Panic Party  第三十二回  波瀾の幕開け

 

 

 

 目が覚めた。

 でも、目の前は真っ暗で、何も見えない。

「…あれ?」

 目は覚めたけど、目を開けるのを忘れていただろうか?

 普通はそんなことないと思うけど、浩平が言うにはわたしは妙なところで抜けているらしい。だからたまにはそう言うこともあるのかも知れない。

 だから目を開けようとして、やっぱり真っ暗だった。

「…おかしいな」

 とゆうよりもこれはむしろ、部屋の方が暗すぎるのかも知れない。だから目を開けたのに真っ暗だったと。

「なるほど」

 納得して、ぽんと手を打って、あれ? と思った。

 どうして真っ暗?

 いくらなんでもわたしの部屋じゃ、ここまでは暗くならないと思う。たぶん。

 それならここはどこだろう。そもそも、わたしは昨日何してたっけ?

 順番に思い出して見ることにする。

 まず朝はいつものように起きて、浩平を迎えに行った。

 やっぱりいつものように遅刻寸前で学校に着いて、一日の授業を受けた。

 昼休みは浩平とみさき先輩と澪ちゃんと一緒に学食でお昼ご飯を食べた。

 午後の授業を受けて、放課後の掃除もして、そして浩平と一緒にパタポ屋のクレープを食べて、途中で浩平と別れて、それから、

「それから…、それから?」

 …覚えてない。

「ええと…」

 考えてみる。浩平が更に言うにはわたしは妙に忘れっぽいところがあるらしい。ひょっとしたら忘れているだけかも知れない。

「ええと…」

 やっぱり思い出せない。用事を済ませようと、浩平と別れてその後からすっぱり何も思い出せない。これはさすがに忘れっぽいとかいう次元の話じゃないと思う。

 とりあえず、考えるのを止めて、辺りを見渡してみる。相変わらず真っ暗だけど、手探りで少しずつ様子を探っていく。ん? 今何かが手に当たったような…

 

 がしゃ〜ん

 

「痛ぁーーーーっ!」 

 火花がちらちら、元から真っ暗なのに目の前が更に真っ暗になる。

「な…なんだよ、これ」

 何か鉄格子のようなものに頭をぶつけたようだった。目を凝らしてそれが何かをじっと見てみる。

 よく見るとそれはかごだった。まるで体育倉庫にでもあるような鉄製の大きなかごだ。中にはいくつもサッカーボールが入っている。

「…体育倉庫にでもあるような?」

 自分の思考を反芻してみる。ひょっとしたらここは体育倉庫じゃないか。もしそうなら、これだけ暗いのにも頷ける。

 どうして、わたしが体育倉庫にいるのかは考えないことにして、わたしはとりあえず出口を探す。

 何度か物にぶつかったけど、ようやく扉のところまで辿り着いた。取っ手に手をかけて…

「…あれ?」

 開かなかった。

 ドアを叩く。

「誰か、誰か居ないの!?」

 反応なし。

 これは…ひょっとして、まずいんじゃないでしょうか?

 昨日が終業式の前の日だったってことは、今日は終業式ってことだ。そして、その次は夏休み。体育倉庫に閉じ込められているわたし。

「ちょっと、冗談だよ、ね?」

 いくらなんでもそれはまずい。

「ちょっと、誰か! 誰かぁ! 浩平〜!」

 どんどんどんどんどんどんどんどんどんどんどんどんどんどんどんどんどんどんどんどんどんどんどんどん………………疲れた。

 その場にへたり込む。

 ちょっと、まずいかも知れない。泣きたくなってきた。

「いやいや…」

 首を振る。あきらめるのはまだ早い。というよりも、あまり考えたくはないけど、この状況ではあきらめる=餓死だ。

 そんなのはさすがに嫌だ。

 何か…何か方法は…

 

「あっ…」

 

