第9話
問いかけ、出ぬ答え
「――― ぅ、ん…?」
ゆっくりと瞳を開けた。仰向けに寝ていたのか、まず目に映ったのは天井だった。
天井と言っても、見たことなど一度もない天井。真っ平らなわけでもなく、ワケも分からないコードやらチューブやら電子機器やらが巡らされた天井。それをぼんやりと眺めて、
「せま…」
そんな、間抜けとも取れる気の抜けた感想を呟いた。
「んふふ〜」
「っ!?」
自分の真横から聞こえた、何処か怪しい笑みに反射的に身体を起こした。
「んー身体は大丈夫みたいね。起き抜けでそれだけ動けるなら問題ないでしょ」
自分の横で笑みを零していたのは金髪の――― 恐らくアメリカ系の女性だった。
「え――― っと」
「あらん、質問? もしかしてお姉さんのスリーサイズを訊きたいのかなぁ? んふふ〜上から――― 」
「上から?」
「――― ぅ。この子、皆と違うタイプだわ……」
そんな会話をして、自分の感情が落ち着いてきていることに気付いた。
はぁ、と大きく息を吐き出してから目の前の女性に話しかける。
「あの……ここは?」
「タウゼントフェスラーの中よん。輸送機の割に中々いい構造してるのよねぇ。こんな部屋があるくらいなんだし」
タウゼントフェスラーと言われてもイマイチ想像できなかったが、話からするに輸送機のことらしい。
さらに自分はそれに乗っている、ということは理解できた。
「輸送機…ってなんで」
「あんな機体に乗ってたのが原因よん。さすがにそのまま放置ってわけにもいかないから仕方なく、ね」
それを聞いて、思い出した。
「ぅ、ぐ…!」
吐きそうになる。あんな光景、二度と思い出したくなかった。出来るなら封印してしまいたかった。
――― だけど、それは出来ない。
あの破壊劇の中心で……自分は踊っていたのだから。
「辛いでしょうけど、目を背けちゃダメよ」
「――― ぇ」
「夢でも何でもなくて、それは現実なんだから」
その言葉は何よりも浸透した。現実から目を背けて仮想を信じる。そんなことは認められない。
事実は事実として受け止め、その上で先に進まなければならないのだから。
そう――― 、
「忘れようなんて、しちゃいけない」
そんな時だ。空気圧を伴って、部屋のドアがスライドしたのは。
「――― 目を覚ましたのか」
そう言って中に入ってきたのは、恐らく日本人の男性。目の前の女性に比べると、随分と落ち着いた雰囲気を纏っていた。
「わお、キョウスケ。あっちとの話は済んだの?」
「――― どうにも、な。済まないが、頼めるか」
「んふふ〜。御褒美は何かしらん?」
「考えておいてやる」
「わお!」
それじゃ行ってきましょうか! なんて言いながら扉を開ける。
そうして、部屋を出る寸前で振り返って、
「エクセレン・ブロウニングよん。よろしくね、ユウ」
自分の名前を告げて、出て行った。
「エクセレン、さんか。――― って、あれ? 俺、名前言ったっけ」
「ユウイチ・アイザワで間違いないな?」
「え、あぁ」
突如掛けられた声に少し驚く。ぶっきら棒な言い方。先程までいたエクセレンとは正反対だ。
「済まんな。君のDコンを見せてもらった」
なるほど、と納得する。確かにDコンには個人情報が入れてある。それを見れば名前くらい簡単に分かるだろう。
「自己紹介がまだだったな。キョウスケ・ナンブだ。北米ラングレー基地所属。階級は中尉だ」
「相沢祐一。高校2年。……って言ってももう知ってるんだっけ」
そこまで言って、気付く。
「中尉…って軍属?」
「今更だな。さっきまでいたエクセレンもそうだ」
軍。恐らく連邦軍。
自分の認識では戦争屋なんてイメージもあるが、それは間違いだ。何も戦うだけが軍でもない。
「……まぁいい。それでだ。訊きたい事がいくつかあるんだが、いいか?」
「その前に、こっちから訊きたい事があるんだけど」
「なんだ?」
訊きたい事。それはいくつかある。
「それじゃひとつ目。どうして俺はこの輸送機に乗っている?」
