過去を刻む懐中時計
後から考えてみると、やはりそれが全ての始まりだったのだろう。
そのときをもってあたしの中の全てがその時間を止めた。
ただ、一定の法則にしたがって、毎日を過ごすだけの姿は、その辺の機械と一体何が違うと言うのだろう。
でも、それは悲しむべきことじゃないはずだ。
だって、それは希望だった。
たいせつなひとを救うための唯一の小さな希望。
だから、絶対に絶望はしない。
例え、あたしが無価値なものに成り下がったとしても、その希望だけはいつまでも尊くそこにあり続けるだろう。
さあ、そろそろ目を覚ます時間だ。
たぶん、前回 と全く同じ朝だろうが、それでも頑張っていくとしよう。
始まりの出来事。
それはあたしの絶望からだった。
「申し上げにくい事なんですが……彼女は来年の誕生日まで生きられないでしょう」
恐らく、あたしの目は点になっていたと思う。
だって、あたしのそばに居るお母さんも目を点にしていたのだから。
でも、それは一瞬のこと。
いつもどこかぽけっとしているお母さんと比べて、生憎と、あたしは物事の重大さを一瞬で悟れるほどの聡明さを持ち合わせている。
だから、それは一瞬のことだった。
「か、香里っ!」
なんだか分からないながらもとっさに制止の声を挙げたお母さんを振り切って、あたしはその部屋を飛び出していた。
ただあたまが無性にどうかしていて、走らなければ気が済まなかった。
後ろに流れていく景色など気にも留めずに走り続けた。
それは、敢えて急激に激しい運動をして、脳に運ばれる酸素量を減らし、脳の判断を遅らせるためだけの無駄な抵抗に過ぎなかったけど、確かに走っている最中は何も考えずに済んだ。
だが、
「は……は……はぁ」
人間は永遠に走り続けるようには出来ていない。
だから、すぐに限界は来た。
走っている最中にがくりと膝が折れる。
とっさに手を伸ばし、街灯につかまって事なきを得た。
「はぁ……はぁ……」
走るのを止めてしまった以上、脳に酸素が送られてしまう。
だから、今更になってもう夜の帳が下りていることとか辺りには誰も居ないこととか雪が降っていることに気が付いた。
急速に戻っていく判断力。
やめろ、それ以上は考えるなと静止の命令を送るのも無駄なことだった。
すぐに思い出して、しまった。
『彼女は来年の誕生日まで……』
それが何を意味することなのか理解した瞬間、涙が出てきた。
泣くのはずいぶん久しぶりだなぁとか感慨にふけることもなく、ただただ身を竦ませて声を上げて泣き続けた。
辺りに人がいないのは幸いだった。
いつまでそうしていたのか。あたしはむくりと身を起こした。
そして、よろよろと足を引きずって、近くにあったベンチに座る。
あれからずいぶん時間が経っていたのか、ベンチには雪が積もっていたが、払い除けるのも億劫だった。
泣いたら落ち着いた、などとそんな都合のいいことは無い。今はただ小康状態に入っているだけだ。
何かちょっとしたことがあれば、またすぐに涙が溢れ出してしまうことだろう。
「小康状態……」
考えてから、しまったと思った。それは今の栞を連想させる言葉だ。
とうに枯れた思わせたのはただの偽装だったか。また目尻に余計な水分が溜まっていく。
それを無理して留めるのも億劫であたしはそのまま泣こうと…
「あー、お譲ちゃん」
してはいけないとばかりに顔中の筋肉を総動員して目をぎゅっと閉じた。
服の袖で目をぐいっと拭い、また目を開けるとそこには初老辺りの男性が立っている。
「ちょっと、道を聞きたいんじゃが〜」
いいかねと続ける老人。あたしが泣いているのは見えなかったのだろう。目が悪いのかも知れない。
「何処ですか?」
理性という理性を総動員し、動揺を隠すのではなく押さえつけた。
「あー、ん〜と、どこだったか」
こけそうになる。こんなタイミングで声を掛けてきて忘れたとはどういう了見か。
相手が名雪だったら間違いなくその頭をはたき倒している。
名雪は割とそれで思い出すのだが、
「やってやろうかしら……」
などと一瞬邪悪な考えが浮かんで消える。流石に初対面の老人の頭をはたいたらまずいだろうと思い直したところで、
「ああっ」
ぽむとばかりに手を叩く老人。このテの動作は思い出したときと相場が決まっている。
「駅じゃ。駅への道を案内してくれんか」
ああ、駅か。それなら問題ないと辺りを見渡して、
「あー……」
ここが何処なのか分からないという事実に今更ながら気付いた。
「あの、おじいさん。ここからだとちょっと遠回りになると思いますけどいいですか」
いい訳じみたことを言って、老人の反応を待つ。老人は首肯した。
「それじゃあ、行きましょう」
まあ、終電までに付けばいいかななどと無責任なことを思いながら、あたしは老人を先導した。
当たりを付けて適当に歩いていると、程なくして知っている道に突き当たり、駅まで何事もなく先導することが出来た。
「ここでいいよ」
ありがとうと続ける老人。駅まではまだ五十メートルほどあるのだが、
「もう大丈夫」
特に問題も無いらしいので、あたし達はここで別れる事にした。
「本当に大丈夫ですか」
