Panic Party  第三十四回  旅立ちの朝 ―中編―

 

 

 

「どうして?」

 今度はちゃんと声に出して、長森は言った。

「調べたいことがあるんだ」

 俺は再びそう答える。嘘はついてないが、多くも語らない。

 長森はしばらくうつむいて、

「本当に行っちゃうの?」

「あぁ」

 それに対してははっきりと答えることができた。

「それなら…」

 長森が顔を上げる。

「わたしも付いて行くよ」

 なんとなく…

 なんとなく長森がそう言うと言うことは分かっていたような気がする。

「どうしてだ? 今年は長森だって受験だろ? わざわざ俺に付いてくる事はないじゃないか」

 今度は俺が問いかける。長森は言葉に詰まった。

「…だ、だって、浩平ってひとりじゃ何もできないし…心配なんだよ。だから…」

 それは、いつも長森が俺に世話を焼いてくれるときに言う言葉。いつでも長森が本心を隠して、そして言う言葉。

 今度もまた、嘘だとすぐに分かった。

 俺と長森の付き合いはそれこそガキの頃からだ。俺は長森のことを誰よりも知ってるし、長森もそうなんだろう。

 それに何よりも今年の冬、永遠の世界に引き込まれそうな俺を引き止めてくれたのはこいつだから。

 その時、お互いの気持ちを確かめ合ったふたりの間では、こんな戯言ウソは通用しない。

 長森もそれは分かっているらしく、喋りながらだんだん顔を伏せていき、遂には言葉を止めた。

「…長森」

 長森は、肩を震わして泣いていた。

「…嫌だよ。浩平と離れるのは…。どこかに行っちゃうんじゃないかって、わたしを置いて行っちゃうんじゃないかって、あれからいつも考えてた」

 長森は潤んだ目じりを拭って、顔を上げた。その顔を見て、

 

 

 心臓が、止まるかと思った。

 

 

 長森の、こんな表情を見たのは始めてだった。

 それは、自らの本心を伝えることを決心した表情かお。いつの間に、こいつはこんなに強くなったんだろう。

 

「わたしは、浩平と一緒にいたいよ」

 

 たったそれだけで十分だった。それだけで分かってしまった。

 誰も巻き込むことはできないなどと言う俺のちゃちな決心は、

「分かったよ…」

 こいつの覚悟と相殺できるほど強いものではないことが。

 例え、ここで俺が拒絶したとしても、長森は付いて来るんだろう。泣きながら。いつものように「心配だよ」って微笑わらいながら。

「ったく、勝手にしろ」

 言いながら空き缶をつぶしてごみ箱に放り込んだ。我ながら照れ隠しみたいで、少し情けなくなった。

「うん、勝手にするよ」

 はぁ、と溜息を吐いた。

「あ、浩平。それわたしの真似」

 なんとなくいつも溜息を吐いてる長森の気持ちが少しだけ分かったような気がする。

「溜息を吐いただけだっての。真似したわけじゃない」

「ちゃんと特許は取ってあるんだよ。使用するときはわたしの許可を取らないと駄目だもん」

 いつから溜息は特許制になったんだろうか…

 いや、長森のことだから本当に特許を取ったのかもしれん。今度から長森っぽい溜息は控えよう。

 そんなことを決心していると、玄関の戸が開く音がした。

 

「浩平君、ただいま」

 

 由起子さんだった。

「…今日はずいぶんお客さんが来てるのね。あら瑞佳ちゃん、こんにちわ。というか凄い惨状ね」

 やたらとでかい荷物を置いて、由起子さんはリビングの中を目で攫った。酔いつぶれて転がっている七瀬達の様子はどことなく戦場の跡地を思わせた。

「こんにちは、由起子さん。ごめんなさい、ちょっと散らかしちゃって…」

 この惨状を形容して「ちょっと」という長森は割と大物なのかも知れない。「良いのよ、別にこれぐらい」などと手を振って笑っている由起子さんは言わずもがな。

「どうしたんです、今日は?」

 とりあえず訊いてみた。由起子さんは大手の文具メーカーに勤めていていつも帰りが遅く、ほとんど顔を合わせる事がない。こんな時間に帰ってきたのはひょっとしたら始めてかもしれなかった。

「うん、ちょっと用事があってね。それよりも浩平君。夏休みのことなんだけど」

「夏休みの? 何かあるんですか?」

「うん、ちょっと悪いんだけど、下宿してくれないかな」

 へ?

