それは唐突な用事だった。
いつもの様に、待ち合わせなんてものもなく、ただ出会っていた彼女が言ったのは。


「あの、相沢さん。」
「ん？」
「すこし、頼みたいことがあるのですが……」


少女、天野美汐は相沢祐一に申し訳なさそうに言った。


「俺に、出来る様なことなら何でも言ってくれ。」
「ありがとうございます。」


ペコリ、とお辞儀をした。
それを見た祐一は相変わらずの美汐にただ、苦笑を浮かべていた。

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Memories clock

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二人は学校帰りの道を並んで歩いていた。
西日となった太陽が赤く二人の背中を照らしている。


「しかし、天野が俺に頼み事なんて珍しいな。」
「そうですか？」


美汐は少し考え込むが、すぐにその考えを打ち切った。


「そうかもしれませんね。」
「もっと、頼ってくれたっていいんだぞ？」


そんな微かな心遣い。
祐一の言葉に美汐は少し驚いた様だったが、すぐに笑顔になって。


「そうですね。これからは、そうします。」


そう言った。
その笑顔を見たせいか、祐一の頬が少し赤かった。









「しかし、何度来てもイメージと合わないよな。」
「何がですか？」


祐一が少し見上げながら言った言葉に美汐は不思議そうに尋ねた。


（やっべ……つい言葉に出しちまった。）
「相沢さん？」
「いや、天野って和風っぽいイメージあるから……」
「それは、単に私がおばさんくさいって事ですか？」
「……違うぞ。」


