浄罪の雪





雪が深々と降る。この雪はやがてあらゆる物を覆い尽くすだろう。

大地を、草木を、そして血や骸さえも…




元ミッドガルズの首斬り役人アーレスは、部屋の中から降りしきる雪を見ていた。

このような深い雪の中では生業の木こりは休業である。

そのため特に何もすることもなく、暇を持て余しているのだった。

「そういやあん時も雪が降ってたなぁ…」

彼の言う「あん時」とは、すずやファルケン、アーチェたちとの

時の剣を守って戦った時のことを指している。

彼の脳裏にはその時の記憶がありありと刻まれていた。

ミッドガルズ王国のもと、ただ悶々と首斬りを続けていた頃と比べ、

明らかに充実した日々であった。そして同時に人生で最も楽しかった時であり、

人生の転機でもあった。

「連中、どうしてるかなぁ…?」

アーレスがクククッ、と含み笑いをすると、不意に玄関のノッカーが音を立てた。

誰であろう?アーレスには尋ねてくるような身内は居ないし、

何より誰にも自分の住んでいる所を明かしたことは無かった。

彼は訝しげに扉を開ける。

それは少女。

年の頃はすずより少し上だろうか?ひとりの少女がそこに立っていた。

「こんにちは」

少女がペコリと頭を下げる。アーレスもつられて頭を下げた。

「お久しぶりです、アーレスさん」

アーレスは戸惑った。少女の知り合いなど自分にはいないはずである。

それを察した少女は、

「覚えてないですか? 先日街中で倒れていたアタシを家まで運んでくれた…」

「ああ!思い出した! あの時の嬢ちゃんか!」

アーレスは伐採した材木を売りさばくため、最低でも月に1回は街に降りる。

先週街に降りたとき、道の片隅に少女が倒れているのを発見し、彼女の家まで送り届けたのだった。

「病み上がりの身体でここまで来たってのか!? 一体どうしたってんだ?」

「アタシ、アーレスさんにお礼がしたくて! ホラ、今日ってクリスマスイヴでしょ?」

「あ……」

独り人里離れた場所に住んでいる彼にとって時間感覚は皆無であった。

当然、クリスマスなどとうに忘れていたのである。

「そうか今日は……って! 嬢ちゃんこそ家族と一緒に過ごせって!親御さんが心配するだろ!?」

「だいじょぶだいじょぶ! 何にも問題ないですよ!」

少女ははつらつとした笑顔で、失礼します、と言いながら上がりこんできた。

「お、おい……」

「あ、それから、アタシの名前はレベッカです。よろしく♪」

「よ…よろしく……」

「それじゃ、アタシお料理作りますね♪ だいじょぶ! アタシお料理は得意なんですよ!」

そう言ってレベッカはズカズカと厨房へ向かっていった。




「じゃーん♪ 出来ましたぁ〜!」

テーブルには、ありあわせの食材で作ったとは思えない程豪勢な食事が並んでいた。

彼女が料理の片手間に部屋を少し掃除したおかげで、

清潔感漂う雰囲気にこの料理、実にクリスマスらしくなっていた。

「さあ、どうぞ召し上がれ♪」

「あ…ああ………」

アーレスは料理を一口食べる。レベッカは少し緊張して彼を見ていた。

「…どうですか?」

「うまい!」

「ホントですか!?」

「おう!こんなに美味い飯食ったの久々だぜ!」

「嬉しいっ!」

レベッカはピョンピョンと飛び跳ねるように喜んだ。思わずアーレスにも笑みがこぼれる。

「ほら、嬢ちゃ……レベッカも一緒に食べようぜ! 折角自分が作ったんだしな!」

「え…アタシは別に大丈夫ですよ?」

「バカだな」

アーレスが真顔でそういった。レベッカはその言葉に思わず身を固くする。

「…飯ってのは誰かと一緒に食うから美味いんだ。そうだろ?」

ニッコリと微笑みを彼女に投げかける。それに対して彼女も微笑みで答え返してきた。

しかしアーレスは、彼女の目に涙がたまっていることに気がついていなかった……。




腹もふくれて部屋も暖まってきた。いつしかアーレスは<RUBY>微睡<RP>(</RP><RT>まどろ</RT><RP>)</RP></RUBY>み、夢の世界へと落ちてゆく…。

彼は歩いていた。右も左も、上も下も分からない、深淵の闇。地に足がついているかどうかさえ不確かである。

暫く歩いていると、目の前にあるものが飛び込んできた。

それは、ミゲールの街においてきたはずの斬首刀……

その刀身は血に濡れ、禍々しいまでの雰囲気を醸し出していた。

気がついたら、それを無意識に掴み取ろうとする自分がいる。

「やめろ! 俺は首斬りは辞めたんだ! こんなもの俺にはもう必要ない!」

そう叫ぼうとするが、声にならない。そして自分の意志に反して、手が斬首刀の柄を握った!

