Panic Party 第四十八回 恋せよ乙女

 

 

 

 水瀬名雪は困っていた。

「ねぇ、香里。今晩泊まりに行ってもいいかな?」

 帰り支度を整えていた美坂香里はきょとんとした後、

「いいけど、何かあったの?」

 心配そうに訊き返して来た。

 まぁ、無理もない話だ。名雪が突然こんなことを言い出すなんてことは今まで一度もなかったのだから。

「うん、ちょっと…。だめかな?」

 名雪は言葉濁して俯いた。

 香里はしばし考えて、

「いいわよ。名雪は今日部活でしょ?」

「うん。今日はちょっと遅くまであるかな」

 名雪は陸上部の部長をしているのだが、もうすぐ三年生にとっての最後の大会がある。だからここのところほとんど毎日のように遅くまで部活が行われていた。

「それじゃあ、先に行って伝えておくから。部活が終ったらうちに来なさい」

 この場合、伝えておくというのは香里の両親と妹の栞にだろう。

「う、うん、ありがと。恩に着るよ」

「別にいいわよ。でも後で何があったかぐらいは教えなさいよね。じゃ」

 そう言って、香里は教室を出ていった。

 何か隠していることに気付いていながら敢えて何も訊かないでくれた親友に心の中で礼を言ってから、名雪は部活に行く準備を始めた。一生懸命部活に打ちこめば、このもやもやした気分も少しは晴れるかもしれない。

 

 

 

 名雪をひたすら困らせていたものは母親が口にしたひとことだっただった。昼休みのとき、携帯電話にかかってきたその連絡。

 祐一が帰ってきた。それがその内容だ。

 それを聞いた瞬間、頭に血が上って顔が真っ赤になって、向かいに座って一緒に昼食を取っていた香里が怪訝な顔をしたのを名雪ははっきりと覚えている。

 そのときに名雪が思ったのは2つのことだった。あの日、祐一がどこかに行ってしまってから大体4ヶ月ほどが経つのだが、それは―――

 

 早すぎる。そして、

 

 遅すぎる。

 

 どうして今になって帰ってきたんだろうか。もう少し早く帰ってこればよかったのに。もう少し遅く帰ってこればよかったのに。

 そんな矛盾した気持ちを抱えながら、ほとんど頭に入らない午後の授業を受け終え、いつの間にか、もう放課後になってしまっていた。

 どうしてこんな気持ちになったのかは自分でもよく分からなかったが、名雪はとにかく焦った。

 こんな状態で、今日祐一に会ったら自分は一体どうなってしまうんだろう。混乱してワケの分からないことになってしまうかも知れない。後で振り返って見ると死んでしまいたくなるぐらい恥ずかしい行動を取ってしまうかもしれない。

 今日はまずい。よく分からないが、とにかく今日は祐一に会うことは絶対にできない。

 とにかく心の準備が、時間が必要だった。

 だが、このまま部活も終えて、家に帰ったら弥が上にも祐一と顔を合わせてしまうことになる。

 だから、香里に頼んで泊めてもらうことにしたのだ。

 香里のことは秋子もよく知っているので心配はしないだろうと思った。高校生が友達の家に泊まるなんてことは全然珍しくないことなので祐一も奇妙には思わないだろうとも思った。

 

 

 

「はぁ………」

 名雪は深い溜息を吐いた。

 一生懸命走れば多少はましになると踏んでいたが、やっぱり心は不安定なままだった。むしろいっそう乱れたといってもいいかもしれない。

 走りにも影響が出てタイムもぐぐっと落ち込んだ。顧問の先生に「調子が悪いようだけど、休んだ方がいいんじゃないか?」などと要らぬ心配までされてしまった。

 何となく暗い気分になりながら名雪は帰路に付く。

「っとと、間違えた」

 香里の家は反対方向だ。普通に家に帰るところだった。

 いきなりのことだったので、今日は泊まる準備を何もしていないが、まさか取りに行くなんてこともできない。祐一と鉢合わせなんてことになったらそれこそ目も当てられないだろう。