妙な間を持って答えた祐一の言葉。
それを聞いた美汐は少し落ち込んだ様子でいつものセリフを言った。


「そんな酷なことはないでしょう……」


ちなみに今二人が居るのは天野家の前。
言ったとおり和風ではなく、普通の一戸建てである。


「と、ところで頼み事って何なんだ？」
「……ハァ。家の中でお話しします。」


そのため息は明らかな話題転換に対する呆れか。
それともやっと本題に入れる安堵か。


「……何やってるんですか、相沢さん。」
「いや、ちょっと緊張してるだけだ。」


そんな祐一の言葉に美汐は笑った。


「別に、緊張する様なことはないですよ。両親も共働きですから。」
「それでもだよ。」
「意外ですね。」


クスクスと本当に可笑しそうに美汐は笑う。
それがとても恥ずかしくて、祐一はそっぽを向いた。


「多分、性分なんだろうな。」


笑う美汐と、そっぽを向く祐一。
端から見れば変な二人に見えただろうが、幸い周りには誰の姿もなかった。


「とりあえず、早く頼みって言うのを聞かせてくれよ。」
「はい。」









そしてリビングの方へと通された祐一。
美汐は自分の部屋に行って目当ての物を取りに行っているので側には居ない。


「一体何すればいいんだろうなぁ……」
「お待たせしました。」


一言呟いた後、美汐がやってきた。
先ほどまでの制服姿ではなく、ちゃんとした私服姿で。


「…………」
「……どうかしましたか？」
「いや、天野ってそう言う服も着るんだな、と思って。」


祐一の言葉に美汐は少し苦笑する。


「家の中まで制服じゃないですよ。」


そう言う美汐の服は薄緑色のタートルネックに赤いロングスカートになっている。
その姿は美汐の落ち着いた雰囲気にとてもマッチしていた。


「あ〜、こんな姿見ちゃったら……」
「見たら……？」


不思議そうな顔をして祐一を見る美汐の視線から祐一は、自分の視線をはずした。


（おばさんクサイなんて、二度と言えないぞ……）
「相沢さん？」
「い、いや、似合ってるぞ。」


美汐の顔に少し赤色が差す。
美汐は美汐で、か細い声で『ありがとうございます』と言っていて、その場の雰囲気が妙になる。


「あ、あの、それで……頼みたいことなんですが……」


顔を赤くしたまま、少し上ずった声で言う。
だがそれは、祐一の顔を少しだけ真剣にするのには十分だった。


「これなんです。」


そこに出されたのは一つの時計。
少しだけ古めの懐中時計だった。


「この時計が……ん？」
「実は、これなのですが……」
「「止まってる（な・んです）」」


同じ様なことをほぼ同時に二人が言った。
厳密に言うと美汐はこれの状況を言い、祐一は気づいたことを言ったのだが。


「もしかしてこれを……」
「はい……直して、いただきたいです。」


美汐の言葉に祐一は腕を組んだ。


「でも、何で俺なんだ？　時計屋に行けば直してもらえるだろ？」
「それが……ここの時計屋ではこのような懐中時計を取り扱ってないそうなので……」


不便な時計屋だ。
不謹慎だが、そんなことを祐一が考えるのも無理はない。


「それで、相沢さんが機械について詳しいと言うことを聞いたもので……」
「まあ、確かにそこそこ機械いじりはしてたけど。」


そう言ってから懐中時計を手に取る。
「……あんまり期待するなよ？」
「それじゃあ……」
「やるだけやってみるさ。さっき大見得張っちまったからな。」


直後、美汐の顔が笑顔を見せた。









その後、祐一は美汐に別れを告げ、すぐに水瀬家に帰ると秋子が居るであろうリビングへと向かった。


「あら、祐一さん。お帰りなさい。」
「ただいま。あの、秋子さん。」
「はい？」
「工具ってありますか？」


祐一がそう言うと、秋子は少し思い出す様な素振りで優位位置の後ろの方を指差した。


「もしかしたら、外の物置にあるかもしれないわ。」
「そうですか。じゃあ探してきます。」


そう言って祐一はすぐに外へと出て行った。


「あらあら……祐一さんも、あの人と一緒で機械いじりが好きなのかしらね。」


秋子が今は居ない夫のことを考えていた頃。
祐一は物置をひっくり返す様な勢いで工具を探していた。


「う〜ん……無いなぁ。」


工具どころか変な物も出てきたりしていた。


「……なんだ、これ。」


その中の一つに、学ランを着た猫のぬいぐるみがあった。
乗っているバイクに旗が立てられてあり、『なめんなよ』と書かれている。
しかし、祐一の記憶にはない。


「多分、古い奴だよな。」


そして他の物と同じようにそこら辺に置いておき、また工具を探し出す。
数分後、何とか工具を探し出した祐一は今まで出してきた物をどんどんと物置の中に入れていく。


「これ、どうすっか。」


その途中、先ほどのぬいぐるみが目に入る。


「……いいや。」


気まぐれか何なのか。
工具共々そのぬいぐるみを持ち、祐一は自分の部屋へと戻ってきた。


「さて、始めますか。」


猫のぬいぐるみを机の端に置き、先ずドライバーを手に持った。


「キリキリキリ〜ってか。」


そして裏蓋をはずして中を見てみた。
おそらく、知識がない人にとっては未知の領域の様な視界が広がる。


「ん〜……こっからじゃわからないか。歯車をはずしてみるしかないな。」


そしていども簡単に、それでいて慎重に歯車をはずしていく。
人間の集中力というのは３０分で尽きると言うが、このときの集中力はかなり長く続いていた。
夕食の時間になり、名雪が呼びに来るまでずっとだったのだから。