「俺は……俺は………!!」

その時、周囲から首のない人の身体が、闇からにじみだしてきた。


カエセ…カエセ… オレノ…ワタシノ…アタマヲカエセ……


「うわあぁっ!!」

アーレスは思わず手に持っていた斬首刀で、襲いかかる首無し死体をなぎはらう。

そして今度は、死体たちの腕が一斉に飛んだ。


カエセ…カエセ… オレノ…ワタシノ…アタマトウデヲカエセ…


じりじりと死体たちがアーレスに詰め寄ってくる。

「すまなかった…すまなかった……!!」

アーレスが幾度となく謝罪を繰り返しても、彼等には文字通り聞く耳が無い。頭が無いのだから。


カエセ…カエセ… オレノ…ワタシノ…アタマトウデト…ジンセイヲカエセ…






「………スさん、アーレスさん!」

優しい声にアーレスは呼び起こされた。全身は気持ちの悪い汗をどっとかいている。

「大丈夫ですか? アーレスさん…」

「ああ…ちょっと悪い夢を見てただけだ……」

アーレスは窓の外を見た。既に日は落ちている。しかし月明かりが雪に照り返して外は明るいくらいだった。

「もう遅い…。送ってやるから家へ帰りな」

「………………」

レベッカは沈黙している。それは何か考えているようにも見えるし、睨んでいるようにも見えた。

「おい……」

「嫌です」

「え…………」

「あんな苦しそうな表情を見た後に帰るなんて、寝覚めが悪すぎます!」

「でもだなぁ……」

「デモも座り込みもありません! 私はまだここにいます!」

彼女は椅子に座り、意地でも離れない、という姿勢をとった。

「…参ったな」



30分ほど経っただろうか。 暖炉の薪がはぜる音だけが聞こえる。

「……その悪い夢は初めて見たんですか?」

「……毎日さ」

レベッカは声にならない驚きを浮かべた。そしてそのまま口をつぐんでしまった。

「……俺は昔、首斬り役人だった。数えきれないほどの人間を殺めてきたんだ……。

 そんな人間がまともな生活なんか出来るわきゃあねぇよなぁ……」

レベッカは何かを言おうとしたが、言いかけたまま途中でやめてしまった。

「この夢は、俺に対する贖罪だと思ってる。十字架を背負って生きることこそ……」

「間違ってる……」

レベッカが小さく、かつ、よく通る声で言った。

「そんなの間違ってるよ……。過去の事でそんなに苦しむなんて……」

「ありがとう…、そう言ってくれると俺の気も楽になる……」

少しの沈黙の後、アーレスはおもむろに立ち上がった。

「世話になってばっかりだな、俺からも何かしてやらなきゃあ」

「え……いいんですよ、これは私からのお礼なわけだし……」

「俺からもなんかやらなきゃあ、寝覚めが悪ぃんだよ!」

アーレスは、クククッと含み笑いをした後、上着を着て玄関に向かった。

「ちょっと待ってろ。すぐ戻る」



レベッカは暖炉に薪をくべながら待っていた。時間的には20分やそこらだろうが、

それよりも長く感じられた。

暖炉の暖かさにうつらうつらとなりながらも、必死に首を振って眠気を堪えている。

そのとき、玄関の扉が勢いよく開け放たれた。

「待たせたな、ちょっとこっちにこいや」

レベッカはアーレスに誘われるまま、外に出た。そこには…

「そこらにあるものしか使ってないから地味と言っちゃ地味だが…どうだ?」

そこにはレベッカの背丈の倍ほどあるモミの木が立っていた。

その枝には雪をモールのように乗せ、頂上にはいびつだがなんとか星に見える氷の彫刻が乗せてあった。

「綺麗……」

レベッカはしばしそのままツリーを見上げていた。

「クシュンッ!」

「お? ああ、悪い悪い、流石にそれじゃ寒いか」

そう言うと、自分の羽織っている上着を彼女にかけた。

「ふむ…それにしても我ながらなかなかの出来映え……」

「アーレスさん……」

「ん?」

見るとレベッカは目に涙をためていた。今にもその場に崩れ落ちそうな気配である。

