「起立……礼! 」 日直が今日の退屈な授業の終わりを告げる。 いつからだろうか、この繰り返される安全な日々に退屈という名の悪魔を見つけたのは。 相変わらず学年ではトップの座に居座り続けたが、既に勉強に対する過去の情熱は失われてしまっている。 どうして私は勉強しているんだろう? どうして、私は、ここにいるんだろう? どうして……ドウシテ…… どうして私は独りなんだろう。 「……帰ろう 」 キィッと音を立てて椅子を引いた。 誰もいない教室を小さな音が覆い隠した。 見慣れた教室。 そこに独り立つ。 全ての世界から存在が切り離された気がした。 ああ、私は独りなんだ。 『人間って生き物は時計の長針と短針なんだ。長針も短針もリズムが違うだろ? だから出会いは一期一会なのさ。ココロが重なっているときは永遠にも感じるが、一度離れてしまえばどんどん離れていくんだよ。つまり孤独ってのはな、その長針と短針が離れたときに感じるものなんだよ。 』 不思議なことに涙は出なかった。 「うっす、久しぶりだな香里 」 立ち尽くしていた私にふと後ろから、声がかけられた。 思わず振り向くとそこに見知った顔がいた。 相変わらず飄々とした態度で、片手をあげながらゆっくりとした足取り近づいてくる。 本当に久しぶり、だった。 「香里? 泣いてるのか? 」 「えっ? 」 言われてみて急いで私は目元をぬぐった。 だがそこにはもちろん涙などない。 「……泣いてなんてないわよ 」 「そうか、俺の勘違いか 」 彼にしては珍しくすぐに引き下がった。 もう少し追求してくるかと思っていたのに… やはりこの時の流れは色々なところに様々な影響を及ぼしているようだ。 「それにしてもどうしたの、相沢君。こんな時間にこんな所にいるなんて 」 本当ならありえないこと。 でもいまはそのありえないことに感謝したい。 「いや〜なんとなく、な 」 頭を掻きながら恥ずかしそうに言う彼の言葉に思わず吹き出した。 彼らしい。 「なんだよ、笑うことはないだろ 」 背を折り曲げて苦しそうに笑う私の姿に彼は思い切り不満そうに言った。 「だって…くっ…あまりにも…ぷっ……貴方らしいんだもの…ぷぷっ… 」 「だぁーうるさいうるさい。全く今日は災難な日だな 」 げっそりとでも少し面白そうに呟くその言葉に私も思いっきり頷いた。 「ええ。本当にありえない日だわ 」 また笑いがこみ上げてきた。 そんな私の様子に彼もふっと楽しそうに唇をゆがめる。 目が合った。 ぷっ… 二人して笑いあった。 「なぁ香里、みんなはどうしてる? 」 笑いが一段落ついて、教室の椅子に適当に腰掛けたとき相沢君はそう切り出した。 …やっぱり用事があるんじゃない。 「そうねぇ…… 」 私だってそんなに知らないんだけど。 「別に噂だけでも構わないんだ。まぁ真実に近ければ近いほどいいんだが 」 「じゃあまずは名雪ね。多少は自分で起きなくちゃいけないって気付いてきたみたいよ。真琴ちゃんも最近は楽だって言ってたし、遅刻は少なくなったみたいだし。あのK大に推薦らしいわ 」 「へぇ〜名雪がねぇ… 」 と相沢君は意外そうに言った。 まぁ確かに相沢君の意外に思う気持ちもわかるわ。 去年はずっとあの調子だったんだから。 「真琴ちゃんは保育園で頑張ってるみたいよ。この前覗いてみたら、せんせい、せんせいって大人気だったわ 」 「ほぅ…頑張ってるじゃないか 」 少し嬉しそうな顔をした。 相沢君にとっては可愛い妹みたいな存在だものね。 そう言うと相沢君は実に嫌そうな顔をした。 ……やっぱり手のかかる妹といったところだろうか… 「美汐ちゃんは今は高2よ。友達も増えてきたみたいだわ。成績もトップだし。