Panic Party 第三十三回 旅立ちの朝 ―前編―
時間は今昼を少し回ったところ。俺を含む八人はリビングに集合していた。
「とりあえず、今までのこと整理して見ましょう」
…という茜の提案により、本件に関わっていたメンバーに俺が召集をかけたというわけだ。
昨日、あれから俺と七瀬はすぐに体育倉庫に着いて、長森が既に居ないことが判明した。
かなり焦りながらも一旦職員室まで戻って(このときには先生の連絡によりテロリストは襲ってこなかった)恐らくは車で逃げたんだろうという住井の言葉を聞き、今度はみんなで車道を捜索した。
住井が何らかの手段でタイヤをパンクさせていたらしいので、そう遠くまでは行っていないということだった。
その言葉通り、捜し始めて間もなく、電柱に激突して止まっている軽自動車が発見され、中で気絶していた長森を無事救出することができた。
そして、とりあえず倉庫の扉に押しつぶされていた村田と、車の運転席で気絶していた御堂を縛り上げ、身柄を街の治安を守る国家公務員に渡しておいた。
何時しか雨も止み、もうすっかり日も暮れてしまっていたので、みんなは解散し家に帰った。
俺は長森を家に届けたが、おばさんは泣いて喜んでいた。長森はきょとんとしていたが、俺もおばさんと同じ気持ちだったことは秘密にしておく。
ちなみに、恐らくは車の助手席に座っていたはずの南はどこにも居なかった。
とりあえず今日は重大な話をするはずだったんだが…
「折原君〜、酒はないの〜?」
「おい柚木、女子高生が昼間から酒ってのはどうかと…って勝手に冷蔵庫開けるなっ!」
「え〜、別に良いじゃん。そんな硬いこと言わずにさぁ〜。あ、缶ビールがたくさんあるよ!」
無視して冷蔵庫を開ける柚木。あー、もう。知らんぞ、俺は。
「浩平、台所をお借りしていいですか?」
「ん? 別にいいけど、何する気だ? 茜」
「ちょうど、お昼時ですから、みんなの昼食を作ります。材料は持ってきましたから」
言ってビニール袋を掲げる茜。
「ん、あぁ。よろしく頼む」
『手伝うの』
スケッチブックを掲げて、茜に駆け寄っていく澪。
「え、うん。じゃあ、おねがいしますね。浩平、エプロン借りますよ」
「ああ」
台所に消えていく茜と澪。なんだか姉妹みたいで微笑ましい。
「やっほ〜、折原ぁ、飲んでるぅ?」
七瀬なんかは既に酔っ払っている。床にはビールの空き缶がからからと…
「だぁ、止めろ、首に手を回すな! というかお前【
増幅 】かけてるだろ、痛い、痛い痛いって、折れる、折れる、折れちゃう!」必死で七瀬を突き飛ばす。
はぁはぁ、死ヌとこだった…
「大丈夫? 浩平」
恐らくはこの中で一番まともな長森が声をかけてきた。ちなみに先輩はありえない速さで次々に缶ビールをただの空き缶に変えているし、住井も七瀬や柚木と共に騒ぎまくっている。
「…長森、お前だけだよ」
俺ちょっと泣きたくなってきた。
そもそも、何故こんなことになったのか、
「そう言えば、浩平。大事な話って?」
今まで忘れていたが、俺は長森を呼ぶときに重大な話があると言っていた。確かに重要な話ではあるが…
「後で話す」
今はこんな話を切り出せるような雰囲気じゃない。
「あー、長森。俺ちょっと疲れたから寝るわ。そのうち起きるから俺のメシは取っておいてくれ」
「う、うん」
長森の返事を聞いてから、俺はソファで横になった。
疲れていたのか、すぐに意識が遠くなる。
目が覚めると、まるでそこは
戦 が終った戦場のようだった。七瀬や柚木、住井や先輩、果てには強引に薦められたのか茜や澪までが酔いつぶれて転がっている。
「あ、起きた?」
長森が覗きこんできた。
俺は微妙に頭痛のする頭を振って、体を起こした。
「この惨状は一体…」
リビングはとんでもないことになっている。そこかしこに缶や菓子の袋が散乱していて、料理の乗っていたであろう皿も机の上に散らかっている。
誰がこれを片付けるんだ?
俺か?
