Panic Party 閑話 彼を救う唯一の方法
浩平達が街を出て既に数日が経過した。
茜は傘を少し立てて、厚い雲に覆われた空を見上げる。少し、雨が目に入るが気にしない。
いつもの空き地、そこに前のような悲しみにの色はなく、雨は優しく
人間 を撫でて地面に吸い込まれていく。そう言えば、と茜は思う。
自分が雨の日にこうして待ちつづけているのは、あの人が雨の日に消えてしまったからだった。その他には何の意味もない。
しかし、今考えてみると、自分は雨が好きだったのではないだろうか。
「………」
分からない。でも、決して嫌いではないと思う。
夏の雨は、優しい。
このことに気付かせてくれた人は、もうこの場には居ないけれど。
だからこそ、ここであの人を待ち続けよう。
彼等の前途に目一杯の祝福と、そして溢れるほどの幸運を願って。
自分には、それしか出来ないと思うから…
「…え?」
わずかに耳に届くじゃりっという砂を踏む音。
自分以外に
空き地 にだれかが居る。「君は、こんな所で何をしてるんだい」
問いかけるのは優しい声。
振り返った先にひとりの男子生徒が居た。
どうして生徒だと分かったのかと言うと、何故か夏休みにも関わらず制服を着ていたからだ。彼は雨の中傘もささずに空き地の入り口に立っている。
その目はどこまでも透き通っていて茜は何故か、何故か浩平のことを思い出した。
「あなたは…」
見覚えのある顔だった。三年生になってからは見なくなった顔。たしか…名前は、
「………………………え?」
その名前に思い至って、愕然とした。
風邪の噂では、その名前の男子生徒は今年の始め頃、
死んだはずではなかったか 。「こんな所で何をしてるんだい」
彼は先程と全く同じ口調で問いかけた。
「…人を、待ってるんです」
「…よかった。一瞬口が利けないのかと本気で心配したよ」
胸に手を当ててほっとする仕草をする。
「氷上…シュンさん…?」
彼…氷上シュンは意外そうな顔をして、
「僕のことを知ってるのかい? あまり登校はしてなかったはずなんだけど」
登校していなかった。
確かにその通りだ。でもそれは…
「どうして…生きているんです…?」
心で思った疑問はそのまま口をついて出た。
氷上シュンは去年は大病を患って、一年間のほとんどを病院で過ごしていた。そして今年の初めに…
「死んだはずじゃ…なかったんですか?」
学校の中で噂にはなっていた。二年生の男子生徒が死亡したという訃報が学校に届けられたことが。
シュンはふむ、と顎に手を当てて、こともなげに言った。
「僕が今君の前にこうして立っているんだから、きっと死ななかったんじゃないかな」
シュンは透き通るような…悪く言えば虚無的な…笑顔を浮かべる。
「それで話を戻すけど、たぶん君がここで待っていてもその人は現れないと思うよ」
「どうして…そんなことが分かるんですか?」
「…どうして、か。あまり君に影響力を持たせたくないから詳しくは言えないが、一つだけ例を挙げさせてもらうよ。例えば、君には恋人がいるとしよう。彼は船でひとり海に出た。そして行方不明になったという報告が君の元に届いた。彼がいる大体の場所は分かるが荒れ狂う波のせいで救助隊も救出は不可能だ」
一体なんの話を始めたのかと思って、耳を傾ける。
「彼を救う唯一の方法はなんだと思う?」
考えて、一つ思い当たる。
「それは…」
「そう言うことだよ。君がその選択を選ぶのかは分からないが、僕は少ない残り時間の中で敢えてその道を選ぼうと思う。たぶんこの道を通るのも最後だ」
シュンはそう言って空を仰ぐ。そして両手を伸ばした。
「…良い天気だね」
それは流れ過ぎる時間の中この世界の美しさを心に刻み付けているようで、優しく語り掛けてくる雨の声を聞いているようで、茜は少しだけ哀しくなった。
そして、同時に悟る。
ああ、たぶんこのひとは、もうすぐ死ぬんだな。
シュンはしばらくそうしていて、名残惜しそうに手を下ろした。
「それじゃあ僕はそろそろ行くよ。また会えると良いね? と言っても君にとっては迷惑かも知れないけど」
決して自嘲ではなく自然に笑ってシュンはきびすを返した。
「さようなら」
そう言い残し、シュンは茜の前から消えた。
茜はそれを見送った後、傘を下ろして、シュンがそうしていたように空に手を伸ばしてみた。
夏の雨は優しい。
でも何も語りかけてはくれなかった。
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