 そうなったときのことを想像してみる。無理だった。自分がどういう行動に出てしまうか予想もつかない。それでも、平静を保っていられないということだけは確実に分かった。

 …そろそろ認めてもいい頃じゃないだろうか。

「………」

 無言で首を振る。そんなんじゃない。絶対違うはずだ。たぶん。

 周囲の数人が訝って名雪を見たが、名雪は考えるのに夢中で気付かない。

「はぁ………」

 名雪は再度深い溜息を吐いた。

 

 

 

「お邪魔します」

 少し他人行儀かな、と思いつつも挨拶し、名雪は美坂家の玄関をくぐった。

 香里の家に来たのはかなり久しぶりかも知れない。そんなことを考えていると、奥から香里が出てきた。

 当然だが、いつもの制服姿ではなくかなりラフな恰好だった。家ではいつもこうらしい。

「いらっしゃい。部活はどうだった?」

「うん、まぁまぁかな」

 とっさに嘘を吐く名雪。

「ふーん。まぁ、とくかく上がりなさいよ」

 名雪は促されて居間に入る。内装は前に来たときとあまり変わってなかった。

「あれ? だれも居ないの?」

 居間には誰も居なかった。香里はきょとんとして、

「あれ? 前に言わなかった? うちは共働きだって」

 名雪はふるふると首をふる。考えてみると、香里は今まで家のことを話すことはあまりなかった。

「栞ちゃんは?」

「部屋に居るわよ。何か用事?」

「ううん。元気かなって」

 香里が家のことを何も語らないのでつい最近知ったことだが、香里には妹がいる。医者もさじを投げるような不治の病にかかっていたが、奇跡的に完治し、今では学校にもちゃんと通っている。

 名雪とも何度か顔を合わせたことがあった。

「それはもう。元気過ぎるぐらいよ。全く、どこからあんなエネルギーが出て来るんだか…」

 割と手を焼いているらしい。香里は苦笑しながら言った。

「それより名雪」

 にわかに、にぃっと笑う香里。名雪は思わずたじろいだ。

「相沢くん。帰ってきたんでしょ?」

 名雪は口を半開きにして絶句した。

「どどど、どうして知ってるの?」

 その名雪の様子に、香里は我が意を得たりとばかりに指を鳴らした。

「やっぱりね。そうだと思った」

 香里にしてみれば、これほど分かり易い事もなかった。

 日頃、名雪から聞かされてるノロケ話。

 昼にかかってきた電話。

 それから急に挙動不審になる名雪。

 その上、泊まりたいと言ってくる。

 これらから考えると、結論はひとつしか有り得なかった。

「で? 相沢くんには告白するのかしら?」

 香里にしてみれば当たり前のことだったが、名雪はその話題の飛躍に驚いたらしい。一瞬絶句して、直後に『ぼっ』とかSEを入れたいくらいに顔を真っ赤にしてくれた。

「ななななななななななななななななななななななななな………」

 壊れたラジカセのように『な』の字を連発する名雪。分かりやすすぎだ。そういえば、昔使ってたラジカセがこんな症状になったような気がする。

「ななななななな…」

 たしか、そのラジカセは右35度程の角度でチョップを入れたら治ったが、親友にそんなことをするわけにもいかないので、香里は名雪の目の前で手をパチンと叩いた。

「な…。なんでいきなりそうなるの!?」

 治った。というかちょっとおもしろい。

「自然な展開だと思うわよ」

 内心吹き出しながらも、しれっとした態度を装う香里。

「…うぅ」

 相変わらず真っ赤のまま、涙目になる名雪。

「さて、そうと決まればさっそく告白ね。うん。前からずっともどかしいと思ってたけど遂にこの時が来たのね。相沢くんどういう顔をするかしら?」

「香里、わたし、怒るよ」

 心底楽しそうな香里に、地の底からうめくような声を搾り出す名雪。

 香里はとりあえず聞かなかったことにして、

「ちょっとこっちに来て」

 来て、と言いながら無理矢理名雪を引っ張っていく香里。割と小さ目の座卓に名雪を座らせる。何となく、名雪も『もうどうにでもなれ』という気分になってきた。

 香里は向かいに座って身を乗り出してきた。

「作戦会議よ」

 小声で言う香里。

「…香里、どうして小声なの?」

「………………秘密会議だからよ」

 しばし考えた後、よく分からないことをいう香里。本当は家にこの話を聞かれたくない人物がいるからなのだが、ここでそれを言うわけにはいかなかった。

「とにかく、優柔不断な相沢くんのことだから、旅を通して川澄センパイともう結構いい仲になってるはずよ。ここにあなたが介入するのはかなり困難と言えるわ」

 ちなみに、相沢祐一が、川澄舞と一緒に辺境へランデブーしていることは既に学年中の知るところとなっている。

「でも、ただの横恋慕じゃ話にならない。ちゃんと相思相愛にならないと。でも、遠まわしなやり方では鈍感な相沢くんには伝わらないと思うの。だから、直接気持ちを伝えた方がいいと思うわ」