「ねぇ、祐一。さっきまで何やってたの？」
「ん？　ちょっと天野に頼まれごとをな。」


そう言うと名雪は思案顔になり、その後で意外そうな顔をした。


「天野って……天野美汐？」
「知ってるのか？」
「うん。だって部活の後輩だもん。」


今度は祐一が意外な顔をする。


「あ、天野って陸上部だったのか？」
「え、知らなかったの？」
「ああ。」


確かに、祐一は美汐とよく会うが、お互いのことを詳しく言ってはいなかった。


「ね、祐一。私、後で見に行ってもいい？」
「いいけど、面白くないぞ？」
「うん。いいよ〜」


そんな二人の会話を、秋子は終始楽しそうに微笑んで聞いていた。









そして夕食後……
祐一は名雪を連れて自分の部屋に戻ってきた。


「あ。しまった。」
「……ねこ〜ねこ〜」


机の方へ走ろうとした名雪の服の襟をつかんで止める。
首が絞まりそうだったが、このまま行かせると時計の部品を吹き飛ばしてしまいそうだった。


「止めないでよ、祐一！」
「ダメ。」


祐一はごちゃごちゃと文句を言う名雪を無理矢理ベッドに座らせ、自分も机の前の椅子に座る。


「何で祐一の部屋にネコが居るの？」
「よく見ろ、ぬいぐるみだぞ。」
「それでもだよ。」
「……工具を探しているとき、物置で見つけたんだ。」


祐一がそう言うと名雪は目を丸くした。どちらかというと工具についてのことだったが。


「工具って、何やってるの？」
「これだよ。」


そう言って名雪を手招きする。それに促されて名雪は机の上を見た。


「天野に頼まれて、懐中時計を直しているんだ。」
「……祐一って。」
「ん？」
「結構、変な特技持ってるんだね。」


身も蓋もない事を名雪は言った。
確かに、機械いじりが得意な高校生というのもあんまり居ない気がする。
偏見かもしれないが。


「結構便利だぞ。ビデオとか自分で直せたりするしな。」
「ふ〜ん……じゃあ何か壊れたら祐一に頼んでみようかな。」


ベッドに座り直し、そう言う名雪に対して祐一はため息を一つ、ついた。


「そう言うのは電気店に行って直して貰ってくれ。」


その意見は尤もなことである。
名雪は多少不満だった様だが。


「それよりも、つまんないことだったろ？」
「そうでもないよ。祐一の意外なところわかったもん。」


そう言うと名雪はベッドから立ち上がり、笑顔を見せたまま部屋を出ようとする。


「あ、祐一。」
「ん？」
「そのネコ、欲しいな。」
「……ダメ。」
「なんで〜？」


名雪はぶ〜たれていたが、そのうち諦めて自分の部屋へと戻っていった。


「それにしても、何でだろうな？」


祐一は机の端に置いたぬいぐるみを見る。
正確には『なめんなよ』の文字だったが。


「……まっ、いいか。」


そう言うとまた、時計の解体に取りかかる。
手際の良さは始めてばかりの頃と変わりはない。


「……ん？」


その途中で祐一は何かに気づいた。
小さめの歯車に何かが絡まっていたのだ。


「ピンセットで取れるかね……？」


奮闘むなしく、絡まっている何かはピンセットで取れそうもない。


「外すしかないか。」


カチャカチャ……と歯車をいじくる音が鳴り、そのうちに何かが絡まっている歯車が取れた。


「……毛？」


絡まっていた何か、それは少し眺めの黄金色に近い茶色い毛。
何の毛なのかは見当もつかない。


「……これが原因なのかもな。」


そしてその毛を歯車を置いていたタオルの上に置いておき、それから歯車を最初の状態へと戻していく。


「さて……直っているかな？」


頭頂部のねじを巻いた。
ほんの少し間があってから、カチ、カチ、カチ……と時計の秒針が動き出す。


「やっぱり、この毛か。」


祐一には、だらんと垂れた毛を凝視しながら思ったことがあった。


「これ、どうやって絡まったんだろう。」


それはわかりそうにない疑問。
そしてもう一つ――


「これは……“あれ”じゃないのか……？」


それは、知ることの出来る疑問だった。









次の日。
待ち合わせをするでもなく、二人はまた中庭で出会った。


「相沢さん、時計の方はどうですか？」
「ん？　もう直った。」


そう言うと祐一は制服の内側から直した懐中時計を手渡す。


「ありがとうございました。」
「いや、俺に出来ることをやっただけだし。」


何時も通りペコリと深々しくお辞儀をされて、既に恥ずかしがると言うこともない。


「で、壊れてた理由なんだけどさ……」


そう言うと制服の内側からもう一つ、ある物を取り出した。
それは、歯車に絡まっていたあの毛。


