第7話

響く残響、奏でられる破壊

 

 

 

 北川と香里は、まだ逃げていなかった。

 祐一が穴に落ちて、それからまだ数分。その数分の間に、リオンの一機がスクラップにされた。

 ――― 目の前の、一機のPTによって。

 

「なん、だよ…こいつ……っ」

 

 呟きの声は震えていた。

 そこにあるのは明らかな恐怖。破壊と絶望を振り撒いていた元凶を、一瞬で破滅に追い込んだ未知。それに畏怖の感情を覚えない方がおかしい。

 畏怖を覚えたのは香里とて同じ。

 ただし、その要因は北川とは異なる。

 

「相沢、くん」

 

 確信とは呼べない確信。

 見たわけでも、確かめたわけでもないが、それでもアレに乗っているのは祐一なのだと。

 香里は微かな頭痛と耳鳴りを伴って感じ取っていた。

 そして、そんな香里の言葉を聞いて、北川は驚愕する。

「あ、アレに乗ってるのが相沢だっていうのかっ!?」

「っ…。確証はないけど…、多分」

 そんなバカな、と呟いて、目の前のPTを見上げる。

 

 ――― それは、本当に異界だった。

 

 目の前に、本当に近いところにいるというのに、感じる距離は現実世界のどこよりも遠い。

 世界が違う。

 自分達のいる世界とは、何もかもが違う。

 奪い、奪われ、また奪う。

 そんな世界に――― 祐一はいる。

 

「なんでそんなところにいるんだよ、相沢……ッ」

 

 憤りを乗せたその叫びに近い声。

 そしてそれに反応したかのように、そのPTはゆっくりと――― 頭部を北川の方へと向けた。

 目が合う。

 だけど、何も感じられない。

 冷たい。どこまでも冷たい。

 そこにあるのは鋼。感じられるものなどない。鋼には意思は宿らない。

 

 合った視線もすぐに逸れ、PTは頭部を空へと向けた。

 空気が振動する。

 それが背部のスラスタによって引き起こされているものだと気付いた瞬間には、そのPTは轟音を響かせて空へと加速していた。

 

「相沢―――― ッッ!!」

 

 北川の叫びは轟音に掻き消され、誰に届くこともなく、霧散した。

 

 

 

 コックピットの中で、祐一は自分を失っていた。

 身体はまるで機体の一部になったかのように勝手に操作する。

 指はキーを叩き、手はレバーを握り込む。

 目は全情報を把握し、耳は全ての音を拾い聞く。

 どこまでも特化したパーツとしての自分。

 そんなことも感じられないままに、祐一は機体のバランスを調整していった。

 

 だけど。

 

 そんな祐一に自分を取り戻させたのは友人の声だった。

『なんでそんなところにいるんだよ、相沢……ッ』

 外部マイクが拾った外の声。

 コックピット内に響いたその声は聞き間違えることもない、友人の声。

「きた、がわ」

 ぼんやりと呟いて、祐一は何とか思い通りに動いた腕でメインカメラをその声を拾った方向へ向けさせた。

 程なくしてメインモニタにその姿が映し出される。

 それを見て、真っ白になっていた思考は色を取り戻していった。思考はクリアになって、それすらを一瞬で追い越し、赤くなって、沸騰しかける。

「なんでそんなところにいるんだよ……!」

 北川の台詞を、そのままそっくり返す。

 こんな銃火の飛び交う場所にまだ居るという事実は祐一にとって怒りにまで到達するほどのことだった。

 人のことを気にしていないで、さっさと逃げてくれればよかったのに―――

 そんな怒りに近い想いをぶつけようと、外部スピーカーのスイッチを入れようとして、

 

 ビー、ビー、ビー!

 

「っ!?」

 コックピット内に響いたのは警告音。

 耳を劈くような激しい音に、撒き散らそうとしていた怒りは相殺されて、その音の元凶を素早く読み取る。

「そうか、もう一体いたんだったな……!」

 警告音は敵の接近を知らせるもの。センサーが感知し、コンピュータが弾き出した敵機のデータ。それは自分の持っていた知識よりも数段上を行く情報量。

 全てが詳細なデータで表される。全長・重量・最大出力・最大速度・最大射程。エトセトラ、エトセトラ……。

 それを考慮に入れて、迎え撃つか、なんていう思考が浮かぶ。

 だがそれではダメだ。ここで迎え撃ったりしたら―――

「くそっ、なんで逃げてないんだよ……!」

 ジェネレータの出力を上昇させる。フットペダルを踏み込み、右手のスロットルレバーに力を込めた。

 スロットルレバーを押し込む寸前、一度だけサブモニタに映っていた友人ふたりを見て。

――― やるしか、ない…っ」

 目一杯までレバーを押し込んだ。

 

 

