Panic Party  第三十七回  出会い、そして受難

 

 

 

「適当なところに座ってもらえますか?」

 言われた通り適当なところに座る。

 思うに『適当なところに座れ』と言われて座るところがあるのはとてもいい事だと思う。一度、住井の家に遊びに行った時なんかは「適当なところに座ってくれ」と言われて思わず「どこに?」と訊き返した覚えがある。それほどまでに住井の部屋は色々な物で散らかっていた。

 あまりの散らかりぶりに「掃除しろよっ!」と怒鳴ったら『俺は忙しいんだよ、ならお前がしろよっ!」などとワケのわからんことを言いながら逆切れされたことを今でも鮮明に思い出せる。

 それと比べれば、この部屋の何と綺麗な事か。物がちゃんとあるべきところに収納され、使いやすいように整頓されている。

 部屋の中身というのは持ち主の性格に反映されると言うがまったくそのとおりだと思った。

「どうしたんですか? きょろきょろしていたと思ったら突然物思いにふけったと思ったらまたきょろきょろして」

 不審な行動を取ってしまっていたらしい。いかんいかん。

「それで、お話ってのは?」

「ええ、単刀直入に訊きますけど、あなた達は『奇跡使い』ですね?」

 質問と言うよりも確認。終始笑顔だった表情も今ではなりをひそめている。

 少なからず俺は驚いた。髭が言うには『奇跡使い』と言うのはAIONの中で使われている造語らしい。秋子さんがその言葉を知っていると言うことは何らかの関わりがあるということだ。

「ええ、そうです。みんな、商店街に行ってる住井も柚木も『奇跡使い』です。まだその使い方は自分でも知らないみたいですけど」

 隠しても仕方がないし、何より俺はこの人を信頼に足る人間だと思っているので正直に答えた。

「…そうですか」

 秋子さんは目を閉じてそう言った。何かを考えているようでもある。

「私も、真琴も、娘の名雪も『奇跡使い』です。二人ともまだ覚醒はしていないようですけど」

「そうですか」

 何となく、真琴に関してはそうではないかと思っていた。理由は分からないが、そんな感じがしたのだ。

「AIONが最近この街で暗躍していると言う話は知ってますね。あなた達が華音市に来たのはAIONと闘うためですか?」

 訊かれてふと思う。みんなはどうなんだろうか、と。

「いいえ」

 少なくとも俺にはその気はないのでそう答えた。

「相手から喧嘩を売ってきた場合はその限りではないですけど」

「そうですか。じゃあ、あなた、、、の目的はなんですか?」

 先程はあなた達と訊いてきた。そして今度はあなた。

「どう言う…意味ですか?」

「見たところ、あなたは『奇跡使い』ではないようです。それなのに、あなたの目からは一種の覚悟めいた輝きひかりが見える」

 秋子さんは小さい声で祐一さんと同じです、と続けた。

 この人になら話してもいいだろうと思った。

「秋子さんは知っていますか?」

「何がですか?」

 彼女はきょとんとそて訊き返す。

「俺は知ってますよ、全部ね。AIONとは一体何なのか、そして平安時代の…」

「…翼人の終焉」

 秋子さんが続けて言う。

「まさか、あなたは…」

「分かりません。まだその覚悟も決心もついてないし、それに俺自身知りたいことがいくつもあります」

「…そうですか。運命と言うのは時に残酷なものですね」

 疲れたように彼女は言った。

「話は終りです。私が言いたかったことの全て、あなたには分かっていたようですし、ね?」

 彼女はまた元の笑顔に戻る。少し安心した。

「それじゃあ、俺はちょっと出かけてきます」

「ええ、分かりました。昼食までには帰って来てくださいね」

 秋子さんに見送られて、俺は彼女の部屋を後にした。

 階段を降りて一階に、途中に真琴が居た。

「ようっ」

 とばかりに挨拶をするが、顔を背けてリビングに言ってしまった。

「つれないなぁ…」

 少し寂しく思いながらも玄関に行き、靴を履く。

「そう言えば…」

 商店街に行くことをみんなに言っていなかったけど…

「まぁ、いいか」

 呟いて俺は外に出た。

 

