Panic Party  第三十五回  旅立ちの朝  ―後編―

 

 

 

 そして、旅立ちの朝。

 俺と長森はまだ人気のない商店街を歩いていた。

「なんか、不思議な感じがするよ」

 長森がポツリと言った。

「どうしてだ?」

「こんな朝早くに浩平と商店街を歩くなんてこと、今までなかったもん」

 まぁ、そうだろうと思う。こんな早くに商店街に来ても開いている店なんて一軒もないし、何より誰かのせいで俺が朝弱かったこともある。

 

 俺達は早朝の商店街を眺めながらゆっくりと歩いて行く。目的地はこの先にある駅だ。

 まだ始発までは時間があるはずなのでゆっくり、ゆっくりと景色を目に刻み付けていく。

 別にもう見れなくなるというわけじゃないが、少なくともしばらくは見れなくなることは確かだった。

「長森、本当にいいのか?」

 俺は昨日から何度も繰り返した質問を敢えてもう一度した。答えは分かりきっていたけれど、もう一度だけ確認しておきたかった。

「うん。わたしは浩平と一緒にいたいから」

 長森もまた、何度か繰り返した答えを口にする。

 俺は少しだけ申し訳ないと思った。俺は自分でもはっきりとは掴めていない漠然としたものを追い求めているというのに、そんな俺を心から信じてついてきてくれる長森こいつ

 こんなことを言ったら怒るだろうから、俺は全く別のことを言った。

「なぁ、長森。どうしてそんなに荷物がデカいんだ?」

 家にあったリュックに適当なものを詰め込んで背負っている俺とは違って、長森はまるで海外旅行にでも行くような風体だ。

「浩平が少なすぎるんだよ。それに、女の子は色々と要るものがあるの」

 はぁ、そういうもんですか。

「ところで長森、時間は?」

「まだ全然大丈夫だよ」

 何となく長森の時計が狂っていて大失敗という漫画的オチを想像して、ポケットから取り出した携帯電話で時間を確認する。長森の言う通り時間は問題なかった。

 ちなみにこの携帯はあの後由起子さんが「忘れ物したぁ!」などと言って戻ってきたときに半ば無理矢理持たされたものだ。ちゃんと料金は払ってあるらしく、通話することもできる。

 他人の家に厄介になる身としては確かに必要なものだった。

 長森も、心配した親から携帯を持たされたらしい。既にお互いの番号は登録しあっている。

 便利と言えば便利だが、最近の機械は複雑に過ぎると思う。俺のほうは昨日説明書をざっと読んだだけで大体分かったからいいが、長森なんかは「使い方が分からないよ〜」と嘆いていた。

 後でメールの使い方ぐらいは教えておいてやろう。

 そんなことを考えながら歩いていると、

「ヘイ! そこのおふたりさん。クレープ食べてかない?」

 パタポ屋の前を通ったとき、どこかで聞いたことのあるような声に呼び止められた。

 振り向くと、バイトの娘がいた。こんな朝っぱらにも関わらず、パタポ屋の制服を着て、いつでもクレープを焼けるような状態だった。

 当然の事だが、俺は突っ込む。

「どうしてこんな朝早くから営業してるんだ?」

 ちなみに通常パタポ屋の開店はPM10:00だ。断じて始発の前にやっているものではない。

「折原君たちが街を出るって聞いたからさ、常連さんのよしみで最後に私のクレープを食べてもらおうと思ってね。店長説得して店開いて待ち構えてたってわけ」

 俺と長森は顔を見合わせる。

「長森、お前こんな噂になるほど辺りに言いふらしてるのか?」

 俺は街を出ることを誰にも話してないので、こいつが言ったとしか考えられなかった。

「それは浩平でしょ? わたしはお父さんとお母さんとねこにしか言ってないもん」

 余談だが、長森の家には猫が多い。「いつのまにか増えたんだよ」とは長森の言葉だが、真実のほどは定かではない。

「そんなことはどうでもいいじゃないの。それよりも何にする? 今日はサービスで全品無料タダでいいわよ?」

 クレープの生地を伸ばす棒(名前は分からない)を手でぺしぺしと叩きながらバイト少女が言う。

 俺と長森は苦笑して、同時に言った。

『チョコバナナ』

 

 

 

 

 