 あった。

 あれ、、を使えばたぶん脱出できる。扉を壊してしまうけど、今は緊急時だから仕方がない。うん、そうしよう。

「………」

 しまった。

 わたしは致命的なことに気付いた。

 あれ、、は楽器がないと使えないじゃないか。

「最悪だよ…」

 場所も場所だ。体育倉庫に楽器なんてあるわけがない。

「いやいや…」

 首を振った。あきらめるのはうまくない。

 せめて何か、何か音を出すための道具さえあれば…

 かつっ、

「え?」

 今、足に何か小さいものが当たった。拾い上げてみると、それは…

 これなら、これならあれ、、が使える。

 わたしは扉の前で大きく息を吸った。

 

 

 

 

 

「な、七瀬ぇ…ちょっとペース落とせっ!」

 先行して廊下を駆ける七瀬の後を必死に追いながら声を絞り出す。

「強行突破を提案したのは折原でしょ!? もっと懸命に走りなさい。止まったら死ぬわよ!」

「んなこといったって…」

 少し理不尽なものを感じる。そもそも【制御】のスピードに追いつけるわけがないじゃないか。

「喋ってる暇があったら、はぁっ! もっと足を動かしなさい!」

 途中のはぁっ! は回し蹴りをテロリストに放った際の掛け声だ。七瀬は俺を先導しながら、遭遇するテロリストを次々に打ち倒している。とんでもない強さだ。

 相手も『奇跡使い』ではあるらしいんだが、対象を殺してはいけないという命令が出ているのと、七瀬が速すぎるのとで、全く反応せずに打ち倒されている。

「お前…化けもんか…?」

「折原、女の子に化けもんは、ふっ! ないんじゃないの?」

 また一人テロリストが地に伏せる。いや、十分に化けもんだと思う。

「っと、折原、ストップッ!」

 七瀬が減速しながら叫ぶ。俺も足を止めた。

「…まずいわね」

 七瀬が廊下の先を見て言った。

 そこにはテロリストが四人ほど並んで立っている。廊下に一列、手には銃を携えて。

「確かに…、あれじゃあ無視して駆け抜けることもできないし、奇襲をかけても他のヤツに撃たれるな。どうする?」

 ここさえ抜ければ、外に出れるんだが…

「折原、ちょっと手を貸してくれない?」

 手?

「別にいいけど、どうするつもりだ?」

 怪訝に思いながらも手を差し出す。

「強行突破よ」

 七瀬は俺の手をしっかりと握ってそう言った。

 

 

 

 

 

 折原の手を掴んで、あたしは目いっぱいに叫んだ。

「どいてなさいっ! ケガするわよっ!」

 そして、手を引っ張り、折原の体を引き寄せて持ち上げた。

「お?」

 あたしはそのまま2、3歩助走をつけて、

「お、おい七瀬、まさか…」

 折原を前方に向かって思いきり投げ飛ばした。 

「うそぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉんんん」

 ドップラー効果で普段よりも低めに聞こえる折原の悲鳴を聞きながら、あたしは一気に駆け出した。テロリストが、有り得ない速さで飛んでくる折原を慌てて避けて、道が出来た。

 あたしは踏みこんで床と足との間に【増幅】を作用、同時に【制御】によって押さえられる反作用の大きさを極力少なくして、地面との反動で一気に前に跳んだ。

 テロリストの間を抜けて、上手く着地。転がっている折原を回収して、走り抜ける。

「む、むちゃくちゃすんなぁ!」

 床ででも擦ったのか、鼻をさすりながら折原が言う。あたしは折原を抱えて走りながら答える。

「苦情は後で聞くわ」

 後でも聞くつもりないけど。

 

 

 

 

 