まるで昔の私ね 」 「…昔の香里…… 」 とふっと遠い目をしながら言った。 ちょっとその間は何よ、と睨みつけると、いや美汐もメリケン…グ八ッ…… メリケン粉のように白くて可愛いって? 当たり前じゃない。 ……だんだん悲しくなってきた。 「そういえばこの前、真琴ちゃんと一緒に保育園でバイトしてるのを見たわよ。せんせいおばさんくさいとか言われて必死に言い訳してたわね 」 相沢君はおなかをさすりながら、 「やっぱりか… 」という顔をしていた。 確かその時の言い訳は…物腰が上品なんです、だったかしら。 「倉田先輩と川澄先輩は同じアパートに住んでるみたいよ。倉田家の方で一悶着あったみたいだけど、川澄先輩の人柄が倉田先輩のお母さんに気に入られたみたいで解決したらしいわ 」 舞を分かってくれるのか…いい人なんだな、と言った。 二人の仲が健在なのに満足したようだ。 「栞も元気よ。今は恐ろしいことなんだけど、北川君と付き合ってるの… 」 「なにぃっ! 」 とびっくりした声をあげた。 確かに有りえないことよね……全くあんなアンテナ男のどこがいいんだか… 「で、栞と北川はどこまでいったんだ? Aか、Bか? 」 相沢君あなた趣味がおじさんよ、と言うと悲しそうな顔をして、冗談だよ冗談、と引きつった笑顔で言った。 だいたい私が栞のプライバシーを話すはずないじゃない。 「最後にあゆちゃんは今は親御さんと一緒に暮らしてる。来年大検を受けるとか言ってたわよ。相当頭はいいみたい 」 嘘だろ、と目を丸くした。 私も最初は驚いたわよ。 まさかあんなに頭がいいなんて……微分積分を10分勉強で鼻歌交じりに解いていた様はまるで悪い夢を見ているようだったわ。 「あゆ…親御さんがいたのか 」 「ええ、お父さんがいたみたいよ。知らない? テレビによく出てるあの月宮教授だって 」 「…マジか 」 「言葉どおりよ 」 世間って狭いものだなぁ、と相沢君は頭を抱えた。 あゆちゃんにとりいってれば今ごろは金持ちだったのに、と後悔しているのだろうか。 ……それはない、か。 「みんな幸せか? 」 「……ええ 」 それは確かにそうだ。 みんな幸せに笑い、怒り、泣きながら生活している。 「じゃあさ、最後に一つだけ質問していいか? 」 「えっ? …ええいいわよ 」 私は彼の言葉を待った。 彼の口はなかなか開かない。 やがて永遠にも感じる時間が過ぎ、ついに彼の口が一つの質問をかたどった。 「……香里、いま幸せか? 」 言葉が私の胸を貫いた。 …決して気付かないようにしてきたのに。 …見ないでおこうと決意したのに。 その言葉が私の中から決意という名の闇をとりさっていく。 「……幸せな…幸せなわけないじゃない… 」 からからに乾いた喉からようやく言葉を搾り出す。 「あなたがいない『いま』なんて幸せなわけないじゃないっ! 」 あなたという巨大な存在の欠落はちっぽけな私の心にぽっかりと巨大な穴を開けてしまった。 そんな穴を抱えて生きている私が幸せだと思うの? この心に刻まれた寂しさは決して払われることはないだろう。 「……そうか、やっぱり。香里…俺のことが好きだったんだな 」 彼の言葉にこっくりと頷く。 そんな私の様子に彼は唇を強くかんで、 「すまなかったな香里。気付いてやれなくて 」 彼の顔は本当に辛そうだった。 「いいのよ…あなたが悪いわけじゃない。いいえむしろ悪いのは私だわ 」 そう言って私は目を伏せた。 そう悪いのは私。 みんながあなたに好意を寄せていると知りながらも好きになってしまった私。 そして結局それを伝えることができなかった私。 悪いのは…私…… 暖かな彼の手が私の体を包み込んだ。 首筋にかかる彼の息が安心させてくれた。 