Panic Party  第十七回  雨




 目が覚めた。

 とりあえず上体を起こして目を擦り、時計を見る。

『6;30』

 もう一回寝ようと思ったが、ここで二度寝をすると次に起きるのはとんでもない時間になってしまう。

 俺はしぶしぶベッドから降りて、カーテンを空ける。

 気持ちのいい青空…はそこにはなく、ただ雨雲とそれに伴う降雨がどんよりとした雰囲気をかもし出していた。

 気だるい脱力感に襲われながらも制服と鞄を持って、まだ寝ているであろう由起子さんを起こさないように慎重に居間に向かう。

 部屋に入って一端制服と鞄を置いて、今度は洗面所に向かう。

 とりあえず顔を洗いたかった。

 冷たい水で顔を洗い、再び居間に戻る。

 そして台所に行き、その辺の棚から適当に朝食になりそうなものを探す。

 運良く菓子パンを見つけた。

 冷蔵庫から出したお茶でそれを胃の中に流し込んでから制服に着替え、歯を磨く。

「…行くか」

 長森が起こしに来てしまうだろうが、雨の日に早く学校に行くのは今に始まったことじゃないし、あいつもそんなに怒りはしないだろう。

 玄関に立てかけてある傘を取って、俺は出発した。

「………」 
 
 雨の日の町並みをなんとなく眺めつつ、ゆっくりと学校に向かう。

 いつものように慌しい朝では絶対に出来ないことだ。

 歩いている内にその町並みは後ろに流れていき、空き地のようなところに差し掛かったところでそれは止まった。

 そして今日も、

「おはよう、茜」

 茜はここに居た。

 女の子っぽい傘、そして長いお下げ髪。

 それらをひるがえしつつ、彼女は振りかえった。

「おはようございます、浩平」

「………」

 言葉が続かない。

 いつものような軽口も俺の口からは飛び出してこなかった。

「まだ、待っているのか?」

 俺は一体何を訊きたいんだろう。

 そんなことは見なくても分かりきっている。

 いや、今朝雨が降っていると知った時点で分かっていたことだ。

「はい」

 悲しそうに、それでもはっきりと茜は言った。

 その瞳に、俺は何を答えられるというのだろうか?

「それじゃあ俺はもう行くから。程々にしとけよ」

「ええ、今日はここまでにしておきます。バカでも一応風邪はひくらしいから」

 茜は少しだけ悲しそうに微笑んでから、俺の隣まで歩いてきた。

「一緒に行きましょう」

「あ、あぁ」

 俺達は並んで歩き始めた。

「浩平は…」

「ん?」

 茜は答えず、俺もそれ以上訊こうとはせず、ただ通学路を歩いた。

 しばらく歩いて、

「浩平は…どうして消えてしまわなかったのですか?」

 ポツリと呟いた。

「………」

 その問は裏を返せば「どうしてあの人は消えてしまったんですか?」という意味でもある。

 俺は正直に答えることにした。

「この世界が好きだからだよ」

 しかし、全ては語っていない。

 茜は…

「そうですか」

 と呟いて、再び沈黙した。

 恐らく、俺が言わなかったことまで分かっているのだろう。

「きっと、帰ってくるよ」

 それはこれ以上ない程の陳腐な言葉。

 それでも、俺は確信を持ってそう言えた。

「だって、その人は茜にそんなに想われているんだ。帰ってこないわけがないだろ?」

 茜は息を呑んだ。

「にしても幸せ者だな、そいつは。行き先も言わずに失踪したってのに、何年も何年も待ってくれてる人がいるんだ。ホントに幸せ者だよ」

「…浩平」

 茜は泣いていた。

「ええ、きっと帰ってきます」

 そして、微笑っていた。

「よし、それじゃあさっさと学校行くか。あんまりまったりしてると遅刻しちまう」

「ええ、そう…浩平っ! 前っ!」

「え?」

 ずどーーーーーーーーーーーーーーん

「ぐぶぁっ!」

 猛烈なインパクトに俺は数メートル吹っ飛ばされてアスファルトを転がった。

 しかし、ただやられるばかりの俺ではない。

 衝突する寸前に右の正拳で相手の人中を射抜いておいた。

「く、くあ」

 その場にがっくりと崩れ落ちる相手。

 またの名を七瀬留美。

 俺はとりあえず身を起こして濡れたところをハンカチでぬぐい、七瀬のもとに駆け寄った。

「大丈夫か?」

「…こ」

「こ?」

「殺す気かぁーーーーーーーーーーーーーーー!」

 キーンと右耳から左耳に轟音が翔け抜けていった。

「シィット! オルガンがイカれたぜ!」

(※オルガン 人体における内臓、又は器官のこと。ここでは鼓膜及び三半規管を指す)