 南は走って走って走りまくってようやく体育倉庫前に到着した。

「はぁ、はぁ、はぁ…」

 一応見張りである御堂が南に駆け寄った。

「どしたんだ? 南、そんなに慌てて」

「どうしたもこうしたもない。今すぐ長森さんを連れてここから出るぞ。AION本部に行くんだ」

「一体どうしたってんだ? 作戦の方は上手く行ってるのか?」

 御堂の言葉に、見張り二号である村田が笑って言った。

「何言ってんだよ御堂。こいつの様子見りゃ分かるだろ? 失敗だよ、失敗。だからオレは止めとけって言ったんだ」

 南は何か言い返そうとして、

 どんどんどん、

『ちょっと、誰か! 誰かぁ! 浩平〜!』

 倉庫の中から聞こえてきた声に中断された。

「あ、長森さん、起きたみたいだな」

「ちょうど良い、御堂、お前車を回して来い。お前の車、グラウンドの端っこに止めてあるだろ?」

「ああ、分かった」

 南に従い、御堂は駆けて行った。

「村田。とりあえず開けてやるんだ」

「了解っと」

 村田はポケットから鍵を取り出して、扉に差し込んだ。そのとき、

 

 ずばーーーーーーーーーーーーーーーーーーん!!

 

 扉と、そして村田が吹っ飛んだ。

 南は何事かと体育倉庫を覗き込んで、

「あっ」

「あっ」

 体育の授業などに使われる白いホイッスルを口にしている長森と目が会った。

 それを余所に、軽自動車が少々乱暴に走ってきて、南の傍に止まる。

「南、車回してきたぞ…て、一体何があった?」

 扉の下敷きになってぴくぴくしてる村田と、呆然としている長森を見比べながら御堂は呟いた。

「ナイスタイミングだ。長森さん、とりあえず車に乗ってくれ」

「え、あ? 何するんだよ、いきなり」

「いいから乗れっての」

 後部座席に無理やり長森を押し込んで、南は助手席に乗った。そして言う。

「出せ」

「おいおい、いいのか? 村田放ったらかしで」

「良いんだよ。あいつは一人でも生きていける人間だ」

『一人で生きていける人間じゃないからこんな怪しげな組織に入ったと思うんだが』という言葉を呑み込んで、御堂はアクセルをふかした。

 車が排気ガスを吹き上げて発信する。

「ちょ、ちょっと、どうなってるの?」

 長森は混乱しながらもとりあえずシートベルトを締めた。車に乗るときはいつも締めるようにしているのだが、こんな状況でまでするということを考えると習慣というのは恐ろしいものだった。

 長森の疑問には誰も答えず、車はグラウンドを横切って車道に出、一気に加速する。

「ふぅ、とりあえずはこれで安心だな」

 南がほっとして呟いた。

「そうだな。長森さんも確保できたし、結果オーライといったところか、ん?」

 御堂が呟いて、車内を見まわした。

「どうしたんだ?」

「いや、何かタイヤの調子が…」

 

 

 

 

 

「も、もう行っちゃったよ、折原君たち…」

 職員室にて、詩子は呆然と呟いた。

「とりあえず、あの二人に任せておけばだいじょうぶだと思うよ。浩平くんも留美ちゃんも強いし」

「でも、長森さんを連れて逃げられたらまずいんじゃないでしょうか。あのひと達が行く場所に心当たりもないし…」

 楽観的なみさきとは逆に心配そうに呟く茜。

「あぁ、それは多分大丈夫だと思うぞ」

 住井があっけらかんと言う。

『どうしてなの?』

「いやな、グラウンドの端っこに不信な車を見つけたんで、逃走用の車かと踏んで、ちょっと仕掛けをしておいたんだよ」

 すけっちブックを見て答える住井。

「仕掛け?」

「あぁ、少々の爆薬と起爆剤な。タイヤがある程度回転して熱を持つと爆発するようにしておいた。見たところあの車は前駆でな、前二輪に仕込んでおいたんだ。流石に駆動二輪がパンクしたら走れないだろ」

「住井さん、あなたは何者ですか?」

 茜がもっともな疑問を口にする。

「クラスの気になる情報通、住井護だ」

 住井はかなり格好つけてそう言った。

 

 

 

 

 

 ぼんっっっ!

