったし」

 彼女、川名みさきは笑顔で言った。

「あぁ、なるほど」

 納得だ。先輩は昨年度、この高校を卒業したが、ここの学食が安いのと味がいいので、最近は昼になるとたびたび生徒に成りすまして進入してくるのだ。もちろん、彼女には授業がないので、チャイムが鳴る少し前にここにくれば席を簡単に確保できる。

『べんりなの』

 突然、先輩の隣の席からスケッチブックが出現してぎょっとした。

「あぁ、澪も居たのか。小さいから気付かなかったよ」

 先輩の隣に座っているスケッチブックの女の子、上月澪は少しむくれた顔をして、スケッチブックに文字を書く。

『そんなことないの』

 黒のサインペンででかでかと書いてある。ちょっと怒っているらしい。

「浩平君、澪ちゃんに失礼だよ」

「そうだよ浩平」

 いきなり三方から攻められることに少し理不尽さを感じながら、俺は立ち上がった。

「とりあえず買ってくる。長森は何食べる?」

「えーと、カレーうどんと牛乳で」

 長森は前から学食のカレーうどんを食べたいと言っていたような気がする。そのたびに、なら食べればいいじゃないかと思ったもんだが、長森は弁当派なのでなかなかに機会がなかったらしい。

「澪は…もう食べてるな」

『なの』

 ラーメンをすすりながら片手で器用に字を書く澪。

「あ、カレーライスのお代わりもお願いするよ」

 少し頬を引きつらせながら、俺ははきびすを返した。既に彼女の傍には空になったカレーの器が三枚積み重ねられている。どうしてこの体型が維持できるのかを不思議に思いながら、浩平は昼食を買いに向かった。





「ねみぃ…」

 午後の授業と言うのは憂鬱なものだ。何せ腹が膨れて緊張感が弱まっているのだ。俺に言わせれば、寝るなという方が無茶だというものだ。

「七瀬ぇ…」

「何よ」

 振り向いて小声で話す七瀬。授業中だと言うのに無視しないと言うところが律儀だと思う。

「呼んだだけ」

 頬がぴくりと引きつる。

「ぐっ…そう。それじゃあ、あたしは授業に集中するから」

「七瀬」

「だから、何よ?」

 ………

「すー」

 浩平は寝ていた。七瀬は強い脱力感に襲われながらも、彼の肩をゆすった。

「折原、折原」

 しかし、全く起きるそぶりはない。「はぁ…」とどこか長森のに似た溜息をつきながら、七瀬は授業に戻った。






  


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