 徐々に声が大きくなってくる香里。名雪は『秘密会議じゃなかったの?』と突っ込もうと思ったが、香里の猛攻のせいで口に出すことはできなかった。

「こういうのは早い方がいいわ。明日よ、名雪。明日相沢くんに気持ちを伝えるの」

「………」

 名雪は結局何も言えず、その日は香里の『計画』とやらをほぼ徹夜で聞かされることになった。

 ちなみに、途中で栞や仕事から帰ってきた両親が居間に入ってきたが、香里は上手くごまかしていた。

 

 

 

 計画倒れ、という言葉がある。

 何にしてもそうだが、こういった計画というのにも絶対に『前提』というものが必要になる。

 その前提が満たされなかったときや、計画そのものに問題があったとき、計画倒れというものは起こる。

 この(香里曰く)運命の日は国民の祝日いわゆる『海の日』による休日で、名雪も香里も学校がない。

 ほとんどの学校はこの海の日から夏休みを開始するのだが、華音高校は珍しく海の日をまたいで、その次の日に終業式があった。

 どうせ夏休みに入ったら思いきりの悪い名雪のことだ『まだ夏休みチャンスはあるよ』などと言いながら結局告白できず、九月を迎えてしまうことだろう…などと勝手に考えた香里は、やはり勝手にこの海の日をチョイスした。

 確かに…、計画そのものには全く問題はなかった。だが、この計画は前提が満たされないことで失敗に終わることとなる。

 当然だが、告白するためには相手が必要である。例え告白するひとがどれほど勇気を振り絞ろうと、相手が居ない以上告白することはできない。

 折り悪く、この日祐一は遠くに出かけていた。

 名雪を無理矢理に連れて、水瀬家に出向いた香里はこの事実を知ったとき、最終ラウンドを終えたボクサーばりにがっくりとうなだれた。

 当の名雪はほっとしていた。

 そして結局なにもできず、事情を知った秋子に散々茶化されただけで終り、またふたりは美坂家に戻ることになった。

 香里の両親も栞も、名雪がもう一泊するのを快く承諾してくれた。

 

 

 

 美坂家にて、徹夜のせいでぐったりしている香里をよそに、名雪は水瀬家に電話を入れた。

 ちなみに、昨晩名雪は香里の話す計画を聞いている振りをしながら眠っていたので、全く問題はなかった。

『はい、もしもし。水瀬です』

 祐一出るな祐一出るなと祈りながら何回かコール音を聞き、出たのは秋子だった。名雪はほっと胸を撫で下ろす。

「あっ、お母さん。わたし」

『あ、名雪なの。一体どうしたの? 忘れ物?』

 名雪はしばし逡巡して、

「ううん。そうじゃなくて、あした帰るから」

 と言った。帰ると言うことは祐一に会うということだ。

『どすん、ばたん』

 受話器の向こうからやけに騒がしい音が聞こえて、名雪は眉をひそめた。

「…何か騒がしいけど、なにかあったの?」

『何でもないわ…やっぱり告白するの?』

 ややはずんだ秋子の声。彼女にもこんな時期があったのだろうか。

「…わからないよ。でも、とにかくあした、帰るから。それじゃあ」

 何かいたたまれなくなってきて名雪はそう捨て言うと電話を切った。

 受話器の向こうで『うわぁぁぁぁ!』とか叫び声が聞こえたような気がしたが、たぶん気のせいだろう。

 

 

 

