第8話

鋼鉄の孤狼、白銀の堕天使

 

 

 

――― は、ぁ」

 コックピットの中、シートに身を沈めながら息を吐き出す。

 それでも胸の内に渦巻く不快感を拭い去ることは出来なかった。

「……ふざけてる―――

 再度、吐き捨てるようにして呟く。

 今祐一が感じている感情はそれだけだった。

 ワケがワカラナイ。

 何もかもが自分の中の常識から逸していて正常に思考が働かない。

 ただ言えること。

 なにもかもが、本当に――― ふざけている。

 

 レーダーに目を通して周囲を流すようにチェックする。

 あの二機以外には敵機はいなかったようだ。レーダーには何も映っておらず、戦闘が終わったことを示していた。

―――

 空中を飛んでいた機体を、地面に着地させる。

 ゆっくりと降下させ、最低限の衝撃で地面へと設置。それでも殺し切れなかった衝撃を関節の衝撃緩和剤が吸収し、蒸気を吐き出した。

「ふぅ……」

 それで、やっと緊張が解けた。

 体中に入っていた力が抜ける。開放感みたいなものが全身を巡った。戦場と言う世界からの帰還――― それが全ての緊張を取り払った。

 左右のレバーから手を離し、シートに沈む。

 ここまで緊張が解けて、初めて自分が有り得ないほどの汗を掻いていることに気がついた。

「気持ちわる……」

 気だるく呟いて、コックピットハッチを開閉させるためのスイッチに手を伸ばす。

 その手が、今まさに触れようとして―――

 

 ビィ――― ッ!

 

 けたたましいアラーム音に萎縮した。

「な、なんだっ!?」

 慌ててシートに座り直し、レバーを握る。そして、モニタに目を通した。

「え」

 なんて呟きしか出ない。センサーが捉えていたのは熱源。それも大きな――― そう、爆発のような規模の。

 何とも言えない、嫌な予感が全身を走る。

 その嫌な予感を拭い去るためにも、機体をその熱源の方向へと向けさせた。

 

「ッ―――!」

 

 瞬間、脊髄が凍った。

 メインカメラが捉えた映像をモニタに映し出す。それは、ゲームでは有り得ない、現実のみの惨事だった。

 燃える建物。

 崩れる世界。

 焼ける現実。

 そして――― その中心は、

 

「な、ゆき」

 

 学校、だった。

 

 

 

 

 

 ゴォ、と圧倒的な加速を伴って機体が宙に躍り出る。輸送機を飛び出したのは真紅のPT。

 元々空戦を想定したわけではないこの機体は重力に逆らわずに自由落下を程なくして始めた。

 モニタに映る景色が残像を残して移り変わていく中、全身のスラスタを吹かすことで何とか落下速度を落としていく。

『どしたのキョウスケ?』

 コミュニケを通して聞こえた声に、いや、と返してキョウスケは計器に集中した。

 モニタには一機のPTが映っている。単体で飛行を可能とするそのPTならば着地は何の苦もなく行われるだろう。

 だが生憎こちらは地上戦を特化させた機体だ。単体での飛行は元より想定されていない。

 そんな機体を落下状態から着地させなければならないのだ。計器を細かくチェック、計算に入れ、タイミングを見計らなけば着地など出来ない。

 高度を示す数値がグングンと落ちる。

 地表との距離が縮まり、空一色だったモニタにも人工物が映りだす。

(ブースト…!)

 ぐい、とスロットルレバーを押し込む。その瞬間背部スラスタが猛然と炎を噴出し、機体の落下速度を一瞬ゼロにまで落とし込んだ。

 そのまま再び落下。地表との距離はその時点でかなり近い。よって自然落下でも衝撃によって機体が破砕することもない。

 砂埃を巻き上げて着地。衝撃緩和剤が蒸発し、蒸気を撒き散らす。

 その横で、純白の機体がゆっくりと脚を地に降ろしていた。

 

――― アレか」

 

 レーダー及びモニタに視線を巡らせ、すぐさま目標を発見する。

 それは、漆黒のPT。まるで生気を映さない、朧気な存在と化した祐一の乗っている機体。

『ねぇキョウスケ、ホントにアレ?』

「…だと思うんだがな」

『報告じゃアレが一機で倒したってことでしょ?』

「あぁ」

――― ま、直接訊いてみるとしましょうか』

 軽く言って、エクセレンは自機をそのPTへと近づかせていく。

「分かっていると思うが、」

『注意しろ、でしょん?』

 

