め ぐ り め ぐ る



 商店街。
 放課後、相沢祐一はいつものようにここにいた。
 特に目的はない。しかし、彼はなぜかここに来なければならない、そんな気がして気がついたらここ
にいた。
 しばらく歩くと、歩道の端に青いビニールシートをひき、その上で色々な物を売っている1人の中年
の男性が目に入った。その光景が珍しく、祐一は足を止め商品を一つ一つ手に取って見る事にした。し
かしそれは、訳の分からない形のキーホルダーや、不気味な顔をした人形、妖しく黒光りするアクセサ
リーなど祐一の興味を惹くものは何一つ無く、さらに手に取った時に背筋に走る悪寒が、早くここから
立ち去れと指示する。しかし、
「お客さん、何か気に入ったものはあったかい?」
 商品を挟んで向こう側にいた商人が話しかけてくる。それによって祐一は、逃げようにも逃げれなく
なった。
「え?いや、俺は別に…」
「…そうだな、お前さんなんかにはこれなんかどうだ?」
 祐一の言葉を無視するかのように続けると、商人は自分の横に置いてあった鞄から1つの腕時計を取
り出した。シンプルな形をしたその腕時計は、色も目立ちすぎず地味すぎず、他の商品と比べるとあま
りにも普通すぎた。
「はめてみな」
 商人はそう言うと、その時計を祐一に手渡した。それを受け取り、言われたように自分の手首へとは
める。
「その時計を持つ者は、時を支配出来るんだ」
「時を、支配…?」
 その言葉の意味が分からず、祐一は聞き返した。
「そこにボタンがついているだろう?それを適当に押してみな」
 商人は時計を指差しながら答えた。それを聞き、祐一は言われたようにボタンを押した。その瞬間、
時計が黄金色に輝き始める。
「うわッ!!」
 慌てて驚きの声を上げる。と、同時に目の前の景色が歪んでいった。目に見えるもの全ての色が消え、
賑やかだった商店街の音と言う音が全て消え、そして最後に残ったもの全てが溶けていく様に消え、つ
いには何も無くなってしまった。
― 一体何が起こったんだ?―
 声に出しているのか、それともそう思っているだけなのかも分からないまま、祐一はその何もない暗
闇の中で1人、意識を失った。

「…ん…ここは…?」
 祐一は気がつき、辺りを見回した。まるで今まで夢を見ていたかと思うほど、商店街は平和だった。
しかし、やはり雪が降っていて気温も低いせいか、人の数は少なくいつものような活気は見られない。
「…って、雪ッ!?」
 目を擦って改めて辺りを見回すが、そこにある白い景色は何も変わらない。試しに地面の上に積もっ
たその白い物体を手にとってみるが、その冷たい感触は紛れも無く雪そのものだった。
「そんな…さっきまであんなに晴れてたのに…」
 その雪の量を見ても、降り始めてから数時間は経過している事に間違いはなさそうだ。と、言う事は、
自分はその数時間ずっとここで立って気を失っていたという事か?
「そんなバカな。第一雪の季節はもう終…ハクション!!」
 突然の出来事に混乱して忘れていたが、今の祐一は雪の町を歩くにはあまりにも場違いな服装をして
いて、体はすっかり冷え切っていた。
「とりあえず、風邪をひく前にどこかに行こう…」
 そうして祐一は鼻を啜りながら商店街を後にした。しばらくして駅前へと辿り着くと、ふと見慣れた
人物の存在に気付き、その足を止めた。向こうを向いていて顔こそ見えないが、あの後ろ姿は同い年で
同じ家に住む、いとこの少女の名雪に間違いない。名雪は駅前のベンチの前に立っていて、そのベンチ
には誰かが座っているようだった。不幸中の幸い、名雪は傘を持っていた。あの傘に一緒に入れてもら
えば雪に当たらなくてもすむ。少し恥ずかしい気もするが、それで風邪をひくよりはマシだろうし、名
雪の性格なら気にしずに入れてくれるだろう。
「お〜い、なゆ…」
 方向を変えて、名雪の方へと向かう。ある程度の距離まで近づくと、ベンチに座っていた人物の顔が
はっきりと見えるようになる。
「!!」
 そこにはいるはずの無い見知った人物がいた。商店街で気付いてから何度も驚く事があったが、今の
それは今までのものの比ではなかった。
 不意に2人の会話が聞こえてくる。
「雪、積もってるよ」
「そりゃ、2時間も待ってるからな…」
「わ…びっくり。まだ2時くらいだと思ってたよ」
 名雪と、ベンチに座っている人物相沢祐一はそんな会話をした。それを聞いて、祐一は思い出した。
「…確か、俺が前にここへ来た時と同じような…?」
 確かに、あの時も雪が降っていた。
『その時計を持つ者は、時を支配出来るんだ』
 あの商人はそんな事をいっていた。
「まさか…」
 祐一は、自分の手首を見た。そこにはめられた腕時計は、確かにあの7年ぶりにこの町へやって来た
年、日、時間を指していた。
 祐一の中で、全てが一つに繋がった。気を失う直前に起きたあの現象は、時空の歪みという表現はま
さにぴったりだったし、商人のあの言葉や今の状況を見ると、どうやらこの時計に設定した時にタイム
スリップできるらしい。非科学的だが、それ以外にこの状況を説明する事は出来そうになかった。
「…って事は…」
 これを使って、過去の遺物や未来の技術を現代に持ち帰れば凄い事になる。祐一にその考えがなかっ
た訳ではないが、それを実行する気にはならなかった。
「俺が行かなければならない時は、あそこしかない」
 祐一は迷わず、7年前のあの時を入力した。

