kanon 企画SS「〜esprit reveil 心時計〜」
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・・・・・・・・・カチ・・・・・・・・・カチ・・・・・・・・・カチ・・・・・・・・・カチ・・・・・・・・・
・・・・・・・・・カチ・・・・・・・・・カチ・・・・・・・・・カチ・・・・・・・・・カチ・・・・・・・・・
それは決して立ち止まらない、それは決して休まない。
それはいつも同じ道を走り続ける、それは決して抗う事ができない。
彼らはいつもすれ違う、出会い、そして互いを求める事も出来ずにすれ違っていく。
・・・・・・とても近くにいる筈なのに、互いに手を取り合って共に歩む事すらできはしない。
深淵に包まれた自室のベッドの上、あたしこと香里は自分愛用の
目覚まし時計を手にしながらそんな事を考えていた・・・・・・。
・・・・・・・・・カチ・・・・・・・・・コチ・・・・・・・・・カチ・・・・・・・・・コチ・・・・・・・・・
目に見えないはずの時間を切り刻む力を持った秒針の音だけが容赦なくあたしの心に響き渡る、
秒針の刻み付ける音が少しずつあたしの心を蝕んでゆく。
・・・・・・嗚呼、何て今のあたしに似ているんだろう。これではまるで今の自分自身そのままではないか。
時計の針は決して止まれない、長針と短針は互いに出会っても立ち止まる事すら出来ずにすれ違うだけ。
時計の針だって時には休みたいと思うだろう、立ち止まって考え事だってするだろう、
もしかしたら逆走なんて悪戯じみた事だって彼らにとっては夢なのかも知れない。
けれどそれは許されない、彼らに許されるのはただ走り続ける事だけ・・・・・・。
あたしも同じ、好きな人ができてもすれ違ってしまう。
たとえその人が一生懸命に声を掛けてくれてもあたしはわざと否定的になる、
心でそんな自分を拒絶しても、必死で抗おうとしても紡がれた言葉は好きな人に対する拒絶だけ・・・・・・。
・・・・・・・・・・・・・・・カチ・・・カチ・・・・・・・・・・・カチ・・・・・・カチ・・・・・・・・・
・・・カチ・・・カチ・・・・・・・・・・・・・・・カチ・・・・・・カチ・・・・・・・・・・・・・・・・・・
・・・・・・あたしは時計の針と同じ、時計の針は決められたレールの上を走り続ける。
止まりたい、少しでいい、大切な人と一緒に笑いたいと思っても体がその想いを撥ね付ける。
『お願い、やめて!やめて!!やめて!!!』
一体どれ程抗っただろう、どれ程自分の中の小さな勇気を振り絞って
大切な人に話し掛けようとしただろう。
が、それすらも振り切って、自分の想いとは裏腹に言葉のナイフはあたしの想い人を傷つけようとする。
どれだけ想い人が近づいてきてもあたしはただ走り続けるしか出来ない、逃げる事しか出来ない。
共に歩こうとしても時計の針が立ち止まろうとしても、
巨大な歯車がそれを許さないのと同じなんだ・・・・・・。
大切な人と共に歩む事はできないの?
あたしは一緒に、好きな人と寄り添って歩いていきたい!
