Panic Party  第三十一回  奇跡の術者

 

 

 

 

 

 髭…茂男先生は少々大儀そうに、椅子に座った。その片頬が赤く腫れているのはテロリストに暴行されたからだろうか。

「無事…だったんですか?」

 茜が呟きとも取れる声で尋ねた。

「あぁ、何とかな」

 そう答える先生のその姿はどこまでもテロリストにされていたはずの人間には相応しくなくて、

 

「どういう…事だ?」

 

 俺はそう口に出していた。

 疑問はそれこそいくつもある。

 どうしてテロリストは学校を占拠し人質までも得ながらにしてなにも要求してこなかったのか。

 どうして完全にその道、、、のプロに誘い込まれた先に、三流野郎みなみが待っていたのか。

 学校占拠の連絡を受け取っているはずの警察が、人質が居るとはいえ、どうして全く動くそぶりさえ見せないのか。

 そもそも、どうして俺達はここに誘い込まれたのか。

 そして、

 

 今、長森はどこに居るのか。

 

 それらの疑問の答えの全てを、この目の前の男は持っているような、そんな気がした。

 疑問はもうひとつある。

 

 この男はどこから表れた、、、、、、、

 

 確かに南に気を取られていたとは言っても、こうして目の前に現れるまでは誰にもその存在を認識させなかったのだ。

 俺にしてみれば、いきなり目の前に現れたようにしか感じなかった。

「折原ぁ…」

 先生は、授業中に眠っている生徒を注意するような声で、俺に呼びかけた。

「…何ですか?」

 少々トゲが出てしまった俺の言葉に、髭は暗雲立ちこめる空を窓ガラス越しに見て、

「お前はなぁ、奇跡って信じるか?」

 そんなことを訊いてきた。

「奇跡…?」

 奇跡、それはこの世に起こり得ない不思議な出来事を指す言葉。

「あぁ、空に生きる矮小なひとつの存在が紡ぎ出す大きな大きな奇跡の力。お前はそれを信じるのか?」

 よく分からないことを言う。だから、俺は自分の意見を答えるしかなかった。

「奇跡なんてものは存在しませんよ、先生」

「どうしてそんなことを言う?」

 先生は眉をひそめて言った。俺の答えは自分の望むものではない、とばかりに。

「奇跡とは、起こり得ない事物を差して言う言葉です。だから奇跡はありません」

 例え、それ、、が起こったとしても、それは奇跡ではなくなってしまう。そういうものだと思う。所詮ひとが作り出した言葉程度では奇跡、、には届かないのだ。

「なるほど、そう言う答えも有りか」

 先生は感慨深く呟いた。

「折原がそう考えるのなら、それはそれでいいんだろう。しかし、今の世の中には奇跡がありふれている…」

 どこか詩でもそらんじるような抑揚のなさで、先生は続ける。

「先程、七瀬が見せた能力もその奇跡のひとつだ。そのような、この世に在らざる力を使いこなす者、我々AIONはそういった物達を『奇跡使い』と呼んでいる」

「…我々?」

 先輩が呆然とその言葉を呟く。俺も同じ気持ちだった。

「我々の目的は、その『奇跡使い』を集めること…いや、それは目的でなく手段か。七瀬」

「は、はい…」

 突然名を呼ばれ、驚く七瀬。

「それに、川名、長森、住井、上月、それとたびたび学校に進入してきた柚木詩子…だったか。お前達は既にその『奇跡』に目覚めている。立派な『奇跡使い』と言うわけだ。蛇足だが、一応私もな」

 先生の言葉を聞きながら、俺は今日一日のみんなの様子を考えてみた。

 錆びていたとはいえ、鉄のフェンスを引き裂き、机を凹ませ、弾丸を素手で受け止めた七瀬。

 盲目にも関わらず、軽やかな足取りで商店街を闊歩していた先輩。

 やけに詳しい情報を知っていた住井。

 異常なほど(元からとは思うんだが)存在感が希薄だった柚木。

 長森や澪は別に普通だったとは思うが、やはり何かの力があるのかも知れない。

「AIONはそれらの『奇跡』を集めている。いずれ訪れるであろう『来たる日々』に備えてな」

 来たる日々。

 それが一体何なのかは知らないが、少なくとも今回のテロリストの目的だけはわかった。

「だから、先生は南や他の人間を使って、俺達をここに集めさせたんですか?」

 話の流れからすると当然そういうことになる。しかし、どんな『奇跡』を持っているかも分からない相手を全員さらってくるのは無理がある。だから、長森はさらわれた。俺達をここにおびき寄せるためのエサにするために。

 クラス担任である茂男先生なら、俺達と長森が親しいことを知っていて当然だった。

「いや、違うよ」

 しかし、俺の見立てとは裏腹に先生は首を振った。

「今回の事に、私は一切関与していない。いや、していなくもないが、少なくとも私はなにも行動を起こしていない。せいぜい夏休み開始の連絡網を回したくらいだ」

「じゃあ、今回のことは?」

 俺の質問に、先生は気絶している南に目を向けて、

「全てはこいつの抜け駆けから始まったと言って良いだろうな」

 そう言った。

「そもそも、私はAIONうえから何の命令も受けていない。と言うよりも受け損ねたと言った方が正しいか。AIONは二つの命令を出したんだろうな。恐らくその内容はあるものを回収することと、そのあるものに影響され、目覚めた、、、、者を本部に連れて行くこと。南は私にこの命令を伝えるために伝令としての役目を負っていた。そして」

