Panic Party  第二十七回  南と髭

 

 

 

 至近距離での光の奔流に真っ白になっていたモニターのひとつはすぐにもとの映像を回復した。

「ふぅ…」

 ここ、職員室には黒服達の手によっていくつもの機材が持ちこまれており、教員達の机の上にやたらとでかいモニターが鎮座する姿はかなり以上ではあった。

「全く、驚かせやがって」

 いつもの学生服とは違い、黒服に身を包んだ南は、モニターに釘漬けになっていた視線をようやく外した。

 心臓はまだその早過ぎる鼓動を落ち着かせてはいない。

 とりあえず椅子に座って一息つく。

「はっ、低脳な」

 侵入者のその行為を罵ってみたところで、更に自分が空しくなるだけだった。たかが花火に驚いてしまったことは事実なのだから。

「何が…あった?」

 横手から南に声がかかる。年相応のしわがれた声だった。

「おや、お目覚めですか? 茂男先生」

 椅子から立ちあがって、つかつかと歩きながら南は言った。

「こう縛られていたらな、眠れるものも眠れない」

 南はその言葉にきょとんとして見せて、

「おや、それはそれは失礼しました。配慮が足りませんで」

 げらげらと笑った。

 それを見て椅子に荒縄で縛られている茂男は溜息を吐いた。

「老人はもっと大切に扱うもんだよ、南君。年長者として、そしてAIONの先輩としても言わせてもらうが、これだけは守っておいた方がいい」

 南は笑うのをぴたりと止めて、

「そうですか」

 

 茂男を思いきりぶん殴った。

 

「ごぉふ!」

 茂男は椅子ごと吹っ飛ばされて、床を舐めた。遅れて口中に血の味がぶわっと広がり、それでようやく殴られたことに気付く。

「貴重なご意見ありがとうございます。参考にしておきますよ」

 南はげらげらと笑う。その様子に茂男は吐き気を覚えた。それと同時に、南の親御さんに自分が二年間も担当しながら、こんな生徒を育ててしまったことを申し訳なく思う。

「どうして、今に…なってAIONは…動き出した?」

 痛みを努めて顔に出さないようにして、茂男は言った。

「あなたがこんなぬるま湯の生活におぼれて腐っていた外では、いろいろと事態が進行していたということだよ」

 茂男は南に聞こえないくらいの声で「ああ、そうか」と呟いた。

 

「来たる日々が、とうとう…」

 

「ん、何か言ったか?」

 茂男は倒れたまま、かろうじて見える窓の外に視線をめぐらせた。しかし、残念ながら今日は空は見えない。

「何でも…ない。それよりも、起こしてくれるとありがたいかな。これでは顔がつぶれてしまう」

「もう年だって言うのに、口だけは減らないな」

 文句をたれながらも南は顔から地面に突っ伏している格好の茂男を起こしてやった。

「生憎、この老体では使って減らないのはこれぐらいでな。若いもんには悪いが、少々大盤振る舞いさせてもらってるよ」

 南は車輪付きの椅子を茂男の前まで転がして、そこに座った。

「なぁ、先生。どうしてもっと慌てたりしないんだ? 言ってみればあんたは組織に見捨てられたも同然なんだぜ?」

 

(組織、か)

 

 茂男はその言葉を脳内で反芻した。

 思ってみれば、確かに自分はここの管理を任されたものの、組織の一員であるという自覚が足りなかったのかも知れない。

 表面上では一介の教師を装い、裏ではあれ、、がここに通う生徒にどのような影響を与えるかを調べる。そんな生活をずっとしてきた。

 だが、影響される人間などほとんど居ないし、ここでの生活も決して悪いものではなかった。だから、忘れていたのかも知れない。

 自分がAIONの一員であることを…

 

「この年になるとな、人から裏切られることも慣れすぎて大して苦にはならないものだよ。南くん。それに、そろそろ潮時だとは思ってたんだ」

 茂男は言って聞かせるように丁寧に喋る。その様子は普段教師職についている彼と微塵も変わりない。

「ふーん。そう言うもんかね。それに、どうせあんたのことだから今回の俺達…組織の目的は分かってるんだろ?」

「さぁ? 年老いた組織員をいたぶることではなさそうだが…」

 茂男はすっとぼけて言った。

「食えないやつだな…」

「改めて確認するまでもなく、どう見たって美味しそうには見えないだろう?」

「ほんと、食えないやつだ」

 呟いて、南はモニターに戻った。

 

 どうやら、侵入者は既に全員校内に入ったようだ。

 あれ、、の回収ももうすぐ終るところだし、とっとと終らせたいものだ。雨のせいか、今日はやけに冷える。

「そう言えば、長森はどこにいるんだ?」

 後ろから声、振り向くと茂男がこちらに目を向けていた。

「そんなこと、あんたが知ってどうするんだ?」

「別にどうもしないさ。そもそも縛られていては何もできない」

 南は鼻で藁って、

「そとの体育倉庫に監禁してるよ。連中はそれも気付かずに校内を探索してるってわけだ」

「連中?」

「あぁ、そうか。あんたは寝てたから知らないんだな。侵入者が居るんだよ。全部で六人」

「六人…? それは…」

 おかしい。という言葉を茂男は何とか呑み込んだ。

 長森を除くと、茂男が確認、、していたのは五人だった。

 だとするのなら、あとのひとりは一体誰だろう。

「ま、じきに分かるか」

「…何がだ?」

 怪訝そうな顔をする南に茂男は「別に…」と短く答えた。

 

 

 

  


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