社交辞令程度に心配してみる。老人は大丈夫だよとばかりに頷いて、
「そじゃ、何か礼をせねばならんかのう」
なにやら懐をごそごそとあさり始めた。
「そんな、別にいいですから」
そんなあたしの声も届いていないのか、老人はなおもごそごそとやって、
「お、あった」
懐からひとつの懐中時計を取り出した。
「ほれ」
無造作にそれを投げて寄越す。
キャッチすると、それは存外に重かった。ひょっとしたら何かの値打ちものなのかもしれない。
「そんなもので悪いが」
最後ににこりと笑って、その老人は去って行った。
本当にこんなの貰ってもいいんだろうかと思ったが、
「まぁ、もらえるなら」
貰っておこうと思い、あたしはそれを懐に仕舞い込んだ。
雪はいつしか止んでいる。
いつまでもここに居るわけには行かないと、あたしは帰路に付くことにした。
どうして老人があんなところに居たのか結局知ることは無かったけれども、確かにそのときあたしは何かの予感を感じ取っていたように思う。
それは懐の中、ちくたくと時を刻んでいた。
そう。それが全ての始まり。
tick…tack…tick…
時は留まることを知らない。
いつしか時も流れ、流れて、また冬がやってきた。
あたし、美坂香里が妹の栞に病気のことを告げてからもうすぐ一年が経とうとしている。
どうして、こうも早いのだろうかとカレンダーを見つめながらそう思う。
だが、カレンダーは神ではなく紙に過ぎず、特に何の返答も寄越してはこない。
あたしは例年よりは異常に短かった冬休みを溜息で締めくくって、学校に向かった。
久しぶりに過ごした学校は特に何事もなく、三日ぶりに会った名雪も特に何事もなく眠そうだった。
半日しかない授業はいつもどおり暇そのもので、あたしはすぐそばの席でくーくーと寝息を立てている名雪に目を遣った。
そして、一日のほぼ半分を睡眠で消化しているくせにどうしてああも早く走れるのだろうかと、常々思っていた疑問の考察を深めていく。
きっと授業よりはよっぽど有意義な時間の使い方だ。
「名雪」
でも、そろそろ順番的に名雪が当たりそうだったので、肩を揺すってやる。
名雪はうにゅ? とよく分からない奇声を発して目を擦った。
「ほら、当たるわよ」
前もって予習していたノートを寝ぼけ眼な名雪に押し付ける。
「うにゅ、ありがとう」
眠そうに目を擦って名雪はノートを受け取った。その直後に、
「水瀬さん」
名雪は指名され、眠そうながらもノートの通りに答えて席に着いた。
「恩に着るよ、香里」
「高くつくわよ」
冗談交じりに、返されたノートを受け取って、あたしは授業に戻った。
退屈な授業も終わって、午後からはいつも通りに病院に向かう。
もう受付の人に顔を覚えられているので挨拶だけして、いつものように栞の病室に向かう。
「調子はどお」
ドアを開けながら栞に声を掛ける。
栞は読んでいたらしい文庫本を置いて、こちらを向いた。
「あ、おねえちゃん」
割と嬉しそうな顔をしている辺り、やっぱり暇をしていたんだろう。
あたしは部屋にある椅子をベッドの近くに持って行って、そこに座った。
「で、どうなの調子は」
流れてしまった質問を再度口にする。
「うん、別に変わりないよ」
変わりはないということは悪くなってないし、良くもなっていないということだ。
「そう」
適当に相槌を打ちながら、病室の窓に目を遣る。今日はいい天気だ。
抜けるような青空を見ていると、少しだけ未来が視えるような気がした。
あたしはどれぐらい生きられるだろうか知らないが、栞の余命は医者の話ではあと三週間程だそうだ。
栞は、この空にどんな未来を視ているのだろうか。
不意にそんなことが知りたくなって、栞に目を戻した。
「どうしたの?」
急に見つめられたせいか、栞は不思議そうに見つめ返してきた。
「ううん。何でもない」
あたしは疑問を打ち消して、首を振った。きっとそれは訊いてはいけないことだ。
だから、違う話題を振ることにした。
「そういえば、今日学校でね…」
それからはいつものように他愛もない話をした。
名雪が相変わらず寝ていたこととか、授業は退屈だったとか、そんな話だ。
退屈といえば、栞も病室でかなり暇をしているらしい。
この間見舞いがてらに持ってきた文庫本も全部読んでしまったらしい。また、新しいものを持ってきてやらねば。
そんなこんなで時は過ぎ、あたしは家に帰ることにした。
「それじゃあ、また来るね」
嬉しそうにうんと答える栞を見てから、あたしは病室を後にした。
そして、その帰り際にその事故は起きた。
いつものように栞のことを考えてながら家路を辿っていると、横断歩道を渡った辺りで不意に嫌な予感に襲われた。
とっさに後ろを振り返るが、自動車やトラックが走っているのが見えるだけで、特に変わったところは見当たらない。
気のせいかと思い直してまた、歩き出したところでそれに気付いた。
いま、振り返ったときに変なものが見えなかったか。決してあってはならないできごとが起こってはいなかったか。
そう。目に焼きついたのは人の顔だ。いや、正確に言うと眠っている人の顔だ。
それが、横断歩道を渡った後に、振り返って、見えただって?