 

 そんな音と共に車内が猛烈に揺れた。

「ななななななななななんだぁ!」

「た、タイヤがイカレた。これはやばいぞ」

 車が右へ左へ蛇行しはじめ、御堂は懸命にハンドルを切った。その甲斐あってか、車体はある程度安定し、どこかに激突するのだけは避けられそうだった。

 南と御堂がホッとしたのも束の間、

「ま、前っ!」

 長森が叫んだ。

 御堂が前を見てみると、車道の真中に女の子が突っ立っていた。

「お、おい! 冗談だろ?」

 まだ車はそれなりのスピードを保っている。こんなものにぶつかればただでは済まされない。

「くっ!」

 御堂は急ハンドルを切って、結果として車は電柱に激突した。

 シートベルトをしていた長森以外は慣性の法則に逆らえず、頭をしたたかに打ち付けた。

 南がくらくらする頭を抱えていると、ドアが開き、南は無理やり外に引っ張り出された。

 地面を転がって、何とか起き上がり、見上げるとすぐ目の前に先程の少女が立っている。

「な、てめぇ、一体どう言う…」

 南は最後まで言うことが出来なかった。少女に胸倉を掴まれたのだ。

あれ、、は、どこ?」

 少女は南をまっすぐに見ながら、訊いた。あれというのが何を差すのか、南はすぐに思い当たる。

「し、知らない。学校中を捜したんだが…み、見つからなかった…」

 べらべらと喋ってしまうのは、目の前の少女の瞳と、腰につけている剣が目に入ったからだ。答えなければ、たぶん切られる。

「本当に?」

「ほ、本当だ…、信じてくれ。たぶん、学校のどこかにはあると思うんだが…」

「そう…」

 少女は呟いて、手を放した。南はがくりと膝を着き、ぜいぜいと喘いだ。

「あなたは、AIONなの?」

「そ、そうだ。で、でもほんの下っ端だぞ。今回のことだって、俺は無関係で…」

 目の前に白刃が現れ、しばし遅れてキンという鍔鳴りが聞こえた。信じがたいことだが、目の前の少女は音よりも早く抜刀して見せたのだ。

「余計なことは言わないで」

 この状況で言えるわけがない。

 南はただ、この状況を心中で罵っていた。

 

(馬鹿野郎、冗談じゃねぇぞ、くそ、なんだって言うんだこん畜生…)

 

 どうしてこうなったのか分からない。自分は上手くやれていたはずだ。どこで歯車が狂ったのか、全く分からない。分からない…

 

「あまり虐めないでやってくれないか?」 

 

 突然の後ろから声。しかし目の前には白刃。振り向くことは出来なかった。

「…久瀬」

 少女が苦々しげに呟く。

「久しぶりだな、川澄さん。あまり物騒なものを振りまわすもんじゃない。またケガをするよ? きみの友達の二人みたいに」

 切っ先がぴくりと揺れた。

「貴様…」

「おっと、今回は別に喧嘩をしにきたわけじゃないんだ。ちょっと、そこの南君とやらの力を借りたくてね出向いてきたと言う訳だ。私としてはあなたが退いてくれると嬉しい」

 大仰に手を振りながら久瀬と呼ばれた男は言う。

「ぽんぽこたぬきさんと言ったら?」

 それに対し、川澄と呼ばれた少女は言葉に多少の怒気を含ませながら言った。

「闘り合うだけだ。だが、それは君とて不本意なことだろう? 君の目的はそこの南君ではないはずだ。君には果たさねばならないことがあるんじゃないのかね?」

 少女はぎりっと歯を食いしばって、刀を納めた。

「済まないな。それじゃあ、このひとは借りてくよ」

「勝手に…」

 少女は言ってきびすを返した。

「ふぅ、大丈夫だったかね?」

 少女が視界から消え去ってから、久瀬は南に問いかけた。

「あ、ああ。あんたは?」

「私のことはどうでもいい。じゃあ、行こうか」

「ど、どこへ?」

 久瀬は微笑って何も答えなかった。

 

 

 

  


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