Panic Party  第四十六回  ウラ事情

 

 

 

 佐祐理さんに案内された一室にて、俺は茶を一口すすった。

 場所が場所だけにそう高いものではないと思うけど、佐祐理さんがわざわざ煎れてくれたものだと思うと美味しかった。

 まったく、舞あたりにも見習わせたいものだと思う。たぶん煎れ方すら分からないだろう。

「それで…、お話というのは?」

 湯のみを置いて佐祐理さんは言った。

「このよく分からん大会についてと『倉田』の真意について教えて欲しい」

 この場合の『倉田』は当然管理者としてのものだ。

「…そうですね、何から話しましょうか」

 お茶を言いながら茶をひとくち。何となくこういう仕草が上品だと感じてしまうのはやっぱり俺が一般人だからなんだろう。

「今回のことは、いわばあぶりだし…なんですよ」

 わずかに目を伏せて佐祐理さんは言う。

「あぶりだし?」

「ええ。祐一さんはAIONという組織を知っていますか?」

 また出てきた…。

「…ああ」

 とりあえず即答する。どこに行ってもこの言葉はでてくるものらしい。

「じゃあ、その組織の目的が『奇跡使い』を集めることだというのも?」

 そういえば、秋子さんがそんなようなことを言っていたような気がする。

「一応は」

 でも、それ以上は秋子さんも知らないらしい。まさに謎の組織だ。

「AIONという組織はもう全国各地で何らかの行動を起こしているらしいんです。その行動自体は全然大した物ではないんですが、それは彼らの勢力範囲が全国に広がっていることも意味しています」

 まぁ…それはそうだな。

「考えても見てください。全く正体不明の集団が全国にいるんですよ? 今はまだ大した行動を起こしてませんけど、その気になれば日本規模で『何か』をすることができるんです」

 深刻そうに語る佐祐理さんの言葉を聞きながら、俺は華音高校に転校する前に通っていた学校を思い浮かべていた。舞からの連絡によると、もう解決はしたらしいが、そこはAIONを名乗る集団に占拠されていたという。

 それに巻き込まれた人の中には俺の知り合いもいるかも知れなかった。

 もし、そんなことが日本中で起きたとしたら?

「だから、佐祐理達…『倉田』はひとつ手を打つことにしました。AIONの目的は『奇跡使い』を集めることです。それならば…」

「先に奇跡使いを集めてしまおうと…、そう言うことか?」

「ええ…。そうなんですけど」

 佐祐理さんはやや曇りがちな表情で肯定した。そして今回のことについて説明を始めた。

 

「…というわけなんです」

 やや長めの説明をした後、佐祐理さんは軽く一息ついて、茶をすすった。

 その話を要約するとこんな感じになる。

 AIONの目的が『奇跡使い』を集めることである以上、それを先にやってしまえば、AIONに対しての牽制になる。そして、状況によっては何かの行動を起こしてくることだろう。

 しかし、世間ではまだ認知されていない『奇跡使い』を表立って集めることはできない。だから今回のようなゲーム大会という形式を取ったのだという。

 事前に多少の調査をして『奇跡使い』だと思われる者には片っ端から招待状を出し、彼らを一箇所に集めた。実は『イメージがそのまま力になる』というシステムも出鱈目で、本当はプレイヤーに場を提供しているだけだという。

 彼らはあくまで本人の実力によって戦っているのだという。

 それが本当ならとんでもない話だが、とにかく『奇跡使い』だと思われる人間を一箇所に集めるのには成功した。後はAIONが何かを起こしてくるまで、大会を引き伸ばせばいい。うまくすればその尻尾を掴めるかもしれない。