それはおかしい。この横断歩道は結構長い。だから向こう側の人の顔が見える筈がない。見えたとしても、立ったまま眠るひとなんてそうそういるもんじゃないだろう。
つまり、その顔はもっと近くにあったということではないか。
そう結論に達したところで、事は起きてしまった。
居眠り運転をしていたトラックの運転手は己の失策に気付かないまま、トラックは赤信号を無視して通り過ぎ、そのときになってようやく目を覚ました運転手は、目の前の小さな人影 に反応してブレーキを思い切り踏んだ。(
だが、それは遅すぎた。
ききぃと耳障りな音を立てるトラックは己の慣性を殺しきれずにガードレールを突き破って歩行者用道路に進入し、あたしのすぐ隣に居た女の子を跳ね飛ばしたところでようやく止まった。
そして、止まったのはあたしも同じだった。いや、それを言うならこの辺り全ての空間もその瞬間には確実に停止していただろう。
あたしを始め、他の通行人も、トラックの運転手も、歩行者用道路のすぐ向こうにあるファミレスの中の中に居る人たちもその瞬間には凍り付き、まともな判断力を根こそぎ奪い去られていた。
そして、その数瞬の硬直を打ち破ったのはあたしだった。
とっさに駆け出し、トラックの向こう側に回りこむ。
そこには血を流して倒れている女の子が居た。
そのおびただしい血の量に眩暈を覚えながら女の子に駆け寄る。
「だ、大丈夫?」
大丈夫なわけがないと確信しながらも聞かずには居られなかった。
見たところ、頭を打っているようだった。意識もなく、ぴくりともしない。
つまり、あたしにはどうしようもないということだった。
「百十九番っ!」
その場に居るあらゆる人間に届かんばかりの大声で叫んだ。
それでようやく硬直が解けたのか、周りの人が何やらあわただしく動き始める。
あたしの近くに居るサラリーマン風の人が、携帯で電話をしているのが見えた。
病院が近かったからか、救急車はほんの数分で駆けつけた。
あたしは救命士に簡潔に事情を説明して促されるままに救急車に乗り込んだ。
そして、応急処置が行われているのを他人事のように見ながら、思考の海を漂っていた。
程なくして、病院に着き、女の子は迅速かつ正確に運ばれていった。あたしはよろよろと救急車を降りて、残った救命士の人に事情を説明した。
質問に答えながらも、女の子の後を追いたい衝動に駆られたが、あたしが行った所でどうにもならないのは分かりきっていた。
だから、感情を押し殺してただ機械的に質問に答え続けた。
女の子は助からなかった。
質問攻めからようやく開放されて帰路に着きながら、あたしは悔恨を口にした。
「あたしが…」
あたしがもっと早く気付いていれば、こんなことにはならなかったんじゃないか。
あの場を何とかできていたのはあたしだけだった。それなのに、何も出来なかった。
「どうして…」
どうしてもっと早く気づかなかったのだろうか。
どうして何の罪もない女の子がこんなに簡単に死ななければならないのか。
運転手に対して憎しみはない。それをするのはあの子の家族だけだ。全く関係のない他人が憎しみを抱くなど、そんな無責任なことはない。
だからただ、どうしてと思う。どうしてこんなことが起こってしまったのか。
「っ!」
唇を噛む。そんなのは明白だった。
あたしが何も出来なかったからだ。
唯一救える人間が救えなければその者は死に絶えるしかない。
だから、これはあたしの責任だ。
あたしが、殺した。
それからは特に何もすることなく日々を送っていた。
一週間が経ち、二週間が経ち、もうすぐ三週間が経とうとしている。
栞の余命は後一日だ。少なくともそういう予定だった。
次の午前零時をもって、栞の命は尽きる。
あたしは何をするでもなく部屋の隅で膝を抱えていた。
病院にも行く気がしない。だって、行った所でどうもしようがないだろう。
あの子の顔と栞の顔が重なる。あの子が助からなかったように、栞もきっと助からないのだ。
だから、そこにあたしの出る幕はない。
結果は変わらない。
会いに行こうかとも一瞬考えたが、あたしの自己満足のためだけに栞の残された時間を使うわけにはいかない。
だから、せめて最後は安らかに、とそう思うだけだ。
そこに希望はない。絶望すら無価値だ。
ただ、壊れた機械のように徒 に何かを祈るだけ。それで何も起こらず日付は変わる。(
「栞…」
でも、機械じゃないから、人間だから思ってしまうのだ。
どうにかならないかと。
何か方法はあるんじゃないかと。
そんなものありはしないというのに、愚かな心は未だに救いを求め続けている。
だが、そんなものに意味などない。
祈ろうが祈るまいが時間は等しく過ぎていく。ちくたく、ちくたくと冷たく、無情に。