背中に感じる彼の体温が心地よかった。 握りしめた彼の手が…暖かかった。 「香里、俺も香里のこと好きだった。授業中は斜めをいつの間にか斜め後ろを見ていたし、体育のときも気付けば香里の姿を追っていた。俺は美坂香里のことが本当に好きだったんだ 」 私は何も言わずただ彼が言うことを聞いていた。 「香里…昔、俺は時計の長針と短針の話をしたよな? 」 「…ええ 」 そんなことが今どういう関係があるのだろう? 「あの話には続きがあってな…長針はなもう一度戻って来るんだよ。短針に会いに。そしてまた少しの間だけ重なるんだ。そうつまり今の俺と香里のように 」 誰もいない教室に祐一の声が反響する。 その言葉の端々に感じられる優しさが私の心を癒していった。 「だからさ、後ろを振り返らないでくれ。俺たちの時間をまき戻すのは止めるんだ。そうじゃないと長針は二度と戻ってこれないじゃないか。俺はお前のことが好きだ。だからお前には幸せになって欲しい。自分を一人だなんて思うな。短針には長針がいるんだからさ 」 「……ええ 」 泣かずにいるのが精一杯だった。 彼はこんなにも私のことを思っていてくれた。 それに対して私はどうだろうか? 勉強? ここにいるわけ? そんなちっぽけなことで悩んでいた自分が馬鹿らしい。 「……もういってしまうの? 」 「いやもう少し時間はあるが……でもやっぱりいかなきゃならないな。俺はもうお前の長針にはなれないんだから 」 そっか。 彼は行ってしまう。 しかももう今度は二度と戻ってくることはないだろう。 私の手はそこまでは届かない。 ならばせめて、 「それまで抱きしめていてくれる? 」 「……了解しました。お姫様 」 ゆっくりと背中から周る腕の感触に私は体をゆだねた。 「じゃあな香里、俺はもう行くわ 」 「ええ。わかったわ 」 じゃあな、と片手をあげて彼は教室のドアを開け、廊下に一歩踏み出した。 そしてドアを閉めざまにゆっくりとこちらを振り向き 「俺よりいい男見つけてくれよ? 」 とすがすがしく笑みを浮かべながら彼は無理難題を押し付けた。 そんなことできるわけないじゃない。 全く…無茶苦茶なんだから。 がらがらがら 一度閉められたドアがもう一度開いた。 彼ではない。 そう私は確信していた。 予想通りドアを開けて教室に入ってきたのは彼ではなく、水瀬名雪その人だった。 「香里〜早く行こうよ〜。北川君たちとみんなで祐一のお墓参り行く約束してたでしょ 」 名雪が相変わらずの間延びした口調で私を呼んでいる。 「そうね…… 」 「あれ香里? 泣いてるの? 」 言われて自分の目元を拭ってみる。 手には少しの涙の跡があった。 泣いてばかりじゃいけないよね… 時刻は12時01分。 私は空を見上げた。 次の私は待つだけの短針じゃない。 あなたが長針になれないんなら私があなたの長針になる。 私は独りじゃ、ない。 「相沢祐一のバカヤロー! 」 【Fin】 今回初めて見てくれた人ははじめまして。 第一回の企画の方も見てくれていた方はお久しぶりです、の芹沢凪です。 前回とはまた毛並みが違いますね。このSSは。 このSSでは祐一君は死んでます。 はい思いっきり死んでます。 ALLENDはしたが、それは祐一の犠牲の上に成り立った世界だと思ってください。 第一回での告知どおり今回は少し長くしてみました。 えっ? コレでも短い? ……そんなこという人嫌いです。 最後に、読んで頂いて誠にありがとうございました。 また機会があればサイトにでも遊びにきてください。 ではでは〜 |
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