Panic Party  第四十話  只今交戦中

 

 

 

「祐一、上」

 戦闘中にしてはやや淡々とした声が境内に響く。

「分かってるっ」

 俺は目の前の『異形』が跳び上がるのと同時に地を蹴った。相手よりもやや早く、そしてやや高い位置に跳躍した俺は、そのまま木刀を振り下ろす。

「!!!」 

 何とも言えない嫌な手応えと共に『異形』は意味が理解できない断末魔を挙げて空気に溶け、消えた。

 俺が地に着地するまでの間に相棒の川澄舞はもう一匹を屠っていた。

 着地すると同時に背後に気配。

 着地の勢いを利用して、俺は前に転がる。同時に頭上をなんとも嫌な感じの風が通り過ぎた。

 素早く身を起こすと、意外と近くまで来ていた舞と目が会う。

「だいじょうぶ?」

「ああ、何とも無い」

 それだけ確認すると舞は自らの獲物に向き直った。

 俺も先程の気配の方に振り向く。

 そこには『異形』が居た。

「エグイな…」

 それはまさに『異形』としか形容できないような姿をしていた。

 まず、顔が無い。そして両手が無い。当然のごとく両足も存在しない。

 大人の胴回りほどの円柱にたくさんの突起物が生えていて、それぞれが独立した生物のようにうにょうにょと蠢いている。高さは俺の背の丈くらい。少なくとも愛着を感じ得る容姿ではない。

 思春期のお子さんにでも見せてあげれば、絶対に性格が歪みまくることうけあいだ。

 こんなものを『生き物』と呼ぶのなら、それは生き物に対する冒涜だろう。同時にそれを生み出した世界に対する冒涜でもある。

 先程のやつもかなりアレだったが、今度のは輪をかけて凄まじい。

「ぎぎぃぃぃ!」

 その『異形』が何かを唸って触手だか突起物だか、わけの分からないものを突き出した。

 同時に俺は横に跳んでいて、直後、俺のすぐ横を例の嫌な風が通り抜ける。風はそのまま直進し、神社の壁に当たって直径五センチくらいの穴を穿つ。

「うわぁ…」

 何とも嫌な攻撃だ。あんなのをまともに受けたらさぞかし風通しがよくなるだろう。まぁ、それ以前に確実に死ぬだろうが。

 そんなのを食らうのはごめんなのでさっさと片付けることにする。

 俺は地を蹴って『異形』に一気に肉薄した。

「ぎぎぎぃ!」

 また何か唸る『異形』。今度は避けられるタイミングじゃない。

「ふっ!」

 踏み込んで、木刀を一閃した。木刀はそれが放とうとした何かごと『異形』を真っ二つに断ち割った。

 断ち割られたそれはぶるぶるっと震えて霧散していった。

 完全にそれが消滅したことを確かめてから俺は後ろを振り返る。残る『異形』は恐らくあと一体。

 そいつと舞は交戦中だった。

「ま…」

 声をかけようとして、止める。これぐらいで集中力を乱されるような舞ではないが、やはり止めておいた方がいいと思った。

「はっ!」

 舞が刀を横薙ぎにふるい『異形』は手らしきものから伸びた爪らしきものでそれを受け止める。

 実体がない相手にも関わらず、ぎぃんと鋭い金属音が響き渡った。

 意外にも、防戦に回っているのは舞の方だった。

 『異形』の武器はその両手の爪、合わせて十二本。それが伸びたり縮んだりしながらばらばらの動きで波状攻撃をしかけてくるのである。

 舞はこれを捌くので手一杯。先程の一撃も牽制に放っただけの軽い攻撃だった。相手を仕留めるほどの攻撃はとてもじゃないが放てない。

 舞は攻撃を防ぎながらじりじりと押されていき、

「今っ!」

 相手の攻撃の間隙を衝いて刀を振るった。

 刀に込められた『気』が淡く光り『異形』の爪の数本を切り飛ばす。

 元より優れた業物だ。その上に練りこまれた『気』が作用しているとなれば、その切れ味は推して知るべし、だ。

 舞はその好機に乗じて一気に踏み込…まず、相手と距離を取った。

 その直後切り飛ばされた『異形』の爪が再生し、先程まで舞が居た空間を貫いた。

 踏みこんでいたら確実に串刺しにされていただろう。

「思ったより手強い」

 近くまで来ていた俺に舞はぼそりと言った。

「手伝うか?」

「ぽんぽこたぬきさん」

 俺の問いに答えて舞は刀を鞘に収めた。ちんっと小気味良い音がする。そして、右手を鞘に添えたまま前傾姿勢になった。

 

