第16話
仮想と現実の狭間
「はぁ」
溜息が零れた。
月明かりが照らし出す、基地の施設の屋上。
蒼く染まった空間に、祐一はぼんやりと座って空を見上げていた。
空に浮かぶのは月。煌々と輝くそれは、どこか神秘的であり、どこか不安を駆り立てる。
「実験、か」
ぽつり、と言葉が漏れた。
ブリットと繰り広げたシミュレータでの演習。祐一にとってみればあれはただのゲームではあったのだが、その本当の意味――― なぜキョウスケたちが祐一にやらせたのかということを知って、愕然とした。
言うほどショックだったわけではないが、少なくともいい気はしなかった。
あのシミュレータを通して行われたのは実験、とは少し違うが、計測である。
αパルスと呼ばれる特殊な脳波の測定。その数値により、ひとつの事実が判断されるのだ。
念動力者と呼ばれる、力を持つか否かを。
シミュレータが終わったとき、祐一は正直満足していた。
結局ブリットとの勝負は全て敗北に終わったものの、軍が使用している本格的なシミュレータは普段自分がやっていたバーニングPTを遥かに凌駕する面白さを秘めていたのだから満足しないはずがない。
その満足感が憂鬱なものに変わったのはキョウスケのお陰だった。
もしキョウスケが本当のことを言わなければ、未だに祐一は興奮が覚めないままだったかもしれない。
だが、キョウスケは言わなくてもいいことを敢えて言ってくれたのだ。
今のシミュレータの目的、その意味、その結果を。
祐一がキョウスケに対して不満感を持ったなんて事はない。確かに気分は盛り下がったが、感謝はしているのだ。
自分が何も知らない裏で計られていたなど、いい気分ではない。
知っていてもらおうというキョウスケの意向には感謝はするものの恨むようなことはない。
「俺も無関係じゃない、ってことか」
本当はどうでもよかった。
軍の基地に連れて来られたとき、とくに何も思わなかった。場違いとは思ったが、それほど強く思ったわけでもない。
むしろ祐一は今でも不確定なのだ。
なにもかもが、まるで靄が掛かった夢のようにしか感じられない。
現実感がない。
確かな感覚がどうも抜け落ちてしまっている。
これは本当に現実なのか。
これは本当は夢なのか。
それとも両方とも違うのか。
不確かな自己と不確かな感覚。苦しいなんて思いはしないが、それでも不快感だけは残る。
仮想と現実の狭間。
祐一が捕らわれているのはそんな感覚だった。
今まで戦場とは仮想の空間だった。
今の戦場とは現実での空間だった。
同じ感覚、同じ動き、同じ空気。
リアルさを追求したがためにリアルすぎてしまったゲームは、祐一に現実との区別を曖昧にさせる。
襲われたときの戦闘、あれは確かに「死」を強く意識した。死ぬと思った。
だから必死になった。
頭が理解していないのに身体は動いて敵を引き裂いていった。
まるで自分から乖離した別人のような感覚ではあったが、それでもやったのは自分だ。
あれは確かに現実だった。現実にしか思えなかった。
ゲームにはあり得ないほどの「死」の予感。それがあったからこそ、祐一は戦場を現実と認識できた。
だが、ひとたび戦場から離れてみればどうだ。
そこには「死」の予感なんてものは一切存在しない。存在しないからそれは現実と認識できない。
認識できない現実は仮想と何が違うというのか。
祐一はもうあの戦場が本当に現実だったのか分からない。
思い返せばただゲームの中にいただけのような感覚を覚えるだけだ。
祐一は軍人ではない。
戦うことが義務付けられているわけではない。
戦うことなど必要ない、ただ一介の高校生なのに。
そんな人間が人型兵器に偶然乗り込み、成り行きで敵を倒して、さらに街に戦渦を広げた。
どこをどう見てもゲームの展開だ。
売れそうにもない、お約束すぎる展開。
そんな展開のゲームなんて面白くもないのに、ただそれ故にゲームなのだと認識しやすい。
ゲーム感覚を忘れられないのは、仕方がないのかもしれない。
「――― 相沢」
ん、と後ろを見ると、そこには北川が立っていた。
なぜかずいぶん久しぶりに見た気がする。
「よ、北川」
「あぁ」
北川も祐一の隣の座った。そのまま先ほどまでの祐一と同じように空を見上げる。
祐一も北川に習って空を見上げた。
――― そこには月があった。
蒼い、月。
神秘的でありながら不安を駆り立てる、月。
黒い空に浮かぶ半分の月はまるで門のようだった。
どこかで聞いたことがある。月は異界への門だという話。
月は光っているのではなく、向こうの世界を映し出しているだけなのだ、と。
「なぁ相沢」
北川が口を開いた。顔を変わらず空を見上げたままだ。
「変わるなよ」
何を意識しての言葉だったのか。
祐一には何と答えればいいのか分からなかった。
返答に困る祐一に気付いたのか、北川は軽く笑った。
「すまん。忘れろ」
そう言って、立ち上がった。
その姿を月明かりの中で見る。月を背に立つ北川はシルエットしか見えない。
ただ、その姿が。
そう、どこか。
泣いているかのように見えた。
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