 その速度はゲシュペンストなんかの比じゃなかった。

 トップスピードに上るまでの時間はそう変わらない。ただ、そのトップスピードが次元違いだ。

 凄まじいGが全身を襲う。まるでシートに呑み込まれるかのような錯覚を覚えながらもスロットルレバーは緩めない。

 バーニングPTでもGは再現されていた。むしろそのGのお陰で臨場感溢れるゲームが出来ていたんだろう。

 だけど、これは違う。

 臨場感なんてまったく沸かない。沸くのは恐怖だけ。

 Gの強さは確かに違う。こっちの方が数段きつい。だけど、それはまだいい。こんなものは別段大したことじゃない。

 違うのは、空気。

 ゲームなんかじゃない。これは現実で。その先にあるのは明確な「死」のイメージ。

 

 ――― 吐き気がする。

 

 今始めて、これが戦場なのだと理解した。全てが死と隣り合わせの、不条理な死が蹂躙する世界。

 恐怖が身体を縛る。指先が震えているのが分かった。歯も鳴っているに違いない。

 音は分からない。耳に響くのは轟音。頭には残響。耳鳴りに近い痛み。

 それを、

 明確な意思で力ずくに捻じ伏せた。

 

 アイツらを、殺させない。

 

 それだけ。

 悪は許さない。自分は正義の味方だ。――― そんなことは思わない。思えない。

 自分が望んでいるのは、ただ自分の知っている人が死なないという現実だけ。

 悪なんて知らない。正義なんていらない。

 俺はただ、アイツらの安全だけを優先する―――

 

 接近警報とロックオンに対する警報が同時に響く。

 相手――― リオンの射程はこちらよりも上だ。なにしろ手持ちの武器がない。今ある射撃兵装は頭部のバルカン、右手のガトリングのみ。しかもガトリングは最初に撃ち尽くしている。残っているのは頭部バルカンのみ。

 バルカンなんてのは牽制用にあるようなものだ。対人ならば恐ろしいほどの効果を発揮するだろうが、相手は全長20メートルに及ぶ人型兵器だ。効果はあまり期待できないし、それ以前に有効射程で及ばない。

 対してリオンの主兵装は右椀部に装備されたレールガンだ。電磁誘導で弾丸を加速・射出するその兵器の射程は広い。もう既に相手は当てることも可能なはずだ。

「くぅ…っ」

 スロットルレバーを押し込んだまま右に傾ける。それで機体は右に流れるように動いた。

 その真横を弾丸が通り抜ける。

 次は下。その次は左。

 レバーを操作して機体を流す。弾丸は一発も掠りはせず、距離は段々と狭まっていく。

 

 有り得ないほどの機動性だった。

 これだけ無茶な操作をしてるのに、機体がついてくる。加速も、転回も、有り得ないほどに速い。

 リオンの数段は上を行く。それだけの速度が出ているのにGが思ったより少ないのはそれだけの緩和装置を積んでいるからなのだろうか。

 

 引っ切り無しに警報は鳴り続ける。

 これ以上の接近は危険だ、とそんな意味合いの事柄がモニタに表示されていたがそんなことは無視した。

 なにより射撃武器がないのだ。接近するしか手はない。

 リオンを中心に大きく弧を描くように旋回する。

 撃って来るが動き続けるコッチには当たらない。連射が効くマシンガンならまだしも、単発式のレールガンでは追いつけないだろう。

 だが距離が詰まれば詰まるほど当てやすくなることは事実だ。いくら機動性で凌駕しても、ほぼゼロ距離で撃たれれば回避行動の前に風穴が開く。

「あぁあ―――!」

 左のグリップ、トリガを絞る。轟音。

 立て続けに頭部のバルカンが猛威を奮った。決定打にはならなくとも、センサーを破壊することくらいは出来る。センサーを失うというのは目を失うのと同意。だから大抵は頭部を庇うようにして一瞬の隙を作る。

 今も例外ではなかった。

 リオンは左手で頭部を守るように掲げ、それが数瞬の隙を作った。

 その数瞬。それだけで充分。

 機体腰部、サイドアーマーに収納されていたソレを抜き放つ。左右ひとつずつ。両の手に収まったソレは、ヴンという音を伴って先端からエネルギーフィールドを展開した。その形はセイバー。目に見えぬビームが空気中の塵などによって薄紅く発光する。

「あぁあぁああああぁああああ―――!!」

 二刀。多大な熱量を持ったロシュセイバーを左右の手に。バーニアを更に吹かして一気に接近する。

 慌てて迎撃しようとリオンがレールガンを向けた。

 それを左のロシュセイバーが腕ごとレールガンを裂断する。

 リオンは当然のように怯んだ。レールガンを破壊されれば――― いや、それ以前にここまで接近された時点で遅い。

 この距離、この間合い。間違いなくリオンなどよりもコチラの方が上。

 左の斬撃に一息の間も置かず、一閃された右の閃光は鮮やかにリオンを上半身と下半身とに分断。爆炎を撒き散らした。

 爆発、炎上しながら落ちて行くリオンの成れの果てを眺めながら。

 祐一は一言、

 

「……ふざけてる―――

 

 吐き捨てるように、呟いた。

 

 

 

 

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