時計を見る。いつの間にか時間は午後十時を過ぎようとしていた。
あと二時間…あと二時間で…
「え?」
そこでふと、あることに気付いた。部屋に掛けてある時計はデジタルだ。
じゃあ、このちくたくという音は一体何処から発しているのか。
のそのそと起き上がって、それを捜し求める。
一体何時のことか、そういうものを手にしたことがあったような気がする。
そう、あれは一体何処だったか。結構前のことだったから忘れてしまった。
だから、音を聞いた。耳を澄ましてその音が何処からしているのか推測した。
それは、箪笥の中からしていた。遠い記憶が蘇っていく。
箪笥の引き出しを開けて、それを捜し求める。
あった。
それは、布に包まれて、箪笥の中に眠っていた。この中でずっと時を刻んでいた。
その布を、前の誕生日に渡そうとして、結局渡せなかった栞のためのストール を解いて、その懐中時計を手に取る。(
それは思ったより重かった。でも何故かずしりと手に馴染む、不思議な感じだった。
そして、ふと思う。やり直せたらどれほどいいだろうか。
昔に戻って一から幸せを築く。それが出来るならどれほど幸せなことか。
きっと、次は上手くやれるに違いない。
そんなことを思って、戯れに懐中時計の針を戻した。
そして、
tick…tack…tick…
時は留まることを知らない。
いつしか時も流れ、流れて、また冬がやってきた。
あたし、美坂香里が妹の栞に病気のことを告げてからもうすぐ一年が経とうとしている。
どうして、こうも早いのだろうかとカレンダーを見つめながらそう思う。
だが、カレンダーは神ではなく紙に過ぎず、特に何の返答も寄越してはこない。
あたしは例年よりは異常に短かった冬休みを溜息で締めくくって、学校に………
覚醒した。
そこで、ようやく意識が戻ってくれた。
自分で自分の記憶を確認する。大丈夫だ。全て 覚えている。(
あたしはやり直していたのだ。あの、時計を手にした直後から。
戻ったのだと気付いていないあたしはそのまま時を過ごし、そしてたった今何故か全てを思い出した。
あの、絶望の中で時計を逆に回した瞬間も確かに覚えている。
「そうだ」
あの時計。あの時計が全ての始まりだった。あれがあれば、いくらでもやり直せるということか。
そう確信して、あたしはあの時計を探した。だが、見つからない。
この部屋のどこかにあると確信しているのに、どうしても見つからない。
何処にしまってあるのかも全く思い出せない。
つまり、あれは一回限りの奇跡だったということか。
そう考えるとむしろ肝が据わった。
やり直したいと願ったのは他ならぬあたしだった。だから、今回はもっと上手くやってやろう。
退屈な授業を終えて、いつも通り栞の居る病院に行って、その帰り。
授業の内容も、名雪が眠るタイミングも、前回と同じ行動を取ったときの栞の反応も前と全く同じだった。
だとすれば、ここであの事故が起こるはずだった。
信号待ちで赤になった瞬間に走って横断歩道を渡り切り、右手方向から歩いてくる女の子の姿を確認する。
「ストップ」
女の子のすぐ前に駆け寄って通せんぼをする。
そして、女の子がきょとんとしてあたしを見上げたその瞬間、後ろの方で轟音が聞こえた。
「え、」
驚いた。ひどく驚いた。だって、その音はガードレールを突き破ったものとはまるで違っていて、
「そんな…」
あたしは、振り返るのが怖くなった。
でも、振り返らなくてはいけない。だから、振り返った。
そして、あたしは見た。
トラックが、歩行者用歩道の向こうの、ファミレスに突っ込んでいる。
辺りは悲鳴や慟哭で満ち溢れている。大惨事だった。
恐らく、運転手と窓際に座っていた客は助かってはいまい。
それを呆然と見ていると、裾が引っ張られた。振り返ると、女の子がいる。
その瞳は怯え切っていて、何が起きたのかよく分からないといった有様だった。
しゃがんで、頭を撫でてやって、大丈夫だよと言えばきっと落ち着いてくれるだろう。
でも、この事態を引き起こしたのはあたしだった。
だから、そんなことは出来るわけはなく、
「っ!」
逃げるように、あたしはその場を立ち去っていた。
『居眠り運転。死傷者十二名』
翌日。その新聞の見出しを見て、酷い吐き気に襲われた。それでも自分の責任だと言い聞かせて細部を読み進めていく。
死んだのは運転手と、窓際に座っていた若いカップルだった。あとは混乱の中で転んだり、破片で怪我をした軽傷者ばかりだ。
「こんなの…ない」
トラックの運転手は、目の前に居る女の子に気付いたからこそ、早めにブレーキを踏むことが出来た。だから、女の子が居ない今回はブレーキを踏むことが出来ず、そのまま…。
あんまりだった。こんなのはきっと夢だと信じたかった。
