Panic Party  第十六回  商店街にて




 放課後。

「どどど、どうしよう七瀬」

 帰り支度を始めていた七瀬に俺はすがりついた。

「な、ちょっと、どうしたの? あんたが取り乱すなんて何があったの?」

「お、俺、記憶喪失になったみたいなんだ。だって、さっきの授業が全く思い出せないんだ」

「………」

 七瀬は、

「あ、瑞佳は掃除当番だっけ。じゃあ、あたし帰るから。うん、じゃあね」

 帰って行った。

だれでもそうだとは思うが、やはりボケたのを流されると少し空しくなる。

「…俺も帰るか」

「掃除当番が終ったらね」

 にこやかな笑顔でホウキを差し出してくる長森。

「………」

 逃げよう。

 そう思考した瞬間、教室の前のドアと後ろのドアが、

 がらがらがら、ぴしゃり。

 本日の掃除当番一号(住井)と二号(南)によって閉められた。はた迷惑にも鍵までしてくれた。

「逃げ場ナッシング…」

 呆然と呟く俺。住井と南は「にたり」と笑みを浮かべた。

 あいつら…

「しかたねぇな」

 ぼやきつつも俺はホウキを手に取った。





 掃除も終って一息つき、さて帰ろうかと思ったところで、一つ気になった。

「長森、今日部活は?」

「今日は休み」

 珍しいこともあるもんだ。

 長森は吹奏楽部に所属していて、連日のように部活動に参加している。俺から言わせれば酔狂極まりないのだが、本人は楽しくてやっているそうだ。

「なら久しぶりに一緒に帰るか?」

「うん」

 嬉しそうに返事して帰り支度を整える長森。

 まだ教室に残っている知り合いに声をかけてから俺達は教室を出た。

「どうする? せっかくだからパタポ屋でも寄るか?」

 パタポ屋とは商店街にある人気のクレープ屋のことだ。

「うん。あそこおいしいもんね」

「じゃ、行くか」





商店街に着いた。

「お、結構空いてるじゃないか」

 いつもは学校帰りの学生などでにぎわっているパタポ屋だが、今日は珍しく混んでいなかった。

「じゃ、買ってくる。長森は何にする?」

「うーん。浩平は?」

「俺? 俺はメニュー見てから決める」

 そう言えば何を食べるか決めていなかった。

 長森は悩んで悩んで、

「…チョコバナナにする」

 ようやく決めた。ちなみにチョコバナナはパタポ屋のおすすめで、それを頼むとクレープの中に小さなバニラアイスが入るというお買い得商品だ。

「分かった。じゃ、俺もそれにしとくか。買ってくるよ」

 そう長森に告げて、そう長くもない列に並ぶ。

「ん?」

 ふと、視界の隅に見たことがある人物がよぎったような気がして、振りかえった。

「あぁ、あいつか」

 住井だった。通りの向こうで割と年をくったおばさんと話している。

「何やってんだ? あいつ」

 少し気にはなったが、もう次は自分の番だった。店番の女の子と目が合うと、彼女はにっこりと微笑んだ。

 誰かと思えば知り合いだった。

「いらっしゃい、折原君。久しぶりね」

 彼女は春休み頃からパタポ屋に来ているバイトの娘だ。

 春休みの間、俺と長森はこの店の常連で、彼女にはすぐに顔を覚えられてしまった。

「あぁ、さすがに男ひとりじゃ来れないからな」

 春休みの間は長森の部活もあまりなくてよく二人でここに来ていたが、最近では三年生の部活収めということで長森はかつてないほど忙しかった。とてもじゃないが商店街に繰り出すなどということは出来そうになかった。

