Panic Party  第四十五回  すりと美汐とさゆりんと

 

 

 

 がたんごとんと電車に揺られること数時間。

 あゆと俺はゲームが行われる街までやってきていた。

「うぐぅ、暑い」

 いつの間にやら日も割と高くなっていて灼熱の光線が大地に向かって降り注いでいた。

 夏でもそれなりに涼しい華音市と比べてここがどれだけ暑いことか。

「我慢しろ。もう少しだ」

 そう言う俺の額にもじっとりと汗が浮かんできていた。

「にしても…」

 招待状をもう一度見る。

 佐祐理さんのことを疑うわけじゃないが、やはり彼女の真意の程は分からなかった。

 あの後、少しでも対戦相手のデータを得るために秋子さんに参加者の(裏)リストを見せてもらったんだが、俺でさえ首を捻らざるを得ないことが記されていた。

 参加者に有名人がかなりいるのだ。

 どれほど有名なのかは情勢に疎い俺には分からないが、俺が一回ぐらいは聞いたことがある名前がそこに記されていた。

 例えば、遠野グループの長男、遠野志貴。そして柏木グループ会長の柏木千鶴。

 そして、参加はしないものの、あの『来栖川』までもが何らかの形で関わっているという。

 投資してくれた企業の人間を招待してるというのなら、まぁ納得できないこともないが、それにしてもこれはかましすぎのような気もする。

 特に来栖川なんてのはあらゆる業種の頂点に立つとさえ言われている企業だ。特にロボットの開発に関しての業績は素晴らしく、今市販されているロボットのたぐいはほとんど来栖川が独占しているほどだ。

 ロボットと言えば来栖川。これは最早日本の不文律だ。今ではほとんど人間と変わらないような外見のロボットまで作り上げている。

 それに、秋子さんに言わせると、呼ばれている人間はほぼ全員が何らかの特別な力を有している面々ばかりだとか。『奇跡使い』ばかり集めてどうしようと言うんだろうか。

 そして、疑問ならもうひとつ。

 どうして俺が呼ばれたんだろうか。

 この詳しいことは分からないが、このゲームはコントローラーでガチャガチャ戦うものではなく、相手と直接の強さを競い合うものらしい。

 そして、舞ならともかく、俺は別に『奇跡使い』でも何でもない。

 そりゃ、剣での戦いはそれなりにできるが、『奇跡使い』相手だとあまり戦える自信はない。

 戦うとしたら、相手の油断を付いて、先手必勝で仕留めるしかないだろう。それもたぶん一回ぐらいしか通用しない。

「…どうゆうつもりなんだか」

 わからないことばかりだ。

 昨日は賞金のことに気付いて気が高揚していたが、冷静に考えるとどう考えても勝ち目が無い。

 だから、借金まみれのあゆには悪いが、俺はゲームに勝つことよりも佐祐理さんの真意を確かめることのほうに重点を置いていた。

 佐祐理さんの真意か…やっぱり分からんな。

 そんなことを考えながら灼熱の太陽の下、俺は歩いていた。

「ねぇ、祐一くん」

「何だ?」

 歩きながら答える。

「さっきから全然迷わずに歩いてるけど、ここに来たことあるの?」

 もっともな疑問だった。招待状の二枚目には簡単な地図が載っているが俺はそれも見ずにてくてく歩いているし、不思議に思うのも無理はない。

「ああ、一応な」

 とだけ答えて、歩を進めた。無駄に話をするくらいなら、少しでも早く到着してこの灼熱から逃れたい。

「お、見えてきたぞ」

「…ひょっとして、あれ?」

 あゆが微妙に引きながら言う。

「ああ、間違いなくあれだ」

 俺は見えてきたその場所を指差す。

「…すごいひとだね」

「ああ、そうだな」

 ゲーム会場である、そのゲームセンターは人で一杯だった。かなり広い場所だったと思うが、今日の人口密度は百%をぶっちぎりで超えていた。満員電車や、どこぞのイベント会場をを彷彿とさせる光景だ。

「うぐぅ、ほんとに大丈夫なの?」

「あ、ああ。多分な」

 答えながらも不安になって招待状を確認する。残念ながらこの場所で間違い無かった。

 

 

 