 

 

 例えば、マッピングと言う技術がある。自らの知らない場所を探索するときに重宝する技術で、なくてはならない必需品だとも言える。

 基本的には鉛筆で自分が歩いている場所を簡略化した図を書いていき、即席の地図を作ると言うものだ。

 人間、紙と鉛筆がなくても無意識にこのマッピングを脳内で行っているものらしく、この脳内マッピングが上手な人は俗に言う方向感覚のいい人で、下手な人は方向音痴と言うわけだ。

 まあ、つまり何が言いたいかと言うと、

「迷った…」

 と言うわけだった。今まで知らなかったが俺は脳内マッピングが下手らしい。そもそも商店街に着いてもいない。

 迷ったと薄々ながら気付いたとき、何とかなると思って適当に歩いたのが悪かった。

 当然のことながらちっとも何とかならず、余計に迷っていくばかり。正直今どこにいるのかも皆目見当がつかない。

「やばいなぁ…」

 このままじゃ昼食までに帰れなくなりそうだった。

「ん…?」

 先程から街路樹がずっと続いていて並木道みたいな感じだったが、少しひらけたところに出た。

「ここは…公園みたいだな」

 やけに広い公園だった。俺の街に公園はなかったから何とも言えないが、中央にある巨大な噴水がその公園の規模の大きさをにおわせる。

「どっかに地図でもないかな」

 公園にはそう言うものが掲示してあるはずだった。流石に水瀬家の位置は載ってないだろうが、少なくとも何かの指標にはなるだろう。

「お、あったあった」

 地図は割とすぐに見つかる。しかし、

「さっぱり分からん」

 この辺りはやけに入り組んでいるようだったし、何より現在地の矢印がかすれて消えている。公園はこの辺にひとつしかないらしくて、この場所はすぐに分かったが、水瀬家がどっちの方角にあるのかも分からなかった。