 つまり、あぶりだしとはそういうことだ。

「佐祐理は反対したんですけど…」

 顔を伏せて佐祐理さんは言う。

 それもそうだ。本当に何らかの行動を起こしてくるとしたら会場の人間が間違いなく巻き込まれることになる。佐祐理さんにしてみればそんなことは認められないだろう。

「でも『倉田』の意向を変える事は出来なかったんです」

 佐祐理さんの話では『倉田』は佐祐理さんの父親を中心とする数人の人数で統率されているという。佐祐理さんがひとり反対したところでどうにもならなかったんだろう。

 俺は何か言おうとして…、その瞬間違和感に襲われた。

「…何だ?」

 無意識にそう呟く。

 一瞬だけ、自分が宙に浮いたような間隔がした。いや、自分が浮いたというよりも地面が沈みこんだような…。

 そして、地震だろうかと思ったその瞬間―――

 

 どん

 

 くぐもった爆発音が聞こえた。

 ああなるほど、と納得する。

 まだ旅に出る前の授業のときに聞いた覚えがある。その物理の先生の言葉が正しいのなら空気よりも水とか木とか金属とかそういった者の方が振動を伝えるのが早いという。

 地面の揺れも聞こえる爆発音も言ってみれば振動だから、遠くで何かが爆発したときはその爆音よりも地面の揺れの方が先に来るというのはなるほど道理にかなっている。

「…って、ちょっとまて」

 爆発? 爆発だって?

 俺は何をのんきにそんなことを考えてるんだ?

 ひょっとしたらとんでもないことが起こってるんじゃないのか?

 などと、俺がようやく事態の深刻さに気付き始めたそのとき、佐祐理さんが急に立ち上がった。

「ごめんなさい。祐一さん」

 言うが早いか、慌てて部屋を出て行ってしまった。

「あ、ちょっと、佐祐理さん」

 俺も慌てて部屋を出たが、佐祐理さんの姿は既に無かった。部屋を出て正面には交差路があるがもうどちらかに曲がってしまったらしい。

 そこまで走って左右を見るがそのどちらにも佐祐理さんの姿はなかった。

「………」

 運動が得意だという噂はあながち間違いではなかったらしい。完全に見失ってしまった。

 とりあえず勘に任せて右に曲がる。今度はT字路があった。

「あー、どうしてこんなに入り組んでんだよっ!」

 悪態をつきつつ今度は左へ。

 しかし、曲がった瞬間に誰かにぶつかってしまった。

「っぶ!」

 俺も走っていたが、相手も走っていたらしい。猛烈な衝突に目が眩み、たまらずふっとばされる。

 さらに後頭部をぶつけて気が遠くなった。

「す、すまん。大丈夫だったか?」

 その言葉に我に返って、相手を見た。…なんと言うか、変わった髪形で背の高い男だった。

「すまない。我輩の不注意だった。ケガはないか?」

 手を差し出してくる。

「いや、こっちこそ悪かった」

 頭を振って身を起こす。日頃鍛えてるせいか、意外とダメージは少なかった。まぁ、痛いには違いないが。

「大丈夫そうだな。じゃあ、我輩はこれで。すまなかったな」

 何度か頭を下げてその男は走り去っていった。よほど急いでいるらしい。

 走り去る男の背中を何となく見送りながら、俺は嫌な予感に囚われる。

 その原因はさっきの爆発だ。あれは会場の方から聞こえてこなかっただろうか。

「………」

 佐祐理さんを探すのは諦め、俺は会場の方へと走った。

 

 

 