 翌日、終業式。

 名雪は香里と一緒に登校していた。

 栞は今日学校を休むという。定期検診だとか言っていたが、香里に言わせるとそれはサボるための口実らしい。

 いつもとは違う通学路の風景に新鮮なものを感じながら歩き、そのうちに学校に到着した。美坂家からよりも近いらしい。

 今日は時間的に余裕があった。朝が弱い名雪の性質上、いつも走って登校していたが何故か今日はすぐに起きることができて、香里が死ぬほどびっくりしていた。

 校門をくぐり、校内に入って、靴を下駄箱に入れ、代わりにスリッパを取り出す。いつもの通学路を除いてはいつもの朝の風景だ。しかし―――

「あら…?」

 香里が下駄箱に手を入れたまま、意外そうな声を上げた。

「どうしたの? 香里」

 名雪が訝って訊くと、香里は笑顔で、

「何でもないわ。名雪。ちょっとあたし用事ができたから、先に行っててくれる?」

 そう言った。その笑顔にちょっと引っかかるものを覚えながらも、

「うん、それじゃあ後でね」

 名雪は先に行くことにした。

 途中で会ったクラスメイトに挨拶をしながら廊下を歩き、いつもの時間よりはだいぶ早く教室に入り、自分の席につく。

「あっ!」

 そこで思い当たった。

 以前にも何回かあったが、香里はなにか厄介事を抱えていて、そしてそれに関わらせまいとしているときにあんな感じの笑顔を浮かべていた。

 とっさに立ち上がろうとして、やめる。

 香里が関わらせまいとしている以上、ここで動くのはうまくない。

「…大丈夫かな、香里」

 心配しながら時間を過ぐして、やがて予鈴が鳴り響く。香里はまだ来ない。

 このままじゃ遅刻扱いになってしまう。

 そして、予鈴が鳴り終わるのとほぼ同時に、香里が息を切らせて教室に入ってきた。

 担任の石橋先生はまだ来ていない。ぎりぎりセーフ。

「…だいじょうぶ? 香里?」

 はぁはぁと肩で息をする香里に名雪は話しかけた。ちなみに、香里の席は名雪のひとつ後ろだ。

「はぁ…はぁ…だいじょ…ぶ」

 とても大丈夫そうには見えない。全力で走ってきたらしい。

「あれ…?」

 名雪はふと気付いた。香里の履いているスリッパがいつもと違う。

 このスリッパは確か、別棟に置いてある来客専用のスリッパだったはずだ。

「おーい。席に着け〜」

 名雪がそのことを尋ねようとしたときに、石橋先生が入ってきた。

 まぁ、後で訊けばいいかと思い、名雪は前に向き直った。

 

 

 

 朝のHRが終って、その後に終業式があった。校長先生のあまりありがたみがないありがたい話を聞いたり、めったに歌わない校歌を歌ったり、休みの間の注意事項を聞いたりして終業式は終った。

 その後、少々長めのHRがあり、連絡事項や宿題をはじめとする配布物を配ったりして、それも何事もなく終ってしまった。

 

 名雪は困っていた。

 

 まだ自分の気持ちに整理がついていない。

 香里はああ言っていたが、自分は本当に祐一のことが好きなんだろうか。

 いや、好きなことは間違いない。だけど、それが『愛しているか』となると話は変わってくる。

 なら、祐一のことを愛しているか? どうだろう。わからない。

 やはり、この結論が出るまでは祐一に会うことはできないと思う。たぶん、今のままじゃあだめだ。

 そうは思うが、どうすればいいのか分からない。今日は部活もなく、別の用事もなく、ただまっすぐに家に帰るという予定しかない。

 でも、祐一にはまだ会えない。

 思考は堂々めぐりを繰り返し、だから名雪はひとり、誰も居ない図書室に居た。

 もう学校には教師以外誰も残っていない。みんな夏休みに浮かれて帰ってしまった。

 どうしようか、と考える。香里の家にもう一泊してしまおうかと考えて、すぐに打ち消した。

 どうしようか、と考える。とりあえず、ここでぼおっとしていても何にもならないことは確かだった。

 

 どうしようか、と考える。

 

 名雪は鞄からホッチキスで留められた何枚かのプリントを取り出した。

 受験生のためにと担任の石橋先生が特別に作ってくれたものだ。本当は石橋先生の担当は体育だが、数学や物理、果ては英語までも教えることができ、臨時などには教えてもらっていたりする。

