Panic Party  第二十四回   潜入部隊Aチーム





 裏山越えは遅刻しそうなときの奥の手だ。

 ここを通れば普通のコースよりも数分は早く学校に着くことができる。

 そして、遅刻にしろ潜入にしろそのときにネックとなるのがこの金網フェンスだった。

「…ちょっと、いやなことを思い出したわ」

 七瀬が鼻をさすりながら呟いた。始めてここを通った時のことらしい。

「ここからは大きな声を出すなよ。できるだけ足音も立てないようにしろ」

 ちなみに今俺達は校舎側からは死角になる位置にいる。

「うん、分かってる」

「とりあえず、ここから進入できそうだな。見張りがいない」

「さすがのテロリストもこういう穴場には弱いみたいね」

 見たところ、とりあえずは進入できそうだった。

「問題はこのフェンスだよな。悠長に音立てて登ってたら見つかっちまうだろうし」

「雨が降ってるから多少の音は大丈夫じゃないの?」

「まぁ、音はな。でもいくら中が手薄だからといって校庭にひとりも見張りが居ないわけはないだろ? 登るのが問題なんだよ」

 高いところに登ればそれだけ見つかりやすくもなる。

 更に言うなら服装もネックだった。

 俺と七瀬は制服を着ているが、俺の服はベージュ色であまり目立たないんだが、七瀬のは明るい黄色だ。

 紅葉の季節ならいざ知らず、今は真夏だ。山の木々も緑色…というよりも青々としている。ともすれば俺の服でさえ見つかる可能性は高い。

 なら、どうすれば…、そうかっ!

「おい、七瀬。ちょっとそこのフェンスを引き裂いてみてくれ」

「…無茶言わないでよ。普通そんなことできるわけないでしょ?」

「いや、ひょっとしたら分からないぞ。何せお前は七瀬だからな」

「どういう理屈よ、それ」

 呆れ顔で言う七瀬。

「まぁ、とにかくやってみてくれ。だめだったら別の方法を考えればいいから」

 七瀬はしばし考えて言った。

「…仕方ないわね」

 あれ?

 冗談で言ったつもりだったんだが…

「…七瀬?」

 七瀬はてくてくとフェンスに歩み寄り、その穴に両手を突っ込んで、

「ふんっ!」

 ばきばきばきばきばきばきぃ!

 見事に引き裂いて見せた。

「…お前は超人か」

「そんなわけないじゃない。ちょっとここ見てよ」

 言われるままに七瀬が破ったフェンスのところを見ると、

「ぼろぼろだ…」

 設置してからずいぶんとたったのか、フェンスの一部が老朽化して完全にさび付いていた。

「…にしてもすごいと思うぞ、俺は」

「ふふん、乙女にしか為せない技よ」

 そんな本気なのか冗談なのか分からないことを言って、七瀬は手にこびりついてたさびをぱんぱんと払った。

「結構すごい音がしたけど、気付かれなかったかな」

「たぶん、大丈夫だろ。雨の音のほうがすごいしな」

 幸か不幸か、雨はほとんど土砂降りになっていた。





(…庭に見張りは居ないみたいね。雨に濡れるのが嫌なのかしら)

 何とかお互いに聞こえる程度の声で話す。雨とは言え、声を聞かれるかも知れないからだ。

(かもしれないな。でも油断はするなよ)

(分かってるって)

 雨の冷たさを堪えながら、見つからないように慎重に校庭を移動する。

(…さすがに玄関は張られているようね)

 七瀬の言う通り、玄関には黒服の男がふたり居た。そのうちひとりは小銃を持っている。

(だな、とりあえず渡り廊下に行ってみるか)

(ええ)

 校舎は北舎と南舎に分かれている。そこを繋ぐ渡り廊下が各階にあって、一階の渡り廊下はそのまま外に繋がっている。

 俺達はとりあえず玄関から離れて、渡り廊下の方に向かった。

 姿勢を低くして、植えてある木の影の間を縫いながら慎重に移動する。

(折原、あたし達って今かなり間抜けな格好してるわね…)

(言うな…空しくなる)