 戻ったら戻ったで、何というか酷いことになっていた。

 会場の人間はそのほとんどがパニック状態に陥っていて、我先にと非常口やら出口やらに殺到している。

 会場の混乱は更なる混乱を呼び、あちこちで将棋倒しが起こっている。ケガ人もひとりやふたりではないだろう。

 先程の爆発のせいか、ゲームの筐体からは火花が散っている。

 驚いていても仕方ないので、急いで自分の席まで戻る。おろおろとぱたぱた(羽リュック)と周囲を見渡すあゆと何事もないかのように座っている天野が居た。

「遅いですよ、祐一さん。ずいぶんと長いトイレだったんですね」

「ゆゆゆ、祐一くぅん! たたた大変なんだよっ。雷が…雷が落ちてきてどかーんて、どどどどうしよう」

「とりあえず落ち着け」

 軽快にラップをかますあゆを宥めて、再び周囲を見渡す。人が減ったせいか混乱も若干収まっていた。

「招待してくれた佐祐理さんには悪いけど、ここは退散したほうがいいな」

「そうですね」

 天野もすぐに同意する。あゆは…

「どうしようどうしようどうし…うぐっ!」

 うるさかったので、とりあえず鼻をつまんでやった。混乱しているのと相乗効果ですぐに真っ赤になるあゆ。

「むぐ、むぐぐぅ!」

 手を離す。

「むぐ…ぷはぁ! はぁ…はぁ、いきなり何するんだよ!」

「落ち着いたか?」

 あゆは更に顔を真っ赤にした。

「落ち着くわけないよっ!」

「…祐一さん。とにかく出ましょう」

 呆れたような声を出す天野。いや、実際呆れてるんだろうが。

「そうだな。行くか」

 

 

 

 この街ですることも特になかったので、俺達はすぐに電車に乗り込んだ。

 拗ねていたあゆはたい焼きですぐに機嫌を直した。まったく現金なやつだと思う。

 そのまま華音市商店街まで何事もなく進み、俺達は解散することになった。

「それでは祐一さん。私はこの辺で…」

「ああ、じゃあな」

 おばさんくさく…彼女が言うには上品な物腰で一礼すると天野は帰って行った。

「さてと、俺も帰るか。あゆはどうするんだ?」

 なんだかんだいって時刻はもう五時を回っていた。

「ボク? ボクはもうちょっと商店街にいるよ」

「何か用事でもあるのか? よかったら付き合うぞ?」

「うん。ちょっと忘れ物を探さないといけないから…」

 忘れ物…?

「ひょっとして、前に言ったやつか? まだ見つかってなかったのか?」

 呆れる俺に苦笑いして答えるあゆ。

「うん。もうちょっとで見つかるとは思うんだけどね」

 あゆの忘れ物。

 少し前、まだ街が白い雪に覆われていたころに一緒に探し歩いた覚えがある。結局見つかることはなかったが…。

 あれからそれなりの時間がたった今でもまだ見つかっていないらしい。もう冬はとっくに過ぎ去ったと言うのに。

「じゃあ、俺も手伝ってやるよ」

 自然とその言葉が口から出ていた。

「ほんとっ?」

 あゆは嬉しそうに聞いてきた。

「ああ。それで、少しは見当付いてるんだよな? さすがにノーヒントで探すのは無理だぞ」

「見当…?」

 呟いて虚空を見つめるあゆ。しばらくなにやら考えて、

「よし、一緒にがんばろう。祐一くんっ!」

 どうやら今回もノーヒントらしい。まぁ、期待はしてなかったが。

「はぁ…。仕方ないな。とりあえずまた適当に探すか」

 半ば自棄になりつつ言う。

「そうだね。でも大丈夫。きっと見つかるよ」

「…そういうのは俺のセリフじゃないのか? ふつう」

「気のせいだよ」

 …まぁ、いいか。

 

「あ、そういえば祐一さん」

 

「うどわぁっ!」

 背後からの声に驚いて振り向くと、そこには帰ったはずの天野の姿があった。

「い、いつの間に背後に…」

「油断大敵ですよ。はい、これどうぞ」

 紙切れを差し出してくる天野。見るとペン書きの数字が並んでいた。

「これは?」

「私の携帯電話の番号です。控えておいてください。祐一さん、携帯電話は?」

「ああ、持ってるよ」

 ポケットを叩きながら答える。旅に出る前、秋子さんに半ば強引に持たされたものだ。まぁ、ほとんど使ってはいないが。

「番号、教えてください」

 紙切れに書かれている番号を登録してから、その裏面にペンを走らせる。

「これでいいのか?」

「ええ」

 紙切れを受け取って頷く天野。

「それじゃあ、失礼します」

 再び一礼して今度こそ帰っていく天野。

「じゃ、行くか」

 呼びかけて後ろを振り向く。

「…あれ?」

 いつの間にか、あゆの姿はなくなっていた。

「…あゆ?」

 居ない。

「あゆーっ!」

 やはり居ない。帰ってしまったのだろうか?