 居合―――

 

 舞の得意とする技だ。

 相手の攻撃を見切り、避けることにおいて誰よりも重きを置いている(と自覚している)俺をして、唯一見切れない技。

「こい…」

 舞が呟く。それが影響したかは分からないが、魔物が一気に近付いてきた。

「遅いな…」

 俺は呟く。

 その言葉が終るか終らないかのうちに『異形』はその爪ごと上下二つに両断されていた。鍔鳴りにしては少し長めのキィンという音が響く。

 見ると、舞の右手は鞘に添えられたままだった。

 この一瞬のうちに刀を抜いて『異形』を両断して、そして鞘に刀を収めたのだ。

 鍔鳴りが遅れて聞こえたのはそれが刀を納めるときに鳴った音だからだ。抜く時と収める時、その二つの音は速さ故に繋がっていて、一つの長い音に聞こえていた。

 抜刀から納刀までの時間はコンマ三秒もかかっていない。まさに、神速。

「相変わらず凄いな…」

 居合の性質とは言え、太刀筋が全く読めなかった。抜く手も見せなければ返す手も見せない。

 一体どう言う練習をしたのか訊いた事があるが、

『訓練の賜物』

 とだけ答えた。確かにそれはあるだろうが、訓練だけではこの速さは出せないだろうと思う。やはり、生まれ持った才能も少なからず関わっているのではないだろうか。

 俺も舞の相棒を名乗って久しいので、不甲斐なさを払拭するために必死で剣術を練習したんだが、試合では舞には一度も勝った事が無い。

 だから、舞に教わった避けることの大切さを極限まで磨き、舞には内緒でひたすら訓練する毎日だ。実は最近技もひとつ身につけた。

 我流とは言え、なかなかに強くなったとは思うんだが、舞に言わせると、

『祐一は踏み込みが甘い』

 らしい。

 剣術において踏み込みは最も重要な要素のひとつなので言われたときには少しショックだったが、考えてみるとそうかも知れないと思い直した。

 技術的には問題はないのだろう。だが、やはり舞からしてみれば俺は『甘い』のだ。恐らく技術がどうとかよりも、心構えの段階において。

 舞もそうだろうとは思うが、俺は闘いは好きではない。出来ることなら闘いを避けようとするし、いざ戦闘になっても相手を殺さずに止めることを考える。

 舞は前者は同意するが、後者を否定する。俺はそうは思わないが、やはり闘いとはそのまま殺し合いに通じるんだそうだ。相手を殺さなければ確実に殺される。月並みだが殺られる前に殺るしかない。