「今日は? 瑞佳さんといっしょ?」

「あぁ、と言うわけでチョコバナナふたつ頼む」

「まいどありぃ。ちょっと待っててね」

 彼女はにっこりと笑うと、クレープを作り始めた。

 しばらく見ていなかったが、彼女のワザはかなりすごい。

 春休みのほんの2週間そこそこで全ての仕事を覚え、更にここの店主よりも上手くなってしまったのだ。

 器量も正確も良しで、今ではこの店になくてはならない看板娘になっている。

 噂によると店主からここに就職しないかとまで誘われているらしい。

「はい、出来たよ。チョコバナナふたつ」

 そう大して時間をかけず出来あがったクレープを受け取る。いつもよりアイスが大きかった。

「サービスよ。でも、その代わり夏休みはパタポ屋をよろしくね。お客さんが増えればあたしのバイト代も増えるからさ。瑞佳さんにもよろしく言っておいて」

「はいはい、分かったよ」

 まぁ、頼まれなくても来るとは思うが。

「ありがとうございました。またくださいね」

 恐らくはマニュアル通りだろうが、彼女が言うと妙に映える言葉に送られて俺は長森のところに向かった。

 その長森はベンチに座ってうとうととしていた。

「おい、長森」

 少し見ていたくなったが、それではアイスが溶けてしまうので肩をゆすってやる。

「う…ん。浩平?」

「ああ、浩平さんだぞ。とりあえずこれを食え」

 クレープを長森の鼻先に付き付けてやる。

 ぼやーっとしていた長森の目の焦点がちょうどクレープのところで一致して、

「わたし…寝てた?」

 クレープを受け取りながら効いてくる長森。

「おはよう。長森」

 笑顔でそう言ってやると長森は「寝てたんだ…」と小さく呟いてクレープを一口食べた。

「…おいしい」

「あぁ、確かに美味いな」

 と言うか、俺はもう半分ほど食べ終わっている。

「浩平。もっと味わって食べなよ。もったいないよ」

「そうか? こういう食べ方をした方が俺は美味いんだが」

「あ、そうなんだ。なら仕方ないね」

 何が仕方ないのかは分からないが長森はおいしそうにもう一口。

「おいしい」

 らしい。

 立っているのも疲れるので俺も長森の隣に腰掛けた。

「あ、そう言えばさっき住井がいたぞ」

「住井君?」

「あぁ、何かおばさんと話してた」

「え…?」

 長森は小首を傾げて、

「由起子さんって、今の時間仕事じゃなかった?」

「あ、いや、由起子さんじゃなくて知らないおばさん」

「あぁ、なんだ」

 納得したらしい。

 まぁ、言い方が悪かったか。長森なら俺が「おばさん」と言ったら俺の叔母の由起子さんを連想するだろうからな。

「住井のやつ、情報通だからな。また何かのネタを集めてるのかも」

 まぁ、毎回くだらないことばかりだが。

「もうすぐ夏休みなのに何調べてるんだろ?」

「どうせあいつのことだ。またくだらない事だろ」

 ちなみに住井は裏山で目撃されたと言う空飛ぶ円盤について色々とかぎまわり、商店街から『商売の邪魔になる』と苦情が学校に届き、髭に注意されたばかりだった。

「そうだ、くだらない事といえば、浩平は夏休みどうするの?」

 どうしてくだらない事からその話題になるのかは謎だが…いや、去年の俺の生活態度から見ればくだらない事と言えなくもないのかもしれない。

「去年と同じさ。寝て過ごす」

「浩平…勉強は?」

「まぁ、そのうちにやるさ。長森はどうする?」

「わたし? わたしは特に決めてないけど、どうしようかな?」

 そんなこと俺に訊かれても困る。

「そんな先のこと今考えたって仕方ないだろ、とりあえずは今どうするかじゃないか?」

「先の事って、あさってから夏休みだよ」

「あぁ、そうだったっけ。まぁいいや。長森はまだ寄りたいとこあるか? まだ日が暮れるまでは時間があるけど」

「うん、そうだね。浩平は?」

「特になし。後は長森に付き合うよ」

「わたしも特には…あ、そうだっ」

 長森は何かを思い出したかのように手を打った。

「どこか行きたいところでもあるのか?」

「うん、今日中に寄らなきゃ行けない場所があったんだよ。でも、ちょっと時間がかかりそうだから浩平はいいよ」

「ん、そうか? なら俺は帰るけど」

「うん。また明日ね」

「あぁ、何するか知らんが程々にしとけよ。家が近いからって暗くなるまで商店街にいるなよ」

「分かってるよ。それじゃあ」

「おぅ」

 長森はきびすをかえして走り去って行った。

「俺も帰るか」

 これ以上ここにいてもすることはない。

「そう言えば何の用事か訊きそびれたな」

 振りかえってみても長森の姿は見当たらなかった。

「まぁ、いいか。明日でも訊いてみれば」

 そうやって思考を打ち切って、俺は家路に付いた。

 こうして何事もなく平和に今日という日も終っていくのだろう。

 昨日のように。一昨日のように。

 だけど…なんだろう。 

 なんとなく。

 なんとなくだが嫌な予感がした。

 それはまるで俺がえいえんの世界に誘われていたときのように。

 日常に少し。

 少しだけ、暗い影を落としていた。








  


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