「げ、下宿って、浩平がですか?」

 長森も俺と同様驚いている。

「うん。私ちょっと八月一杯は凄く忙しくて、たぶん、家に帰って来れないのよ。流石に浩平君を放ったらかしにするわけにもいかないし…」

 確かに。いつもは由起子さんが食事を用意してくれるからいいけど、由起子さんが居なくなったらチャーハンしか作れない俺はチャーハンとインスタント食品と惣菜づけになってしまう。

 育ち盛りの高校生にとっては危急存亡の危機だった。

「それに、浩平君はこの街を出るんでしょ? どうせ探し物だってどこにあるか検討もついてないんだろうからちょうど良い機会じゃないの」

 俺は突発的な頭痛に頭を押さえた。

「どうして…知ってるんです?」

 ちなみに街を出る決心をしたのは今朝のことだ。まだ長森以外の誰にも話していない。

「さっき、髭先生から会社に連絡があってね。全部教えたって。どうせ浩平君のことだからじっとしてられないだろうなって思って」

 俺はさらに頭を押さえた。

「ひょっとして、由起子さんは全部知ってるんですか? 今回のこと」

「大体はね。少なくとも昨日学校が大変なことになったのは知ってるわよ、南君と髭先生のせいで。情報が入って来たときにはさすがに驚いたけど、大体のことは仕込んでおいたし、平気かなって」

「仕込むって…」

 なんとなくヤな予感がするんですが。

「AIONがまた不穏な動きをしてるって情報があったから、浩平君巻き込まれたときのためにちょっと技をね。毎晩眠ってる浩平君に催眠術もどきをかけて夜な夜な特訓させてたってわけ。どう? 役に立った?」

「ひょ、ひょっとして、浩平があんなに朝弱かったのは…」

 長森が汗ジト流しながら恐る恐る尋ねる。

「う〜ん。ちょっと体を酷使しすぎてたからねぇ。その影響かしら?」

「………(唖然)」

「………(唖然)」

「あら? どうしたの? 二人とも固まっちゃって」

 …ようやく合点がいった。普通に睡眠時間を取っているはずなのに朝とか授業中あんなに眠かったのはこの人のせいか。

「それでね、その下宿先なんだけど、ここから結構北にある街でね。華音市って所の『水瀬』ってお宅なんだけど…」

「水瀬…?」

 はて、どこかで聞いたような。

「うん、ほら。ちょっと浩平君の友達で、ちょっと前に転校しちゃった子がいたじゃない? えーと名前は…」

 転校した人間なんて一人しか知らないのでそいつの名前を言う。

「相沢祐一?」

「うん、その相沢くん? 彼の叔母さんにあたる人が水瀬秋子さんって言ってね。浩平君を預かってもらえるよう連絡したら、一秒で了承されちゃってね。まぁ、彼女なら安心かなって」

 あぁ、それでか。確か相沢の口からたびたび水瀬という単語が出てきていたような気がする。いとこがどうだとか。

 ちなみに、相沢祐一と言うのは俺の友人で、今年の一月に転校してしまった男だ。なかなかに稀有な人材で、俺の突発的な小ボケに対してきっちりと対応できる数少ない人間の一人だった。

 転校したときは惜しい男を亡くしたもんだと感慨にふけったものだが…

「由起子さんはいつ出かけるんですか?」

「そうね、なるべく早いほうがいいし。そろそろ行かないとね」

 それは早すぎじゃないでしょうか。

「心配しなくても、明日には浩平君が伺うって秋子さんに言っておいたから大丈夫よ。ちゃんと部屋も用意してくれるって言ってたし」

 いや、そう言う問題じゃあないんですが。

「あ、それと瑞佳ちゃん。悪いんだけど、浩平君と一緒に行ってくれないかな? ほら、この子って放っとくと、何しでかすか分からないでしょ?」

「え、あ、はい。わたしも元から付いて行こうと思ってましたから」

「そう、それなら安心ね。じゃあ、浩平君。私はそろそろ行くから。水瀬さんに迷惑がかからないようにね」

「え、あ、ちょっと由起子さん!」

 追いかけようとするが、由起子さんは既にでかい荷物と共に玄関を出ていた。って、速すぎだよアンタ。

「…なぁ、長森」

「…なに?」

「あの人ってさぁ、あんなキャラだったっけ?」

「さ、さぁ。わたし、会ったの久しぶりだし」

 俺も、ずいぶん会ってなかったような気がする。

 俺と長森はしばらくの間ぽかんと立ち尽くした。

 まるで台風のような彼女が通りすぎた後、リビングは再び戦闘後の跡地に戻ったのであった。

 

 

 

  


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