「まぁ、いいか」

 あゆが居ないのなら仕方がない。俺も帰るとするか。秋子さんに説明もしないといけないしな。

 そんなことを考えながら俺は商店街を後にした。

 

 

 

 同日、もう日も落ち、ゲームセンターの外は真っ暗になっていた。

 そんな中、会場の後片付けを終えた牧村南は最後に照明や戸締りなどを最終チェックして、外に出た。

 人手が足りていないという理由で急遽手伝うことになった彼女は今日一日主に裏方などの仕事をしていた。

 会場がパニックになったときの彼女の対応はさすがで、混乱が予想以上に早く静まったのも彼女の功績によるものだ。

 最後に入り口の鍵をかける。これで今日の彼女の仕事は終わりだ。

「さて、と」

 帰りましょうか、と続けようとした彼女は息を呑んで硬直した。すぐ近くに人影が見えたような気がしたからだ。

 不気味に思って辺りを見渡す。やはり気のせいだったようだ。誰の姿もない。

「こんばんは。南女史」

 いきなりの背後からの声に南の心臓が跳ね上がった。すぐに後ろを振り向いて、

「何だ、びっくりさせないで下さい」

 後ろにいたのは知人だった。名前を九品仏大志という。

「すみません。つい」

 悪びれずに言う大志に南はほっぺたを膨らませた。『つい』ということはわざとやったということだ。

「人が悪いですよ。寿命が縮まりました」

「すみません。それより、今日はご苦労様でした」

 労をねぎらう大志ににっこりと笑って答える南。

「いいえ。でも災難でしたね。あんなことになって」

 あの『事故』は悪質なハッカーによるものだと言うことになっている。

「確かに。でも犯人は分かりましたから不幸中の幸いですかな」

 大志の言葉で急にまじめな顔になる南。

「分かったんですか? 犯人が」

「ええ、おそらくは。あの事故が起こってからすぐに犯人の足跡を追ってみたんですよ。すると、意外なことに会場内のコンピュータからアクセスがあったことが分かりました。あのコンピュータはスタッフなら誰でも使えるんですが、使用するときには名簿に名前を記入することになっていたんです。…ずいぶんと几帳面な犯人だったみたいですな」

「………」

 南は何も言わず大志の言葉を聞いている。

「…単刀直入に言いましょうか。どうしてあんなことをしたんです?」

「………」

 やはり南は何も言わない。

「それに、あなたはコンピュータに関しては全くの素人だったはずだ。以前同士から『南さんにパソコンの使い方を教えてやってくれないか?』と頼まれたことがあります。なんでもハードディスクを全消去フォーマットしようとしたとか…」

「…半年前」

 そこで、ようやく南は口を開いた。そして懐から何かを取り出す。

「これがわたしの家に届きました」

 そう言ってそれを大志に示す。それは真っ黒な封筒だった。

 それを見て、大志は渋面を作る。見覚えがあるものだった。

「まさか、あなたほど聡明な方がそんなくだらない都市伝説に…」

 大志は言葉を切った。それが『くだらない都市伝説』などではないことを彼自身よく分かっている。

「コンピュータの使い方はこの半年で必死になって覚えました。何せ、命がかかってますから」

 南はそう言って哀しそうに微笑んだ。

「…そうですか」

 大志は拳を強く握った。手の平に爪が食い込み、出血したが力を緩めることはなかった。

 その甲斐あってか、怒りを顔に出すことだけはなんとか押し止めることができた。

「それでは、また。今日はありがとうございました」

 意外そうな顔をする南をその場に残し、大志はその場を後にした。これ以上ここに居たらさすがに南に気付かれてしまっただろう。

 大志の心の中をまるで猛り狂う炎のような怒りが渦巻いていることを。

「また…か」

 まただ。この前と同じく、また知人が利用された。

 大志はぎりぃっと歯を噛み締めた。

 そして、大志は決心する。

 次は、次は絶対にやらせない。この我輩が絶対に食い止めてみせる。

 絶対に。

 

 握り締めた拳から赤いしずくがぽたりと落ちた。

 

 

 

  


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