でも、これは現実に起こったことなんだ。だから、もう変えることは出来ない。
女の子を救おうとして、あたしはもっと多くのひとを手にかけてしまった。
じゃあ、教えて欲しい。一体どうすれば良かったのだろうか。
多くの人を守るためには一人を犠牲にするしかない。
女の子ひとりを助けようとすれば、より多くの人が犠牲になる。
もうどうしていいのか分からなかった。もし、もう一度やり直せたとしても、きっとどうしていいのか分からない。
あたしに、選べというのか。
どちらを犠牲にするのか。一体どちらの未来が正しいのか。
そんなの、出来るわけがない。
でも、別の道もあったのではないかと思うと、
多くの人も、女の子も救う手段が何かあるのかも知れないと思うと。
「…やり直したい」
そう、痛烈に思うのだった。
どちらも救える手段があるとしたら、その先にも希望が持てる。
即ち、不治の病を持つ妹をも救うことが出きるのではないかと、そんな希望もきっと持つことができる。
だから、あの時計を、探さなければ。
そう思ってみても、時計は何処にも見つからず、無為無策に時を過ごし、もうじき一月も終わろうとしている。
タイムリミットだ。
日付が変わればもう二度と時計は見つかることはないだろう。
でも、何処にもないのだ。
いくら部屋の中のあらゆる物をひっくり返してみても見つからない。それなら、もう諦めた方がいいのではないか。
でも、心はまだそれに縋ろうとする。やり直したいと、次こそはと。
だから、探すのはこれで最後にしよう。どうせ見つかりはしないが、最後の足掻きだった。
「あっ」
ふと気付く。
どうして今までそんな方法に思い当たらなかったのか。
懐中時計はずいぶんと昔のものだ。だからきっとちくたくと音を立てているに違いない。
だから、耳を澄ましてみよう。きっと無駄だろうけど、やらないよりはずっとましなはずだ。
ちくたく…
聞こえた。
僅かな、わずかな金属の鳴動。そのかすかな振動は確かにこの耳朶を震わせていた。
それは、散らかった部屋の隅にぽつんとある布の中から、寒がりな妹が外に出ても寒くないようにとプレゼントしようとして、結局できなかったストールの中からその音は聞こえていた。
だって、もう二度とは病院の外に出られぬと分かっていながら、どうしてそんなものプレゼントできるだろうか。
そんなもの、当て付けにしかならないだろう。
だから、箪笥の奥底にしまっておいた。
決して自分でも思い出さぬように、記憶の底に封じ込めた。
「ああ、そっか」
そんなものに包まれていては、見つかるはずがない。仮にそれが目に入っても美坂香里はそれを認識しないだろう。
だから、懐中時計を見つけるためには耳を澄ますしかなかったのだ。
でも、ぎりぎりで見つけることが出来た。あと十分ほどで日付は変わる。
早く、急いで針を逆に回さなければ。
次こそは、幸せな未来を掴める様に。
tick…tack…tick…
次は、駄目だった。
その次も、だめだった。
そのまた次も、だめだった。
辿るのはいつも同じ結末で、そこには救いなど一片たりとも存在しない。
毎回、美坂香里は絶望のまま最後の日を迎え、最後の時間に懐中時計を見つけ出し、そして次こそはと願いを込めて針を廻す。
同じ失敗を繰り返すのは愚者の業だと知っていたのに、それを永遠と繰り返す自分が居る。
失敗ばかりを繰り返しながら毎日を過ごす自分はまるで出来の悪い機械のようだと、他人事のように思っていた。
それでも、まだ次があったから、
きっと次にこそは希望があると信じたから、
救いようのない愚か者でも、
感情のない機械でも構わないと、
愚かな希望にすがって時計を廻した。
そして、もう何回同じ朝を迎えたことだろうか。
馬鹿馬鹿しくなって三十からは数えていないが、とうに百は超えていることだろう。
それでも希望は得られない。
目前に広がるのはいつだって同じ光景で、
それを見つめているのはいつだって同じ自分で、
いつでも決まった行動を取る友人は見飽きた映画の登場人物としか思えなくて、
感情など、とうに磨耗しきっていた。
感情を削りきって、精神を削りきって、削るものが無くなって、記憶を削った。
だから忘れた。
何のために毎日を繰り返しているのか。
何のために自分が存在しているのか。
そして、真に救いたい者は一体誰だったのか。
とんだ笑い話だった。
感情が無く、精神が無く、行動理由さえ無い。そんな壊れた機械に救われる者など誰もいやしないというのに、どうして自分は未だにこんなことを繰り返しているのか。
もう、やめようと、思った。
こんなことに意味など無くなった。
いや、そもそもこんな茶番 に意味など最初から無かったのかも知れない。(
だから、
あたしは目を開けた。
