Panic Party  第四十四回  たい焼きパニック?

 

 

 

「うぐぅ、ボクが何をしたって言うの?」

 小脇に盗品を抱えながら一歩あとずさるあゆ。しかし、これ以上後ろは、ない。

 完全な袋小路。彼女はそこに追い詰められていた。

 そして追い詰められている、と言うことは当然追い詰めている人間が居るわけで、

「永かった…」

 その人物、たい焼き屋のおやじは空を仰いで呟いた。

「苦節の修行を続けに続けて早幾年はやいくとせ。ようやく、ようやく追い詰めることが出来た…」

 思えばなんと苦しい日々だったのだろうか。最初はただ常習食い逃げ犯を捕まえようとしていただけだったのに。

 思いの他犯人の足は疾く、どれだけ懸命に走ってもその小さな背中と奇妙な羽は遠ざかるばかりだった。

 このままではどうしても捕まえられないと悟ったとき、おやじは罠を仕掛けることを決意した。

 落とし穴、トラバサミ、取り餅、囮のたい焼き、そしてこんぺいとう一号※。

 あらゆる罠を用意した。しかし、犯人は罠にはかかるものの毎回すんでのところでそれをいつも回避してしまった。もはや罠もアテにはならない。

 だから、体を鍛えることにした。決してその背中が遠ざからないように、そして追い詰めた後にすぐ取り押さえられるように柔術も一通り覚えた。

 まさに血の滲むような(実際にじんだが)修行の結果、ようやく今自分は始めての勝利を掴もうとしている。

 最早もはや食い逃げ犯は袋のネズミだ。彼女の優れた脚力をもってしても絶対にここから抜け出すことは出来ない。こちらの勝ちだ。

 今まで盗られたたい焼き、総勢千五百二十七匹の仇を取ることの出来る日がようやくやってきたのだ。

 いや、油断をすることは禁物だ。いつもそれで逃げられてきたのだ。

 ひょっとしたら食い逃げ犯も何か策があってこんなところに逃げこんだのかも知れない。

 油断だけはしてはならない。

「月宮…あゆちゃんといったね?」

 おやじさんは努めて優しい声をかける。ここで敵意を剥き出しにすれば一体どんな反撃があるのか分かったものじゃないと思ったからだ。

「うん」

「たい焼きを買った代金を払ってもらえないかな?」

 これは精一杯の妥協だった。そしておやじ自身の誇りの顕現だった。

 あゆがここで代金を払えば売買成立。何の問題もなくこれからも客と店員の関係を続けることが出来る。

 だが、彼女が払わないようなら…

「払ってもらえるよね?」

 ぎりっと手に力が篭もる。爪が手の平に食い込み、一瞬どろりとした感触が指先に伝わった。

 しかし、彼女は頭を下げて、

「ごめんなさい。今お金がなくて」

 かっと頭に血が上った。

 お金がない。それが分かっていながら店に来たってことは、最初から盗る気満万だったってことだ。

 そんなことは…そんなことは許されない。

 おやじはたい焼き屋をやっていることに誇りを持っている。

 代金をちゃんと払って、おいしいおいしいと言って食べてくれるお客さまを何よりも大切に思っている。それを今、けがされた気がした。

「この…」

 思わず近付こうとしたそのとき、

 

「今だよっ! ゆういちくんっ!」

 

 彼女が叫んだ。

 その瞬間、どこからか、ひとりの青年が姿を現した。

 突然表れたその青年は、どこかの武術でも学んでいるのか、流れるような動きでおやじとあゆの間に割って入る。

 驚いているおやじを余所に、青年の右手が一閃した。その瞬間、

 

 ぱんぱぱぱぱぱぱぱぱぱぱんぱんぱんぱんぱんぱんぱんっ!

 

 地面に投げられた百連発の爆竹が一斉に火を吹いた。

「な、何…?」

 いきなりのことにおやじは困惑していた。

 もうひとり潜んでいたことには確かに気が付かなかった。それは認めるとしても、どうしてこんな行動を起こすのかが全く理解できなかったのだ。

 今自分は彼女等を追い詰めている。爆竹を鳴らしたところでどうにかなるはずはない。

 あるいはおやじが並みの男だったなら、その間隙を衝いて彼と壁の間をすり抜けることができるのかも知れない。しかし、それが不可能だと言うことはあゆも青年も分かっていたはずだった。

