Panic Party 第二十六回 火炎輪百連発
浩平達と別れた後、グラウンドの脇に止めてある車の近くにいた住井はド肝を抜かれた。
ぱぱぱぱぱぱぱぱぱぱぱぱぱぱぱぱぱぱぱぱぱぱぱぱぱぱん、ぱんぱんぱんぱんぱんぱんぱんぱんぱんぱんぱんぱん。
「ななななななななんだぁ!?」
声を潜めることも忘れて、住井は慌てて後ろを振り返る。
降りかえると見るも鮮やかな炎の輪が中空に炸裂していた。
それは花火だった。
「一体何考えてやがんだっ!」
確かに季節だけは合っている、季節だけは。
今は確かに夏だ。夏に花火をするのは至極もっともで、風流心が多少なりとも感じられる。
しかし、
しかしだ。
何もこの天気、この場所でやることはないのではないか。
今日は土砂降りで、そしてここはテロリストの潜入する学校だ。
そのふたつの状況下、花火は違和感を覚えるほどに場違いで不自然なものだった。
そして、そんなとき、
その脳内に閃く単語がいくつかある。
一階。
柚木詩子。
火炎輪百連発。
中崎。
渡り廊下。
上月澪。
打ち上げ花火。
御堂。
川名みさき。
羽根の力。
学校。
里村茜。
潜伏。
南と髭。
村田。
花火が上がっているのは一階の渡り廊下だ。
一階、そして渡り廊下といえば先程浩平と会ったところだった。
住井はとっさに駆け出していた。
花火を打ち上げたのは当然テロリストではないだろう。既に校内に入っているだろう浩平達でもないはずだ。
急いで渡り廊下に向かいながら、浮かんだ単語の中から余計なものを排除し、意味があるように並べる。
(学校の一階渡り廊下に潜伏していた里村茜と川名みさきと上月澪と柚木詩子が打ち上げ花火である火炎輪百連発を…)
いくつか宙ぶらりんの単語があったが、だいたいこれで合っているだろう。
「打ち上げたってか。馬鹿かあいつら…」
住井は呟いて天を仰いだ。
住井護には
他人 とは違う特別な力がある。それは、少し先の未来に起こることや、現在に起こっていることで自分に関わりがあるもの、その端的な内容を単語で拾うことができるというものだった。例え、自分が全く予想し得ないことであっても。
住井は高校に入学してから程なくしてこの奇妙な力に目覚め、「これは神が俺に与えた天命だっ!」とばかりに噂からその真実へと誘う真実の探求者になった。
この『単語』が次々に浮かんでくるという現象は日常的にも起こっていて、住井は気になる噂、もしくは『単語』があるとその解明に全力を注いできたのだ。
住井自身あまり深くは考えていないが、この『力』は自分の周囲に長くて見えないアンテナを張り巡らせ、それに引っかかる『単語』を拾い上げるものだと解釈している。
そこから推測した内容が外れることはあっても、その『単語』だけはいつも正確に事実に食いこんでくる。
そして、その正確さと、『単語』という漠然さからとって住井はこの力のことを【運命の糸】と呼んでいた。
確かにその複数の単語に助詞などを補い、意味を見出していく作業はまるで糸を手繰り寄せているかのようではあった。
「ったく、何考えてんだよっ!」
住井は渡り廊下に急ぐ。
とにかく、騒ぎが起こった以上、連中を連れて脱出しなければならない。
見張りが来るのが早いか、自分が着くのが早いか。
「くそっ!」
住井は悪態を付きながらも全力で走った。
柚木詩子は茜達が潜入する前に、既に学校の敷地内に入り込んでいた。
浩平にはああ言われたが、やっぱり座して見守るなんて事は出来なかった。
解散してからまたすぐに商店街に戻り、少し時間をつぶしてから学校に向かった。
そして、いつもこの学校に潜入するときの秘密ルートである裏山を通って、
都合よく 破れているフェンスから潜入した。
(うぅ、さぶっ。やっぱり傘持ってくればよかったかも)
いやいやと首を振った。そんなもんもって潜入するやつがどこにいる。
傘は商店街の店の傘立てに置いてきた。割と気に入っているものなので、後で回収しなければならない。