目前には、通い慣れた校舎がある。
今日は平日で、ちゃんと学校はあるというのに辺りには人の気配が感じられない。
校舎に入る。
廊下を歩いてみても誰ともすれ違わなかった。
ただ、窓を通して見える寒空が、針 とこの身を冷やすだけ。(
教室に入る。
登校している生徒は居ない。
伽藍 とした教室はなんだかひどく寒々しい。(
鞄を下ろして、自分の椅子に座る。
もうすぐHRが始まるだろう。
先生はやってこない。
時間になっても先生が来ない場合、出席は学級委員が取ることになっていた。
学級委員も欠席していたので、あたしが代行することにした。
居ないと分かっていながらも規則だから一人ずつ名前を呼んでいく。
風邪でも流行っているのか、今日の出席はあたしひとりだった。
一時間目になった。先生は来ない。生徒も来ない。
二時間目になって、三時間目になって………HRになった。やはり誰もやってはこない。
帰り支度をする。
今日は掃除当番ではなかったので、そのまま帰路に着いた。
家までの道中でも、誰にも会うことは無かった。
家に着く。お母さんは居なかった。
テレビはどの局も写らなかった。
今頃になって気付いたが、家の時計は全部止まっていた。
訝りながら、懐から懐中時計を取り出す。
針は逆向きに進んでいた。
だから、最初から意味など無かったということか。
ここにきて、ようやくその意味に気付くなんて、我ながら馬鹿げている。
誰もがみんな時計の針と同じように前へと進んでいるというのに、あたしだけはこの懐中時計と同じように過去へと逆走している。
だから、誰にも会う筈はなかった。
みんなとはとうの昔にすれ違ったきりで、あたしが過去に進み続ける限り二度と会うことはないだろう。
希望など、最初からそこにはなかった。
だから、そんなものは早く終わらせないと。
あたしは懐中時計を懐に仕舞い、玄関に向かった。もちろん出かけるためだ。
玄関を出て、空を仰ぐ。今日はやけに寒いと思っていたら、案の定ひらひらと雪が降っていた。
傘立てを見て舌打ちをする。こんなときに限って一本も無かった。
傘は諦めて、走り出す。不思議と雪は冷たくなかったし、全速力でも転ぶことは無かった。
どう行けばたどり着けるのかなど分からない。だから無為無策 に走った。(
いつかそこに迷い込んだときもそんな風に走っていた。だからきっとたどり着けるはずだった。
体がやけに軽く、このまま何処までも走り続けることが出来るような気がした。
だが、
「は……は……はぁ」
人間は永遠に走り続けるようには出来ていない。
だから、すぐに限界は来た。
がくりと折れる膝を、街灯につかまって支える。
「はぁ……はぁ……」
そして同時に、
「おや、どうしたんじゃ。そんなに息を切らせて」
辿り着いたのだと確信した。
いつかの老人は雪の降る中、遮蔽物もないベンチに当たり前のように座っている。
「ちょ…ちょっと……道を…訊いて…いいかしら」
肩で息をしながらそう問いかける。
「何処までじゃ?」
老人はまるで、難しい課題をこなした自分の子供を誇るような表情で訊ねてきた。
「さぁ、何処だった…かしら」
なんとか息を整えながら言う。
「…なんじゃ、覚えとらんのか」
呆れたように老人は言う。
「それなら、適当に歩くから付いて来なさい。ひょっとしたら譲ちゃんの行きたい所を偶然通るかも知れん」
嬉しそうに老人は言って、よいしょとばかりにベンチから腰を上げた。
「じゃ、ボツボツ行くか」
そのまま、返事を待たずに歩き始める。
その足取りは存外にしっかりしていて、あたしは慌ててその後を追った。
適当に歩くとは言っていたが、老人の行き先は決まっているらしい。
そのことは老人の迷いのない足取りからも窺えた。
老人の通る道は、見たことのないものばかりだったが、その方向から何処に向かっているのかはすぐに分かった。
程なくして目的地に辿り着く。
そこには見慣れ過ぎていて特に何の感慨も浮かばないことこの上ない建物が建っている。
言うまでもなくあたしの家だ。
老人を見ると、その目が入れと告げていた。
あたしは頷いて、玄関を潜…ろうとしたところで、老人に振り返る。
「そう言えば、何かお礼をしなくちゃいけないわね」
老体に無理を言ってここまで連れてきてもらったのだ。何か礼をするべきだろう。
と言ってもそれ以外、持ち物らしい持ち物もなかったので、懐から懐中時計を取り出して、老人の方に放った。
もうこれはあたしには必要ないものだ。あたしみたいな女子高生が持っているより初老の老人が持っていた方がさまになるだろう。
「おおっとと」
老人は数回お手玉して、何とかキャッチした。
それを見届けてから玄関を潜る。もう二度と老人に逢うことはないだろうが、ためらわずに後ろ手でがちゃりとドアを閉めた。