 招待状を見せてすんなり中に入ると、意外と中はそう混んでいると言うわけでもなかった。あれだけ込んでいたのは一般の入場者の制限が厳しかったせいらしい。

 とりあえず受付で参加者登録をして、円状に設置された椅子のひとつに腰を下ろす。

「…なんか、凄いね」

 あゆが呆然と呟く。もうゲームは始まっていた。

 四つに分割された大きなスクリーンの中で、四人の人間が戦っている。いや、果たして四人と言っていいものか。

 その四人の動きはかなり人間離れしていた。

 そして、どう見たってそのうちひとりは人間とは違う外見をしている。まるで、伝説にある『鬼』をそのまま現代に蘇らせたような姿をしていた。

「ああ、凄いな」

 画面に目が釘付けになりながら、俺もそう呟く。

 ナイフを持った少年が体重の乗った『鬼』の攻撃を素早く躱わし、そのナイフで鬼の右腕を切断した。

 会場からは溜息とも歓声ともつかない声が挙がる。

 あゆがこめかみをひくつかせながらぼそりと言った

「…ボク達もこれに参加するんだよね?」

「ああ、どうやらそのようだな。と、ちょっとトイレに行ってくる」

 あゆに告げて席を立つ。

「え、あ、うん」

 返事するあゆを一瞥してから、俺は会場を歩き回った。

 本当にトイレに行くわけじゃない。佐祐理さんを探そうと思ってるのだ。

 しばらく会場を歩き回って、その扉を見つける。

 

『関係者意外立ち入り禁止』

 

 たぶん佐祐理さんはこの奥に居るだろうと思ってドアノブに手をかける。鍵はかかってなかった。思いきってドアを開け―――

「ちょっと、あんた」

 突然後ろから肩に手を置かれて、心臓が跳ね上がった。

 恐る恐る後ろを振り向くと、そこには変な男が居た。

 たぶん俺と同じか少し下ぐらいだと思うが、どこが変かというのならまずその髪の色だ。

「…何?」

 外見から考えると、係員ではなさそうなのでひとまずは安心する。

「いや、なんつうか、別になんでもないんだけどな」

 何故か歯切れの悪い口調喋りながらその男はオレンジ色の髪を掻いた。

「あんた、このゲームの参加者か?」

「あ、ああ。一応な」

 何が言いたいんだろうと思いながら答える。

「えと、あの。うん、そうだ」

 男は何かを思いついたように手をぽんと打った。

 そして、ゲームの画面の方を指差し、

「ゆ、UFO…かな?」

「………」

 一体何がしたいんだろう。

「なぁ、あんた…」

 俺がそこまで言ったところで後ろから誰かがぶつかってきた。

「…失礼」

 その誰かはそう言って、歩み去ろうとする。

「な、ちょっと、待て!」

 俺はとっさにその手をその誰かに伸ばした。

 誰かはその手をひらりと躱わして一歩踏みこみ、伸びきった手を掴んだ。

 たちまち視界がぐるりと回転する。

 腰に激しい衝撃がきて、そのとき初めて投げ飛ばされたんだと気付いた。

「っ!」

 慌てて立ち上がり、周囲に目を遣ると、その誰かもオレンジ髪の男も姿を消していた。

「や、やられた」

 呆然と呟く。ぶつかったときにすられたのだ。招待状を。

 登録は済んでいるとはいえ、ゲームの直前にこれを示さなければ参加はできない。

 俺はしばしの間呆然と立ちすくんだ。

 

 

 

 会場の中ではゲームと観客の歓声という騒音のせいで声があまり聞こえないので、あゆを外に連れ出して、事情を説明した。

「祐一君のばかぁ!」

 顔を真っ赤にして怒鳴るあゆ。

「そんな事言ったって仕方ないだろ。突然のことだったんだよ」

 弁解じみているが、事実だ。いきなりのことでどうにもならなかった。

「俺だってショックだったんだよっ! せっかく佐祐理さんが特別にくれた参加券なのに」

 どちらかといえば簡単に投げ飛ばされたことの方がショックだったんだが、言わないでおいた。あまりにもカッコ悪かったからだ。

 一応舞との旅で鍛えてはいるはずだが、実はあまり実っていなかったのかも知れない。

「一緒に参加しようって言ってくれたのは祐一くんなのに、券を盗まれるなんてどうかしてるよっ!」

 あゆはぷんすかと怒っている。

 こう言うときのご機嫌取りの手段は…

「あぁ、悪かったって。今度たい焼きでも奢ってやるから機嫌直せ」

「…何個?」

 たちまち飛びついてくるあゆ。やはりたい焼きはかなり好きらしい。こんなに暑い季節だってのによく食べれるもんだ。

「どれだけでも好きなだけ奢ってやる」

 あまり金は持ってないが、たい焼きの代金ぐらいたかが知れてるだろう、たぶん。

「ありがとう祐一君っ! 大好きだよっ!」

 いきなり抱き着いてくるあゆ。

「うわっ」

 とっさのことに驚いて俺は声を挙げた。

「……ぇ…………?」

 