でも・・・・・・あたしは時計の針。
短針と長針、そして秒針で構成された文字盤の上を走るの彼らと同じ時計の針・・・・・・。
・・・カチ・・・・・・カチ・・・カチ・・・・・・・・・・・・・・・カチ・・・・・・・・・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・・・・・・・・・カチ・・・カチ・・・・・・カチ・・・・・・・・・・・・・・・カチ・・・
あたしは時計の針と同じ、同じ場所を回りながら壊れるまで走り続ける。
すれ違いながら走り続ける運命に縛られた時計の針と、あたしは同じ・・・・・・。
いやそうではない、あたしの手の中で鼓動を続ける目覚まし時計の針だって、
きちんと時間を切り刻むと言う己に課せられた仕事をまっとうしているではないか。
大切な妹すらあたしは拒絶し、あたしに接してくれる全ての人間に心の壁を創って距離を置いていた
あたしという時計の針はもう・・・・・・秒針も長針も無い。
あたしの時計はもう、止まってしまった。
自分と言う短針しかないあたしの時計はもう、壊れてしまったんだ・・・・・・・・・。
・・・・・・・・・・・・・・・カチ・・・・・・カチ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・カチ・・・・・・・・・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・カチ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・カチ・・・・・・・・・・・・カチンッ・・・・・・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・・・・・・・・・そして時を刻む音が・・・・・・途切れた・・・・・・
あたしの時計はもう壊れてしまった、あたしの時計はもう時計の形を成していない。
あたしの時計はもう・・・・・・時計じゃない、時計と言う名すら失くしてしまっていた・・・・・・・・・。
名雪という親友、相沢君と言うクラスメイト、栞と名付けられたたった一人の妹、
そして心の底から愛しいと思えるただ一人の異性、北川君・・・・・・。
そんな彼らから差し伸べられた部品をあたしは跳ね除けてしまった・・・・・・、
これでは壊れてしまうのも当たり前ではないか。
当たり前だからこそ・・・・・・・・・壊れてしまったんだ。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
気が付けば時計という形から解放された、
ただの部品があたしの目の前に転がっている。
でももうそれはただの残骸、
本来果たすべき役目から外されてしまった部品たちの成れの果て・・・・・・。
そんな部品たちがぎしり、ぎしりと動こうと音を立てている・・・・・・。
いや違う、あたしに声を掛けようとしている。
「香里・・・・・・ふぁいと、だよっ!」
「香里・・・・・・これからもよろしくな!」
「お姉ちゃん・・・・・・元気出して下さい」
「美坂・・・・・・俺は美坂の悲しい顔なんて見たくない、いつも笑っていて欲しいんだ」
「みんな・・・・・・」
それは沢山の人からのメッセージ、
小さなものも大きなものも、細長いものも丸いものも、沢山の全部あたしに向けられたメッセージ・・・・・・。
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・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
・・・・・・嗚呼、今になって気が付くなんて。
いや、きっとずっと前から知っていたんだろう。
でもそれを素直に認められなくて・・・・・・、自分から逃げていただけなんだ。
時計はみんな持っている、それをお互いが部品を持ち合って一つ一つの時計を形作ってゆく。
ネジ、バネ、ゼンマイ、歯車、秒針、短針、長針も、竜頭や文字盤、
それは勇気だったり優しさだったり、もちろん友情や愛だってあるのだろう。
でもそれらを包み込むにはあたしと言う器が必要なのに、
あたしはそれを持つ事もせずに逃げてしまっていた。
「でももうダメ、あたしは一度みんなから逃げてしまった・・・・・・」
暗闇に向かってポツリと呟く、
手にしていた目覚まし時計を持つ手だけがその力を増してゆく。
でもそんな事をしてももう壊れた時計が復元する事はない、
だって逃げてしまったんだから・・・・・・。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・カ・・・・・・チ・・・・・・・・・
「本当にそれでいいの?」
「え?」
壊れた、もう止まって動かない筈の針がわずかに動き・・・・・・あたしに問いかける。
まだ終わりじゃない?壊れた時計が・・・・・・まだ動く?
壊れた時計、いやあたしの中のあたしがキイキイと擦り切れたぜんまい仕掛けの
ような声を上げる。
「本当に美坂香里・・・・・・あたしはそれでいいの?」
「一体何を言っているの?そうよいいのよ!あたしは一度逃げたのよ!!
大好きな北川君にだって酷い事を言ったし・・・・・・今更許してくれる筈も無いわ!!!」
「それがあたしの答えなの?何で決め付けてしまうの?
部品たちは、想いたちはみんなまだ動きたがっているのに、
あたしがそれを組み立てないで一体誰があたしの時計を動かすの?」
「判らないわよ組み立て方なんて!あたしは逃げたの、逃げてしまったのよ!!