リビングには見向きもしないで二階に上がり『かおり』の札があるドアの前で足を止めた。
中からはどたんばたんと何かをひっくり返すような音が聞こえてくる。
少し逡巡してから、意を決してドアを開いた。
そこには、あたしが居る。
もう一人のあたし。いや、正確に言うならあたしの方がもう一人のあたしか。
まぁ、そんなことはどうでもいい。
とにかくあたしの目の前にはもう一人あたしが居て、そのあたしは何かを探すように必死に部屋中を引っ掻き回している。
全く、理路整然としているのがあたしの売りだって言うのに。これじゃあ情けないことこの上ない。
名雪にでも見られたらと思うと目も当てられない。
目の前のあたしは入ってきたあたしに気付かない。
それほど必死になっているのか、それともあたしが向こう からは知覚出来ない存在なのか。(
まあ、そんなことはどうでもいい。
目の前の美坂香里は何かに追い立てられるように探し物を続けている。
今なら分かる。
それは永遠に続けられてきたことだから。
ただ今までと違うのは、探し物は絶対に見つからないということだけ。
だってそんなことは当たり前だ。
空想の世界ならいざ知らず、過去に戻ってやり直せる時計なんて便利な代物が現実世界にあるとは思えない。
だから、今までのことはただの幻想に過ぎない。
どうしようもなく絶望しきった美坂香里が見た、ひとときの夢に過ぎない。
美坂香里にとって妹を失うという最も重い絶望から逃れるための欺瞞に過ぎない。
だからもう、目覚めないと。
時計の針を動かさないといけない。
いつまでも寝惚けている馬鹿な自分をいい加減起こしてやらないといけない。
それが、美坂香里が描いた幻想に過ぎないあたしが彼女のためにしてやれる最後のことだろう。
だから、考える。
寝ている者を起こす方法はなんだったか。
少し考えて、すぐに思い当たった。
眠っている者を起こす方法の王道で、手軽に出来るものと言ったら何か大きな音を立てることだろう。
散らかった部屋には目覚まし時計が転がっているのも見えたが、生憎あたしは現実世界には干渉できない。触れないんじゃ目覚ましも鳴らせない。
なら、方法はひとつだ。
あたしは思いっきり息を吸って、
現実世界にも届かんばかりの大声で、
「おっきろおおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!」
夜空も引き裂かんばかりの叫び声をあげた。
まぁ、何だ。
同じ朝を意味もなくずっと繰り返していたあたしだが、最後の最後に悟ったことがひとつある。
夜中に叫ぶのは近所迷惑だから止めた方がいい。
「いたたたぁ…」
耳がキーンとした。
まるで近くで誰かが思いっきり叫んだように、鼓膜がびりびり痺れている。
「?」
そう言えばあたしは何をしていただろうか。
何だか長い夢を見ていたような感じで、今が何時なのかすぐに思い出せない。
とりあえずカレンダーを見ようとして、愕然とした。
「なに…これ?」
泥棒が入ったのか局所的に台風が起こったのか、部屋がとんでもなく荒れていた。
「まったく、一体なにがなんだか」
悪態を吐いていても何もならない。とりあえずは部屋を片付けるとしよう。
片付けをしながら、少しずつ思い出してきた。
今日は1月の31日。
1月最後の日だ。
だからつまり、明日は、
「2月…1日」
最愛の妹の誕生日だ。そして、
『彼女は来年の誕生日まで……』
彼女の最後の日でもある。
時間は今11時50分。
たぶん今頃栞は恋人の相沢祐一と最後の時間を送っていることだろう。
誕生日になったら栞は病院に入ると言っていた。
だから、今が最後の時間。
その最後の時間に、あたしは何を思っていたのか、それがどうしても思い出せなかった。
「ま、いっか」
思い出せないのなら、きっと大したことじゃないと自分に言い聞かせて、あたしは窓から外に眼を遣った。そして、今初めて雪が降っていることに気付いた。
窓を開けて、手を伸ばす。
思えば、今までは冷たくて鬱陶しいだけだった雪は今日だけは何故かやさしく、延ばした手のひらにひらりひらり舞い降りる。
柄にもなく、まるで天使のようだと思ってしまった。
別にあたしはどこの宗教に属しているというわけでもないけれど、何となくそうするのか一番だと思って、手を合わせた。
その時間が彼女にとって最も幸せな時間であるように、
起こらないはずの奇跡がきっと起こるように、
そんなことを祈りながら、少し早めの祝福を口にする。
「誕生日おめでとう。栞」
tick…tack…tick…
それは、絶望だけが定義された空想の中では決してあり得ないできごと。
香里本人ですら忘れているが、それはこの現実に確かに起きたできごと。
