Panic Party  第三十九回  Fearwell

 

 

 

「………?」

 商店街にある食堂にて、瑞佳は誰かに呼ばれたような気がして振り返った。

「どうしたの? 瑞佳?」

 カレーうどんをすすっていた留美が突然の瑞佳の挙動に怪訝そうな視線を向ける。

「え…ううん。なんでもないよ」

「そう? あ、みさき先輩、まだ食べるんですか?」

「え? そうだけど、何か?」

「い、いえ。何でもないです」

 留美は顔を引きつらせながら答えた。

 みさきは「変な留美ちゃん」などと言いながら五杯目のカツカレーの皿を置いて、六皿目を注文した。

「それに比べて、澪は小食ね? それで足りるの?」

 澪はラーメンをすすりながら片手で『ダイエット中なの』などと書き、留美はうっと唸る。

「み、澪はまだちっちゃいんだからもっとたくさん食べた方がいいんじゃないの?」

 ちなみに最近留美はウエストを気にしだしていたが、それは乙女の秘密ということにしている。よって、知り合いがダイエットしているという話を聞くとやたらと焦るのだ。

『そんなことないの』

 澪は微妙に不機嫌そうだ。小さいということに反発したらしい。

 こんな掛け合いが行われている中、瑞佳は、

「………」

 何故か黙っていた。当然みんなもその様子に気付く。

「どうしたの? 瑞佳ちゃん」

「瑞佳……?」

 呼ばれていることにようやく気付き、瑞佳は取り繕ったような笑顔を向ける。

「え、あ、うん。どうしたの?」

 留美は溜息を吐いた。

「どうしかしたのは瑞佳でしょ? 一体どうしたのよ、さっきからぼぉっとして?」

「…何でもないよ、何でも。それより、浩平に黙って来ちゃったけど良かったのかな?」

「………?」

 何の事か分からないのか、留美は不思議そうな顔をした。

 実は瑞佳たちは商店街に遊びに行くことを秋子さんには言ったものの、浩平には言っていなかった。 瑞佳は言おうとしたのだが、留美が「面倒くさいから別にいいんじゃない? 秋子さんが伝えておいてくれるだろうし」と言ったので、それもそうだと思いなおし結局浩平には何も言わずに来てしまっていた。

「ほら、実は浩平も行きたがってたでしょ? どうせだから誘ってあげればよかったなって」

「………?」

 みさきも澪も怪訝な顔をしている。

「あれ……?」

 今度は瑞佳が不思議に思う番だった。

 いくらなんでも、みんなの反応はおかしい。まるで、誰も浩平という人物を知らないとでも言うような…

 瑞佳は強く首を振って考えていたことを打ち消した。

 どうにもいけない。あのことがあってから自分は少し過敏になりすぎているような気がする。もう何も心配することはないというのに。

 そして、その瑞佳の様子に少し心配そうにする七瀬。

「ねぇ、瑞佳」

 そして言葉を続ける。

 

「浩平って………誰?」

 

 それはただの純粋な質問。何も知らない、、、、、、者が尋ねる、些細な質問。

「………え?」

 だが、瑞佳の不安を確実なものへと導く禁断の言葉パス・ワードであることは間違いなかった。

「何…いってるの? 浩平だよ? 折原浩平」

 長森の調子に困惑して、みさきに顔を向ける留美。

 知らない、とばかりに首を振るみさき。みさきはそのまま玉突きのように澪の顔を見る。

 澪は少し考えた後、首を振った。やはり、知らない。

「どう…して?」

 誰も、浩平を覚えていない。いや、折原浩平という人物を知らない、、、、

 これはまるで、半年前の…

「えいえんの…盟約」

 瑞佳は呟いた。それは半年前に浩平が言った言葉だ。

「…そんな」

 こんなのはあんまりだ。浩平は、自分たちは乗り切ったはずではなかったのか。

「そんなの…」

 認めない。認めたくない。こんな冗談あくむは絶対に許されない。

 瑞佳は突然立ち上がった。いきなりの事にみんなが驚く前に、

「…ごめん」

 瑞佳は駆け出していた。

 店内の誰からも驚愕の視線を向けられながら、さながら疾風のように彼女は一瞬で姿を消した。

「……みず…か?」

 残されて、驚愕し絶句する彼女たちをおいて、他の客は瑞佳が視界から消え失せるとそれで興味を失ったのかた自らの食事に戻った。

 

 

 

 絶対に有り得ない光景。

 人のいない街という光景は出来損ないの芸術を連想させた。

 どうして絶対に有り得ないのか。

 本来、街と言うのは人が居るから作られる。まず人が集まり、その場所が複雑な条件をいくつも満たしている場合に限って街は形成される。

 街は人を呼び、街としての色々な条件を満たしていき、そしてさらに大きな街を形成していく。

 その過程において、条件を満たしきれず滅びていく街も当然ある。その街からは人が居なくなっていき、街としての条件を失っていく。同時に街としての資格を失っていく。

 だからこそ、その主たる条件である『人が大勢居ること』を満たしていない街は存在し得ない。

 故に、

 

 人が居ない街は有り得ない。

 

