Panic Party  第二十九回  南という男

 

 

 

「だ〜! 一体何考えてんだお前らっ!」

 少しばかり火薬の匂いが立ち込める一階渡り廊下に住井が飛び込んで来たのは、花火を上げてからわずかに三十秒程後のことだった。

「え、いや、だって。こっちに注意を引き付ければそのぶん折原君たちは安全になるかなって…」

 やっぱりちょっとまずかったかな〜とばかりに弁解する詩子。

 他の三人は詩子の凶行のせいか未だに放心している。

「じゃあ、それで折原達が安全になったとして、それでお前達はどうするんだよ? テロリスト相手に無事逃げられるとでも思ってんのか?」

 詩子は気まずそうに頭を掻いて言った。

「…えへへ、考えてなかったかも」

 住井は拳をわなわなと震わせて、

「この馬鹿女ーーーーっ!」

 叫んだ。久しぶりに、心の底から。その声で、茜が我に返る。

「と、とにかく逃げないと、このままじゃあ…でも私達が逃げたら浩平達が…え? あ、と」

 しかし、取り乱していた。

「…逃げるのは無理だと思うな」

 みさきがポツリと呟く。

「かなりのひとがこっちに向かってるよ。グラウンドから、いっせいに」

 その言葉に住井を除く一同は硬直した。

「ああ、お前らは裏山から入ってきたから知らないだろうけど、何故かグラウンドの方にかなりの人数が配備されてた。たぶん三十人くらいは居たぜ」

「それは、大人数ですね…」

 茜が汗ジト流しながら言う。錯乱しているせいかどこか人事のようでもあった。

「どどど、どうするの? このままじゃ捕まっちゃうじゃない!?」

 詩子が取り乱しながら言って、住井に頭をはたかれる。

「お前のせいだろが、お前の。責任取れよっ!」

「ンなこと知らないわよっ! つーか、誰よあんた?」

「逆切れすんなっ! それにさっき商店街で会っただろーが!」

 二人は取っ組み合いの喧嘩を始めて、

 

「言い争っている場合じゃありませんっ!!!!」

 

 共に、茜の怒声に動きを止めた。

「とにかく、今はここをどう切り抜けるかを考えてくださいっ! 喧嘩なんてしてる場合じゃないでしょう!?」

「…はい」

「…はい」

 二人は素直に頷いた。どうやら、普段大人しい人間が怒ると、とてつもなくコワいものがあるらしい。

(あんたのせいで怒られたじゃないの)

(何だと? 元はと言えばお前が)

 ギロッ!

「…すいません」

「…ごめんなさい」

 茜の眼光に射竦められて二人は不毛な責任の擦り付け合いを止めた。

「…とりあえず、中に入るしかないんじゃないかな?」

 何やらずっと考えていたみさきが渡り廊下の方に目を向けながら言う。

「脱出できるルートはないんですか?」

 怒鳴ったせいか、冷静さを取り戻した茜が尋ねる。確かに、今校内に入るということは内と外からの挟み撃ちに遭うと言うことで、当然かなり危険だ。

「一応、あるにはあるけど、場所的にグラウンドを突っ切らないと行けないところにあるし…」

 考えるまでもなく、そんなことは不可能だった。

「裏山は?」

「さっきの騒ぎがあった直後に5、6人で封鎖されたみたいだよ」

 当然のように会話を続ける二人に住井は怪訝そうな顔をした。

「あの、川名先輩…だったっけ? どうしてそんなことが分かるんだ?」

 盲目の先輩がいると言う噂は、昨年度の二年生の中ではかなり広まっていたので、住井もみさきのことは知っていた。もっとも、面識はなかったが。

「勘…かな?」

「いや、訊かれても困るけど」

「先輩の言っていることはかなり信頼できると思います」

「まぁ、里村が言うなら…」

 多少首を捻りながらも住井は納得した。

「じゃあ、とにかく学校に入って折原君達と合流しよっ、ぐずぐずしてるとまずいんでしょ?」

 詩子が言って、住井が嫌そうな顔をする。

「お前が言うと何かなぁ…、まぁ、いいや、とにかく中に入るぞ。いいかげん、雨も鬱陶しいと思ってたところだ」

「えーと、そういうことでいいかな? 澪ちゃん」

 うんっ

 澪は元気いっぱいに頷いた。

「スケッチブックがないと会話に参加できなくて可哀想ですね」

 最後に茜がしみじみと言って、一同は校内に入って行った。

 