 7年前にやって来た祐一は、過去の自分を見つけた。まだここへやって来たばかりらしい自分に気付
かれないように、祐一は過去の自分の後を追う事にした。
 過去の祐一は、同い年のいとこに出会い、一緒に遊んだ。
 怪我をした子狐を拾って、可愛がった。
 年上の女の子と仲良くなって、うさぎの耳がついたカチューシャをプレゼントした。
 そして、商店街で泣いている女の子に出会った。
 過去の祐一とあゆは、毎日日が暮れるまで一緒に遊んだ。一緒にたい焼きを食べ、一緒に笑った。そ
して、過去の祐一が街へと帰る日になった。
 家でもたついている自分を置いて、祐一は1人で約束の場所へと足を運んだ。そこではすでにあゆが
過去の祐一を待っていた。
「あ〜あ、祐一君、今日帰っちゃうんだよね…ううん、ダメダメ。ボクがこんな調子じゃ祐一君が安心
して帰れないよ。また来てくれるって言ってたし、今日は笑顔でお見送りしなくちゃ」
 大きな木にもたれながら、ぶつぶつとそんな独り言を言っている。台詞とは裏腹に、昨日までの元気
がないのは明らかだった。
「…きっと…また…会える…よね」
 途切れ途切れに小さくそんな言葉を漏らす。こんなにも自分の事を思ってくれているのに、こんな大
事な日に遅れてくる自分は大馬鹿者だと祐一は思った。
「祐一君、遅いなぁ…そうだ。先に木の上に登っていよう」
 しばらくして、祐一が遅れている事に気付くと、あゆはそう言いながら木の上へと登り始めた。木の
枝に腰掛けると、再び独り言を始めた様だが、2人の間に距離が開いたために聞き取る事は出来なかっ
た。
 そして、その数分後、最後まであゆの笑顔を見ていられると信じて疑わないこの時代の祐一がやって
来た。
「祐一君、遅刻だよっ」
 それに気付いたあゆが、拗ねた様に祐一に話しかける。その時、強い風が吹いた。
「祐一く…」
 あの時一瞬にして起こった出来事が、今目の前でまるでスローモーションの様にゆっくりと起こって
いる。どうする事も出来ない、ただ立ち尽くしているだけの過去の自分を見て、祐一はこの後の自分の
心境をはっきりと思い出した。あの時何も出来なかった自分、動かなかった体、後悔。そう言った全て
の思いが、今の祐一の身体を動かした。今自分がいる場所からあゆのいる真下まで約10メートル。手を
伸ばせば届かない距離ではない。
「あゆーーー!!」
 気が付くと祐一は、手を伸ばして夢中であゆの方へと駆け寄っていた。あゆのいる所まであと8メー
トル、5メートル、3メートル、1メートル、そして…
「間に合っ…」
 間に合った。そう思った瞬間、祐一の目の前の景色が消えていった。
「何!これは時空の歪み…一体どうして!?」
 雄一は腕時計を見た。時計は、まるでバグのようにめちゃくちゃに時間を刻んでいた。
「そんな!ここまで来て何も出来ないなんて、俺は何のためにここまで来たんだ!」
 祐一は懸命にボタンを押した。しかし、時計に変化はみられなかった。
「くそーー!!」
 祐一は腕時計を思いきり殴りつけた。すると、時計は再び黄金色に輝き、祐一が住む現代から10年後
を示した。
 目の前の景色が完全な闇へと変わる。最後に祐一は『ごとっ』という音を聞き、過去の自分が倒れて
いるあゆの方へと駆け寄って行くのが見えた。