 やたらとマルチな先生だが、おおらかで人当たりもよく、生徒からは信頼されている。今回も、独自にこんなものを作ってくれた。今やる必要は全くないが、とにかく今は何かやっていないと落ち着かなかった。

 筆記用具も取り出して、プリントをめくってみる。そして、ためしに数学の問題を見た。

 

『次の問いに答えよ。なお、気温はセ氏25℃、空気抵抗は考えないものとする』

 

 閉じた。まだ問いを見てないが、絶対に解けないと思う。そもそも気温とか空気抵抗は物理の分野じゃないだろうか。

 プリントをしまい、時計を見る。そろそろ午後二時を回ろうとしていた。そろそろ帰らないと心配するかもしれない。

 立ち上がろうとして、止める。やっぱり帰ることはできない。

 どうしようか。また堂々めぐりだ。

「はぁ…」

 溜息が出る。どうしてこんなことになってしまったんだろうか。何がいけなかったのか。いけなかったとするなら一体どうすればよかったのか。

『がらがらがら』

 名雪が自らの思考の渦に呑まれようとしていたときに、図書室入り口のドアが開いた。そして、見知った顔の人物が入ってくる。

「あっ!」

 その人物…香里は図書室の中に名雪の姿を見止めると『しまった』という顔になった。

「?」

 名雪が訝っていると、香里の後ろからふたりの女の子が図書室に入ってきた。ふたりとも名雪の知っている顔だ。

 あまり親しくないので、名前はよく覚えていないが、三年生から一緒になったクラスメイトのふたりだった。いつもふたり組で行動していることだけがおぼろげに思い出せた。

「どうしたの、香里? こんな時間に…」

 名雪が香里に問いかけると、後ろのふたりは初めて名雪に気付いたのか、互いに目を合わせて、それから図書室を出ていった。

「あ、ちょっと! 待ちなさいっ!」

 香里が呼び止めるが、二人は戻ってこなかった。

 香里は溜息を吐いて名雪の隣に座った。

「…どうしたの?」

「うん、ちょっとね」

 香里は苦笑して言葉を濁した。

「名雪はどうしたの? こんな時間まで」

「うん…ちょっと帰り辛くて」

「ふーん。でも、いつまでもこんなところに居るわけにもいかないでしょ?」

 名雪が帰り辛い事情を知っている香里はなるべくやさしい口調で言った。

「…そうなんだけど」

「なら、あたしも一緒に行ってあげよか? あたしも久しぶりに相沢くんに会いたいし」

「でも、香里…」

「大丈夫よ、あなたが取り乱しそうになったら上手くフォローしてあげるから」

 名雪の肩をぽんと叩いて香里は言った。

 名雪はしばし沈黙して、

「…うん」

 頷いた。

「決まりっと、じゃあ早く行きましょうか。秋子さん心配するわよ。ほらっ」

 香里に促されて、名雪は立ち上がった。

 

「…すまんが、帰るのは用事を済ませてからにしてくれないか?」

 

 香里は突然の声に驚いて、振り向いた。入り口のところに、いつのまにかひとりの男子生徒が立っている。

 北川潤。ふたりの顔見知りだった。クラスメイトでもある。

「北川くん…? どう言うこと? あたしは別にあなたに用事はないはずだけど?」

 言いながら、香里は名雪の方を振り向いた。名雪はふるふると首をふる。名雪の用事でもなさそうだった。

「ああ、俺の用事だ。ふたりともこれからちょっと付き合ってくれないか?」

 何か様子がおかしい。そう思った香里は、訝りながらも北川に言う。

「よく分からないけど、後にしてくれない?」

「無理だ」

 ひとことで突っぱねる北川。その右手がパチィと音を立てた。

「名雪っ!」

「え…?」

 猛烈に嫌な予感を感じた香里は名雪を抱き寄せると、椅子を倒して転がった。

 その直後、ヴゥンと嫌な音が頭上を通りすぎる。

 北川はちっと舌打ちするとこちらに向かって走ってきた。

 香里は頭を振って身を起こすと、そちらに目を遣った。

 走ってくる北川。その目に写す感情は―――敵意。

 

 唐突で理不尽で意味不明な、それが戦闘の開始だった。

 

 

 

  


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