(にしても…)
少し妙ではあった。
確かに裏山から進入したとはいえ、テロリストが占領しているにも関わらずどうしてこうも簡単に潜入できてしまうんだろう。
いや、別にスリルだとかサスペンスだとか激しい銃撃戦だとかを期待していたわけじゃないけど、これではあまりにも拍子抜けだった。
さすがに玄関は見張られていたものの、渡り廊下は全くのノーマークだとは。いくらなんでも不自然すぎではないのだろうか。
考えてみれば屋上や窓を除いて、出入り口はこのふたつしかない。そのうちひとつが完全に放置されていなんて、おかしいのではないか。
渡り廊下の近くの茂みに身を潜めてそんなことを思考する詩子だった。
(………)
ひょっとすると罠だろうか。
浩平達はたぶんここから潜入したはずだが、騒ぎになっていないということは、見つかっていないか、騒ぎになる前に取り押さえられたかだ。
この渡り廊下が罠だというのならここに足を踏み入れた瞬間、テロリストに包囲されていて薬でもかがされ、あっという間に捕まってしまう。
自分だって、もう安全とは限らない。
茂みに潜んではいるけど、ひょっとするともう見つかっていて、気付かぬうちに退路が塞がれているのかも知れない。
(知れない、知れない、限らない)
結局、どれも推測の域を出ないことではあった。
それなら、どれも憶測ならば、いっそのこと突撃してみてもいいんじゃないか。
真実がとりあえずすぐに分かるし、この渡り廊下が罠でないのなら、敢えて見つかってやることでこちらに注意を向けさせることが出来る。
そう思いながら、詩子は服のポケットの中の爆竹と百円ライターを握り締めた。
これは商店街のおもちゃ屋で購入してきたものだ。ちなみに背負っている背嚢の中にはこの爆竹の他にロケット花火やクラッカー、更に取っておきの打ち上げ花火『火炎輪100連発』なるものが入っている。
これ一個でかなり痛い出費だったが、このお金は後で浩平にでも請求するとしよう。
(あれ?)
ふと、違和感を感じた。
渡り廊下の近くの角に何かが居たような…
(…あっ)
その角から見覚えのある色の髪の毛が覗いた。渡り廊下の様子を伺っている。
(茜だ…)
どうやら、じっとしていられなかったのは自分だけではなかったらしい。
とにかく合流しようと思って、茂みから音を立てないようにそっと出る。
渡り廊下の辺りには誰の姿もないとはいえ、その真正面を通過するのは多少勇気が要ることだった。
音を立てないように、見つからないように慎重に移動して、茜の肩に手を置いた。
「ひっ…」
茜は身を引きつらせた。
「あか…」
「いやっ!!」
声をかけようとした瞬間に猛烈な勢いで突き飛ばされた。
とっさのことで受身も取れず、地面に叩きつけられる。一瞬呼吸が止まった。
「あいたたたぁ、いきなりなにすんのよ? 茜」
「……え?」
茜は何故か定まっていなかった焦点を徐々に詩子に合わせていった。
「…詩子?」
「うん、しいこさんよ。にしても茜ってばけっこう力あるね」
「ご、ごめんなさい」
「うんうん、分かれば良いのよ、わかれば。それにしても…」
やっぱりおかしい。
いくら辺りに誰も居ないとはいえ、これだけ騒ぎにして誰も来ないのは不自然だ。
(………)
やはりここは一発試してみようか。
「茜たち。ちょおっと、離れててくれない?」
「…いいですけど、何をする気ですか、詩子」
詩子はにやりと笑って言った。
「面白いことよ」
多少嫌な予感は感じながらも、茜をはじめとする三人は詩子から離れて茂みの中に隠れた。
詩子は背嚢から例のものを取り出し、しけってないことを確認すると、百円ライターで着火し、急いで茜達の所に向かった。
詩子が茂みにもぐりこんだ直後。
花火『火炎輪百連発』が猛然と火を吹いた。
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