 冷たさ、恥ずかしさに絶えながら何とか渡り廊下の近くまで辿り着き、俺はその様子をうかがおうと、門から顔を出そうとして、



「動くな」



 心臓が凍りついた。

 一瞬気が遠くなり、降りしきる雨の感触がなくなった。

 とっさに何か言おうとして、口が動かなかった。

 どうして動かないのかと考えようとして、その口がどうしようもなく震えていることに気付いた。

 そして、その動きに呼応するように震えが全身に伝わっていく。

「銃で狙っているぞ。ゆっくり、ゆっくりとこっちを向け」

 凍りついた心臓は一転して熱を帯び、激しく振動し始めた。

 俺は何も考えられなくなって、俺はその声のままに従って、ゆっくりと振り向いた。

 その声の主は言った通り、銃をこちらに向けていた。そして、俺の顔を見てひとこと。

「なんだ、折原か…」

 脱力した。

「…心臓が止まるかと思ったぞ」

 いや、実際一瞬は止まったと思う。

「悪い悪い。敵かと思ってな」

 そう言って笑ったその男は住井だった。とりあえずその耳を引っつかんで耳打ちする。

(…どうしてお前がこんなところに居るんだよ?)

(ふ、なめるなよ折原。俺を誰だと思ってる? ウワサの気になる情報通、住井護だぞ。俺には現在の状況がどうなってるのかクラスのみんなに伝える義務があるんだ。正確な情報をつかむためには当然現場に侵入するしか…七瀬さん?)

 七瀬は立ったまま白目剥いていた。よほど驚いたらしい。

(うりゃ)

 ちょっと活を入れてやる。

(…死ぬかと思ったわ)

 心臓を押さえながらはぁはぁと荒い息をつく七瀬。

(よかったな、死ななくて)

(全くよ。ちょっと住井君。あたし達に恨みでもあるの? 冗談にしては悪質よ)

(ごめん七瀬さん。敵だと思ってたから)

 住井はさっきと同じ事を言った。

(なんでこの状況で敵と間違えるんだ? どう見たってここの生徒だって丸分かりだろ)

 重ねて言うが、今の俺と七瀬は制服だ。ふつう、テロリストと間違えることはない。

(いや、それなんだがな。俺がつかんだ情報によると、実は生徒側にもこの事件に一枚噛んでる連中がいるらしいんだ。テロリストが占領してる学校に潜入してくるなんて無謀なやつはふつう居ないだろ? だから敵じゃないかってな)

 どうやら俺と七瀬は『無謀なやつ』らしい。自覚はしていたが、ひとに言われると少し腹が立つ。
 
(どうしてここの生徒がテロリストに荷担するんだ?)

(分からん。でも、とりあえず南には気を付けろ。あいつは敵だ)

 南が…?

(どうしてあいつが?)

(分からん。でも警戒はしておけ。会ったとしても絶対に信用するなよ)

(あ、あぁ)

(で、折原に七瀬さん。一体ここに何しに来たんだ?)

(長森がここに捕まってるらしい。助けに来たんだよ)

(…長森さんがここに?)

(えぇ、確かな情報よ。人質になってるらしいの)

 住井は少し考えて、

(そうか。長森さんがどこに捕まってるかは分からんが、校舎に居る見張りには気を付けろよ。北舎と南舎の各階に見張りが二人ずつでユニットを組んでいる。片方は銃で武装していて、もう片方は通信機を持っている。見つかったらすぐに逃げろ。もたもたしてると囲まれるぞ)

(お、おぅ)

 どうしてそんなことを知ってるのか不思議思ったが、聞かないでおいた。とにかく今は情報があればいい。

(それと、これを持ってけ)

 先程の銃を手渡された。黒服が持ってたのと同じようなタイプの小銃だ。

(ほ、本物か? これ)

(まさか、ただのモデルガンだよ。いざとなったらこれでハッタリをかまして逃げるんだ)

 あぁ、なるほど。

(住井君はこれからどうするの?)

(俺はちょっと気になることがあるから調べてくる。と、俺はもう行くけど、くれぐれも無茶はしてくれるなよ)

 そう言い残して、住井はどこかに駆けて行った。

 一体何なんだ…あいつは?

 と考えていても仕方がない。俺は自分の頬をぱんぱん叩いた。

 雨で濡れている頬はじぃんと痺れて、熱を持ち始める。少しは気が引き締まった

(さて、俺達も行くか)

(うん)

 頷き合って、俺達は渡り廊下に向かった。

 校舎の中に入ればこれ以上濡れなくてすむと思うと、少しだけ気が楽になった。








  


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