 それならこれは一体…

「な…なんだと…?」

 火花が収まり、砂塵がもうもうと舞い始めた袋小路でおやじは驚愕した。

 ふたりが、居ない。

「消え…た?」

 呆然と呟いてからはっとして袋小路を抜け出す。すると、見なれたいつもの商店街の風景がそこにあった。

 人通りはまだ多く、その中に目を凝らしてみても、ふたりの姿は見て取ることができない。

 見失った。今度も完全に自分の負けだった。

「…くそっ!」

 おやじは悪態を吐いた。

 負けが確定した以上、ここに居ても仕方がない。自分にはまだ客がいるのだ。いつまでも彼女ばかりにかまっている暇はない。

「次は…絶対に負けない」

 決意を新たに、おやじさんは商店街の人込みの中に姿を消した。

 

 

 

「…行ったみたいだな」

 袋小路から顔だけ出して、俺は呟いた。

「うぐぅ、さすがに今度はだめかと思ったよ」

「全くだ。これのおかげで助かったな」

 袋小路の一番奥にあるくぼみ、、、に目を向けて呟く。

 おやじさんはあゆだけに目がいっていたせいか、あゆと一緒に逃げていた俺には気付いていなかったらしい。

 普通気付くだろうとも思うが、それだけあゆに対する執念が激しかったということだろう。

 俺はこのくぼみに潜んでいた。

 普段なら丸見えの位置にあるそれだが、あゆがその前に立つことで、おやじからは死角になっていた。

 そしてあゆの合図で飛び出し、商店街に来る前に真琴から没収しておいたイタズラ用の爆竹を投げつけた。

 爆竹は破裂し、全く掃除が行き届いていない袋小路の砂と埃とを舞い上げ、その隙に俺とあゆはくぼみに入り込んだ。

 舞い上がった砂塵はくぼみを覆い隠し、だからおやじは俺達が消えたと思い、慌てて出ていってしまったというわけだ。

「…にしてもあゆ。お前今までに何匹盗ったんだ? ちょっとあのおやじの様子は普通じゃなかったぞ」

「うぐぅ、そんなに盗ってないよ…」

 そんなに…ねぇ。

「大体でいいから何匹盗ったか言ってみろ」

 あゆは即答した。

「せんごひゃくにじゅうななひきだよ」

「………短い付き合いだったな、あゆ」

 あゆの肩に手をぽんと置く。

「ど、どう言う意味?」

「言葉通りだ。犯罪者とつるむ気はない」

「うぐぅ、たまたまお金を持ってなかっただけだもん。後でまとめて払うよっ!」

 少し計算してみる。一匹百円とすると総額15万2700円だ。

 …これはちょっとしたニュースではないだろうか。盗みでこれだけの被害が出ることはあまり珍しくはないが、盗まれたものがたい焼きだけとなると話は別だ。

 もしこいつが捕まれば、三面記事にぴったりの話題をお茶の間に提供することになるだろう。

「………」

 流石にそれは心苦しい。なんとかしてやらなければならない。

 だが、放浪の身の俺としてはそんな額はとても用意できないし、舞も同様だ。秋子さんならその程度すぐに用意してきそうな気配はあるが、彼女にこれ以上世話をかけるのはできるだけ避けたい。

 どうにかする方法を考えて、俺は辺りを見渡した。どこかにヒントがあるかも知れない。

「あ…」

 ふと思い至って、ポケットの中からくしゃくしゃになった例の招待状を取り出す。ゲームに参加して優勝した場合はなにか商品があったと思うが…

「おぉ!」

「…どうしたの、祐一くん?」

 ぼろぼろの紙を見て歓声を挙げる俺を怪訝そうに見るあゆ。

「あゆ。お前、明日はヒマか?」

「う、うん。別に用事はないけど…」

「よし、なら決まりだ。明日の朝に商店街に八時な」

 言って俺は駆け出した。そうと決まれば一刻も早く準備を整えなければならない。

「あ、え、ちょっと、祐一くんっ!?」

 驚いているあゆの声を無視して、俺は商店街を後にした。

 

 ゲーム大会の優勝者には賞金百万円とあった。

 

 

 

【こんぺいとう一号】

 トゲ付きの大型鉄球を振り子の原理で目標に叩きつけるトラップ。

 殺傷能力はかなり高く、まともに食らえばまず助からない…はずだが、あまりシリアスな場面では使われないので、かかった人間が死ぬことはまずない。

 漫画『シティーハンター』より抜粋されたもの。

 今後も登場する機会がひょっとしたらあるのかもしれない。

 

 

 

  


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