「遅いわよ、折原」

 クレープを食べながら歩き、駅に着いたところで七瀬に迎えられた。当然疑問に思う。

「どうしてお前がここに居るんだ?」

「朝っぱらからずいぶんな挨拶ね。それに、あたしだけじゃないわよ?」

 言うが早いか、七瀬の後ろから出てくる出てくる見知った顔が。

「おはよう、折原君。昨日はよく眠れた?」

 にこにこ笑顔で訊いてくる柚木。昨日あれだけ騒ぎながらも二日酔いの気配は全くない。

「あ、あぁ。一応な。みんなは見送りに来てくれたのか?」

「はぁ? 何言ってんの、あんた」

「…俺、何か変なこと言ったか? 長森」

「え? そんなことはないと思うよ?」

 そんな掛け合いをしていると、横から何かを差し出された。

「はい。浩平君と瑞佳ちゃんのぶん、、の切符。なくしたらだめだよ」

「あ、どうも」

 半ば反射的に受け取り、

「…ぶん?」

 疑問に思った。まさか…

「じゃ、ふたりも来たことだし、さっさと電車に乗りこむわよ、みんな」

 七瀬がテンションと声高らかに言って、

「ちょっと、待て。どういうことだ一体?」

 おー、などと陽気に返事をして電車に乗りこもうとする柚木の肩を引っつかんでこっちを向かせる。

「どうゆう事って…、ほら、折原君たちが華音市に行くって言うからわたしたちも便乗しようかなって。どうせヒマだし」

 柚木に同意し、うんうんと頷く一同。正確に言うのなら七瀬と先輩。

 澪も『楽しみなの』とかスケッチブックに書いている。

「………ヲイ」

 なんだろうこの状況は? 誰も巻き込まないと決心したはずの俺だが長森には言い負かされ、さらに今この瞬間にもその人数を激増させようとしている。

 とりあえずひとつだけ、気付いたことがあった。

「お前ら、俺達が由起子さんと話してるとき、狸寝入りしてただろ? つーか、知り合いに言いふらしてたのもお前らか?」

 七瀬は「何の事かしら?」などと首を傾げて言う。日頃の俺との掛け合いで鍛えられたのか、いつの間にか食えないヤツになったもんだ。

「あぁ、もう。勝手にしろ!」

 もう既に勝手にしているような気もするが、とりあえず俺は叫んだ。

 何か、もうどうでも良くなってきたような気がする。弱いなぁ、俺の決意って…。

「…あれ?」

 長森が何かに気付いて声を挙げる。

「里村さんは?」

 …そう言えば、居ないな。

「茜からは伝言を預かってるわ。折原に伝えといてくれって」

「茜は…来ないのか?」

「ええ、そうみたい」

「そうか…」

 って、何がっかりしてんだ俺は。この場合来ないにこしたことはないだろうに。

「それで、伝言って?」

「うん、とりあえずひとことだけ…」

 

『司を待ちます』

 

「そうか…」

 呟いて、俺は茜の言葉を心の中で反芻した。

 それが茜の選んだ道だというのなら、俺からは何も言うことはない。

「あたしにはよく分からないんだけど、茜も色々と苦労してるみたいね」

 七瀬は少し遠い目をして、すぐにもとの調子に戻った。

「ささ、折原。早く乗らないと電車が出るわよ。瑞佳もほらっ」

「う、うん」

 半ば強引に電車に乗せられ、席に座る。

 何かを考えようとするが、考えがまとまらなかった。行楽気分ではしゃぎまくっている周りの環境も手伝ってのことだろう。

 とりあえず俯いていても仕方ないので、顔を上げて前を見る。向かいの席のひとと目が合った。

「よっ、折原。奇遇だな」

 再び顔を伏せる。何故なにゆえこいつまで乗ってるか…

「駄目だぞ、折原。挨拶をされたらちゃんと返すってのが日本人の心ってもんだぞ」

「あれ…? 住井君?」

 先輩が俺の向かいの男、住井護に気付いて声をかける。

「あ、川名先輩。おはようございます」

「住井君も行くんだね。華音市に」

「当たり前ですよ。このクラスで気になる情報通、住井護には真実を追究する義務があるんです。例え折原が街を出なかったとしても、俺はAIONの情報を得るために街を出てたでしょうね」

 こいつはこいつで目的があるらしい。

「にしても、折原。他の人は分かるんだが、どうしてお前がこの街を出るんだ?」

「他の人は分かる?」

「あぁ、だって、髭も言ってた通り、ここに居る折原以外はみんな『奇跡使い』なんだぜ? 俺はAIONが『奇跡使い』を集めて何をするつもりなのか知りたいと思ってる。それに、俺が独自に入手した情報ではAIONが華音市で何やら動きを見せてるらしくてな。俺達には華音市に行く立派な動機があるんだ」

「そのことをみんなには?」

「言ったよ。昨日の帰り際にな。折原が街を出ると言い出さなくてもいずれ俺達は華音市に向かってたと思うぜ」

「…そうか」

 動機、動機か。それなら俺にもないことはない。水瀬家に下宿することだ。

「…俺もな、知りたいと思ってるんだよ」

「何をだ?」

 住井の問いに俺は答えなかった。

 住井も答えを聞くのを諦めたのか、窓の外へと目を向ける。

 しばらくして、発射のベルが鳴り、ドアが閉まった。

 駅のホームがバックしはじめ、街は次第に遠く、小さくなっていく。

 思えば、始めて見る光景だった。

 この街に来た事はあっても、出たことは今までなかった。

 その景色は少しだけ新鮮で、少しだけの不安をかもし出していた。

「…浩平」

 何時の間にか隣に座っていた長森がうわ言のように呟いた。寝てるのだろうか?

「ずっと、一緒だよ」

 そう言った後に、すーすーと寝息が聞こえ始める。最近部活が忙しかった上に、あんなことがあって、疲れているんだろう。

 俺は少しだけ笑って、

 

「あぁ、一緒だ」

 

 そう答え、また窓の外に目を遣る。

 その景色から少しだけ不安の色が消えたのは、きっと気のせいではなかったはずだ。

 

 

 

  


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