「お、おい。どうした?」

その言葉と同時に、レベッカはアーレスの胸に飛び込んでいた。

その口からはただ一つの言葉が紡がれていた…。


ありがとう……





「昔よく恐い夢を見たとき、お母さんが手をつないで眠ってくれたんだ。

 そうすれば独りじゃないから安心して眠れるって……。だから今日は安心して寝てね」

「おいおい、俺は子供扱いか?」

アーレスは照れくさそうに言った。しかし彼女に促されるまま、ベッドに入る。

彼女の手からぬくもりが伝わり、彼を心地よい眠りへと誘っていった。

その日はあの夢を見ることは無かった。







小鳥のさえずりがアーレスに朝の到来を告げる。

冷涼な冬の朝の空気が寝ぼけた頭に喝を入れた。

「んぁ…、レベッカ?」

部屋を見回しても彼女の姿は無い。外に出たのかと思って、家の周りをグルッと1周してみたが、

彼女はどこにも居なかった。

「帰ったのか…随分突然だな……」

空っぽになった胃に、残り物の乾いたローストビーフを放り込む。

「…昨日ほど美味く無ェや」

独りで居ることの虚無感、アーレスはそれをひしひしと感じていた。

寂しい…。

その時、不意に玄関のノッカーが音をたてた。

「!? レベッカ!?」

アーレスは急いで玄関の扉を開ける。

「おぉ! 本当に居たよ! 久しぶり! アーレスのおっさん!」

「お久しぶりです、アーレスさん」

そこにいたのは、すずとファルケン、かつての二人の仲間だった。

「お、お前ら……」

「へへ…、驚かそうと思ってね。メリークリスマス!」

「めりぃくりすますです、ぷれぜんとも持って来ましたよ、どうぞお納め下さい」

アーレスは言葉を失った。そして気を取り直して、

「ま、まあ中に入れや、茶くらい入れるぜ」

「それではお邪魔します」

「おいすずちゃん、靴は脱がなくていいんだよ」

「あ、そうでした」




「……そういえば何でここの場所が分かったんだ? 誰にも言ってねぇのに……」

「へ? そうなの? 忘れてるんじゃないの?」

「んなことねぇって」

「…だって俺らは人から聞いたんだぜ。なあすずちゃん?」

「はい、ふもとの街でたまたま病弱な女の子と出会いまして……確か名前は“レベッカ”でしたでしょうか?」

「そうそう、そりゃもう大変だったんだよ。昨日急に高熱が出て…街の医者が

 全員出払ってて、替わりに俺がつきっきりで看病してたんだよな」

「はい、今朝やっと熱が下がりまして…そうしたら、「アーレスさんをよろしく」、と……」

「………………」

話を一通り聞き終えたアーレスは、扉の外に目をやった。


最高のクリスマスプレゼントじゃねぇか…


彼の視線の先には、昨日立てたクリスマスツリーが朝日を反射して光っている。

朝日に照らされ、雫がぽたぽたと垂れている。涙を流すように…。

「おーい、暖炉に火ィいれていい?」

「あ? ちょっと待ってろ!」







雪は溶け、新たな命が芽吹く。

闇にはいつか終わりがくる。

光明が心を照らす事だろう。

きっと…いつか……。

Fin



作者後記

はい、お久しぶりなツルにんでございます。

アーレスさん(ついでにファルケンも)…、

この人を知らない方は『魔剣忍法帖』をどうか見てくださいな。

彼はその中の主要キャラですので…。その小説自体も素晴らしい出来だから是非オススメ!

ってか読んで…、マジで面白いから……(哀願

え〜、そもそも、私のページでのX'mas用に<S>戯れ</S>即興で書いたものなので、

なかなか…その……、出来がよくないと言うか…、スランプ中と言うか……(汗

文句その他受け付けます。ここのリンクで飛んできて下さいな(宣伝!?

それでは執筆中の続きを書かねば……。ばいさ〜。

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