第4話

仮想から現実へ、悪夢の始まりは今

 

 

 

 ウゥゥゥ……

 

 僅かな機械の駆動音と、モニタが照らす光だけがこの空間の全て。

 狭い、息も詰まるほどの閉鎖空間の中において、確かなのは自己という存在のみ。

 

 

D−Con Set   Yes / No

 

 

 画面に表示されたその文字列を見て、迷わず中央よりやや右のコネクタにDコンを接続する。

 数秒のLoadingという表記を経て、次いで画面に表示されたのは自分がセッティングを重ねた機体データ。

 漆黒に塗り替えられた亡霊……その中で深紅のラインが映える。

 それを選択し、ざっ、と各パラメータを確認した。

「問題なし、と」

 呟き、「Start」を選択する。

 ウゥゥンと駆動音が空間に響き渡り、自身を覆う形で配置されたモニタに光が灯る。

 ドク、ドク、と血が脈打つのが分かった。

 まるでこれからの戦いに歓喜しているかのように打ち震え、自身を奥底から熱くさせる。

 

 あぁ、これが闘争心ってヤツか。

 

 そんなことを考えて、笑みが零れた。

―――さぁ勝負だぜ、北川」

 

 

 フィールドセット ――― 荒野

 

 画面いっぱいに荒野が映し出された。

 今まで薄暗かった閉鎖空間は、今や全てが見えるほどに明るい。

 迷わず祐一はコミュニケを起動させるためのスイッチを入れた。

「北川、準備は出来たか?」

『あぁばっちり。そっちこそ準備出来てるのか?』

 モニタに表示された北川の表情に浮かんでいるのは、これからのバトルが楽しみで仕方ない、といった笑み。

 それを見て、同じように笑みを浮かべる。これからのバトルへの期待に満ちた、不敵な笑み。

「当然。さて、そろそろ始めようか」

『よぉっしッ。来いよ、相沢ッ!』

 

 その声に答えるように、スロットルを目一杯に押し込む。

 それに連動して背部バーニアが一気に火を噴かせた。

 ゼロから瞬間でトップスピードへ!

 機動性に特化させたこのゲシュペンストは香里の機体よりもスピードは上だ。もとよりあまり距離が開いていなかったのだ。数秒でその間はなくなる。

 

『ちっ』

 北川の舌打ちがコミュニケを通して伝わる。

 次いで襲ってきたのは機体を叩く銃撃の音。

「豆鉄砲だ……!」

 サイドノズル点火。まるで横にスライドするかのように機体を操作し、一瞬でマシンガンの射線から逃れ―――

『予想済みだぜ!』

 その声より早くセンサが捕らえた熱源。

 その言葉が示すように放たれていたスプリットミサイルは完全な直撃コース。

 だがそんなものは、

「こっちも予想してた」

 瞬間、響き渡る炸裂音。

 爆発音には弱く、炎も衝撃もない。

 それでも、変化をもたらすには十分だ。

 

『チャフグレネード!?』

 

 その正体に気付いた、北川の驚愕の声。

 チャフグレネード……それはロック妨害粒子を散布し、ミサイルなどのロックオンを無効化する兵器。

 スプリットミサイルを予想し、放っていたチャフグレネードの効果は――――

 

「絶大だ…!」

 

 言葉通り、ロックオンしていたはずのスプリットミサイルはチャフにより標的をロスト。

 蛇行してそのまま見当違いの地面へと激突、爆炎を撒き散らした。

『こ…っの!』

 北川が銃弾をばら撒く。だが左右に不規則にシフトする動きに射撃がついていかない。

 そうなってしまえば、もうこっちのものだ。

 

 北川の周りを旋回するようにして距離を詰める。

 距離が詰まれば詰まるほどに射撃の命中精度は上がる。それは今も例外ではない。北川の放つマシンガンは既に何発も受け、装甲の強度はかなり落ちてきている。

 だから、一撃で決める。

 

 バチ…ッ

 

 左腕が紫電を発生させた。

『っ、させるか!』

 銃撃が更に激しさを増し、機動性を重視したが為に脆弱となっている装甲はいとも簡単に抉り取られ、各部で無視できない程の損傷が発生した。

(もう少し、持ってくれよ…っ)

 左腕を庇いながら、更に接近させる。

 距離は既に目と鼻の先。

 そこに至って、

 

 バシュ

 

『この距離で撃つか!? …っく!』

 至近距離でのスプリットミサイル。これを避ける余裕はない。そう、出来ることは―――撃ち落すのみ。

 

 ドォォオオンッ

 

 マシンガンはあの一瞬の内でミサイルを確かに撃ち落した。

 それは確かに賞賛に値する。

 だけど……それでも。

 負けてしまっては、何の意味もないのだ。

 

『しま…っ』

 気付いた時には既に遅い。ミサイルに気を取られている内に廻り込んだ漆黒の亡霊は、紫電を帯びたその左腕を―――

「ジェット・マグナムッ!!」

 叩き込んだ!

 

 

 

 

 

 パシュー

 

 空気圧の音を伴って、ボックスが開いた。

 そこから這い出して、まず大きく伸びをした。どうもこのゲームは疲れる。

「お疲れさま。凄かったわよ」

「そりゃどうも。これでも一応一番の経験者だからな」

 北川や香里とはやってきた時間が違う。経験の差、というヤツだ。

「それでもよ。あのチャフグレネードには驚いたわ。まさか先読みして使うなんてね」

「ま、戦術ってヤツさ。2手3手先を読まないと、やってけない」

 

「くっそ〜、また負けた〜」

 そこで、北川が反対側のボックスから近づいてきた。

「相沢……お前、あの距離でのスプリットミサイルは有り得んだろ、普通……」

「普通、なんて言ってたら強くなれないぞ。戦い方なんて幾らでもあるんだからな」

「まぁそうだけどさ」

「でも北川くんも凄かったじゃない。よくあそこで撃ち落せたわね」

「美坂も斬り落とせたと思けどな。ま、それでもサンキュ」

 北川もかなり惜しいところまで行ったのだが、あれは武装が悪かったとしか言いようがない。

 もし、北川の使っていた武器がマシンガンではなく、もっと威力のあるものだったならば、勝敗は変わっていたかもしれない。

 

「それでどうする? 相沢と美坂でやるのか?」

 北川の問いかけ。

「そりゃもちろ―――ッ!?」

 それに返答しようとして、

 

 ィィィィィイィィィィイィィイイイン……!

 

「あ、くっ」

 突如襲われた、今までに感じたことのないような激しい頭痛に、遮られた。

 

「な、にこれ、、…っ」

 香里も同じように頭を抱えていた。

 頭痛は止まない。

「お、おい! どうしたふたりとも!?」

 北川の声も、霞がかかって上手く耳に入らない。

 今、自分が感じているのはこの頭痛と、脳裏に直接訴えかけるような、ひとつの予感。

 

 

「何かがっ―――

―――来る…っ」

 

 

 そう喉の底から何とか押し出した時だ。

 

 この、悪夢が始まったのは。

 

 

 ドォォオォオオォォオォォォオォオオオオンッ!!!

 

 世界を、真紅の閃光が染め上げた。

 絶望と破滅を以て。

 

 

 今、日常が崩壊する。

 

 

 

 

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