 どうしようかと考えていると、何やら慌しい音が聞こえてきた。

 複数の足音を始めとして待てー、という怒声。そして、待ちません〜、という女の子の声。続いて何かにつまずく音、えぅ、という声。

 何やらただならぬ雰囲気だった。

 振り向くと、遠目にも女の子が妙な柄の悪い男達に囲まれているのが見て取れた。

 それを見た瞬間に弾かれたように体が動く。

 公園を一気に駆けて男達を跳ね飛ばし、中央でへばっていた女の子に駆け寄る。

「大丈夫か?」

 周囲から聞こえるなんだてめぇ、だの邪魔すんじゃねぇ、だの、殺されたいのかなどと言う罵声はとりあえず無視した。

「わたしは大丈夫ですけど…」

 女の子は割としっかりした口調で話す。そして周囲を目でさらった。

「この状況はちょっと…」

「…確かにそうだな。全く、俺も早計なことをしたもんだ」

 呟いて俺も周囲を見渡す。

 相手は七人。俺だけなら何とでもなるがこの子を庇いながらだと少し厳しい人数だった。しかし、女の子は意外なことを言った。

「あの、名前も知らない誰かさん。この人達の半分くらい頼めませんか?」

「半分? 七人居るけど、切り上げか切り捨てか…」

「切り捨てで構いません」

「…ずいぶん強気だな」 

 女の子は四人を相手にするという。どう見たって喧嘩ができそうな顔じゃないんだが…

「それじゃあ、いちにのさんで行動です。いいですか」

 女の子は真夏にも関わらず、ストールをはためかして立ち上がった。

 男達が突然の行動に少し戸惑う。それに構わず女の子は数え始めた。

「いち、にぃの…」

 俺はとりあえず突破できそうな場所に辺りをつけて立ちあがった。

「さんっ!」

 女の子の声と同時に地面を蹴る。

 突然のことに驚愕に染まった表情の男のうち一人のひとり、一番隙が出来ていたそいつの鳩尾に拳を叩きこんで、緩んだ包囲もうから一気に抜け出る。

 同時に女の子も動いていた。ストールをぶわっとはためかせて、男達の視界を一瞬さえぎり、その虚をついて俺と逆方向から脱出した。

 俺が正拳を見舞った相手は崩れ落ち、それでようやく火が付いたのか、

「てめぇっ!」

 だのよく聞き取れない事を叫びながら俺のほうに向かってくる七人のうち三人。

「ちっ」

 思わず舌打ちした。計算では向かってくるのは二人だったはずだったんだが。

「まぁ、いいか」

 倒すなら三人も四人もいっしょだろう。

 とりあえず殴りかかってきたひとりをカウンターで沈め、目があった二人目との距離を一気に詰めてその胸の辺りに肘を入れて、突き出た相手の手を掴んで地面に叩きつける。

 そいつはうっと唸って身を起こそうとしたので、全体重をかけてそいつに肘を落とした。そいつの目の焦点がくるりと回って、気絶した。

「やべっ」

 ちょっとやりすぎた。

「て、てめぇ…」

 三人目が呟いて、後退さる。

 にしても、自分の事ながら驚いた。由起子さんによる睡眠学習、、、、で体術はそれなりに出来るようになったとは思ったが、まさかこれほど体が動くとは思わなかった。

 寝てる間に一体何をされたんだろうかと少し恐ろしくなる。

 三人目はかかってこなかった。だから何となく女の子の方に目を遣る。

 女の子は奮闘していた。

 突っかかってきた男を足で払い、身を起こそうとした男の頭を掴んで地面に叩きつける。やたらと痛そうな音がする。

 さらに二人目の攻撃を闘牛士さながらにストールで回避して、背中をとんと押した。男はその勢いを殺しきれず前のめりに倒れこんだ。

 三人目が不利を悟って逃げようとして、逃げられなかった。

 その両足が氷によって地面と縫いとめられている。男は驚愕してじたばたもがくが、両足が動かなくては何ともならない。

 見れば、倒された二人目の男もその体を氷に繋ぎ止められて、身動きが出来ない状態だった。

「霜焼けには注意してくださいね」

 女の子はそう言って、こっちにてこてこ歩いてきた。

 見れば俺の相手していた残りひとりは何時の間にか消えていた。全くそんな気配はなかったんだが…

「助かりました、えっと…」

「折原浩平だ。君は?」

「浩平さんですか、わたしは美坂栞です。お怪我はありませんか?」

「いや、別に大丈夫だけど…、それよりも訊きたいことがあるんだけど、どうして襲われてたんだ?」

 女の子、栞は事も無げに、

「秘密です」

 と言って笑った。可愛くはあるが、何かはぐらかされた感じ。

「…と言うのは冗談です。さっきの人たちはAIONとか言う最近出来たばかりの新興宗教の教員たちらしいです」

「新興宗教?」

 そういった物とはあまり縁のない俺だが、由起子さんから聞いたことがある。何でも、弱っている人の心の中に巧みに入り込んでだまくらかし、金を巻き上げる最低の集団らしい。だまされている人も一種の洗脳状態になっていて、だまされていることに気付いていないんだとか。

 だが、AIONの名前が出て来たとなると、ただの新興宗教ではないんだろう。

「ええ、それで着け回されてたんです。わたしがちょっと不思議な力が使えるからって言って、それはもうしつこく。逃げたら逃げたで追ってきましたし」

 なるほど、それであんなことになっていたわけか。

「それで、もう大丈夫なのか? ああゆうのに関わったら、なんだ。手を切るのに色々と大変なんじゃないか?」

「大丈夫ですよ。わたしはただ逃げてただけで、あの人達とは何の関わりもありませんから」

 それを聞いて少しは安心した。

「そうか、じゃあ気をつけてな。まだ連中もちょっかいかけてくるかもしれないからな」

「大丈夫ですよ」

 あまりなさそうな胸を張って言う栞。まぁ、あの身のこなしを見る限り心配はないだろう。

 と、もう一つ訊かなければならんことがあった。

「じゃあ、もう一つ教えてほしいんだが…」

「なんですか?」

「水瀬さんちはどこにあるんだ?」

 栞は「は?」と声を挙げて、目を点にした。

 

 

 

  


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