横断歩道を渡り終えた香里は、何となく嫌な予感に襲われて、後ろを振り向いた。
そして、運転手が眠ることによって制御を失ったトラックがこちらに向かってきているという事実を認識した。
避けなければと、とっさに思う。
だが、その直前近くを歩いている女の子が目に入った。
女の子はトラックに気付いていない。
このまま自分が避ければ、女の子ははねられてしまうだろう。
避けるか否か、一瞬の逡巡。
だが、最初から答えなど決まっていた。
「だめっ!」
とっさに両手を広げて、庇うように女の子の前に立つ。女の子がはっと息を呑む音が後ろから聞こえた。
そして、その事故は起こった。
居眠り運転をしていたトラックの運転手は己の失策に気付かないまま、トラックは赤信号を無視して通り過ぎ、そのときになってようやく目を覚ました運転手は、目の前の人影 に反応してブレーキを思い切り踏んだ。(
ききぃと耳障りな音を立てるトラックは己の慣性を殺しきれずに歩行者用道路に進入…する寸前にガードレールにぶつかってその動きを止めた。
香里はそっと目を開ける。
すぐ目の前には大型トラック。
どっくんどくんと波打つ心臓を努めて鎮めながら、あと三十センチでバンパーのサビになっていたなと冷静に判断する。
服のすそが引っ張られて後ろを向くと、そこには怯え切った瞳の女の子が居た。
実を言うと香里の方も泣きたいぐらいに驚いていたが、こういうときは大人がしっかりしないといけないと思って、女の子の目の前でしゃがんだ。そして頭を撫でてやる。
「大丈夫よ。もう安心だから」
その言葉をどう取ったのかは分からないが、女の子は少し落ち着いたようだった。
その表情を見ていて、香里も何だか安心してふっと意識が遠くなり、その場に倒れ込んだ。
突然の事故による喧騒を遠くに感じながら香里はその意識を手放した。
FIN
後書きのような何か。
時計と聞いてまず思い浮かべたキャラクターが香里だというのはひょっとしたらレアなケースなのかも知れないが、とにかく浮かんでしまったものは仕方がない、とばかりに開き直ってノリに任せて書いたのが本作だったりする。
とりあえずお題「時計」である時計をメインに据えつつ、あまりいろんなキャラクターを出しすぎるのもどうかと思って、主人公の香里にのみ焦点を当てて、他のキャラの心理描写ほとんどカットして、無駄なところははぶいてはぶいて、それでも割と長くなってしまったなぁと感慨に耽っている今日この頃、皆さんはどうお過ごしでしょうか?
やっぱりKANONのSSはもっと明るい雰囲気にした方がええんじゃろか、ふむ。
まぁ、いいや。
とにかく補足のようなものを。
この話は、一月の最後の日、日付が変わる少し前に、絶望し切った香里さんがこの未来を変えたいと思って過去に戻るという幻想を抱いた…と言う感じに要約できますが、実は全く逆だったりします。
本当は未来を変えようというそんな前向き(?)な考えじゃなくて香里さんはただ未来から逃れたかっただけなんです。
目の前に迫る大きな絶望。それから逃れるために香里さんはひとつの世界を形成しました。
それは『自らが絶望することによって永遠に循環する世界』というものです。
この世界は実に上手く出来ていて、香里さんが絶望するための条件が幾重にも重ねられています。
まず、実際とは異なり香里さんが栞さんの病気を告知されたのが、栞さんの誕生日の前になっています。
だから、ストールは栞さんの手に渡らず、香里さんが持っていることになります。
重い病気で、もう外に出られないと分かっている妹に外出用のストールを渡す姉はたぶんいないでしょう。そんなもん、当てつけにしかなりません。
そして、私の勝手な予測では、栞さんはストールがあったからこそ外に出たいと思ったわけで、だからストールがないこの世界の中では栞さんは未だに入院しています。
そして、奇跡を起こす一番のキーパーソンである相沢祐一が存在しません。何かの間違いで存在してしまったとしても、入院している栞さんと逢う事はありません。
だから、奇跡は絶対に起きないことになり、香里さんは絶望するしかなく、やり直しを願い、時計を廻します。
つまり、絶対に彼女は一月三十一日から先には進めないことになっています。
進まないから、未来に起こる妹の死という絶対的な絶望に遭遇することもなくなるわけです。
香里さんは絶望を繰り返すことによって決定的な絶望から逃れるという道を選んだのでした。
だから本文で何回か書いたようにこの世界に『意味は無い』し『希望は無い』わけです。
まぁ、つまりそんな話。
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