 商店街が見えた。そして祐一の前を大きな2つの影と1つの小さな影が横切った。どうやらその3人
は親子の様だ。
「祐二、遊園地楽しかったか?」
 父親らしき人物が、小さな影に話しかける。
「うん。…僕お腹空いた」
 祐二と呼ばれた息子らしき子供が答える。
「うん。ボクもお腹空いたよ」
 今度は母親らしき人物が答える。
「よし、早いトコ晩飯にするか。2人とも、何が食べたい?」
「「たい焼き〜!!」」
 父親の問いに、母親と子供が声をそろえて答える。
「あはは、お母さん、子供みたい」
「え〜?だってたい焼きおいしいじゃない」
「お前達なぁ…おやつじゃないんだぞ」
 父親は呆れながらも、どこか楽しそうだった。
「よし、じゃぁたい焼き屋に行くか」
 父親のその言葉で、3人は再び歩き出した…

「…祐一君…」
「…ん…?」
 祐一は、誰かに呼ばれた気がして目を覚ました。目の前にはあゆがいた。
「ん…あゆ…?」
 目の前のあゆは、いつもの姿と何ら変わりはなかった。どうやら現代へと戻ってきた様だ。祐一は
自分の手首を見た。その瞬間、つけていた腕時計が煙の様に消えていった。
「どうしたの?そんな所に立って…?」
「いや、ちょっと立ったまま眠ってたらしい」
 とりあえず、軽い冗談でその場をごまかし、辺りを見回した。どうやらあの時計を手に入れてから
数分しか経っていない様子だ。
「祐一君、大丈夫?体調でも悪いの?」
 目の前には本気で自分の事を心配してくれているあゆの姿がある。
「そんな事はない。大丈夫だ」
「そう?それならいいけど。ところで、せっかくこうして会えたんだし、もしよかったら一緒にたい
焼きでも食べに行かない?」
「せっかくって、毎日会って毎日たい焼き食べてるじゃないか?」
「いいじゃない、おいしいんだから。ボクは夜ご飯がたい焼きでも全然構わないよ」
 頬を膨らませながら、拗ねた様に言う。それを聞いて自然と笑みが浮かんだ。
「ははっ、そんなんだから祐二にバカにされるんだよ、お前は。さ、じゃぁ行こうか」
「え?祐二って誰?…って、祐一君、どこに行くの?」
「どこって、たい焼き。食べに行くんだろ?」
 そう言いながらたい焼き屋の方へと向かう。
「え?…うんっ!!」
 返事をして、あゆは祐一の後ろを付いて行く。
「それで、祐二って誰なの?」
「さあな。10年もしたら分かるんじゃないか?」
「うぐぅ、なにそれ。ちゃんと答えてよ」
 そうして2人で並んで商店街を歩いていく。7年前、現代、そして10年後。いつの時代でもこの景
色は変わらなかった。


> Back to List
SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送