「…それを先生に伝えず、自分の手柄にするために抜け駆けをした」

 茜が先生の言葉を引き継いで言った。先生は頷く。

「その通り。南は、地方ごとにある人数派遣されているAIONの人間を全員駆り出し、今回の学校占拠となったわけだ。愚かなことにな。南は私には真実を何も伝えず、ただ『先生はAION見捨てられた』と言っていたよ。私が事態をようやく掴んだときには私自身人質になってしまっていたということだ。情けないがね」

 先生は自嘲ぎみに言って、嘲笑わらった。

「先生は…この学校で何をしてたの?」

 七瀬が訊く。俺達の中では先生は『先生』であってそのAIONとか言う組織の一員ではなかった。先生がその組織の命でこの学校に居たというのなら、先生は俺達の知らないところで何をしていたんだろう。

「私はAIONから命じられて、教員としての仕事をする傍ら、あるもの、、、、の管理と、それがここの生徒にどんな影響を与えているかを調べていた。誰が目覚めて、、、、いるのかも把握していたし、これから目覚めるであろう者も、その『奇跡』の内容も知っていたよ。だが…」

 先生はそこで一端言葉を切り、椅子に座りなおした。

「…私もひとつ聞きたいことがある。折原」

「何ですか?」

 先生は問い返す俺の目をじっと見て言った。

 

 

 

 

 

「お前、どうしてここ、、で動ける?」

 

 

 

 

 

 先生の言葉に、職員室の中が静寂が満ちる。

 いや、別に内容がショックだったわけじゃないんだが…

「……………………………………は?」

 むしろ意味が分からなかった。

 俺は静寂をどうにか疑問に変えると、少し失礼ではあるが先生の目を覗きこんだ。当然その目に乱心の光は宿っていない。

「言っていなかったが、南も『奇跡使い』だ。そして能力は【結界】といってな。ある空間を半球状のドームで包み込み、その内部にだけある法則を成り立たせると言うものだ。そして今回、その法則は『奇跡』による影響を受けたもの以外を動けなくする、というものだった。ここに居る人間が動けるのは別におかしくはない。南が駆り出した兵士でさえ、全員が何らかの影響を受けている人間だ。だが、お前は何の影響も受けていないはずだ」

「どうして、そんなことが分かるんですか?」

 俺は当然の疑問を口にした。それに、それなら俺だけじゃなく茜にも言えることだろうし。

「『奇跡使い』は他の『奇跡使い』、又は影響を受けたものをある程度知覚することが出来る。七瀬達はまだ目覚めたばかりだから無理だろうが、私はもう何十年も自らの『奇跡』と共に生きてきた。だから、ここに居る人間からはやはりその影響を受けていることをはっきりと感じることができる。だが、お前にはそれが全くない」

「………」

 心当たりは…ないことも、ない。

 自らを戒めるために使うことを禁じた借り物、、、の力。

 俺が背負った罪の象徴。

「そんなことは別にいいです。それよりも、先生は俺達をその本部とやらに連れていくつもりなんですか?」

 それが先生の仕事だと言うのなら、そうなのだろう。

「いや、そう言うつもりはないよ」

 先生はこともなげにそう言って、にいっと笑った。何か面白い悪戯でも思いついた子供のような笑みだった。

「だって、私は命令を受け取ってないからね。命令がない以上私は行動出来ないよ」

「じゃあ…?」

「君達はここで解散。校内に居るAION人間には話を通しておくから、早く家に帰って夏休みを始めるといい。ちなみに長森は外の体育倉庫に監禁されてるらしい。迎えに行ってあげなさい」

 先生と戦わなければならないかもしれないと思っていた一同はほっと息を吐いた。

「じゃあ、これで帰れるんだね」

 先輩が嬉しそうに言う。

「あー、さすがのしいこさんも今回ばかりは疲れたわ。はやいとこ家に帰ろ、茜」

「そうですね。なんだか今日は色々ありすぎて疲れてしまいました」

 はふぅ、と息を吐いて茜はその場に屈んだ。

『お風呂に入りたいの』

 そう澪の言う(書く?)通り、みんなは雨でびしょ濡れだった。服も髪もしっとりとしている。

「あー、疲れた。こんなことは二度とごめんだからね」

 首の当たりをぽきぽき鳴らしながら七瀬が言う。

「お〜い、みんな。まだ気を抜くなって、とりあえず長森さんを…」

 住井が、そこまで言って、はたと気付いた。

「南…どこ行った?」

 そう言えば…

 先程までその辺の床で気絶していた南の姿が何時の間にかなくなっている。

 七瀬はこともなげな顔をして言った。

「良いんじゃない? あんなヤツ放っといたって。どうせ一人じゃ何も出来ないわよ」

 しかし、住井は、

「まずいな…」

 不安げに呟いた。

「あいつ、ここから逃げるため長森さんを人質にするつもりなんじゃないか? 彼女を本部とやらに届ければ手柄になるだろうし」

 ………………………………………しまった。

「くっ、行くぞ七瀬」

 俺は七瀬のお下げを引っつかんで駆け出した。

「あだ、いたた。髪を引っ張らないでよ」

 廊下に出てから髪を掴んでいた手を放す。

「七瀬、髭の連絡を頼ってる時間はない。一気に強行突破するぞ」

「ちょ、ちょっと折原、本気?」

 まだ校内には十数人の武装集団が残っているはずだった。

「ああ、長森が心配だ。急ぐぞ」

「く、仕方ないわね」

 俺は駆けだし、七瀬も後に続いた。

 相手は衛士十余名。突破するだけなら、できない事ではないはずだ。

 

「無事でいてくれよ、長森っ!」

 

 

 

  


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