第15話

シミュレーター演習

 

 

 

「……腕は確かに悪くない」

 それがキョウスケが感じた正直な感想だった。

 スクリーンに映し出されているシミュレーターの映像。目まぐるしく変化し続ける画面の中、疾走する紺と黒の二機は、誰が見ても優劣が明らかだった。

「でもユウもやるわねぇ。ブリット君相手に、まだ保ってるんだから」

 そうだな、とキョウスケはそっけなく答えた。

 ――― キョウスケは映像を見ながら感じていることがあった。

 きっとエクセレンも気付いているだろう、ひとつの事実。それは単純で、だけど見逃せない違い。

 ふたりは見ていたから知っている。

 祐一は実戦の方がいい動きをしていた、ということを。

 

 

 

「く……っ」

 祐一はコックピットの中で正直焦っていた。

 機体が思ったとおりに動かせない。

 まったく動かせない、なんてことではないが、それでも反応が僅かにずれていた。あの実戦の中で出来た動きが一瞬で出来ない。

 他者が見ても変わりがあるように見えないかもしれない。それほどまでに僅かな違和感だ。

「こ、の……!」

 だがその僅かな違和感こそが祐一の余裕を奪っていく。

 被弾。掠った程度だが衝撃がコックピットを揺らす。まるで嬲られているかのような感覚。致命的なダメージはまだないが、少しずつ削られていく。

 流石は現役の軍人と言うところか。まるで無駄がない。的確に狙われているのが分かる。

 もとより実力で劣っているのだ。……こんな調子で勝てるはずがない。

 

 それでも祐一がまだ負けていないのは、ブリットもまた同じ感覚にあったからだ。

 現実とシミュレーターでは僅かに感覚が違う。操作性、咄嗟の判断。それが鈍る。

 データはお互いに現実の自機と同等だ。だがゲームという箱の中では真の力は発揮されない。

 相手が空想の存在であるが故に戦場での常識が通用しない。

 

 いや、それは逆か。

 

 現実だからこそ起きうる反則的な常識外が、ゲームの中では起き得ない。

 定められた常識の中にのみ縛られたシミュレーターでは、彼らの真の力は発揮されるはずがないのだ。

 

「……っと、よし……大体、掴めたけど――― !?」

 何とか反応と操縦の誤差に慣れた頃。視界に映ったものに反射的にグリップを左に倒した。

 風切り音と共に飛来したチャクラムを間一髪で躱すと、すかさずトリガ。右腕に内臓装備されたガトリングがせり上がると同時に連射、数発を当てて軌道を狂わせることにより追撃を不可能にさせた。

 次に来るであろう攻撃を予測してGウォールを展開。予想通りのフォトンライフルを防ぎ切るのを確認するより早く敵機の位置をレーダーを通して確認。

 Gウォールを切ると同時に両肩に装備させておいたスプリットミサイルを発射し、更にテスラドライブを起動させて機体を上空へと飛び上がらせた。

 感覚さえついてこれば、この程度は出来る。ぺろり、と舌なめずりしてから祐一はグリップを強く握りこんだ。

 

 

 ブリットは衝撃を受けていた。

「ユウイチのやつ、急に動きが――― 、!?」

 思考を打ち消すかのようにセンサが知らせる4基の熱源。それが何かを判断すると同時にフォトンライフルを腰のハードポイントにマウント。右サイドアーマーからサーベルを抜き放ち、更にバルカンを撃ちまくった。

 バルカンによってスプリットミサイル4基のうち2基が撃ち落とされ、直撃するかと思われた2基も一息で切り落とされていた。

 だがそこに至って、再び驚愕することになる。

 

 けたたましく鳴り響く、敵機接近警報―――

 

「なにッ」

 それが上からだと判断すると同時に動こうとして、

「逃がすかぁッ!」

 降り注ぐ銃弾の雨に阻まれた。

 頭部バルカンと椀部ガトリングの掃射を咄嗟に張ったGウォールでやり過ごしながら、ブリットは舌打ちした。

 舌打ちした、が。ブリットにとってしても、これは絶好の好機だった。

 眼前上方から迫る、圧倒的熱量を伴った斬撃。

 

 ――― それを。

 

「踏み込みが……、甘い!」

 受け止める右手の刃。ビーム同士がスパーク音を奏で、光を撒き散らした。

 さらに間髪いれず左手は刃を抜き、そのままの勢いで第二の斬撃を繰り出した。

――― ッ」

 これに祐一は反応できない。

 もとより祐一は先ほどの攻撃で全てが決まると妄信していた。反撃など予想しているはずがない。

 それに対しブリットは更に先まで予想している。この斬撃は躱せはしないだろうが、だからと言って倒せるとは言い切れない。ならばその先を読み、手段を講じる。

 

 それが両者の間にある、絶対の差。

 

 ブリットは数知れない修羅場を潜ってきたに対し、祐一は二回きりだ。しかも祐一は軍人でもなんでもない。

 命のやり取りを実感し恐怖もしていると言うのに、なまじ一度も人を撃ったこと、撃たれたことがないからゲームから離れられない。

 このシミュレーターはブリットから見れば実戦であり、祐一から見ればゲームなのだ。

 そんなふたりの勝負など最初から結果は決まりきっているのと同意だった。

 

 昏い機体を両断する、閃光のような一撃。

 

 一片の迷いもなく振り抜かれた刃は、予想を裏切ることなく胴体を斜めに切り裂いていた。

 通った軌跡のなかにはコックピットすらも含まれていた。間違いなく即死だ。――― これが、現実ならば。

 だけどこれは現実ではなく仮想だった。

 だから祐一が死んだなんてことはないし、メインモニタには『You Win』の文字が浮かんでいた。

 同じように祐一のモニタには敗北を示す文字が表示されていることだろう。

 そんなことを考えながらブリットは深く息を吐いた。

 シミュレーターを通してブリットは感じ取ったことがあった。自分にはありえない、でも以前直面した事実と同じものを。

 

「ユウイチ……あいつ、楽しんでたな」

 

 まるでゲーム感覚かのように。

 以前の、あの敵、、、のように。

 それをブリットは許せない。そんな軽い気持ちで命を扱うだなんて事実が、許せるはずがない。

 なのに祐一に対して怒りが浮かばないのは、きっと祐一が軍人ではないからだろう。

 話では彼が堕としたのは無人機との話だった。いまだに祐一は一度も人を撃っていない。

 だから怒りの前に違和感が浮かぶ。

 

 できるのならばこのまま軍に関わることなく、ゲームだけに留まってほしい、と。

 コミュニケからの、再戦を要求する声を聞きながら、ブリットは願った。

 

 

 

 

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