 そしてその一瞬、あゆの驚愕の声が聞こえたような気がした。驚いて目をやると、完全な無表情になっているあゆの表情が目に入った、ような気がした。

 目をこすってもう一度あゆを見ると、やっぱりあゆは嬉しそうな笑顔を浮かべている。

「止めろあゆ!」

 気恥ずかしくなってあゆを引き剥がそうとする。あゆはしがみつくようにしてなかなか離れない。

「楽しそうですね。相沢さん」

 後ろから唐突に声がかかる。

 驚いて振り帰ると、知っている顔があった。

 後輩の天野美汐だ。

「ど、どうしてこんなところに居るんだよ、天野」

「倉田さんに招待されたんですよ。参加はしませんけど」

 天野はそう言って、こほんと堰払いした。未だにあゆは抱きついてきている。

「それなら一緒に観戦するか、俺達も参加する予定だったんだけど、ちょっと券を無くしちまってな」

 あゆを無理矢理引き剥がして言う。

「うぐぅ、祐一君のばか」

 盗られたことを思い出したのか、あゆはほっぺを膨らませて怒る。

「そうですね、じゃあ行きましょう」

 そう言って会場に足を向けた。

 俺も天野に付いて、会場に入る。

「うぐぅーっ、待ってよ祐一くーんっ!」

 慌てているあゆの声が後ろから聞こえた。後ろに目を遣ると、拗ねているあゆの顔が目に入る。

 そこからは先程の無表情だった表情は見て取れなかった。

(気のせいか…)

 そのときは大して気にもせずに俺は再び前に目を向けた。

 

 

 

「へぇ…そうだったんですか」

 俺が春先に突然失踪した理由を簡単に説明すると、天野は感心したように言った。

「でも、大丈夫なんですか? 正直、川澄先輩からはあまりいい噂を聞きませんでしたけど…」

 去年のガラス割りの件を言っているんだろう。

 少しだけ済まなさそうに言う天野。噂から判断するのは無粋だと思ってるんだろう。

「ああ、天野も一度会ってみれば分かるよ。いいやつだぞ。口下手だけど」

「そうですか。祐一さんが言うならそうなんでしょうね」

 安心したように息を吐く天野。心配してくれていたってことだろうか。

「…にしても」

 俺は呟きながら画面を見る。先程のオレンジ髪の野郎と招待状をすった女が戦っていた。

 画面の表示にはそれぞれ『相沢祐一』『月宮あゆ』とあった。

「そのまま使ったみたいだな。参加券。完全に誤認されてるぞ」

 あのオレンジ髪が『相沢祐一』だと思われるのは少し心外だ。

「うぐぅ、あのひと、ボクより美人…」

 あゆが項垂うなだれながら呟く。確かに彼女と戦っている金髪の外人さんには及ばないものの、見た感じスタイルは良かった。

「あ、ちょっとトイレ行ってくる」

 俺はそう言いながら立ち上がる。

「…祐一くん、また行くの?」

「ああ。さっきはあんなことがあって行けなかったからな。行ってないことを今思い出した」

「祐一さん。女の子の前でそんな話は下品ですよ…」

 天野が言う。その口うるささがどことなくおばさんくさくて、思わず吹き出してしまった。

「な、なんですか。何か変なこと言いました?」

「いや、なんでも無い。とりあえず行ってくるよ」

 何か釈然としない様子の天野を置いて、俺は席を離れた。もちろん、トイレに行くわけじゃない。

 さっきの記憶を頼りにドアまで歩いて、一気に開けた。ためらっていると疑われるかも知れないからだ。

 ドアをくぐると、学校の廊下のような通路になっていた。佐祐理さんがどこにいるか見当もつかないので適当に歩きまわる。

 

「あれ? もしかして祐一さんですか?」

 

 声をかけられて、振り返る。佐祐理さんがそこにいた。

「え、でもそんなわけないですよね。祐一さんは今ゲームに参加しているはずですから。えっと、人違いだったみたいですね。ごめんなさい」

 ぺこりと頭を下げる佐祐理さん。

「いや、勘違いじゃないって。祐一だよ。相沢祐一」

「ほえ? あ、やっぱり祐一さんだったんですか。佐祐理は最近寝不足みたいなので、勘違いしたのかなって思って。お久しぶりです祐一さん。え、あれ、じゃあどうしてここに居るんですか」

 くるくると表情を変える佐祐理さん。相変わらず見ていて面白い人だ。

「参加券を盗まれちまって、参加できなかったんだ」

「はえー。そうだったんですかぁ。最近何かと物騒ですからね。大丈夫でしたか。ケガとかは?」

「大丈夫、盗られただけだから」

 実際は思いっきり地面に叩きつけられたが、黙っておくことにした。余計な心配はかけたくない。

「そうでしたか…。ところで舞は?」

 きょろきょろとしながら佐祐理さんは訊いてくる。

「ああ、舞はちょっと用事があって来れなかったんだ」

「そうですか…」

 少し哀しそうに言う佐祐理さん。舞に会いたかったらしい。

「ごめんな」

「いえ、祐一さんが謝ることじゃないですよ。舞も、用事なら仕方がないですし」

「えーと、ちょっと佐祐理さんに聞きたいことがあるんだけど…いいかな。ちょっと込み入った話になるんだけど」

 佐祐理さんはきょとんとしたあと、

「ええ、いいですよ。それなら場所を変えましょうか」

 合点がいったような顔をして、頷いた。

 

 

 

  


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