俺だろうな…
「わたしも手伝うよ」
おう、手伝え。これをひとりで片すのは絶対にムリだ。
「にしても、長森」
「ん? なに? 浩平」
「商店街での用事って結局何だったんだ?」
直接の原因ではないが、あれがなければ長森は拉致されることはなかったかも知れない。
「ん〜と、言わないと駄目かな?」
「いや、別に」
長森が話したくないことならそれはそれでいいと思う。
「じゃ、さっさと片付けるか」
言って、俺は菓子の袋を拾ってごみ箱にブチ込んでいった。
長森も皿と空き缶を片付け始める。
「浩平」
「ん?」
それなりに片付けた頃、長森に呼ばれて、振りかえった。
「今なら話せる?」
何が、と訊こうとしてその前に思い当たる。例の重大な話というヤツだ。
「ああ、そうだな」
と言っても、何から話せばいいのやら、まぁここは単刀直入に…
「俺さ、この街を出ようかと思ってる」
え? と言う声。
片づけを続けていた長森の手が止まる。
俺はもう一度言った。
「街を出ようと思ってる」
長森の口がわずかに動いた。多分『どうして』と言ったのだろう。
どうして、か。それは一番答えにくいことでもある。何せ、俺自身どうしてか分かっていないから。
「ちょっと、調べたいことがあってな」
とりあえずそう答えておいた。
俺がそれを決心したのは今朝のことになる。
いつものように目が覚めて、俺はカーテンを開けた。
時計を見ると時刻は八時少し過ぎ。普段なら驚愕して学校に行く準備をするところだが、幸い昨日から夏休みに入っているので全く問題はない。休日としてならいつもより早いぐらいだ。
リビングに下りて、適当に朝食を取って朝刊を読んだ。
昨日のことはニュースにさえなっていない。ひょっとしたら警察は動けなかったんじゃなく、動かなかったんじゃないだろうか。
そんなことを考えていると、ぴんぽんと音がした。長森だろうかと思って、長森ならドアベルを鳴らさないことに気が付く。誰だろうか。
「はいは〜い」
流石に由起子さんはもう仕事に行ったはずなので、俺が出ることにする。
寝間着のままだが、別に大丈夫だろう。
そして、ドアを開けると見知った顔があった。いや、確かに見知ってはいるがしかし、
「よう、折原」
俺はドアを閉めたくなる衝動にかられた。どうしてこの人がここに居るんだろうと考えて、とりあえずひとつの結論に辿り着く。
「こんな朝っぱらから家庭訪問ですか? 茂男先生」
その人物は我らが担任の髭こと茂男先生だった。
「そんなわけないだろ。ちょっと個人的な用事でな」
「ま、まぁ、とにかく上がって下さい。お茶は出せませんけど」
生憎煎れ方を知らない。
「いや、大した用事じゃないからここでいい。え〜とだな、私辞めることにしたから」
は?
「何をですか?」
「学校、と言うか教職だな。それで、挨拶をして回ってると言うわけだ」
「はぁ…って全校生徒の家をですか!?」
先生は
呵々 と笑って答えた。「馬鹿を言っちゃいかん。
担任 ってる子だけだよ」「そうですか。にしてもどうしてこんな朝早くに?」
「あー、一応追われてる身でね。悠長にはしてられなくてな」
そんな笑顔で言われても全く現実感が伴わないんですけど…
「で、だ。折原には預かって欲しいものがあってな」
そう言って、先生はかなり大きめのリュックから何かを取り出して、俺に手渡した。
どくん
見てみるとそれは琥珀色で子供の握りこぶしほどの球体だった。くすんでいて、中は見えない。
「何ですか、コレ?」
「AIONが今回のことで回収しようとしていたものだ。私があの学校でずっと守り続けていたもので、『奇跡』の源でもある。AIONでは確か『翼人の
結晶 』と呼ばれてるものでな。一応大事なものだから無くすなよ」思い当たる言葉がある。たびたび出て来た単語、
アレ 。「ど、どうしてこんな重要そうなものを俺に?」
「いや、どうせこのままじゃAION本部に届ける前に奪われるだろからな。事件に関わってて、とりあえず一番信頼できそうなお前に預けておこうかなと思ってな。七瀬や里村や長森じゃ少し不安でな」
いや、そんな軽い口調でこんな重要アイテムを渡されても困るんですけど。
「それじゃあ、私はもう行くよ。折原。達者でな」
さわやかな笑顔でそう言って、茂男先生は去っていった。
「ちょっと、先生っ!」
追いかけようと思ったが、先生の背中は既に遥か遠くに見えた。あんなでかいの背負ってるのに何てスピードだよ…
「にしても…」
先生から預かったものを見てみる。『奇跡』の源とか言ってたが、別にそんな大層なものには見えない。これがみんなに奇妙な力を与えたのだろうか。
「これ…」
別に変わったところは見当たらない。強いて言うのなら…
「どこかで見たことがあるような…」
いや、多分見たことはないと思う。
「ん?」
先生が走り去った後に何やら封筒が落ちていた。
拾い上げて見ると、『折原へ』と書いてある。このクセ字は多分先生のだ。
封を切って、中身を出す。便箋だった。やはりここにも『折原へ』とある。
怪訝に思いながらも読み始めてみる。
そこには、全てが書かれていた。
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