「これが、歯車に絡まっていたんだ。」
「それは……」
「見たこと無いか？　俺は、ある気がする。」


美汐は考える素振りさえなかった。
既に、祐一と同じ結論に達していたのだろうか。


「黄金色に近い茶色。そして髪の毛より細く、長い。これは……」
「狐の、毛ですね。」


美汐は祐一と同じ事を結論としていた。
とは言え、狐は狐でもただの狐ではないだろう。
この街に伝わるものみの丘の伝承。『妖狐伝説』の妖狐の毛。


「この時計……“あの子”が、私にくれた唯一の物だったんです。」
「あの子？」
「相沢さんで言う真琴ですよ。」


静かに語り出したのは時計を貰ったときの話だった。


「でも、渡そうとした瞬間に、あの子は、消えてしまいました。」


美汐は泣きそうな、それで居て苦しそうな表情で語る。


「それから１年後に止まったんです。何の因果か、同じ日に。」
「でも、その時は直そうとしても直すことが出来なかった。」
「はい。」


目を瞑り、何か物思いにふける様な美汐。


「俺さ。疑問に思ったんだ。」


突然祐一が独白の様にしゃべり出す。


「何で、見た目４，５年経っている様な時計を今頃になって直そうとするのか。」


美汐は答えない。
いや、寧ろ答えられない。


「で、あの毛を見て何となくわかったんだ。これは……天野そのものなんじゃないかってな。」


祐一の言葉は続いた。止まることなく。


「この時計が止まったときから……天野の時も止まった。」
「そう、ですね。」
「天野の言う“あの子”に囚われたままになった。」
「その通りです……」


か細い声で美汐はそう言った。


「だからこそ、直したかったんじゃないか？　自分が前に進むために。」


美汐は顔を挙げた。
その視線の先には、優しく微笑んだ祐一の笑顔がある。


「忘れられやしないのはわかっている。だけど、前に進むことは、信じることくらいは出来るはずだぞ。」


笑顔。
それは、美汐にはただ……まぶしかった。


「俺だって真琴のことを忘れられる訳じゃない。いや、一生無理だろ。でもな……」


美汐の目を真っ直ぐ見つめ、呟いた。


「俺は、前に進んでる。真琴が帰ってくることを信じてる。だから、天野にも出来るはずさ。」
「買いかぶりですよ……」
「俺は、そうは思っていない。」
「全く、勝手ですね……」
「それが俺だからな。」


ほほえみは全く崩さない。
それは祐一が美汐を本当に信頼しているから。


「それに、一人で背負わなくてもいいんだ。もっと頼ってくれたっていいって言っただろ？　これでも、上級生だからな。」
「そうは、見えないですけどね。」
「……酷いな。」


小さく、本当に小さく、美汐は笑った。
それと一緒に目の端に小さな涙が浮かんでいた。


「厄介なことを頼んでも、文句は言えませんよ？」
「承知の上だ。」
「……クスッ、そこまで言われたら、私も前に進まないといけませんね。」
「そういうこった。」


二人は笑いあった。
一方は少しの涙を目に浮かべて。
そしてもう一方は、いたずらっ子の様な無邪気な笑いで。


「信じようぜ。帰ってくることを。いつになってでもいい。まだ、“俺たち”には時間がいっぱいあるんだ。」
「はい！」


そう、“四人”の時間はまだ始まったばかりなんだから――









「あの、聞きたいんですけど。」
「ん？」
「何で懐中時計にそんなに詳しかったんですか？　いくら何でも１日じゃ……」
「あぁ……親父のを解体したことがあるんだ。」
「父親のを？」
「後でしこたま怒られたけどな……」
「それは……自業自得でしょう……」

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後書き

企画用のSSだって言うのに、あんまり出来はよくないかな。

なんて言ったってオチが弱い！

いや、私の短編は大抵そんなもんなのですが。（汗


突然なのですが、話の巧い人って言うのは起承転結の『結』の部分がしっかりしている人だと思います。

確かに『起』や『転』とかも重要だと思いますが、『結』に比べたらそれほどでもないかも。

だから、ここまで読んでくれた人でこれから創作したいと思っている人は『結』の部分を巧く出来る様になるといいかもしれません。

もちろん、これが正解というわけでもないので、何度も書いてみるのが近道だとは思いますが。（汗


と言うわけで、ピンポイントお題シリーズ。

『闇夜に輝く星』管理人の八神の作品でした。

でわでわ。

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