みんなから差し出された手も撥ね退けて、本当に好きな男の子にも好きと言えないでっ・・・・・・」
あたしに問い詰められたあたしはそれ以上返す言葉がなかった。
だってそう、今のあたしに必要だったもの・・・・・・好きな人に好きと言える勇気。
あたしは今言えた、叫んでいた。
ずっと言えなかった言葉を、大切な人への想いを。
「そう、そうだよ。あたしに必要だったのは勇気、でもあたしは勇気を出して大切な事を言えた。
だからもう大丈夫だよ、勇気を出して!
みんなあたしを受け入れてくれる、みんなを信じてあげて。あなたの時計を組み立ててあげて」
「・・・・・・・・・ええそうね、あたしはもう逃げない!」
・・・・・・・・カ・・・・・・・・・・・・チ・・・・・・・・・・・・・・・・カ・・・・・・チ・・・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・・・・・・・カ・・・チ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・カチンッ・・・・・・
あたしが自分の秘めていた想いを叫ぶと同時に一際大きな秒針の音が響き渡った。
長針が、短針が、秒針が、ばねが、ぜんまいが、歯車が、竜頭が、そして文字盤が、
あたしの勇気と言う想いの中に次々と綺麗にはまっていく。
壊れた筈の時計が、名さえ失った筈の時計が再び時計として形作られてゆく。
それはあたしの時計が再び動き出した瞬間だった・・・・・・。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・
「あれ・・・・・・あの時計は?せっかく元通りになったのに・・・・・・」
気が付けばそこはあたしの部屋、
カーテンが淡く光に染まっている事から早朝なのだろうという事が伺える。
どうやらあたしはあの後そのまま眠ってしまったらしい、手にはベッドに入ったときに手にしていた
目覚まし時計が収まったまま休む事無くカチコチと時間を刻んでいる。
だが慌てて周囲を見回しても、一生懸命探しても肝心のあの時計が見当たらない。
「おかしいな・・・・・・確かに時計と話をして・・・・・・・・・、あれは夢だったのかなぁ」
眠い頭で考え付くありとあらゆる場所を探し回る、がやはり時計は出てこない。
・・・・・・結局、その後も部屋中を、栞や名雪にも頼んで手伝ってもらって探したが
二度とあの時計が出てくる事はなかった・・・・・・。
でもあたしはもうあまり考えない事にしている、
たとえあの時計が夢の中の出来事だったとしても・・・・・・。
あの時計のお陰であたしは勇気を貰った、
あの時計のお陰であたしは大切な人に想いを伝える事が出来る自信を貰えた。
あたしは時計の針、以前と変わらない文字盤の上をただ走り続ける時計の針、
でも以前とは少し違う時計の針。
大切な人と一緒に時計を組み立てて行けるから、だからあたしは頑張れる。
あたしはあたしの時計の短針、あたしの大切な想い人はあたしの時計の長針。
走り続けて、立ち止まる事も出来なくて、お互いにすれ違ってもいい。
求め合って、手を掴もうとしても立ち止まれない二人でもいい。
だって時計は短針と長針があって初めて時計なんだから、
二人で時計を作った時、その時初めて本当の意味で二人で寄り添って歩いていくんだろうって思うから。
だからあたしの本気を彼にぶつけよう、夢の中で誓ったあの想いを彼にぶつけよう。
もう決して後悔しない様に、北川君にこの想いを伝えよう・・・・・・。
・・・・・・・・・カチ・・・・・・・・・カチ・・・・・・・・・カチ・・・・・・・・・カチ・・・・・・・・・
・・・・・・・・・カチ・・・・・・・・・カチ・・・・・・・・・カチ・・・・・・・・・カチ・・・・・・・・・
あたしの時計は止まらない、今日もまた規則正しくあたしの想いを刻み続ける。
そう、それはまるであたしの・・・・・・・・・心時計。
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