 俺はそこまで達観することが出来ない。故に俺は『甘い』ということだ。その心構えがわずかとは言え、踏み込みに影響を与えているんだろう。

「祐一もかなり強くなった」

 『異形』が完全に消滅したのを確認してから舞は言う。

「そうか?」

 俺の問いに舞は頷く。

 多少は強くなったという実感はあるが、舞からは始めて聞いた言葉なのでむしろここでは実感が沸かなかった。

「手は…大丈夫?」

「あぁ、何とも無い」

 俺は手をにぎにぎして答えた。少し前までは箸も持てなかったことを考えると、ずいぶんと回復したものだと思う。

 一応、俺は右手を捻挫したということになっていた。

 本当は舞に隠れて訓練を続けて、酷使しすぎただけだったんだが、何となく恥ずかしいので舞には捻挫したとだけ言っておいた。

 その時は手を動かすたびに尋常じゃない激痛に襲われて、夜も眠れなかったんだが、それで技を身につけることが出来たんなら安い代償だったと思う。

 舞は何か言おうとして、

「祐一、後ろっ!」

 鋭く叫んだ。

 とっさに後ろを振り返るとそこにはまた『異形』の姿。もう全滅させたとは思ったが、見落としていたらしい。

 見ると、今度のは割と人型をしている。少なくとも手も、足も、顔もある。

 しかし…

 顔のパーツはことごとく欠如していた。

 目が無く、鼻が無く、耳も欠如している。ただ冗談ように大きな口だけが存在していた。

 いや、むしろそれは穴と言った方が正しいか。異常に大きな穴が顔の中央にどかりと鎮座している。

 とっさのことで驚いたこともあるが、その顔を見て生理的に寒気を覚えた。

「ぐがぁぁぁぁぁぁぁぁ!」

 それは身を逸らしてくぐもった叫びを挙げる。

 それと同時に後ろの舞が軽く舌打ちをした。

「しまった…」

「どうした? 舞」

 『異形』はすぐに攻めてくる様子ではなかったので、俺は舞に問いかけた。

「体が、動かない…」

 横を向いて、目だけで確認すると、舞の体は小刻みに震えていた。動かない体を必死に動かそうとしている。

「『呪縛』か…」

 俺が勝手に名付けた技名を呟く。割りと強めの『異形』がたまに使ってくる技で、相手を一時的に金縛りにすると言うものだ。

 舞は体内の『気』の圧力を高めて『呪縛』を打ち消そうとしているが、上手く行かないようだった。

「どのくらいかかりそうだ?」

「十五…二十秒は欲しい」

 前は打ち消すのに数秒もかからなかった事を考えると、今回はかなり強力な『呪縛』のようだ。

「なら、俺がやるしかないか」

 木刀を握り締める。二十秒も待ってられない。

 ちなみに『呪縛』に当てられたものの、俺は全く平気で動ける。

 何故かは知らないが、俺はこう言ったよく分からない攻撃に対して耐性を持っている、という妙な体質をしていた。舞が言わなければ相手が『呪縛』を使用したことさえ気付かなかった程だ。

「祐一、油断は」

「分かってる」

 元より、全く油断しているつもりは無い。

 それに、習得した技を始めて実戦で使用する始めての機会だ。みすみすふいにしてやるつもりはない。

「行くぜっ!」

 勢いをつけて数歩で距離を縮め、最後に右足で踏み込む。

「浅い…」

 舞が呟くのが聞こえた。

 別に例の悪い癖が出たわけじゃない。少なくとも相手はそうさせてくれる外見はしていない。

 これは最初から、そのつもりだった。

「はぁっ!」

 やや浅めに俺は『異形』に切りかかった。『異形』は後ろに跳んでそれを避ける。

 俺は振り下ろすと同時に刃を返した。

 そして最初の踏み込みの速度を活かしたまま、上体を右方向に捻って、更に左足で踏み込み切り上げる。

 初太刀よりも更に速い切り上げが『異形』の顔面を真っ二つに断ち割った。

 『異形』はそのままふらふらと数歩下がって、地にくずおれ、消滅していった。

 

 燕返し―――

 

 それがこの技名だった。

 舞と共に全国を巡っていて、偶然手に入れた書物から研究に研究を重ねてやっとの思いで習得した技だ。

 習得したときに思い知ったんだが、この刃を返すという動作は思いのほか手に負担をかけるらしい。過度の使用は関節を破壊する。

「ふぅ…」

 俺は息を吐いた。なんとか、成功したか。

「大丈夫か、舞」

 倒したと同時に『呪縛』も消えたらしい。舞は体の感覚を確かめるように軽く首を振った。

「はちみつくまさん。それよりも祐一」

「ん、何だ?」

 舞は少し拗ねたような表情を見せ、

「…なんでもない」

 ぷいっとそっぽを向いて行ってしまった。たぶん、俺だけこっそり訓練していたこと怒っているんだろう。

「あ、おい、ちょっと。待てって、おいっ! 舞ってば」

 舞は止まらない。

 俺は肩を竦めてから舞の後を追った。

 

 

 

【居合】

 突然の奇襲などに対抗するために編み出されたといわれる剣術。

 座ったまま刀を鞘から抜き、同時に相手を切り伏せるというもので、太刀筋が読み辛く躱わす事は困難だが、あくまで返し技なので自ら攻めるときには使えない

 どこぞの流浪人の使う【抜刀術】とは全くの別物。

 流派によっては【抜き】とか【居合抜き】とも呼ばれる。

 

【燕返し】

 かつて、巌流がんりゅうの使い手だった鐘捲自斎かねまきじさいの弟子、佐々木巌流/小次郎が編み出した技。

 上段から切り下ろし、素早く刀を返し切り上げるという技で、初太刀を見世太刀とし、二太刀目を勝負太刀とする、あるいは初太刀・二太刀目ともに勝負太刀とするフェイントの要素を含んだ必殺の秘剣。

 左から右(右から左)への横薙ぎから、間髪を入れず右から左(左から右)への横薙ぎに繋げる斬り返し技という説もある。

 ちなみに、祐一が読んだ書物では【虎切】という呼称で呼ばれていた。

 

 

 

  


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