「俺達が極東支部からの帰還中に戦闘を感知した。そしてそこへ向かってみたところ、君が街を襲っていた機体を撃破していた。それを軍として放置するわけにはいかんのでな」
話を聞くためにもこれに乗せた、と付け加える。
納得の出来る内容だった。確かに見たこともないような機体が街を襲っていた機体を撃破していて、しかもそれに乗っていたのが高校生となれば話を聞くしかないだろう。
しかもそのとき自分は気絶していたのだから機体ごと輸送機に回収されてもおかしくない。
「なるほど。それじゃふたつ目。これから向かう先は?」
「俺達の基地――― ラングレー基地だ。そこで君の乗っていた機体を解析したりする」
乗っていた機体。それは、あの昏いPT。
実際に乗った自分にもよく分からない。あれがどうしてあんなところに有ったのか。どうして、あんな一体感を得られたのか。
「そう、か…。じゃあ最後。――― 俺は、どうなる?」
それが一番気になる事柄。あんな事態だったからと言え、自分は確かにPTを動かし、敵を倒して、街は火の海になった。
そんな自分がこれからどうなるのか、まったく予想がつかない。
「言い切れん。それは基地に戻ってから判断するしかないな」
「――― そうか」
問題は先送り。不安は拭えないままに。
「よし。では今度はこちらからの質問だ。正直に答えてくれると助かる」
「嘘は言わない。分からないことは分からない。……それで」
「あぁそれでいい。では訊くぞ。まず、どうして君はアレに乗っていた?」
自分も見たことのないPT。それに乗った理由。
「――― そうするしかなかったから。地下に落ちて、そこアレがあった。天井――― 地表が落ちてきそうだったから、乗ってやり過ごそうとした」
「地下に……? いや、それは後で考えるべきか。ならふたつ目だ。高校生の君が、何故PTを操縦できる?」
「え、だってあのコックピット……バーニングPTとまったく同じ造りだったし……」
「? 何を言っている。あのコックピットシステムはPTと同じだった。バーニングPTはそれをさらに簡略化したもののはずだ」
PTと、同じ。
その言葉には違和感しか覚えなかった。
「いや、待ってくれよ。確かに俺は、アレに乗ったときに操作の仕方が分かったんだけど――― 」
そこまで考えて、違和感を強く感じた。
違和感なんてものじゃない。冷静に考えてみれば確かに、見たこともないスイッチの類があった。操作してみれば自分でも分からない間にキーを叩いていた。
そう――― 自分でも分からない操作を、無意識のうちにやっていた。
「っ――― 」
「……そうか。無意識下での操作、ということだな」
無言で頷く。自分でも分からないうちに操作していたのだからその通りだ。
「まぁいい。分からないものは仕方がないだろう。なら次だ。――― これからどうしたい、ユウイチ?」
「え―――?」
その言葉に、言葉を失った。
「どうしたいか、と訊いたんだ」
キョウスケの問いに、答えられない。自分がどうしたいのか。そんなこと、ワカラナイ。
いろんなことがあった。ありすぎた。
だから頭がパンクしかけてる。正常な思考が僅かに濁る。
「――― そうだな。いきなり過ぎて整理も出来ていないか」
返答を中々返さなかったことからか、キョウスケはそんなことを言った。
言って、立ち上がり扉を開ける。
「基地に着くまでまだしばらく時間がかかる。その間に考えるといい」
パシュ、と空気圧で扉が閉じる。閉じられた部屋に残ったのは無機質な景観と、自分だけ。
駆動音以外の音がない空間で、取り残された自分はひどく虚ろ。
出ない答えに悩まされ、だからこそ答えを求める。
「俺は――― 」
何がしたい、何が出来る。そんな言葉が頭の中を巡った。
答えは出ない。
今はただ、翻弄されているだけ――――― 。
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