 エクセレンが近づいていくのを見ながら、キョウスケはその機体に注意を払っていた。

 黒く、昏い機体。

 形はそう――― ビルトシュバインを思い出させる。基本となっているのはソレなのだろうか。

 だが全体的にはよりシャープになっている。ビルトシュバインの、ゲシュペンストよりもヒュッケバイン寄りの機体――― そんなイメージだ。

 背部のスラスタはもとのソレよりも大型化がされているようだ。各部の姿勢制御スラスタも増設されている。

 機動性を特化させた機体――― だがそれ以外にも特徴の見られない機体。

 それが、キョウスケが感じ取った機体の概要だった。

 

『キョウスケぇ』

 そんなことを考えていた時、コミュニケを通してエクセレンの声が聞こえた。

「なんだ?」

『その――― コレに乗ってるの、子供なんだけど』

「……なに?」

 一瞬、思考が停止した。だが、それも考えてみれば別におかしいことではない。

――― ラトゥーニ少尉を忘れたか」

『んー、どっちかと言うとマーサと同じくらい? この子、高校生みたい。制服着てるし』

 何故そこまで分かる、と問いただそうとして、すでに純白の機体――― 白騎士ヴァイスリッターがその機体に触れていることが分かった。

 どんな機体にも接触回線というものが設けられている。機体同士が触れるなどによって接続され、通信を行うというものだ。

 それを利用してコミュニケを開き、コックピットの中を見たのだろう。

「中の様子が分かるんだな? ならそのパイロットはどうしている?」

『それが、ね。気を失ってるみたいなのよ』

「……そうか。しかし何にせよ、連れて行くしかあるまい。エクセレン、機体を回収してタウゼントフェスラーに撤収するぞ」

『りょーかい』

 

 パワー関係で言うなれば、エクセレンの機体よりもキョウスケの機体の方が圧倒的に上だ。

 よってこの機体を回収するにあたって担当するのはキョウスケの乗機――― 古い鉄アルトアイゼンの役目となる。

「……よし。エクセレン、タウゼントフェスラーに連絡はしてあるな?」

『もちよん。あと1、2分…ってとこじゃない?』

 そうか、と一言のみ返し、キョウスケはサブモニタに映る少年の顔を見た。

「ただの高校生、というわけではあるまい。……アイツと同じ、か?」

 そう呟いて記憶に浮かぶのは同じ戦場を駆けたひとりの仲間。今頃はチームのふたりにしごかれているに違いない。

「だがいきなりの戦闘、そしてデータにないこの機体――― 予兆と見るべきか」

 予兆。新たな騒動が起きるであろう予感。

 

 電子音が軽く連鳴した。

「来たか」

 レーダーに目を通せばタウゼントフェスラーが降下してきていることを示していた。

『わお、お早いお仕事ねぇ』

「当たり前だ。……む?」

 着陸態勢に入ったタウゼントフェスラーをモニタ越しに眺めていたキョウスケの耳に聞こえた、外の声。

 それは轟音の中、ハッキリと響いた。

 

『相沢をどうする気だ手前―――― ッ!!』

 

 鋭い怒気を含んだ声。

 それは確実にキョウスケとエクセレンの両者の耳に響き、動きを止めさせた。

「君は、これに乗っている少年の知り合いか?」

 外部スピーカから外へ問いかける。

『相沢をどうする気だって訊いてんだろッ!』

 聞く耳は持たないらしい。ただハッキリしたのはあの機体に乗っていた少年の友人であるということ、そして機体に乗っていた少年の名前が相沢だということ。

「……話を聞くだけだ。今回の襲撃を抑えたのが彼ならば、そうするのが妥当だろう」

『ふざけんなっ。手前等があいつ等と同じじゃない保障がどこにあるってんだッ!?』

 怒鳴り散らす少年の横で、その少年を宥めようとしている少女の姿もがモニタに映る。

 だが、怒り心頭の少年にはその少女の言葉も何ら意味を持たないらしい。

「連邦軍北米ラングレー基地所属――― キョウスケ・ナンブ中尉だ」

『名前なんて訊いてねぇ!』

「所属と名前を言ったぞ。信用できないならそこを当たれ」

『ダメよぉキョウスケ。そんな難しいこと言ったって、納得するわけないじゃなぁい』

 んふふ〜、と怪しげな笑みを浮かべ、キョウスケに変わりエクセレンが言った。

 

『付いて来る?』

 

「エクセレン!」

『いいじゃなぁい。そうすればふたりとも納得するだろうし。それにこの子のこと知ってるんなら話聞けるわよん?』

「む―――

 確かに、エクセレンの言うことも一理ある。ただ、普通の一般人を連れて行っていいものか、という問題があるのだが。

――― 分かった。君たち、そういうことだが……来るか?」

 モニタの外で驚いたような素振りを見せていたふたりだが、意を決したように、

 

『あぁ、連れて行ってもらう』

 

 ハッキリと、口にした。

 

 

 

 

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