 なのに、ここは確かに『街』だ。

 人が居ない、街だ。

 街としての他の条件を全て満たしながらも、そして最たる条件を失いながらも、この街は確かに存在する。それは虚構の街だ。

 そして、それだけを除けばこの街は調和を保っている。

 調和が取れているものを普通は『芸術』と呼ぶ。

 だがここに人は居ない。

 だから『出来損ない』。

 そんな街で、浩平とシュンは対峙する。

 

 

 

「久しぶりだね。折原君。元気だったかい?」

 まがいものの街で、氷上は笑顔で訊いてきた。どうしてか、その態度が気に障る。

「質問に答えろ」

「…急ぎすぎるのは君の良くない癖だよ」

「それを、お前が言うのか?」

 どうしてここにこいつが居るのか、そんなことは気にならない。

 こいつが本当は死んだんじゃなく、永遠の世界に行ったと言うのを知っているのはたぶん俺だけだろう。死ななかったのならどこで出てきても全く不自然じゃない。

 氷上は俺の言葉にきょとんとして、

「全くだね。確かに今の僕は焦っているけど、それを自覚してもいる」

 だからへいきだよ、と続けて氷上は再び笑った。

「…質問に答えてなかったね。君の質問はこうだ。僕は一体どうゆうつもりで君の前に現れたか、だろう?」

「ああ」

 別に間違っちゃいないので、肯定した。

「正直、僕の時間は残り少ない。完全に動けなくなるのもそんなにはかからないだろうね。だけど、それまでにどうしてもやり遂げたいことがあるんだ」

 だから、君の力を貸して欲しい、と氷上は続ける。

「やり遂げたいこと?」

「あぁ、僕の命を賭けて、最後に叶えたい願いだ」

 もったいぶっているのか、その内容を話そうとしない。だから、訊く。

「それは、何だ?」

 氷上は空を仰いだ。俺もつられて空を見上げる。不自然な地上の光景と比べて、空は高く、青く澄んでいる。

 ふいに常盤ときわ、という言葉を思い出した。

 永遠に不変なもの。いつまでもそこにあるもの。空はその代名詞だ。

「永遠を、解き放つ…」

 氷上が呟いた。何時の間にか俺の顔をじっと見ている。

「それが、僕の願いだよ」

「…どう言う意味だ? 俺にはさっぱり分からん」

 氷上はふっと笑って、

「本当は分かっているんだろう? 君はいつもそうだ。いつもふざけているようで、本当は全てを見抜く目を持っている」

「何を…言っている?」

 氷上は続ける。

「君の無意識はいつも真実に向かっていて、意識はそれの邪魔をする。馬鹿な自分を演じることで、無意識を封じこめようとしている」

「………」

「君にとって、真実はいつだって残酷だった。だから君は真実から目を背けてきた。でも、そんなことじゃあ、未来さきは見えないよ?」

「………黙れ」

 俺にそれを、思い出させるな。

「悪いけど、黙らないよ。君が真実を見つめない限りいつまで経っても何も始まらないし、変わることもない。わけの分からない狂乱の宴はいつまで経っても終わらない」

 氷上はわけの分からないことを話し続ける。

 その話を聞いていて少し、思い出した。

 

 幸せが永遠に続くと思っていたあの頃のこと。

 突然のみさおの死。

 俺はそれがどうしても認められなくて、

 

「だから…俺は永遠を願った。もう悲しいことが起こらないように、幸せだけがずっと続くように…」

「少しは思い出したようだね」

「あぁ」

 でも、本当は俺は気付いていたんじゃないだろうか。最初からみさおは助からないということに…

「思い出したくは…なかったんだけどな」

 思い出せば、それはそのまま引きがねになる。それは、永遠の盟約だ。

「半年前、君は長森さんとの絆によって、永遠を拒絶した。でも、絶対に永遠を否定することは出来ない。それは誰もが還って行く場所だから。そう言えば、僕がここに現れた理由を話してなかったね。僕は君に『永遠』を気付かせに来たんだよ」

 氷上は笑って言う。でもその言葉は半分も耳に入ってこない。

「だから、僕が『永遠』から帰ってきたときに得ていた『奇跡』によって、この周囲の空間から人の姿を切り取ったんだ。いや、逆だな。元の空間から僕たちの姿を切り取ったんだ。切り取られた空間は必然的に周囲の景色を補おうとする。そうしないと矛盾だらけで壊れてしまうからだ。でも、建物の姿は写し取れても大勢の人の姿はムリだったようだ。情報量が違いすぎるからね」

 徐々に視界もかすれていく。誰が喋っているのかも分からなくなってきた。

「君が帰って来たとき、僕はもう死んでいるだろうけど、僕は僕が死ぬまで僕の『物語』を紡ぎつづけるとするよ。帰ってきた君が、僕の道標を辿れとは言わないけど、せめて僕が生きていた証くらいは見つけてほしい。…君に関する知識がだんだん曖昧になってきたよ。残念だ。君と僕との絆はそれほど深くはないということらしい」

 視界が完全に白く染まった。全身の感覚もだんだん薄れてくる。かすかな声がただ耳に届くだけ。

「さよなら、浩平君」

 その声を最後に、何も聞こえなくなった。

「みず…か…」

 最期に自らの声帯がどんな音を奏でたのか確認するすべもなく、あっという間に全てが分からなくなる。

 その刹那に、子供の頃の自分と、彼女、、が楽しそうに遊んでいる姿を幻視した。

 

 

 

  


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