 

 

 

 

「で、それで見事にここまで誘導されちまった、と?」

 きりきりする痛みに堪えながら俺は言った。これが終ったら胃薬でも飲むとしよう。

「ごめんなさい、浩平」

 茜が申し訳なさそうに言う。たぶん誘導されたことじゃなくて、家に居ろと言われたのに来てしまった事の方だろう。

「全くだ。あれほど家に居るように言ったってのに…、それにしても何考えてんだ? お前」

 俺は柚木を指差して言う。彼女はきょとんとして、

「ほえ? あたし?」

「お前以外にお前が居るかっ!」

「…言ってる意味が分からない」

 言ってから気付いたが、実は俺も意味が分からない。

「普通こんな状況で花火上げるか? もっと状況を考えろ」

「ちゃんと考えてたわよ。裏目に出ただけで」

「そう言うのを考えてないって言うんだ。だいたいだなぁ…」

 

「おい、お前ら…」

 

 言われて振り返る。あぁ、そうか、すっかり忘れてた。

「お前、今絶対俺のこと忘れてただろ?」

 そこには微妙に頬を引きつらせた南が居た。

「忘れられるほど存在感が希薄なお前が悪い」

「………」

 あ、黙った。一応存在感がないことは自覚しているらしい。

「誰ですか?」

 茜がミもフタもなく俺に訊いてくる。南の動きが完全に固まった。

 

 たぶん、たぶんだ。クラスの中で南をもっとも知っている可能性が高い人物は俺を除いたら茜だと思う。

 少なくとも俺の知っている限りでは二年生のとき、あまり目立つことがなく、どちらかと言うと陰険なタイプである南の友人だったのは御堂、中崎、村田の三人だけだったが、三人ともとある事情で学校を辞めてしまった。

 故に、南のことを知っている可能性のある人間は二年連続で南の後ろの席になっていた茜と、その茜と喋るためにたびたび南の席を借りる俺だけだったはずだったんだが、

 

「誰ですか?」

 

 である。

 少なくとも自分の南と言う名前と顔とを一致させてくれているはずのふたりの人間のうち、ひとりが実は自分のことを知らなかった。

 その衝撃は推して知るべしだ。

 ちなみに、七瀬はこの男のことを『テロリストのボス』としか認識していないようだ。同じクラスであることにも気が付いていないに違いない。

「…そんな」

 南はよろよろと後退さって、がっくりと机に手を付いた。

 茜はその南の顔をじっと見て、手をぽんと打った。

「あ、たしかあなたは同じクラスの…」

 南が顔を上げる。やっぱり覚えてくれていたのかと期待して、

「…沢口さんでしたっけ?」

 見事に打ち砕かれた。

 ちなみに俺は去年南のことをしばしば『沢口』と呼んでいた。それを茜はこの男の名前と勘違いしてしまっていたらしい。

「…俺は」

 南がゆらりと立ち上がる。

「俺は貴様らのことがだいっきらいだぁぁぁぁぁ!」

 南は力の限り絶叫して、黒服の下から何かを取り出して、

「…ブッ殺してやるよ」

 俺に向けた。

「南…」

 それは一丁のライフルだった。校内に居た黒服が持っていた小銃と同じ物だ。

「お前はそこまで墜ちたのか?」

 銃を向けられているにも関わらず、何故か俺はどこまでも冷静で、俺の視線は銃の引き金にかかる南の人差し指にのみ注がれていた。

「黙れ、黙れよ。お前に一体何が分かる?」

 俺は何か言おうとして、誰かに遮られて、何も言うことが出来なかった。

 

「そんなの、分かるわけないじゃない」

 

 誰かはそう言って、南の前に立ちはだかった。

 

 

 

  


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