「うるさい黙れ! こんなに的確に人体急所射抜ける余裕があったら避けれたでしょ絶対!」

 以外と元気そうに怒鳴る七瀬。

「大丈夫ですか? 留美さん」

「え、ええ。何とかね」

 茜に助けられ身を起こす七瀬。

「良いタックルだったぞ。ナイスファイト、七瀬!」

「それはもういい! それよりもちょうど良かった。今からあんたの家に行こうと思ってたのよ」

「ん? どうしてだ?」

「それが大変なのよ。どうしてか学校に入れないの」

『…は?』

 俺と茜の声がハモった。

「どうして学校に入れないんだ? 予定だと今日は終業式だろ?」

 昨日長森もそう言っていた。

「あんた達、連絡入ってないの?」

「連絡?」

「今日の七時頃、髭から電話があってね。急遽式が取りやめになって今日から夏休みだって。全員に回ってるらしいわよ」

「七時か…、ちょうどその頃に家を出たからな」

「私もです」

「そう。浩平が早起きなんて珍しいこともあるもんね。だから今日は雨なのかしら」

 話がそれてきた。

「いや、そんなことはどうでもいい。それで?」

「あ、うん。何か胸騒ぎがしてね。ちょうど制服も着たとこだったから学校に行ってみたのよ。どうなってるのか状況もつかめるかも知れないし」

 胸騒ぎがしたのは俺も同様だが、連絡が来ていたら俺は学校に行かなかっただろう。この辺の行動力は尊敬に値する。

「それで、学校に入ろうと思ったんだけど、入り口が全部変な格好のごつい男達に張られててね、『入れてくれ』って言ったけど通してくれなかったの。とりあえず引き下がったんだけど、この状況って普通じゃないでしょ? これは何か起きてるって思って、心当たりのありそうな人に訊いて回ってたってわけ」

「………」

 確かにそれは普通じゃない。

 学校で何が起こってるのだろうか?

「途中で住井君と澪ちゃんとも会ったんだけど住井君は途中でどっか行っちゃうし、澪ちゃんは…」

『待ってなの〜』

 そう書かれたスケッチブックを両手にかざしながら澪が走ってきた。

 途中で転んだのか、スカートの裾は乱れ、あちこちに泥が飛んでいる。

 澪は何とか俺達のところまで辿り着いた。

 はあはあと肩で息をしながらスケッチブックにペンを走らせる。

『置いてくなんてひどいの』

「あ〜、ごめん澪ちゃん。急いでたから」

『今度から気を付けるの』

「ご、ごめん」

 澪にしては辛辣な言葉。

 きっと置いて行かれてから相当いやな目に遭ったのだろう。

「それにしても、これからどうします?」

 澪の制服に付いている泥や汚れをハンカチで拭いてやりながら茜が言った。

「どうするって、どうしようもないだろ。学校が閉鎖してるって言うんじゃ俺達には何もできないし」

 所詮はただの学生だ。

 学校内で何かが起き、生徒を入れないようにしているということは、学校だけでそれを解決しようとしていると言う事なんだろう。

 それなら俺達の出る幕はない。

「じゃあ、どうするの?」

 と、七瀬。

「だからどうしようもないって。とにかく俺は帰るぞ。これは学校の問題だろ? 俺達が関わったってロクなことにはならん」

「あんたがそう言うなら、あたしも帰るけど」

 七瀬は澪と茜を見た。

「私も、浩平の言う通りだと思います」

『とりあえず帰るの』

「そう。ならここで解散ね」

「あぁ、とりあえず帰ったら住井のヤツに連絡を取ってやる。あいつなら何か知ってるだろ」

「そうね。お願いするわ。それじゃあ、またね」

『またなの』

「さようなら」

「じゃな」

 七瀬と澪は元来た道をひき返し、俺と茜もひき返した。

「どう思います?」

「言った通りだ。考えても仕方ないだろ」

「そうですか…」

 傘のおかげで幾分マシなっているもののこれ以上雨に濡れるのもバカらしいので俺達は家路を急いだ。

「………」

 やはり、嫌な予感は続いていた。

「そう言えば…」

「なんですか?」

「いや、何でもない」

 長森はどうしたのだろう。

 いくら俺を起こしに行ったからっといって、そんなに時間がかかるもんじゃないと思うが…

「………」

 雨は収まるどころか強くなるばかり。

 まるでこの先の運命を暗示しているかのようだった。










  


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